迷えしフェイは竜族と出会う(中編)★
「あの、そなた――」
「ああ、皆まで仰らずとも分かります、名も知らぬお方。貴方の望みは私が必ず叶えてみせましょう」
「いや……その」
ニコリと微笑む女性。その容姿は目深なフードに包まれてよく見えず、時折フードの隙間から覗く蛇のような瞳やフードを通す角の形から竜族と辛うじて分かる程。いや、そなたの名前を聞きたかったのだ……
迷g――連れと逸れた我、フェイ・ロンは名もわからぬ竜族の女人に連れられラヴィーンの街中を歩いていた。
我の話を聞かずとも確信を持って進んでいく女人……
1人だと気付いた時の心細さを飛ばすような頼りがいのあるその手に安心するも、少々気がかりなのは『ただし、俺も出来る限り守るつもりだが……守りきれなかったら、その時は自分で何とかするんだぞ』とジェドが深刻そうに言っていた言葉だ。
いいや、聞いている話では少し前のラヴィーンは人間への対応が思わしくなかったものの、今の王は帝国を崇拝するかのように慕い人間に対しても愛情深く接してくれるのだとか。
ならば何をそんなに心配する事があるのだろうか……
初めて訪れた竜の国は想像していたよりもずっと栄えていた。老いも若きも竜の集まる山の国、静かに暮らす竜たちの静閑な山村をイメージしていたのだが、獣人などの他国人や商人の出入りも多く店が立ち並び活気に満ち溢れていた。
些か書店の並びが多いような気もするが、竜の国は昔から医療で栄えた国と聞く。アンデヴェロプトも魔法に関する知識書の店が多かったがこちらもそのような竜の永き月日から得られた知識を記す書物が多いのだろう……
そう思いながらも一直線に進む道沿いには何かこう、陰鬱な雰囲気が深くなり、どんどんと裏路地へ進むと密売や闇取引を行っているような空気さえ流れて来る。
「あ、あの、いったい何処へ向かっておるのだ……?」
少々不安になり問いかけた我の言葉に、前を進む女人は振り返ってニコリと微笑む。
「え? 勿論、貴方の望む場所ですよ。ええ、何も心配する事はありません。貴方の望みは竜の誇りにかけて、責任もって叶えて差し上げますわ」
何も心配するなと頷く女人。たかが迷子……いや、人探しに竜の誇りとは仰々しくはなかろうかと思ったのだが、我の信仰する竜の言う事だ。きっと、小さな問題にも誇りをかける程真摯に取り組んで下さるのだろう。流石竜の国の民、心構えから既に違う。さす竜。
――等と思っていた時期が我にもあった。
「まぁまぁまぁ〜!! やっぱり思った通りよく似合いますわぁ〜!!」
竜の言う事に間違いはあるまいと、連れられて来た装飾品服屋。言われるがままに身に付けた衣装は……何とも形容し難いものだった。
ピンクのリボンがふんだんにあしらわれたスカートは短く、ブーツや手甲、頭の飾りには無駄にハートが沢山。手には謎のロッド。これまたハート。ハートのバランスはもう少し何とかならなかったのか。
……というよりもこれは……
「こ、この露出の多さはこの際置いておいても……これは女児向けの装いなのではないのか?」
「いいえ、歴とした男児向けですよね」
「どの辺りが??」
そう問うと、竜は我の前にスッと本を差し出した。
見覚えがあると思えば先程我が手にしていた本だ。確かにその場で購入しておった。
我が首を傾げて竜を振り向くと、和かに頷くのでパラパラと中身を見た。
それは、主人公である少年が魔獣と契約し魔法使いになって活躍する物語のようだ。
少年は魔獣から受け取ったロッドを手にし――
「――その姿がみるみるうちに魔法使いへと変化する。ピンクのリボンがふんだんにあしらわれたスカートは短く、ブーツや手甲、頭の飾りにハートが沢山ついていて……合ってるな」
「ね、合ってますでしょう、男児の装いで」
「いや、そもそも何でこの男児はそんな魔法使いになる事を普通に背負わされておるのだ――という事はこの際置いておいて、何で書物に出てくる珍妙な服が売られておるのだここは!」
「それは、ここがそういう場所だからです」
どういう場所だ、と周りを見渡せば……そこかしこに売られている服装はどれもこれも現実味や実用性の分からぬ物ばかりだった。
下着かと思わせるような露出度なのに肩と手足だけは厳重に守られているアーマー。アーマーとは?
仰々しい竜がこれでもかと飾り付けられた鎧はむしろ竜がメインで、剣も斬るところより竜が幅をきかせている。殺傷能力は薄そうである。
他にも両肩に付けられた大砲やら金キラ金で眩し過ぎる鎧、何の動物か分からぬ被り物にどこの種族かも分からぬ民族服。
多種多様過ぎてどんな客層が買うのかと心配になれど、物色している者達は至って普通の竜族の民や仕入れの行商人だった。
「どういう場所だ……?」
「ラヴィーンは新体制を迎えてから、色々な物語を紡ぐ書物の発展と布教に力を注いでまいりました」
「誰が考えたのか知らぬが、この書物を色々とするのならば少々独特過ぎぬか?」
「いいえ、多様性です。今まで世に出なかっただけで、元から誰かの心に存在していたのですわ。我々竜族、千を越える永きを生きる民。その年月を過ごして尚こんなに心揺さぶられる物に出会えるとは思っても見ませんでした。それは、時代が移り変わる事もありましょうが、そもそも我々が世界に興味を持たずに過ごしていたからに他なりません。ですがこれからは違いますわ。1つの煌めきも取り溢さず、皆で素晴らしい物を分かち合って行きたいと思っておりますの」
「そ、そうか……」
この様な珍妙な物達がそんな大昔から誰かの心に存在していたのかは分からぬが、永きを生きる竜がそう言うのだからそうなのであろう……だが
「その崇高な理念は分かったが、この破廉珍味な服や実用性の無い武器防具の数々は何だ?」
「それは勿論、物語活劇を作ればその者に憧れ、なりたいと夢見る方々もおりましょう。ここは、そんな物語の偉人有名人になりきれる服飾が揃う店の集まりですわ」
「はーん、なるほど」
我は思い出した。つい最近同じ村を見た……そう、なりたい自分になれの果て村だ。
「分かったぞ、その様な村を最近見たからな。だが、その村では幾ら理想を夢見ても現実とのギャップを分からされるばかりであった。この装いをしてもそのものには成れず、それでも尚理想に向かい精進するというものか」
「ふっ、それは半分正解で半分間違い、と言えましょう」
チッチッチと人差し指を揺らす竜。どういう意味の仕草なのかは分からぬが、少々イラッと来る。
「ならばどういう……」
「なりきり、とは……何も成らずして良いのですから」
「何?」
竜が示す先、先程の店で買った服を早速着こなす者達。それは本当に様々で、美しい美女がバッチリ下着のようなアーマーを着こなしていれば、ちょっと……いや、大分太ましい者がギチギチのドレスを身に纏っていたり、かと思えば我と同じ様な服を纏う壮年の男性もいる。……いくら珍妙な物語ばかりだとしても、あんな者が居るとは思えない。
「憧れ、敬愛し、その人に真似た格好をする。けれどもそれは必ずしもその者に成り代わりたいというだけではないのです。好きだからこそ同じ物を身につけたい。好きだからこそ同じ格好をしたい。それは、学者を目指す事、魔法使いになる為に修練を積む事、剣の鍛錬を積み剣士の高みを目指す事とは全くの別物。そこにはただ、『好きだから』という感情しかございません」
「そ……そうなのか」
好きだから、ただそれだけ。そう聞いた瞬間に兄……姉上の顔が思い出された。
幼き頃から憧れていた凛々しい姿。あの様に素晴らしい男に成らねばならないと思うも、幼き頃から出来が違うのだと、同じ年頃を迎えても一向に同じに成れない自分に落ち込んだ。
なれど……我は、本当に同じ様に成らねばいけなかったのだろうか。
比べる事をせず、ただキラキラと憧れ、好きを語る者達と、初めて兄上を見た自分が被る。
いつから我は……兄上を避け、苦手だと思うようになってしまったのだろう……
「ですので、貴方も外聞に囚われずに、何者になる事なく『雌タモルフォーゼ〜魔法少年は無理矢理契約させられて魔法少女になっちゃったけど心までは女の子にはなりません』の主人公のレオン君の姿を堪能しましょう」
「待てーーーー! その者、無理矢理こんな格好をさせられておるならば、結局この姿は男児向けではないではないか!!!」
「ウーン、難しいですわね。確かに作品内でレオン君は魔法少女の姿を強いられておりますが、嫌がるレオン君の苦悩を描くその姿に魅せられる作品。それは少年だからこそのものであり、少女には出来ません。ですのでその姿が好きならば男児向け、と言っても過言ではありません」
「過言であるわ!! そもそも、我はこの本を何となく手にしただけであって、この本の姿になりたいとは思っておらぬわ!!!」
憤りを爆発させると、竜は口元を押さえて笑い出した。
「ホッホッホッ、嫌ですわ〜、最初からそんな事分かっておりましてよ。だって貴方が見ているその本、貴方のような少年が見てはいけない本ですもの。そんな本を握りしめながら深刻な顔をして、おーっほっほ」
我は咄嗟に本を竜に投げつけるも、更に大きく笑う様を見てからかわれていた事に気付き顔から火の出る思いでプルプルと震えた。
「ふふふ、そんな顔をするような子供が、あんな場所に1人で居てはいけませんよ。大人ぶるには10年……いえ、私達基準ですと1000年は早いかもしれません。こんないけない大人に連れて行かれてしまいましてよ、東国の少年」
スッとフードを脱ぐ竜が露わにしたのは、青い髪に竜族の証の角。そして、我と同じ非対称な赤と青の瞳であった。
「……も、もしや……青龍殿……?」
竜は嬉しそうに笑い頷いた。
★★★
竜の国ラヴィーンを旅する女性が1人。ここに来れば彼女の求めている本が手に入ると一縷の希みを抱き遥々やって来た。
噂通り、ラヴィーンは古書から新書まで豊富な種類の性癖をカバーするように店が立ち並ぶ。だが、探しても探してもそれは見つからず……
やっとの思いであちらの書店で見たとの情報を聞きつけるも
「ああー、それならたった今さっき買われちまったよ。人気すぎて幻とまで言われている本だからねぇ」
「そ……そんなぁ」
あと少しの所で手に入るはずだった。希望を打ち砕かれ膝から崩れ落ちる客人を見て店主も気の毒に思い声をかける。
「あの、1つ先の商店街へ歩いて行ったから、頼み込めば譲ってくれるかもしれないぞ」
「?! 分かりました」
その言葉を頼りに走り出す。どうしても、命を賭してでも手に入れたい『雌タモルフォーゼ〜魔法少年は無理矢理契約させられて魔法少女になっちゃったけど心までは女の子にはなりません』
一度目にして虜になったものの、やっとの思いで金を貯めて買おうと思った時には既に無く。ずっと夢にまで見て探し続けてきたのだ。今度こそ逃したく無い。
「この商店街に――はうあっ!」
言われた場所に着いた彼女は驚くべき物を見た。
それは、正に夢に見たような理想の、正に魔法少年レオンくんを思わせるような存在が居るのだ。
(ピンクのリボンがふんだんにあしらわれたスカートは短く、ブーツや手甲、頭の飾りにハートが沢山ついている服装。それにハートのロッド……レオンくん、レオンきゅん?!)
夢に見すぎてついに寝てもいないのに幻が見えるようになってしまったのかと思い目を擦ったり壁に頭を打ち付けたりして正気に戻ろうとするも、それは確かにそこに存在して喋っている様にしか見えなかった。
「も……もしや私、レオン君に会いたいと願うあまり…… 『雌タモルフォーゼ〜魔法少年は無理矢理契約させられて魔法少女になっちゃったけど心までは女の子にはなりません』の世界に来てしまったの?!」




