ダンジョンの悪役にはなりたくない(後編)
「はーっはっはっは、わが竜の迷宮に足を踏み入れるとはなんと愚かな冒険者達よ……先程倒したのは四天王でも最弱。調子に乗るのもここまでだ」
などと調子に乗っている元愚かな冒険者の勇者マルヤマくん改め四天王が1人仮面の幹部マルヤマ。尚、四天王は未だ彼1人しかいないので先程倒した四天王最弱が誰を指しているのかは分からない。
マルヤマくんのお仲間の女子達は夢から覚めたのか帰っていった。ダンジョンの悪役にと誘ったのだが、女子達にはあまり響かなかったらしい。そりゃあそうだろう、わざわざ悪役になりたい女子なんて世界樹にいたあのドワーフくらいだ。
悪役令嬢が沢山増えたらどうしようかと思ったのだけど、これが普通の女子の答えだ。
「さぁ、ジェド様、冒険者達に目にものを見せてくれましょう! 何から始めますか?? チーターやトロール系は俺の主義に反していたので全くやってなかったのですが、悪役側ならば話は別でしょう。ダンジョンを自由に作れるって事は相応に凄い力があるのですよね……腕がなるってものですわ」
何だか分からない用語が飛び交っていて良く分からないけど、勇者の体裁はどこへ行ったのか邪悪な顔を浮かべるマルヤマくん。悪役の才能に溢れている。適材だね。
『いや何を言っているのですか、チートで直接危害を加えるなんて駄目に決まってるじゃないですか!』
『我々はあくまで冒険者にダンジョンを楽しんでいただく為の悪役なんですからね! もうちょっと工夫を凝らしてくださいよ、それでも転生勇者ですか!?』
「ええ……」
マリアとマロンの無茶な要求にマルヤマくんもテンションが下がり困惑する。
そう……これは悪事を働くのではなく、接待なのだ。正にこれこそ悪役。誰がやりたいんだよこんなもん……
『マルヤマ様はツクール系とかは嗜まれなかったのですか?』
「え、うーん……まぁ、アクション系のコースを自分で作るゲームはやってたっちゃやってたけど……俺、どちらかというとRTAプレイヤーというか……それにクソコプレイヤー寄りだから鬼畜コースとかなら考えられるんだけど、そういうのは駄目なんだよな?」
『そういうのはもっと上級者じゃないと……』
『ゲーム廃人はこれだから困るのですよね。もっと大衆向けの発想はないのですか?』
マルヤマくんも転生前はゲーム廃人だったらしいが、廃人すぎて一般向けの発想がなかなか出て来ないらしい。神様の為に親父達を止めるようなダンジョン制作には重宝するだろうが……相手は一般の冒険者達。程よい難易度でないといけないらしいが……
「フェイは何かいい案とか無いか?」
「うーむ……その、マルヤマ殿が言っているものは技術が無いとクリア出来ないようなダンジョンなのであろう? であれば逆に、洞窟に罠を張って閉じ込め、条件を達成出来るまで出られないような場所を幾つも作ってはどうだ? それならば難易度の調整は場所によって可能だろうし、条件だけ考えれば言い訳で」
「なるほど……そういうのはどうだ?」
フェイくんの発想の採用不採用を尋ねみたが、マルヤマくんもハッとした表情で固まり、マリアもマロンも無言のまま止まっている。
「いや、どうした?」
「それは……○○しないと出られない部屋、という事ですね!!!!!」
「う、うん、そういう事だけど……?」
「何か問題でもあるのか?」
マルヤマくんの訳の分からない反応に、魔術具の鏡にマリアとマロンの返答がだーーーっと流れた。
『マルヤマ様、考えているようなものは絶対に駄目だと思いますよ』
『そうですよ、あくまで健全な竜のダンジョンなんですからね!!! 変な条件にしたら悪評どころか取り潰しになりますよ』
『需要はあるかもしれませんけど、絶対に駄目です』
「ええー……キスくらいなら良くない」
「ちょっと待て、そういう条件つきの閉じ込め系の罠は何かいかがわしいものの代名詞なのか……?」
『一大ジャンルではあります』
詳しく話を聞けば、巷で流行っている薄い本のネタにされそうな盛り上がりの鉄板シュチュエーションなのだとか。わからん……どういう発想からダンジョンで盛り上がろうとするのか全然わからんて……
まぁ、前にカップルで楽しむダンジョンとかあったけど。昨今のダンジョンはいい雰囲気になる為にも利用されてしまうのか……
「こ、こほん。つまり、健全であればいいのだろう?」
★★★
「まずい、罠だ!! 閉じ込められた!!」
竜を倒す為に乗り込んだダンジョンに閉じ込められた冒険者一行。ここまで来るのに樽をひたすら押すという苦行を強いられ、更に入ったダンジョンでも高難易度の罠がひしめき合い心身共に疲れ果てていた。
だが、何故か不思議と諦める気にはなれない。仲間との信頼と乗り越えた達成感に自然と足は奥へと向かい、ダンジョンの楽しさを増幅させられる、こんなに楽しいダンジョンは初めてだった。
だからこそ油断していた。シーフに罠解除させて慎重に行かねばならなかったのに、閉じ込められてしまったのだ。
「一体……何の罠が……」
「何か、汗が……」
洞窟内の気温が一気に上がったような気がした。毒系の罠か、はたまた高温で焼くつもりか……
そう青ざめていると壁に文字が現れた。そこには『この時間耐え切れ』と一緒に時間の表示。
「上等だ……おい、魔法使い! 耐熱魔法は」
「既にみんなにかけているけど……それでも絶妙に耐え切れない暑さね」
「時間内耐え切ればいんだ、とにかく防具を捨てて少しでも涼しくしよう……熱っ」
死ぬほどではないが絶妙に耐え切れぬ暑さ。シュパースにもこのような場所があると聞いたことがあったが、そちらはタオル1枚で入るらしいのだ。
出来るだけの薄着になった時にリーダーは一瞬、自分達の装備を手薄にして襲うという2重の罠なのではないかと焦り皆を振り返る。と、いつもは厚着で肌を隠している魔法使いと目が合った。
「あ……」
「……」
つい目を逸らすと、今度はあちらでも神官とシーフやエルフと獣人傭兵がもじもじとしていた。リーダーは気付かなかったが、パーティ内でそういう感じになっていたのだ……
そして、自分も魔法使いとそういう感じに――
★★★
「何をしてもカップルが出来上がってしまう!!!!」
罠を張った洞窟内を見ていたマルヤマくんが項垂れていた。俺も見るに耐え切れず目を逸らす。
時間が終了した罠を解除するシアン。先程の洞窟には死ぬほどではないけれど、絶妙に耐熱魔法では耐え切れぬくらいの熱の罠が組み込まれていた。絶妙に死なないくらいの時間で切れるようになっている。
『その前の水攻めも何か駄目でしたねー。人工呼吸の嵐でしたし』
『虫が大量に出るやつも、キャーキャーくっつくだけでしたし。睡眠ガスが充満する部屋は毒系に抵抗力のあるやつが眠ってる仲間にキスしようとしたりして、本当やばかったですね』
『もういっそ普通に謎解きにしますかね……』
そう……この適度に死なない密室というのが、適度にピンチ感と恋愛脳をマッチングさせて、ただひたすら俺達にみせつけているだけの罠が誕生してしまったのだ。これ、誰が楽しいんだよ! いや、冒険者側は楽しいんだろうけどさ……
「まぁ、閉鎖された空間で危険が高まればそういう感じになってしまうやもしれんが」
「つり橋など危うい環境の上ですと恋が芽生えやすいって言いますからね」
「全年齢向けの罠のはずなんですけどね……」
肩を落とす俺達。だが、シアンの持っていた魔術具の鏡にはいつの間にかマリア達からの返答がびっしり来ていた。
『いやこれ、何目的のダンジョン』
『え、これってダンジョンだったの?』
『何か悪役になって冒険者に向けて罠を張るらしいよ』
『全然上手く行って無くてワラタ』
『ある意味上手く行ってるのでは……?』
「ん……?」
俺は違和感に気付いてシアンの録画魔術具を覗き込む。
「なぁ、マリアとマロンだけか……? 何か沢山居ない?」
俺の問いかけにマリア達からすぐに返答が入ってくる。
『あ、はい。竜の国の方々にも見てもらおうと町中でモニターしていたのですが、ジェド様方の活躍が結構面白いのか人が集まって来ています』
『悪役に興味を持ってもらったかはともかくとして、面白いと皆喜んでおります』
「いや、興味持ってもらわないと意味ないだろ……」
沢山の竜族達が興味を持ってくれているのはいいが、期待していた方向とは違う反応であった。
が、話を聞いていたシアンがうーんと考え込んで頷いた。
「もうこれ、いっそ毎回このように魔術具で写したものを公開してみてはいかがですか? どういう事を行っているかの説明にもなりますし、興味を持たれる方、やってみたいと思う方も出てくるでしょうし、良いのでは」
『なるほど……』
『ダンジョン冒険者攻略ライブ配信、という事ですね!』
「うおお! ライブ配信! 配信は得意ですよ、俺自慢じゃないですけど登録者数1000人越えで――」
と、マルヤマくんも乗り気な様子。
シアンの提案によりダンジョンの悪役側による冒険者攻略映像は竜の国でのみ定期的に映し出される人気コンテンツとなった。
悪役の仕事やダンジョン作りに興味を持ってくれる者も増え、訪れる度に敵やダンジョン内部が変わる竜のダンジョン『究極無限の竜の鼓動』は更に人気を博す。あと、何気にカップル誕生率が多いとしてちょっと良い感じの冒険者達の聖地と影で囁かれる事になったとかなんとかかんとか。




