ダンジョンの悪役にはなりたくない(中編)
「あー、漆黒のダークナイト様、いい感じですよ」
顔を覆う黒のマスカレード。黒のマント(自前)に黒い剣(自前)。
漆黒の騎士団長改め漆黒のダークナイト、ジェド・クランバルはダンジョンの最奥部に居た。
「漆黒とダークはほぼ同じ意味ではないのか……? というか何故我までこんな格好を……」
「黒よりもより黒い闇、みたいな感じで絶妙なダサさが洞窟のコンセプトと合ってる気がしますけど。それに、似合っていますよフェイ様」
フェイくんも顔半分を覆う黒のマスカレードに黒のフリフリが沢山ついたドレスの様な服を着せられていた。
正直、フェイくんにはあまりそういう可愛らしい格好をしてほしくないのだが、悲しいくらい似合っているし、こういう男子か女子か分からない感じの子供がダンジョンに急に現れたら絶対強いやつって確信するので適役ではある。敵役だけに。
「そういうお前は何で悪役の格好してないんだよ」
「え、だって僕はほら、こうして魔術具で録画しなくてはいけませんので。映らないですし」
そう言いながら、録画魔術具を構えるシアン。ずるいぞお前……
「それに、こちらも一緒に使っていないといけないので」
シアンの持っているもう1つの魔術具、鏡のようなプレートには魔術具で映し出されている俺達の姿があり、そこには文字が流れていた。
『いい感じですわジェド様』
『やっぱり悪役は見目麗しい方が映えますよね』
などと文字が浮かんでは消えていく。
「……どういう魔術具なんだそれは」
「通信魔術具と録画魔術具を組み合わせたものでして。こうして魔術具で録画したものを通信魔術具で送り、遠方でもリアルタイムで見ることが出来るんです。更に、反応もこちらで確認することが出来ます」
「……魔術具便利過ぎるな」
「こういう、よく分からない需要から新しい魔術具の開発へと繋がっていくので、そういう発想はバンバン欲しい所ですよね。僕たち魔法使いだけで開発しているとどうしても需要が強い魔法にシフトしてしまうので」
録画魔術具の変な流行り方といい、どういう需要があるのかは使ってみないと分からないものである。魔塔の魔法使いは魔ゾばかりだからなぁ……己の欲に任せると兵器ばかり作り出しそう。
『私たちの前世の世界にもこういう、所謂配信システムみたいなものはありました』
『これが正にダンジョン配信! 敵側、というのはあまり聞かないですが……ともあれこれで思う存分ジェド様の悪役っぷりが見られ、楽しさが伝えられるというものです』
『もう既に冒険者が何人もそちらに向かっておりますので、思う存分いたぶって差し上げてくださいまし』
などと、真の黒幕みたいな事を言われる。何で平和を愛する帝国の、皇室騎士団長の俺が夢見る冒険者をいたぶらなくてはいけないのだろうか……
「まぁ、本気で怪我させたり殺したりする訳でもないでしょうし。適度に追い払う感じで良いのではないですかね」
「そうだな……はぁ……」
ため息を吐いていると早速バンっと勢いよくドアが開き、何人かの冒険者が部屋へと入ってきた。
「ここがボス部屋か、俺の格好いい活躍、見ててくれよな」
「キャー! 勇者くん素敵!」
「雑魚敵なんて蹴散らしてー」
そこに現れたのは勇者くんを筆頭に後に連れ立った女子たち。ああ……こういうの見たことある。
というか本当に見たことあるな……覚えているか分からんけどあれだ、何かだいぶ前に橋にが通れなかった時に女ばっかり連れていた一行では……?
それは、冒険者風の男剣士と女戦士、女魔法使い、女僧侶、女武闘家、女賢者、女シーフに踊り子に商人にエルフに……ふ、増えてる! 女増えてる!
何で男は増やさないんだ……というかお前、勇者だったのか。勇者なら勇者らしいパーティを組め。
「何だか凄い面子だの……竜を倒しに長旅をするにはバランスが悪くないか?」
「バランスで選んでいる訳では無さそうですからね。特に長旅をするにはこう、仲良く出来ないとやっていけませんから」
「仲の良さも保てるようには見えないがな……」
前にも増してイラつくドヤ顔で俺に向かってくる勇者くん。女には戦わせないスタイルは褒められるかもしれないけど、だとするとその後の女子たちは仲間なのだろうか……?
まぁ、しかし勇者くんよ、俺に1人で立ち向かってくるとはいい度胸だな。くっくっく、乗り気では無かったが、君相手ならば話は別だよ。女の子達の前に君のぼろ雑巾のような姿を差し出してあげるので、負け勇者を存分に味わうが良い。くっくっくっく……
俺が真っ黒な剣をすらっと抜こうとした時、シアンの持っていた鏡に文字がだーっと流れた。
『ちょっと待ってくださいジェド様、普通に戦って勝とうとしてますか?』
「ん? そうだろ。だって悪役だし……」
『いや、それですとお互い危険じゃないですか! あくまで知力や工夫を凝らしてこそのダンジョンの悪役ですし』
『ダンジョンってそういうものじゃないんですよ! 真っ向勝負で倒すのであれば闘技場でいいじゃないですか』
「え……だってさっき思う存分いたぶってって……」
『ですから、ジェド様の持てる知恵を振り絞ってください。もっと面白おかしくしないと、悪役としても映えないですしおすし』
「ええ……そんな無茶苦茶な……」
魔術具で見ているマリアとマロンが言いたい放題言ってくる。俺は実力でいたぶる方が楽なんだけど、ハードル上がってない……?
「どうした! 竜のダンジョンと聞いていたが、見掛け倒しか? この俺の剣に散れ!」
と、勇者くんが剣舞のような剣技を繰り出してくる。ああ、何だそのカッコつけた剣は!!! 剣ってやつはこう、早い、鋭い、重いだろ! かっこつけてんじゃねえよ!!!
イライラが抑えきれず、勇者くんの繰り出す剣を掬って跳ね除ける。そのまま剣を勇者くんにつきつけ捕まえた。
「くっ!」
「剣に散れか……ふっ、そんな剣では俺に傷ひとつつけられんな」
などと格好つけてみたものの、武力で分からせるのはマリア達的に、というか絵的に面白くないからNGらしいし。俺が悪役やる意味あるかそれ……
うーんと悩んでいると、俺はふと勇者くんと俺の身長差が気になった。
「……俺の方が足が長くて高身長なのにな……」
騎士団も高身長、イケメンが多いのに女性とは縁が無い。のにも関わらず女子にモテるやつは凄くモテる。沢山彼女がいる。
オペラも彼氏だか旦那だかの1人2人で悩まなくていいと思う……こいつなんてこんなに女を侍らせて平然としているんだから。
「お……おま、俺が気にしている事を……」
俺の漏らした呟きに、勇者くんはぷるぷると震えた。
「ん? あ……ゴメン、気にしてた? あ、ほら、身長とかはまぁ、案外バランスとか……」
スタイルとか色々、と思ったのだが……勇者くんは正直結構ヒョロい。多分鍛えてない。あれかなぁ……異世界から来たチートだか何だか系のスキルとか持っているやつって簡単に偉大な力を持っているせいかあんまり鍛えないって聞いた気がする。
俺は脳まで筋肉と言われているほど鍛えるのが大好き系男子。かつ剣士であるから余分な筋肉はつけられない……従って、身長も相まって自慢じゃないがスタイルが凄く良くなるのだ。多分足の長さは勇者くんの倍はあるだろう……すまんな。
「ぐっ、だっ、だが、そんなスタイルが良くても、仮面を着けているくらいだから見られないほど酷い顔なのだろう!」
などと罵倒されたので、俺はスッと仮面を外した。
何かそういう行動をすると自分の顔をイケメンだと思っているナルシストみたいで嫌なのだけど、この見せ掛けだけのイケメンのせいで今まで変な令嬢がわんさか擦り寄ってきたり、変な本のネタにされたりと散々な目にあったのでこういう時くらい使ってもいいと思うんだ……
勇者くん的にもイケメンだと思ったのだろうか、俺の顔面を見た瞬間「ウホ……いい男……」と言っていた。良かった、認めて貰えて。でも何でゴリラみたいな歓声を上げたのだろうか。
「ちょ、気にしないで勇者くん! 男は顔じゃないわよ!!!」
「勇者くんは勇者くんのいい所があるんだし!! そりゃあ、ちょっと女にだらしなくてアホっぽい所もあるけど、そこが可愛いんだから……」
「たまにちょっと髭の剃り残しとか微妙に胸毛が濃い所とか非力すぎて私が荷物もってあげている所とかちょっと嫌かなって思うけど、他はいいから」
「ちょっとイキってる所とかたまにダサいって思うけど、優しい時もあった……と思うし」
「私はノリで来たから全然好きじゃないし気持ち悪いって思ってたけど」
後方から支援してきたはずの仲間達から見え隠れする本音に、勇者くんのダメージは更に増してしまったようだ。
「……いや、お主ら、何でそんな奴の仲間になっているんだ?」
「……本当何でかしら……」
「勇者くん1人だと可哀想だから私がいないと駄目かなって思って……」
「私が見捨てたらただのゴミになっちゃうかなって……」
真顔のフェイくんの突っ込みに、仲間の女たちもざわざわとし始めた。いや、女さん達、これ以上勇者くんに追い討ちをかけないで……
「はぁ。お主らはもっと自分を大切にした方がいいぞ。話を聞いていればお主達それぞれを恋仲のように扱っている節も見えるが、そなた達は綺麗で思いやりもあるのだからもっと大切に思ってくれる男と一緒になった方が幸せであろう。我は女人を大切にせぬ男は嫌いだ」
で、出たー! イケメンムーブをかますフェイくんに女性陣もたじたじである。流石女性が強い国に生まれ、女性の扱いには小さい頃から慣れているエリート。フェイくんの将来が心配だ。
惜しむらくは今のフェイくんが女子っぽい格好をしている所だろう。ただのイケメンの女の子である。
「も、もう、あなた女の子なのにそんな大人ぶって、何が分かるの?」
「大人には大人の事情が……」
「む、我は、こんな格好をさせられているがちゃんと男だ!」
バッと仮面を脱ぎ捨てるフェイくんの顔面もやはりイケメン男子。いや、どちらかというと美女。
だが、その言葉は彼女達に衝撃を与えたのか、ふるふると震えだした。
「え……これが噂に聞く美形の男の子が女子の格好をする男の娘ってやつ……?」
「やばい……性癖壊れそう……」
「しかも中身イケメンだし……え、勇者くんの100倍惹かれる」
「あいつゴミくずじゃん……解散」
勇者くんの取り巻き達はフェイくんに性癖を歪まされ、すっかりイケメンショタ男の娘へとNTRされてしまったのだ。それを目の当たりにした勇者くんは放心状態となっていた。
「まぁ……あの、何というか、その……そんなつもりは無かったんだけど……ゴメン」
「……良いんです。俺……実は疲れていて。異世界に来たからにはハーレム無双しなくちゃいけないと思って女の子を侍りに侍らかして、結果、かっこつけなくちゃいけないと思ってどんどんハードルが上がり……気がつけばこんな所にまで来ていました。けど、本当は……元々女子と喋るのも苦手だし……もっと静かに暮らしたかったというか……」
「お前……それは我儘だろ。理想と現実にギャップがあったとしても、お前が始めた物語なんだから、責任取ってちゃんと終わらせろよ。まぁ、もう終わってるかもしれないけど……」
「はい……俺、このダンジョンに来て思い出しました。学生時代、友達と馬鹿みたいにはしゃいでゲームをしていた頃を。異世界に来れば何もかも上手くいって楽しいと思っていたけど……やっぱゲームしていた頃の方が楽しいや」
『それに気付いたのでしたら万々歳です』
勇者くんの話を黙って聞いていたマリア達が話に割って入る。
「この某動画サイトみたいな画面は?」
「ああ、これはこのダンジョンを作ったやつらが俺の悪役っぷりを遠隔で見ていて」
「動画配信みたいなものですか?! そういうのもあるんですね」
『勇者さん、あなたもこのダンジョンを作りませんか?』
「……え?」
マリアの突然の予想だにしない申し出に勇者くんは流れる文字を凝視した。
「俺が、ダンジョンを?」
『はい、貴方のような方を待っていました』
『私達は異世界から来ました。貴方と同じようにゲームに明け暮れた者……日々、楽しさに魅せられたその心を取り戻したいのならば、やってみては?』
「俺が……」
しばし考えた勇者くんは、神妙に頷き俺の手を握った。
「俺、やってみます! 俺の名は丸山勇次、得意なゲームはFPS系です!」
「あ、ああ……」
エフピーエスとかいうよく分からない単語を覚え、勇者くんことマルヤマくんが仲間に加わった。
「良かったですね騎士団長、バイトくんも見つかりましたし」
「ああ。これで俺のお役も御免――」
『いいえジェド様、動画としては0点ですのでまだ終わらないでください』
『ジェド様のやったことって丸山さんの心を抉っただけでダンジョンの悪役とは何の関係も無いですし、丸山さんにダメージを与えたのはどちらかというと仲間の女性陣とフェイ様ですからね。もっと悪役がやりたくなるような撮れ高をください』
マルヤマ君の犠牲では俺のお役は御免にならなかったようだ……えー、まだやるの……




