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その山、樽を転がすべし(後編)

 


「この山は、通称『お嬢樽』と言われる悪事を断罪された令嬢達がその罰でひたすら樽を山の頂上まで運ぶゲーム『悪役令嬢の無限樽地獄(インフェルノ)』が元になって作られています」


「……色々と突っ込みたいんだが……とりあえずタイトルがだいぶ物騒だな」


 マリアとマロンの先導のもと、再び樽を押し頂上を目指す俺達。

 先導されたからといって別に道が緩やかな訳でも罠や凹凸を避けている訳でも無い。むしろ難易度が高いが最短で行ける道がこちらだという。


「私、嵌められたのよねー。このゲームはやった事あるけど詳しい内容までは知らなかったからまさかあんな事になるなんてねー」

「あらー、私もよ。普通婚約者に貶められるとか継母に貶められるとかじゃない? まさかお父様が私を悪女に仕立てるなんて、完全にノーマークだったわよ」


 俺達の周りには復活した悪役令嬢達が樽を押しながらペチャクチャペチャクチャとお互い自分の悪役令嬢の身の上を語っている。俺が話を聞かなくてもお互いで聞いては同調し頷きあっているので、悪役令嬢の身の上は俺が聞く必要が全くないという事が証明されてしまっている。彼女らは実際、自分の話を聞いて欲しいだけなのだ……


「どんなゲームなのかは全然分からないが、ゲームが元になっているという事はやはりこいつら全員そのゲームに関係しているやつらなんだろう?」


「まぁ、そうではありますね。これがゲームの強制力、というのでしょうか。私たちはゲームをモデルに造っただけでそんなつもりは無かったのですが……知らない間にどこかの国の体のいい罰というか簡易追放場所として勝手に指定されていたみたいでこうして野良転生悪役令嬢が集まってくるようになりました」


「そんな事があるのか……」


 マリアとマロンは単純にこの先のダンジョンへ殺到する客の緩和の為に整備に呼ばれただけらしい。

 神の地への道のりに試練を作っているというマリアとマロンの名は竜族にも知れ渡っていた。その腕を見込まれてこちらもスキルを駆使してなんとかしてほしいとなった訳だが……

 その時に前世で何故流行っていたのか全く分からないが妙に流行っていたこのゲームの事を思い出し、そういうコースにしてみた所……ゲームと同じような令嬢達が集まってきていて困っていたのだとか。

 野良転生悪役令嬢ってなに……


「令嬢達の()()さもゲーム通りといいましょうか。ゲームで出てくる令嬢達も本当に腕が細いというかちょっとした事で直ぐに樽と一緒に転がり落ちてしまうというか……まぁ、当たり前ですよね。普通の冒険者ですら苦戦するこの山道ですもの、ただの貴族令嬢が達成するのは困難な道のりでしょう。前世のゲームをプレイした時もあまりにも操作性が最悪すぎてイライラしましたが、現実に見たときに納得しました」


 話をしている間に次々と令嬢達が躓き脱落していく。他の冒険者達はまだマシな動きをしているのに、上からひ弱な令嬢達が降ってくるものだから巻き込まれて大変そうだ……あっちで録画魔術具を持って油断してイエーイとポーズを取っていた冒険者が吹っ飛ばされている。撮れ高増しましたかね?


「なるほど……その元になったゲームの事は分かったが、それでそのゲームでは悪役令嬢達がクリア後に幸せになれるとか、そういうのがあるのか?」


「まぁ、樽を押してこの山を登る事自体が地獄というか罰なので、それが終わるという意味では罪を免れて幸せになれているんでしょうね。ですが別にこの山を登ってゲームをクリアしたからといって結婚相手が見つかる訳でもとんでもなく凄い力を手に入れるという訳でも、財宝が貰えるという訳でもありません。頂上がダンジョンの入り口なのでダンジョンに入ればそういう事があるかもしれませんが……」


「……普通に脱走しても良いのでは? 追放された先がここなだけであろう。見たところ見張りがおるわけでもあるまいに、何故かの令嬢達は上るんだ? そのげーむとやらも、イライラして面白くなかったのであろう? だったら何故そんなものをわざわざ行う必要がある?」


 フェイくんが樽を押しながら怪訝そうに尋ねる。確かに、今ナウ押している俺達からしてみても、楽しくもなんともないし……令嬢達だって体よく追放された先がここだとしても、別に真面目に押す必要はあったのだろうか。


「まぁ、この罰を全うして国に戻ったところで居場所がある訳でもありませんし、だったらこのまま追放ついでに自由に生きるというのも1つの未来かもしれませんね。ですが、彼女たちの誰もが前世でこのゲームをプレイして、このゲームを知った上でここに居る……それならば、押すしか選択肢はありませんよ」


 先ほど脱落していった令嬢達は諦めずに這い上がってきた。さっき失敗した所は学習したからだろうか。避け方が上手くなっているし、こころなしか逞しくなっている気もしなくもない。


「困難を知っているからこそ、押すのか?」


「ええ。困難な道のりで、その上に何も無いと分かっているからこそ、押すのです」


 マリアはニコリと微笑んでフェイくんの行く先にぬるぬるとした液体を撒き始めた。おい。


「ど、どわっ」


 絶妙にぬめる足元。だが、フェイくんは上手く堪えながら頑張って樽を押す。フェイくん、ちょっと成長している……!


「人は、常に困難に打ち勝って成長していく生き物です。そこに何か目的があるとすれば、それが『生きる』という事なのです。彼女達も前世でその不毛で鬼畜なゲームをプレイした後に、困難に打ち勝ったという達成感を得た事でしょう。ゲームをクリアして喜んだでしょう。ただ何かを成し遂げるだけ、そこに報酬は無い……けれど、人はその空虚の為だけに動く事が出来るのです。困難であればあるほど、達成感は何物にも変えがたいと思いますよ」


 実際、この樽を押す作業は個人競技だ。自分自身の手で自分の樽を押す。誰かの手を借りる事無く、信じられるのは自分だけなのだ。

 録画魔術具ではしゃいでいた冒険者も、斜面を進んでいくうちに口数が少なくなり、魔術具を頭にくくりつけて真剣に樽を押し始めた。

 どうせ押し始めたのだから、最後まで達成したくなったのだろう。そして、それを何かの形で残すために、魔術具に収めようと必死で押していた。

 ハァ、ハァと息が荒くなる中、押し寄せるぬめぬめ床に障害物の罠に脱落者の樽に……


「あ、あれが頂上か……?」


 負けずに、諦めずに樽を押し続けたフェイ君が山の斜面の終わりを見つけ言う。それを聞いた回りの令嬢達や冒険者達も目を輝かせて樽を押す手を早めるも、ゴール手前の突発的に現れた罠に巻き込まれ爆炎を上げて吹っ飛んでいく者多数。あー、最後まで気を抜いちゃ駄目だって……


「つ……着いたぁ……」


 頂上にたどり着くと『ゴールはこちら、樽置き場』と書かれた看板の所で係員が登頂証明書を手渡していた。

 樽置き場に置かれた樽はレールに流され麓の樽置き場へと戻される。ああ……頑張ってここまで押してきた俺の樽が……


「私……頑張って完遂したわ。罰を……」


 野良転生悪役令嬢達も証明書を見つめて涙していた。冒険者達も嬉しそうに録画魔術具に証明書と景色を写している。


「私……樽を押しながら考えていたのだけど……やっぱりあの罪を着せて来た野郎には納得がいかないから復讐するわ」

「私は婚約破棄されたあの野郎の事はどうでも良くなったから新しい恋を探す為に旅に出る」

「私はこの試練を乗り越えられたんだから何でも出来る気がするし、スローライフを楽しむ為に頑張る」


 何か吹っ切れたような令嬢達の様子にマリアとマロンは満足げに頷いた。


「己と向き合い、そして達成する喜びで吹っ切れる。ハチャメチャな冒険や刺激的な人生も大事だけど、こうやって無心に無駄なことをする時間から得られるものもあるのよ」


「魔法とか魔術具で簡単にワープ出来たり、飛竜に乗ってここに来る事も出来るけど……あえてわざわざ困難な道のりを来た後の景色って、違うでしょう?」


 マロンが見晴らしの良い場所から上ってきた麓を見下ろす。その向こう側にはうっすらとプレリの草原。

 バラバラと樽を押す麓は霞んでいて見えない……よくもまぁここまで大変な思いをして来たものだ。


「……確かに、特に僕たち魔法使いにはあまり無い感覚でしたね。まだ魔法が上手く使えなくて試行錯誤していた頃を思い出して懐かしくなりましたよ」


 シアンもニコニコと笑っていた。フェイくんも登頂証明書を見て嬉しそうだった。


「ジェド、我は諦めずにお主らについて行ったぞ!」


「ああ、見ていたぞ。頑張ったな」


「……ああ、頑張った……。なぁジェド、この無駄に樽を押して、ただ山道を登りきっただけの苦しくてつまらなくて辛かっただけのものが……達成した今となっては、楽しかったと思える感覚は、何故なんだろうな」


「あー、なんでだろうなーそれ」


 凄く面倒で嫌な仕事も、終わってしまえば笑ってお疲れーと言える。剣の修行や筋トレも、別に楽しい訳でも(そういう人も居るだろうが……)何でも無いのに成果が出ればにやけてしまい、よりハードになっていく。

 苦労が大きければ大きい程満足感や高揚感が大きくなる。どうして人はそうなのか……


「人生、何でも簡単にいかないからこそ面白いんですよ。その中で成長していくから……人はそういう生き物なんです。それを楽しいと思えれば、人生がより味わい深くなりますよ」


 ゲーム大好き令嬢達はニコニコと答えた。そういう苦境を乗り越える為に異世界の変てこで意味の分からないゲームは量産され、楽しまれるのか……


「それでですねジェド様、ここに来られたという事はダンジョンへ御用があってなのでしょう?」


「ああ、苦労して登頂した達成感で忘れて下山するところだったが、その先のダンジョンに咲く花を取りに来たのだった」


 ここまで来るのに苦労しすぎて忘れそうになったが、旅の目的は花なのだ……というかこんなより困難な道のりを求婚の為だけに来る帝国人は本当に居るのだろうか。


「丁度良かったですジェド様、私たちの話を聞いてはいただけないでしょうか?」


 ニコニコと話すマリアとマロンは、聞きなれたお決まりの文句を俺に言ってきた。

 結局悪役令嬢の話を聞かなくてはいけないのか……




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