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その山、樽を転がすべし(中編)

 


 気がつくと、俺達の周りは樽を転がす女性ばかりになっていた。


「しまった――いつの間にか囲まれていた!」


「え? 何がだ?」


 困惑顔で樽を押すフェイくんの向こう側にも縦ロール。反対側のシアンの向こうにも縦ロール。

 俺は左右の刺客を振り切ろうとバランスを取りながら前に踊り出ようとするも、前方にも数人の縦ロールが樽を押していて、更に後ろから這い上がって来る縦ロールのせいで完全に四方を塞がれてしまう。


「……何か、やけにご令嬢が多いな。この先で舞踏会でも開催するのか……?」


「そんな訳あるか!」


「フェイ様、お忘れですか? 騎士団長は悪役令嬢に巻き込まれやすいのですよ。ドリルのような縦ロールに吊り目、そしてまるで吸い込まれるように騎士団長に寄ってくるこの感じ。正に悪役令嬢ではありませんか」


「なるほど……いや、何も分からぬわ! 『おとめげーむ』だか物語なのか知らぬが悪役の令嬢が何故樽を押して、しかも大量に山を上っておるのじゃ」


 何故なのかは俺も聞きたい。いや、聞きたく無い、聞いたら最後巻き込まれるし、いくらなんでもこの大量の樽押し悪役令嬢、尋常じゃないだろ!


「「「それは――話せば長くなりますが」」」


 と、フェイくんの突っ込みに一斉に振り向く悪役令嬢達。こわいてー!

 これには流石のフェイくんも「ヒッ」と引いていた。


「目を合わせるな、他人のふりをしろ。いや、完全に他人だが」


「き、聞かなくていいのか?」


「「「実は――」」」


 フェイくんよ、聞かなくていいのかも何も、転生悪役令嬢(かどうかは知らんが)はいいも悪いも構わずにこうやって話し始めるものだ。

 俺は咄嗟に短剣を抜き、地面にぶっ刺した。


「あっ!」

「何、きゃっ!」


 振動が俺達を中心に波紋のように広がり山の傾斜を乱す。足や樽を取られた周りの者たちは次々に体制を崩して樽に引かれて落ちていった。


「おま、何を!」


 俺は自分の樽とフェイくんの樽を支えつつフェイくんも掴んだ。足とか色々駆使して。どういう体制なのかは補完してくれ。

 シアンも器用に避けている。流石に皇室魔法士になるだけのことはあるようだ。


「そ、そんな事をして大丈夫なのか……? というか、話を聞くべきでは……」


「いいや、聞かなくても分かる。大方、前世でプレイしたであろう異世界の樽を押すゲームで、そして、何か悪役令嬢が沢山いる、そういう奴だ」


「そんなものが本当に存在するのか……? 何の目的で……?」


「フェイ、異世界のゲームに目的なんて無い。奇をてらい、流行に乗り、話題だけを狙い、迷走する。そういうものなんだ。考えるだけ無駄だ……俺達は俺達の目的があるのだから、無視して先を進もう」


 そう、異世界のゲームや小説に意味を見出してはいけないのだ。過去、それの何が楽しいんだ? という乙女ゲームやら小説やらが山ほどあり、その度に痛い目を見てきた。イケメンがゾンビのように襲ってきたり、カードで召還された俺と統合させられそうになったり、変なおっさんのパズルを手伝わされたり……

 異世界人は変な奴が多いのだ。いちいち考えていては頭がおかしくなる。


「考えるだけ無駄、ですか。僕は結構興味ありますけどその内容……」


「やめろ、置いてくぞ」


「それは嫌ですけど、あちらも一筋縄じゃ逃げ切れないみたいですよ」


「え……」


 シアンの指差す方を振り向くと、大量のご令嬢達が樽を凄いスピードで押して這い上がって来ていた。かなり遠くまで落ちたはずなのに、手馴れた手つきで岩場や障害物を器用に避けている。


「ほーっほっほっほ、このゲームならば前世でやり込みましたもの」

「私達から逃げようったって無駄ですのよ」

「何度辛酸を飲まされた事か……前世の記憶が落ちる度によみがえってきますわ」


 なんという事でしょう。令嬢達は転がり落ちる度に前世でプレイしたゲーム内容がトラウマが記憶として蘇り、その先に見た攻略方法やルートまで事細かに思い出してきているのだという。

 負ければ負けるほど強くなる、格闘家かな?


「ヒェッ、こ、怖い。ジェドよ、あれに捕まったらどうなるのだ?!」


「身の上を聞かされるか、最悪偽装契約結婚でもさせられるかもな! 逃げるぞ!」


「ええっ?!」


 俺はフェイくんの樽を蹴って自分の樽の前に追いやって一緒に押して走り出した。シアンも頷いて魔法陣を描いた。魔法無効なのでは? と思ったが、魔法陣が張り付いたのは樽ではなく山道の方で、ぐらっと揺れたかと思うとまるで頂上が山の下と入れ替わったかのように樽も吸い込まれ俺達もそちらに引き寄せられる力が強くなる。


「ナニコレ」


「重力を反転させました。樽に魔法が駄目なら山自体にかけてしまえばいいかと思いまして」


「大魔法すぎん……?」


「いや、その魔法、我らにも効いているという事はマズいだろう……」


 フェイくんが青い顔で山の下、いや、上? この場合どっち? を振り向くと令嬢達の勢いが増し、まるで落ちてくるかのように降り注いできた。


「俺達はあいつらから逃げているんだよなー????」


「あははは、忘れていました。まぁ、結構早いからいずれ追いつかれていましたし」


「余計な仕事を増やすな!!!」


 俺は再び剣を抜き振り返った。剣に気力を集中させ地を切るように抉る。


「ハッ!!!!」


 抉り取られた土と木々や根っこが令嬢達の目の前に土や木の壁を作り足止めする。これはクランバル家(以下略)の1つで、大戦になった時に敵の攻撃から味方を守ったり目くらましに重宝すると編み出さされた技なのだが、そんな大戦滅多に無いので使われないし、事前に知らせないまま使うと結構怒られる。冬に雪国に赴いて雪合戦をした際に使ったくらいだ。こんな使い道があるとは……いや、今後使うかどうか分からないけど。


「や、やるな。だが、女性にはもう少し優しく接するべきでは……」


「アホか! あんな形相で樽を押しながら迫って来る女達に何の優しさが要るんだよ!」


「し、しかし――」


 ――ボコォ

 と音がしたので振り返る。ひび割れた土壁を押し破るように樽と令嬢が次々と姿を現す。


「オーッホッホッホ!! こんな障害物如きで立ち止まるとでも思いまして?!」

「こちとらいっぺん死んで2度目の人生やってんのよ!! トラックに比べたらなんぼのもんじゃい!!」


 次々と障壁を乗り越えて樽と共に落ちるように迫り来る令嬢達。優しさなんて要らねえ、要るのは根性のみじゃゴラァ! と言わんばかりの気迫。何が彼女達をそこまで動かすのか……3週位回って気になり始めてきた。


「お、おい、あの勢いで来られたら潰されるぞ?!」


 フェイくんが真っ青な顔で雪崩令嬢に向かって叫ぶ。


「ああ、すみません、僕のせいですね」


 シアンがふっと手を横に振ると地面に描かれていた魔法陣が一気に割れて無くなり、その瞬間令嬢達の目の前の樽が重くなったのか「ぎゃっ!」という悲鳴を上げて樽に押しつぶされるかのように斜面を転がり落ちていった。


「うわーっ!!!」


 令嬢の方に気を取られていたら、フェイくんも俺の放置していた樽と自分の樽に押しつぶされて令嬢達の方に転がっていってしまった。


「あ」


「おい、お前今日何か変じゃないか?」


「ん? そうですか?」


 いつものシアンだったらもう少し真っ当というか、こんな皆を困らせるような魔法なんて使わないだろう。反応を楽しんで寸前で助けるような性格の悪い魔法使いならば別だが……

 もしかして本当はそういう奴なのか?

 シアンが慌てて魔法を発動させ、地面を平行にするも1度ついた勢いは急には収まらず、止まりかけた令嬢達の群れにフェイくんと樽は音を立てて突っ込んでいった。大丈夫だろうか……

 急にあっちにこっちにと坂下がぐるぐる変わり気持ち悪い……ちょっと酔い気味の足取りをふらふらとさせながら令嬢達に近づくと、その中心でフェイくんも酔ったのか気分が悪そうな青い顔で涙を目に浮かべながら立ち上がろうとしていた。


「ちょ、ちょっと僕、大丈夫?」


 流石の悪役っぽい令嬢達も小さな男の子が怪我をしていないかと心配になったのか声をかけるも、フェイくんはふるふると首を振る。


「わ、我は僕ではない。こ、これしきのこと……ちょ、ちょっと怖かった……」


 強がろうとするも思わず漏れ出る本音。ちょっと泣きそうなフェイくんはそれはもう、とても、可愛い男の子だった。ああ……そんなに震えちゃって。


「ヴッ!!!」

「ぐ、ぐはぁ!!!」


 男の俺には無いはずの母性本能がくすぐられそうなフェイくんの泣き顔。俺が守ってあげなくちゃと抱きしめかける右手を押さえる。

 俺でさえこんな感じに傾倒しそうになるのだ、間近で見た女子達への刺激はかなり強かったのだろう。

 フェイくんの近くの令嬢達から次々と胸を押さえて倒れだした。


「ジェド……一体何なんだ結局……」


 パチパチパチ

 フェイくんの無自覚無双が決まりこんだ山の斜面。シアンが魔法を解いたのか少しずつ傾きが元に戻りかけてきたその山を下りながら俺達に向かって賞賛の拍手を送る令嬢達が現れた。

 また令嬢……と思って身構えるも、その手には頂上に向かって押し転がすはずの樽では無くシャベルや掘削機。真っ黒に焼けた肌は明らかに土木作業員の様相。揺れる縦ロールだけが辛うじて令嬢の体を留めていた。


「突然現れる土壁に重力反転……更に色仕掛けまで。そんな障害は考えておりませんでした、流石はジェド・クランバル様」


 日の光をバックに逆光で現れたのは、ダンジョンメーカーこと岩流れ洞窟の令嬢、マリアとマロンであった。

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