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なりたい自分になれる村は何故か繁盛していない(後編)



「胞子が濃くなっている、あの辺りですね」


 村の奥深く、宿から少し離れた小高い丘に向かうにつれ霧のように漂う胞子が濃くなっていく。周りにも茸が溢れて少々不安になる……


「この茸、大丈夫なのか? 気力を養分にするとか言っていたが、身体に生えたりとかしないよな……?」


「ええ、そういう人を苗床にするような何処にでも生える茸ではありませんから安心してください。茸側にも環境を選ぶ権利がありますからね、それにあくまで養分は気力であって死んでしまっては養分も何もありませんから。あ、あの方ではありませんか?」


 確かに死体になった日にゃ気力もくそも無いだろう。俺も焼肉が好きでも焼肉の中に住みたいとは思わないしな……

 シアンが示す先には焚き火をしている女性が居た。やはり宿泊の際に受付にいた従業員である。

 風上にあたるこの高台からは村の方に向かって煙が流れている。焚き火の中には沢山の茸があった。


「おい、やはり君が胞子を……撒き散らしている、のか? 茸料理なのか……?」


「いえ、この茸は強い熱を浴びせると繁殖が活発になるので間違いないでしょう。そもそも食用にはなりませんし」


「あ、あなた達?! なぜここに?!」


 俺達に気付いた従業員は驚愕の表情で後ずさる。


「理想の姿になったのに絶望し無気力になっていないなんて……」


「まぁ、他の奴らはともかく、俺はあんまり変わってないからな。というか何でこんな事を」


「ヌアーーー!!! この完成されたイケメンがーー!!!」


 従業員の女は急に地面に伏せて悔しそうに地を叩いた。急になに……

 地に伏せる女にフェイくんが近寄り肩に手を置く。


「お主、何故そうまでして理想の姿を思い描く者達にこの様な気持ちを抱かせようとしているのだ。もしそこに……何か理由があるのならば話してはくれぬか」


「貴女は……理想の姿になって、苦しいの?」


「ああ……」


「そう……」


 フェイくんは悲しげに頷いた。それを見た女はすくっと立ち上がり焚き火の横に座って話し始めた。


「私の名はゾーラ。実は、私は前世で見た小説の中に登場する悪役の令嬢になってしまった、という特殊な人生を送っているわ」


「ほほう……それは特殊な出生で」


 話の入り出しがよう聞くやつなので麻痺してきそうだが、普通はそうそう居る存在じゃないんだよ。フェイ君達もでしょうね顔で俺の方をチラリと見る。いや、たまたま出生が特殊な人が俺の前によく現れるだけで、特殊な出生に俺は全然関係無いからね。


「それで、悪役令嬢の運命に抗おうとした訳か……」


「いえ……抗うも何も、私には才能がなかったの……」


「ほほう?」



 ゾーラが直ぐに悪役令嬢になってしまったと気付けたのは、彼女がよく()()()()()()()()を好んで読んでいるからだという。

 彼女が読んだ小説、というのが正にその手のタイプの小説で


「『悪女転生ライフ~悪役令嬢に転生した私は持ち前のスキルを振る活用して華麗に生き残りますわ~』という小説でした」


「なる……ほど?」


「ん? どういう事だ? 悪役の令嬢に転生した者なの、だよな?」


「いや、そういう単純な話ではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()という事じゃないか……?」


「そうです、その通りです! 話がやけに早くて助かります」


「まぁ……そういう話にはその、慣れているというか」


 そう、俺だから理解出来ているのだが、常人にはその複雑な生い立ちは理解し難いだろう。

 彼女は悪役令嬢に転生しているのではなく、そもそも元の話が悪役令嬢に転生して活躍する令嬢の話なのだ。

 そんな話があるのかと思うだろうが、実際にアンバーもワンダーからそんな本を買ったと言っていたので少なからず存在するのだろう。異世界事情はよくわからないが、もしかしたらそっちの方が流行って沢山物語が作られている可能性だって無い訳じゃないだろう。そんなものが流行るのかは疑問だが……


「それじゃあ、物語の中では悪役令嬢であるゾーラさんが破滅の運命を回避したって事ですよね? その人生に転生した貴女も、破滅の運命なんて無いはずでは」


 それを聞いたゾーラはわっと泣き出した。


「ええ、無かった……破滅の運命どころか、何も、何もありませんでしたわ!!! 物語の中ではゾーラは持ち前の社交性やスキルを生かし、ヒロインにざまぁしていくのだけど……そういうのは一切無い。だって、私……憑依型転生をした私には幼い頃から培った社交性や令嬢教育が身についている訳でもなく……かといってヒロインを苛める度量も無く……というか全然何にも無く。そりゃそうでしょうね??? だって、ゾーラの事を小説で見ただけの他人ですから!!!」


 憑依型転生……それは、人生を1からやり直すように赤ん坊として前世の記憶をもってこの世に生まれて来たのではなく、突然物語の登場人物になってしまうものだという。

 ややこしい事に、悪役令嬢にも過去の記憶をそのままに突然前世の記憶を思い出すパターンと、そうでは無くて突然何か違うものの魂が憑依したかのように別人になってしまうパターンがあるらしく、彼女はそちらなのだという。


「なるほど……他の世界から魂だけがこちらに来て、1つの身体に魂が2つ宿るって話も聞いた事はあります。ですが、もとの魂を感じられないのであれば、もしかしたら交換転移、という可能性もありますかね。元の世界の身体にはゾーラさんの魂が、そしてゾーラさんの身体には貴女の魂が、何かのきっかけで入れ替わってしまったと……まぁ、異世界に行く術は発見されていないので確かめようはありませんが」


「そう……なのかもしれない。いいえ、元の世界の身体にゾーラが居ようが居まいが関係ないわ……どうせ、何の特技も容姿も普通の、何も出来ない私なのだから……」


 ゾーラは前世で見た悪役令嬢の活劇に惹かれ、気がつくとその身体に憑依していたらしい。


「正直なところ、やった、自分にもついにその番が来たのだと、そう喜び、張り切ってゾーラの生活を楽しもうと思ったわ。転生悪役令嬢ゾーラの物語は穴が開くほど読み漁ったから、その攻略方法も何もかも分かっている……つもりだった。でも、知っているからといって、理想通りに上手く行くなんて、そんな話がある訳も無かった。確かに、転生悪役令嬢の話では様々な悪役令嬢が活躍していた……でも、そのほとんどは何か特殊な特技を持っていたり、性格がぶっ飛んでいたり、何かの専門知識があったり……チート能力も無しにこのファンタジー世界の社交界の荒波を乗り越えていける訳も無く……それに周りに出没するイケメン達を手玉に取る事どころか頼る事も、というかマトモに話をする事も出来ず……『おもしろくねー女』としてそっとフェードアウトされました。悪役らしい悪役たることも出来ず、普通に生活をしていた私は断罪される事すら無く……強制力とは? こんなに何も無い事って……いっそ殺してくれと思ったわ……」


 涙ながらに語るゾーラ。憑依した後のゾーラの生活は、びっくりするくらい何も無かったらしい。それこそ、元の世界に居た平凡で起伏の無い人生と同じように、ゆっくりと、何も無くなったのだという。


「な、なるほど……それでこの茸に何の関係が……」


「私という存在が乗り移ったゾーラの運命は既に悪役令嬢からも、転生悪役令嬢の快進撃からも逸れ、普通の人生として修正されてしまったわ。私は私がよく分からなくなり、自分探しの旅に出た……いえ、旅に出た所で自分なんて見つかるはずもないわよね。元々無いのだから……。そんな旅の途中で見つけたのがこの茸だったの。これは変化の魔術具によく使われる茸だけど、濃い胞子を浴びると短時間だけ理想の自分になれるのよ。理想の自分、私の理想の自分は、ゾーラだった。でも、ゾーラにはなれなかった……だって、私は私でしかないのだから。どんなに頑張っても理想の自分にはなれない、いえ、なりたい理想の自分なんて描くだけ無駄なのだと、そんな現実を早めに知ってもらおうと私はこの村を開いたのよ」


「それはまたとんでもない飛躍だな」


「行動力はある方、ではないですかね」


 上辺だけなりたい自分になれても、何も幸せになる事はない……それを皆に伝えようとこの草原に宿場村を開いた、丁度そのタイミングで近くにあった子供の夢の村が繁盛し始め、客が上手い具合に流れてきたのだという。

 確かになりたい自分になれた果てに、絶望する……村の名の通りだろう。あの犬のお姉さん、さては知ってて流しやがったな……


「あなた達も思い知った? なりたい自分には、なれないのだと」


「まぁ、それなりに」


 シアンも、シルバーに憧れ、シルバーになろうとしてもなれないのだろう。何せ、シルバーになるにはあいつの相当過酷な運命と体質が無いといけないからな……上辺だけそうなっても、大魔法使いになんてなれない。

 フェイくんも、大人に……姉のルオのようになりたいと願っていて俺に相談してきたのだろうけど……大人になりたい、というのはそういう事じゃないだろう。

 身体だけ大人になった所で、フェイのなりたい大人では無いのだから。


「そう……だな。そうだ。確かに、我は……姉上のようには、なれないな。でも……我は、我は自分の心を知ることが出来て、思い知った事が無駄だとは、思ってない」


「……え?」


 重苦しい表情から言葉を絞り出すフェイくん。ゾーラは驚き立ち上がる。


「な、何で?! 分からされたんじゃないの?? 自分はどうやっても理想の自分になれないって!」


「いや、その女性の言う通りだ。無駄ではない」


 フェイの言葉に同意するように現れたのは、先程宿の外で見た王子や姫達……つまりは茸の胞子で理想の自分と現実を分からせられ、落ち込んでいたはずの他の宿泊客であった。


「あ、あなた達! 現実を見て落ち込んでいたはずでは……」


 頷き合う宿泊客。先頭の男が


「私達は……リピーターです」


 と言うと、他の客も同意する。全員……リピーター??


「どういう事?! だって、来る客来る客、皆現実を知って落ち込んで帰ったはずじゃ……」


「はい。私達も、最初に訪れた時はそうでした。なりたい自分と現実とのギャップに打ちのめされ、何者になりたいのか分からなくなり、悩みに悩みました」


「でも、ここに再び来て分かりました。やはり、私はお姫様のようになりたい……」


「なりたい自分とはまだまだ遠いですが、それを原動力に、また頑張ろうって。そう思えたんです。確かに落ち込みはするけど、来て良かった。自分を見つめ直すいい村ですよ、ここは」


 絶望から希望を生み出した宿泊者達。何ならこの現実分からせがちょっと癖になって来ているとさえ言う。現実分からされマゾ……? いや、癖になってる人を何でもマゾって言うの良くないか。


「な、な、な、何でなのよーー!! 何でやることなす事上手くいかないのよーー!!!」


 客達の話にゾーラは膝から崩れ落ちて泣き叫んだ。


「だから皆に現実を教える為だけに、世界に復習する為にこんな事しているのであって、普通にいい話風になっちゃったら本末転倒でしょうがーー!!!」


「そう、言われてもなぁ……」


 困惑顔の宿泊客達。何か上手い具合にいい感じに話が終わりかけたのに……ゾーラ的には駄目らしい。何が駄目なんだよ……


「こうなったら……とことんやってやるわよ……」


 ゾーラは茸を握り締め、火にくべ始めた。火の勢いが増すと共にボワッと増える胞子の数。


「ほーっほっほっほ、あんた達が絶望するまで、現実ってものを直視して諦めるまで、こっちはやってやるわよ!!!! 悪役にも、一発逆転悪役令嬢にもなれなかった私の絶望を、思い知れ世界!!!!」


 ヤケになって高笑いするゾーラのその姿は、正に悪役令嬢だった。なってるじゃないか……念願のソレに。

 だが、人々を絶望の淵に落としめんとするゾーラの高笑いを見て、客たちは頷いた。望むところだ、俺達も理想と現実のギャップに負けず、戦い続けるぞ! と言わんばかりの決意だ。だからいい話になってるんだよなぁ……


「ふ……なれているじゃないか。何者かに」


 悪役令嬢VS理想を追い求める宿泊客達の様子を見て、フェイはやっと笑顔を見せた。


「まぁ、負の感情が原動力になったとはいえ宿場まで開いてここまで手の込んだ事をする位だからな……十分にいかれてるだろ」


「そうですね。何が向いていて、どんな運命を辿るかなんて人それぞれ違うのですから。そして、それは時には理想と重なったり、上手くいかずにギャップを感じたり……そうやって、何かの積み重ねで人は成長していくものですよ。フェイ様も、理想は理想として置いておきながら、自分の道を積み重ねて行ったらいいじゃないですか」


「そう……なれるといいな」


 目を少し擦ったフェイくん。涙を拭ったのかと思いきや大きくアクビをする。


「ふふ、そろそろ寝る時間ですよね」


「お、お主、我を子供だと思ったな?!」


「いいえ、大人でもちゃんと夜は寝るのですから、戻って休みましょう。きっと朝には元の姿に戻ってますよ」


「だと良いな……大人にはなりたいが、その……この姿は我ではないから」


 後ろでは、悪役令嬢ゾーラと宿泊客達が未だ賑やかに言い争っていた。その気力を吸い込んでいるのか、空を舞う茸の胞子はキラキラと輝いていた。


 なりたい自分になれる村は今は繫盛していないが、そのうち繁盛するのかもしれない。

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