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なりたい自分になれる村は何故か繁盛していない(前編)

 


「え、泊まれない?!」


「はい……今日はもう全室お客さんで埋まっていまして……」


 申し訳無さそうに頭を下げる犬のお姉さん。ザワザワワイワイと大人で賑わう村は確かに満員を超えた人出だった。


 漆黒の騎士団長ジェド・クランバルと魔法士シアン、東国の王弟フェイ・ロンはプレリ大陸の草原を抜けて竜の国ラヴィーンを目指していた。

 前回のマンドラゴラ騒動でしっかりと時間を取られてしまい、旅の宿を探していた訳だが。

 セリオンの国内に当たるこの辺りの草原と言えばやはり『子供の夢の村』である。特殊なサービスもさることながら普通に宿としても綺麗で飯も美味い。


「そうか、残念だがこの状況じゃ仕方ないな。以前から盛況だったが人で賑わうのは良い事だな。運営体制も整っているみたいだし」


「はい、おかけ様で。獣王からも補助金や人工を送って頂いて、その際から本当お世話になってます。お客さんにはこうして何度も足を運んで頂いているので、そういう常連のお客さんを大事にしたいのですけどねぇ……何せ」


 犬のお姉さんが困り顔で外を見れば、ここに来るまでに見慣れた光景……比較的若い旅人の何人もが録画魔術具を持ってキャッキャとはしゃいでいた。


「ここでもか……」


「はい。いつしかに来られたお客さんが録画魔術具でここの夜の光景を変化込みで記録して、それを売り出したみたいで。何かそれが妙に流行って一気に広まったみたいなのですよね……まぁ、確かに子供に戻りたいだなんて夢はみんな持っているでしょうけど、映像魔術具を見て来た人や同じ様に録画魔術具を使おうとしている人なんて若者ばかりですよ。あの子達なんてつい最近まで子供だったじゃないですか。まだ若い人が興味本位で体験するだけなら、もっと日々疲れてこの村を本当に楽しみにしている方に譲って欲しいですね。楽しんでくれるのはありがたいですけど……」


 この集客はありがたくも、俺達みたいに以前から来ている客達は中々泊まれず、中には団体で無理矢理沢山部屋を押さえては高い値段で斡旋するような商人もいるらしい。


「流行りは一時的なものでしょうから、また新たに面白い場所が発掘されればお客さんも引いてくるでしょうけど……」


「良ければ魔法都市に魔法旅行代理店がいくつかありまして、そちらを紹介しましょうか? 各国にも繋がりがあって、予約や人を捌く事についても長けていますし悪徳商人とは絶対に取引しませんから。遠方から来られてここにやっと着いてからガッカリするよりは幾分かマシになると思いますよ」


「え?! ほ、本当ですか!!」


「ええ。早く確約しておけばその分安くなったり、直前で空きがあれば各支店に伝達して売り出したり、そういう事も相談に乗って貰えますので。やはり専門の商人達に相談するのが1番かと思いますので」


 今までは口コミで知る人ぞ知るような客入りで営業していたが、確かにこうも人で溢れてしまうならばそちらに頼るのがいいだろう。

 ……聖国が人で溢れた時もそうすれば良かったのかもしれない。過ぎた事はもういいか。

 シアンは魔塔から人を送らせる事を約束し、ひとまずはお姉さんもホッとした様子。泊まれなかった常連達にも方法が確立出来次第知らせていくとの事だ。


「しかし……ゆくゆくは泊まれる、という話はともかく我らは今日の宿が無いのだよな」


「うーん……最悪野宿か」


 シアンはよく分からないが、少なくとも王族で幼いフェイくんに野宿をさせるのは気が引けた。東国ては野宿に近い事も多々あったが状況が状況だったからなぁ。


「あの、よければ新たに出来た宿を紹介しましょうか?」


「何処か当てがあるのか?」


「ええ。この村の評判を聞きつけて同じようなコンセプトでパク――オマージュする宿場がいつの間にかいくつか出来ていて、最初は鬱陶しく思っていたのですけど……こっちも客がさばき切れず四の五の言っていられなくてそちらを進めています」


 確かにこうなってしまっては協力する方がお互い得だろう。争わずに協力し発展するのはいい事だ。


「それで、そちらはどんな村なんだ? 子供の夢の村みたいに夜だけ子供になれる、とかそういうコンセプトの村なんだろう?」


「はい。そちらは、なりたい自分になれの果て村です」


「そうか、やはりなりたい自分になれる村なのか」


「いいえ、なれの果て村です」


 なりたい自分になれ……なれの、果て?



 ―――――――――――――――――――



 犬のお姉さんに教えられてたどり着いたその村は、丁度ラヴィーンの方角に進んだ直ぐの場所にあった。

 ラヴィーンに向かう旅人が先ほどの村で泊まることが出来なくてもその先に上手い具合にもう1つ宿がある。配置的にもよく出来ている配置だ。お零れに預かろうという気概が立地からも見えていていっそ清清しい。


「なりたい自分になれる、というのは随分魅力的なうたい文句ですが……その割には空いていますね」


 先ほどの村とは打って変わって、こちらはあぶれた客がちらほらは居るものの、とてもじゃないが繁盛しているようには見えなかった。

 他の客たちも町からほのかに香る陰気なムードに不安がっているし、宿泊して帰って行く客達も心なしか肩を落としている。


「なりたい自分になれる、のだよな? 先ほど立ち寄った子供の夢、というのもどういう村なのかピンとは来なかったのだが……こちらもイマイチ分からぬな」


「いらっしゃいませー!」


 俺達がどうしようか迷っていると、宿の従業員が元気よく迎えてくれた。肩を落とす客を元気よく見送る声色に多少の不安を感じる。


「あの、私達は――」


「ああ、ハイハイ聞いておりますよー! 夢の村からお越しいただいたんですよね?! こちらは初めて、ですよね?!」


「はい……まぁ……」


「そうですかー! 楽しんでくださいね!」


「何を……?」


 説明の少なさは子供の夢の村とほぼ一緒である。

 まぁ、不安かどうかはさておき今晩が野宿で無いだけでもよしとしよう。あの村が思いのほか楽しくて期待してしまったが、本来宿にはそういう付加価値は無いはずだ。


「それにしても……霧が濃いな」


「確かに。天気も悪そうだし宿に泊まれてよかったな」


 不気味な空気をいっそ際立てる程に日が落ちる毎にモクモクと湿った霧が漂ってきたので俺達は早めに宿に入ることにした。


 他の客が肩を落とし気味に帰って行くので不安を覚えたが、案内された宿は真新しく綺麗だったのでホッとした。

 だが、先ほども深く説明の無いまま通され、食事を運んできた時に再度聞いてみるも「え、あ、ああ、お楽しみは取っといた方がいいですよ、ネタバレはほら、ね、良くないですし」と目を逸らして誤魔化すばかりだった。


「怪しいな……」


「そうだな……ところで、フェイはなりたい自分っていうのはやっぱり大人になった自分なのか?」


「げふっつ!!!」


 食事中に急に話を振ったからか、フェイは食べていた物を思いっきり吹いた。


「す、すまない。いや、答えたくないなら良いんだが……」


「い、いや……そうではなく……この料理……その」


 フェイが言いにくそうにフォークを置く。俺も首を傾げて食べかけの食事を口に運ぶが……


「……ビックリする位、美味しくないですね」


「……シアン殿、折角用意頂いた食事にそうハッキリと申すのは……」


 東国では食事には神が宿ると信じられている程に食べ物を大事にするらしいのだが、そのフェイすらも口ごもるほど……食事はマズかった。

 以前、悪役令嬢の対決でマズい飯を食った事はあったが……その悪夢を思い出す位には不味い……


「これ、食べなきゃ駄目……ですかね」


「まぁ、あっちの村でも食事に混じっていた茸を食べないと全容が分からなかったからな……きっと、この不味さにも理由があるのだろう」


 俺は致し方なく全然進まないフォークを口元に運び続けた。フェイ君達もウッと時折戻しそうになりながらも何とか食べきった。何でこんな思いをせにゃならんのだろう……


 飯が不味かったせいもあってか、食事後も口数が少なく……大して話も弾まないまま俺達は早めの就寝についた。あ、そういえば……2人のなりたい自分って、何なんだ?


 そもそも俺のなりたい俺って……?



 ★★★



 ゆらゆらと、まどろみの中で夢を見た。

 夢と言えば乙女ゲームが出てくるような変な夢を見ることも多々あるのだが、それは過去を思い出すような本当に曖昧なものだった。

 夢の中で、俺はまだ騎士になり立ての頃に陛下に聞かれた言葉をもう一度聞かれていた。


『ジェドって、騎士になったらそれでどうするの?』


『え? ……いや、あんまり考えてなかった』


『……そこは考えてよ』


『だって、騎士になるのが当たり前だと思ってたからなー。特にこれになりたいとか、そんな事考えたことなんてなかったからなー……』



「う……」


 夢から覚めて俺はむくりと起き上がった。

 何で今更そんな夢を見たのか分からないが、中途半端な時間に見た変な夢のせいか真っ暗な月明かりに照らされる窓にぼんやり映る俺は、心なしかその頃の年若い俺に重なって見えた。


「ジェド、眠れぬのか?」


 フェイの寝ていたベッドからもそもそと声がしてそちらを振り向いた。


「ああ、済まない……起こしてしまっ――」


 そちらを向いて俺は固まった。


「――え?」


 フェイも自分の違和感に気付いて固まり、慌てて部屋にあった鏡を見た。

 ベッドから這い出るフェイの姿、着ていた着物は窮屈そうに成長した身体を包んでいた。

 やはりフェイは大人になりたかったのだろう……いや、それだけじゃない。

 それは、成人男子――ではなく、どう考えても女子……というか、フェイの面影をそのままに大人の女性にしたその姿は、紛れも無くフェイの姉、ルオだった。


「え?! な、あねう、え、え?」


 焦るフェイ。俺は服の大きさに若干の違和感を感じながらもシアンの方を振り返った。が、そこに肝心のシアンは……何故かいなかった。えー、ええ?? どこ行った???



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