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危険な草原の花は抜かないで(前編)

 


「ほぉー、これがプレリ大陸か! 広いな、山が綺麗だな、あれがラヴィーンか?」


 広大な草原を走る魔術具車。窓から見える遠くの景色を見てはしゃぐフェイくん。歳相応。

 漆黒の騎士団長ジェド・クランバルと東国王弟フェイ、皇室魔法士のシアンはラヴィーンへと向かっていた。

 スイッチがオフになってしまった皇帝陛下の願い(?)である花を探しに行くのだが、先日は聖国にまで赴き何年かに一度咲くと言われる世界樹の花を無事ゲットした。

 いや、無事でもないし花だったのかも分からない代物だったが……半分以上アレ、スライムだよね。

 俺達が次に目指すのはラヴィーン。

 ――その昔、帝国の皇族が求婚の際に竜の山に登り、皇族の紙色と同じ太陽の色に輝く花を持って后を娶ったとされる。以後、その花は求婚の証として……などと面倒な求婚方法を見てしまったばかりに遠い竜の国へと向かわなくてはいけないのだ……

 正直、先代皇帝も、その前の皇帝もそんな事をしていたのかは謎である。先代は陛下の幼い頃に亡くなっているからよく覚えていないけど、結構のほほんとしていた気がするし。

 そんな物を陛下が所望しているのかはよく分からないが、あんな状態になるまで奮闘してくれた陛下の為には探しに行くしかない。陛下が倒れたのはほぼ俺のせいだし……


 聖国に行くまでも大変だったが、縦に長い世界樹に対してこちらはとにかく広くて遠い。

 だだっ広いプレリの草原はどこまでも続いていて先が全然見えないし、目的地の山も境目が見えないほど霞んでいる。草原も広いが山も高いので距離感が分からなくなる……

 そんな景色が東国とは違うのが珍しいのか、フェイくんは目を輝かせて見ていた。フェイくんは早く大人になりたい、と言っていたがやはり歳相応にはしゃぐのがいいんじゃないかと俺は思う。だって、大人になったらそう子供みたいにはしゃぐことも出来ないからな……あ、猫の乗り合い動物が走ってる、かわいーっ!


「それにしても、本当に流行っているんですね。あの魔術具」


「確かに、こう見ても結構な者が使っているようだな」


 プレリの草原は様々な旅人が利用し、それぞれ移動の乗り合い動物に乗っていたり、徒歩でゆっくりと歩いたり、商人の隊列や俺達のように魔術具の乗り物を使っている者もいるのだが……あのゲート都市で見た録画の魔術具を乗り物動物につけたり、はたまた自分自身を映しながらブツブツと喋っていたりと魔術具を使用して旅をしている者がチラホラと見える。


「色んな使い方をされているのは良いですが、先ほどのゲート都市と同様、ある程度の使用規制や禁止事項は設定した方が良さそうですね」


「本当になぁ」


 ちゃんと周りに配慮して使用し録画している者もいれば、道を塞いで馬鹿騒ぎをしたり寝そべったりと奇行に走っているものもいる。止まっているならばまだ良いが、前を見ずに自分を映しながら馬を走らせているものもいて、他の乗り合い動物とあわやぶつかりそうになる輩までいてヒヤッとした場面もあった。


「帝国だって一部で流行り始めたばかりで皇室まで届いていないのですから、プレリ大陸なんて王都まで届いていないでしょうに国として規制するのはまだまだ先の話になるでしょうね。迷惑な使用者が増えない方が当然良いですが、放っておけばいずれ大きな問題になって……そういう使われ方は嫌ですからね。魔塔の方で魔術具側に使用規制をかけられないか言ってみます」


「ふむ……シアン殿、お主は魔法や魔術具というものについてその、優しい考えを持っているのだな。我は、魔法使いという者はもっと自分の為にというか、凄い魔法を使ったり魔術具を開発する事を追及するものばかりだと思っていたのだが」


 フェイの疑問にシアンはキョトンと首を傾げ考えた。


「まぁ、割と凄い魔法や魔術具を追求する事については皆、寝食を惜しんでも追及する方ばかりだと思いますよ。実際、抑えられない欲求を自分に向けて放ったりとか、そういう変な方向に目覚めてしまう方ばかりですし」


「ああ……何か、そういう感じだったな」


 フェイくんは先日の魔塔での戦いを思い出してゾッと青ざめていた。俺も度々魔ゾの群れを見ることはあったが、集団で欲望をぶつけてくる人間の怖いことったら。あれで平和な魔法の使い方と言えるのだろうか……


「けれど、魔塔にいる魔法使い達は誰1人として魔法で誰かを不幸にすることを望んではいないんじゃないですかね。そういう先代の心に同意して集った者達ばかりですし、そもそも、自分だけがとか邪な気持ちを持っているならば魔塔なんかに勤めませんし。活躍したいならば、冒険者を目指したり自分で他の国に売り込んだ方が早いでしょう? 魔塔に勤めている者なんて、ほぼ魔法を変態的に追求しているマニアですよ」


「……なるほど」


 シアンの答えに納得し頷くフェイくん。だが、普通に浅はかな欲望を持っているのと、ヤバイくらいに魔法をすき過ぎる変質者達と、どっちが良いのかと言われると……ちょっと考えてしまうなこれ。


「それにしても、段々と運行速度が遅くなっているの」


「うーん、この辺りは今ちょうど花の見ごろですからね。それを観賞している人も多いんじゃないですかね。そんな中で飛ばせませんし」


 確かに、この辺りはそこかしこに美しい紫の花が咲いていた。走ってきた時は遠くの山とただの草むらがだだっ広く広がる起伏の無い景色がずっと続いていたので、こうして景色が少しでも変わると嬉しいものだ。だだっ広さに飽きていた旅人達も眠気覚ましにか乗り物動物から降りたり、旅の足を止め花の景色を楽しんでいた。


「まぁ、物凄く急いでいる、という訳では無いから少し位景色をゆっくり楽しんだっていいんじゃないか」


「そうだな。それで、これは何の花なのだ? 我の国では見たことの無い不思議な怪しさというか魅力があるが」


「ああ、あれは、マンドラゴラですね」


「ほほう、マンドラゴラというのか」


「マン――」


 俺はその名前に聞き覚えがあってボーっと覗いていた窓の外の景色を2度見した。


「……マンドラゴラって、無実の罪で死んだ者の上に生えるとか、抜いたら死ぬとか、そんな伝説の残るあの……マンドラゴラか?」


 俺の言葉にフェイくんもぎょっとするが、シアンはプッと吹き出して笑い、手を振った。


「やだなぁ、そんな訳無いじゃないですか、それが本当だったらこの下にどんだけ無実の罪で死んだ人が眠っているんですか」


「まぁ、そうだよな……」


 草原の中に癒しを提供するかのような一面の紫色。これ全部がそうだったらどんだけ物騒な国なんだって話だよね。無実の罪で処刑された人がそんなに……いや、まぁ俺の経験上、結構そういう運命を辿りそうになった人はいたけどさぁ。


「マンドラゴラの危険性を誇張する為に恐ろしく描かれただけで、実際はこういう広くて土壌の良い土地に根付き易いのでセリオンでは結構栽培されているみたいですよ。今年は気候が良かったせいかこうして豊作になっているみたいですね。マンドラゴラは薬の材料にもなるので、ラヴィーンへと運ばれて加工されるんです。目薬とかに使われるみたいですよ。魔術具の材料としても広く使われるのでよく買い付けに行ったりしますが」


「そうか、危険は無いのか……」


「抜いたら死ぬ、なんて事はありませんけど、抜くときに結構凄い声を発するので驚いて気絶する人はいるみたいですけどね。ほら、そこら中の看板にも『危険、絶対に抜くな』って書いてありますし」


「え……」


 わいわいと花を観賞する人たちの近くには確かに血のように赤い文字でそう書いてあった。中には若い旅人がちょっとふざけて抜いてみるような素振りをしていたりする……おい、冗談でもやめろよ絶対に。


「はーい、どうもー! デンジャラス勇者動画ですー!」


 すると、一際大きい声で周りの迷惑も考えずに叫ぶ若い男の声が響く。言っている通り手には例の録画魔術具があった。


「またあの魔術具か……」


「はーい、今日はね、このマンドラゴラを引っこ抜いてみようかと思いますー!」


 と、言っている側から看板に書いている文字を無視して迷惑行為を行おうとしていたので俺は慌てて車から降り、デンジャラス勇者? の頭を叩いた。


「いてっ!」


「おいコラ! 看板の文字が読めないのか?!」


「えー、何なにオッサンー、別に禁止とか罰金とか書いている訳じゃないでしょー?」


「オッ――」


 俺は言葉を詰まらせたが、ぐっと飲み込んだ。魔法学園にもこういう奴がいたが、ここは大人としてぐっと堪えなくてはいけない……


「お主、禁止と書いてなくとも、その看板を読めば分かるであろう。1人で危険なことをするのはお主の勝手だが、こんなに沢山の人が居る中でそのような事をすれば、迷惑を被るのはお主だけではない」


 見かねたフェイくんも降りてきてデンジャラス君に対峙した。こちらはデンジャラス君よりもだいぶ若いのにしっかりとした子。

 だが、デンジャラス君には響いてないのか、はーっとため息をついて自身を指した。


「あのねー、子供やオッサンが俺のやり方に口出さないでくれる? 俺を誰だと思ってんの、動画魔術具売り上げトップクラスで、危険な冒険に挑む命知らず勇気ビンビンのデンジャラス勇者様だよ? ギフトで授かった勇者の証をフル活用してみんなに体当たりした様子をお届けしてるの、身体張ってんのこちとら」


 などとため息混じりに言う。いや、全然知らんしギフトで授かった証をそういうしょーもない事に使うんじゃないよ……勇者の証が泣いてるぞ。

 勇者ならば勇者らしい事を……うーん、勇者らしい事って何だっけ。


「勇者ならばもっと、人の役に立とうとは思わんのか」


「だーかーらー、俺が危険な体当たりでこうなるとやばいって事を体現してあげてんの。ほら、絶対に危ないからやっちゃだめとか、そういうやつってどうなるか気になるでしょ? 自分じゃ出来ない危険な事を代わりにやってあげて欲求を満たしてあげてるって訳で、俺の魔術具動画が売れてるんだよ。ったく、子供には分からないよねー、そういうところ」


「そ……そうなのか……? 我の理解が足りないだけなのか……」


 とフェイくんは不安げに俺を見る。デンジャラス君が意外にももっともな事を言うので押されそうになっているけど、駄目って言われてる事をするのは絶対に駄目でしょ……


「でも、それを発信して見るのが大人ばかりでは無いでしょう。貴方と同じように真似する人も現れるし、そういう使われ方は関心しません」


 フェイくんの肩に手を置いてシアンが口を挟む。そうだ、もっともらしい理屈をつけているけど、結局受けようと過激な事をしている迷惑行為には変わりないからな……


「はぁ?! 何だよ、お前も邪魔する気ならこのデンジャラス勇者様の紋章が黙っちゃ――」


 と、デンジャラス君がまたしても勇者の証を勇者らしからぬ感じで使おうとしたその時、それを打ち破るようによく通る声が響いた。


『やめてください!!』


「ん?」


 俺達も、周りで動向を見守っていた他の旅人達もきょろきょろと辺りを見回している。一体誰が割り込んできたのか分からずしばらく探したが、声の気配は無かった。

 なので改めてデンジャラス君が紋章を発動? しようとすると、またしてもよく通る声がしくしくしくと泣き始めている事に気がついた。


「……何か、下から聞こえないか……?」


 旅人の1人が花の咲いている地面に耳を澄ませると、確かにそれは地面……いや、花の下から聞こえているようだった。


『しくしくしく……私のせいで、争いが起きている……しくしくしく……』


「ええと……もしや、マンドラゴラが、喋っているのか?」


『はい……私の話を、聞いてくれますか、騎士様』


 俺に話しかけるマンドラゴラ。俺に話を聞いてもらいたい……さてはお前、悪役……だな、マンドラゴラは。

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