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聖国の女王には赤い花は見せられぬ(前編)

 


「なるほど、あれが聖国の中心部なのか。すごいな」


 漆黒の騎士団長ジェド・クランバルと帝国の王弟フェイ・ロン、そして皇室魔法士のシアンは陛下のおつかいを果たすべく聖国に来ていた。フェイは子供の自分と決別すべく一緒についてきた訳なのだが。


 世界樹の頂上の展望台から上を見上げるフェイくん。その先には聖国の空中回廊が浮かんでいた。

 聖国は2つの回廊で出来ている。世界中の葉の上に走る地の回廊は多くの訪問者で賑わっていた。かつては休憩所や礼拝所があるだけの簡素な場所だったのだが、今は観光客……主に聖国で愛を誓おうと訪れる新婚夫婦が多い。他にも他国からの訪問者向けに店や宿が点在して以前より発展している。

 強大な生命力を持つ世界樹は未だに葉が伸び続けているらしく、土地も増設出来るとかで最初に来た時より広くなっている気もする……土地が増える地、というのは画期的だな。

 フェイが見上げているのは観光客向けの地の回廊とは違い、聖国人の居住区や王城がある空中回廊である。

 空中回廊は世界樹に溢れる膨大な聖気を動力として形を維持している古代からの遺物である。オペラがまだ幼い頃に聖国が襲われた後、出入りを強化する為に聖気で動く魔術具のゲートを設置し、迷路のように入り組んで形成されていることも相まって案内無しでは中々中心部まで辿り着くのは難しい。


「それであの上まではどうやって行くんだ? こちらには確かに魔法士が居るとはいえ、そんな方法で入る訳でもあるまい。また変な籠で登るとか言わないよな?」


 フェイが青い顔でブルブルと震えるが、シアンがフフッと笑ってゲートを指差した。


「空中回廊の各地へはゲートで行けますよ。ただ、あちらのゲートはゲート都市にあるようなものと違って聖石を動力としているので私では動かせませんけどね」


 ゲートには聖国人の職員が居た。昔は帝国人と見ると警戒していた聖国人も今は全然フレンドリー。他国の観光客にも愛想が良くてニコニコとしているはずなのだが……

 聖国人の男はうーんうーんと難しい顔をしていた。


「? どうしたんだ?」


「あ、これは帝国の騎士にしてとんでも事件に巻き込まれる事に定評のあるジェド・クランバル様」


「どんな評判なんだよ俺は」


「ああー。丁度いい所にいらっしゃいました!! ちょっと、あの……宜しければ、お助け頂けないでしょうか」


「……?」


 焦った様子で俺に頼み込む聖国人の職員。ゲートの近くで一緒に悩んでいた他の者も縋るように俺の方を見てきた。

 俺達は3人顔を見合わせる。この様子……まさかオペラに何かあったのか、それともガトーが……?



 ――――――――――――――――――――――――



 聖国に来たからにはまずはオペラに会わねばいけないだろうし、残してきたガトーも心配ではあったのだが、それよりも先に俺達に助けを求め、一刻を争う様子の聖国人達。

 一体何があったのだろうかと訳も聞かずについて来た先は空中回廊の途中にある庭園だった。

 世界樹の苗木が移植されるここは空中回廊内でも1番大きな中庭で、近づくにつれ花の良い匂いがふんわりと香ってくる。丁度花が咲いている頃なのだろう。


「世界樹の上とは言え、あちこちで花が咲く訳じゃないんですよ。ちゃんと厳しい管理をし、余分な花や枝を剪定し、聖気の通りをよくしてかつ日当たり、温度、愛情……全ての環境が整って数年に1度花を咲かせるのです」


 案内する職員が熱く語る。……愛情要るの?


「それは大変ですね。それで、その庭園で一体何があったと言うのですか?」


「というか俺達も丁度庭園に用があったんだ。その、今年は数年に1度花が咲くというその年なんだろう?」


 そう、俺達の目的は聖国の花を貰いに行く事だった。途中で何か色々とありすぎて忘れそうになってしまったが……あとついでにガトーもつれて帰る。

 世界樹の花は聖国人にとってとても重要な意味を持つとされる美しい花で、その花を贈り愛を伝えれば必ず2人は結ばれる、という伝説があると図鑑に書かれていた。実際に聖国でそんな風習があったのかは謎だが、匠国や狩国でも結婚を申し込む歳に聖国まででかける者も居るとかなんとか。


「それが……その花が問題なのです」


 柵を抜けて庭園の中に入ると、花が咲き乱れる中に聖国人達が幾人も居た。その先には確かに綺麗な花が咲いている……が


「……世界樹の花って、こんなんだったっけ?」


 そこに咲いていた花は、世界樹とは見合わぬ真っ赤な毒々しい色をしており、心なしかちょっとこう、人相が悪い。花に人相、というのも何だが。


「いえ、確かロイ先輩の図鑑では透き通るような白だったはずですが……」


「そうなんです……本当は、白なんです。これは……闇の竜が死ぬ呪いの年に花の咲き時が重なった時に咲くと言われる伝説の花で、その花が咲いた時……聖国の女王は魔の国の魔物に連れ去られ、羽をもがれ力を失うとされています」


「ほほう……」


「……全部やってきたな」


 何の偶然が重なったのか、丁度死んだ闇の竜も居ましたし、魔族に連れ去られた女王も居ましたね。羽はもう何回ももがれていますがね。


「まぁ、確かにそういう偶然もあるかもしれないが、そんなものは迷信だろう。そんな花くらいで聖国がどうにかなる訳でもないだろう」


「はい……偶然だとは思うのですが……我々もオペラ様や魔王様を信じておりますし、そう悪い事が起きる訳も無いと思うのですが。その……オペラ様がこの花が咲くのを前々から楽しみにしておりまして」


「赤でもまぁ、別に構わないんじゃないのか……?」


「いえ、あの、この花なんですけど、世界樹の白い花が『永遠の愛と誓い』に対して、不吉な色合いから『別れ』『浮気』なんだそうです」


「いや、誰が決めたんだよそれ」


 花言葉……どこの誰が始めたのかは分からないが品種や色、生態によって誰かが勝手につけて回ったものらしいが、今ではそれを信じている人も少なくない。結婚時に花を贈ったり、記念に贈る際に意味を持たせる事から商人を中心に広がっている。ちなみに病人の見舞いに鉢植えの花を贈ると根付く(寝付く)ことから病が長引くとされて贈るのは控えた方がいいらしい。面倒臭い。


「参考までに聞きますが、別れはともかく何で浮気なんですか?」


「闇の竜は人々の負の心が好物だと言われています。白い花で愛を誓い合う2人の前に現れ、片方の心を惑わし別れを誘発し不幸を招く……それをこの血のように赤い花が象徴しているのでしょう」


 そう言われて花を見ると何か本当に怖くなってきた。心なしか花がニヤリと笑っているような気もする。


「とにかく……こんな色の花は女王には見せられませんので、こうして白い塗料で何とかならないかなと思って頑張って塗っていたのですが」


 聖国人達の手には白い塗料のついた筆が握られていた。


「白に赤ならばともかく、赤に白は流石に無理だろう」


「うーん、そもそも、塗料じゃ落ちてしまいますからね……」


「うう……何とか良い方法はありませんかね?」


「いい方法ですか……」


「お主の魔法でどうにかならんのか?」


「幻覚魔法をかけた所で一時の凌ぎにしかなりませんし、花を摘んで持って帰れば元に戻ってしまいますからね。花そのものを変えるなんて事は魔法では……あっ」


 うーんと悩んでいたシアンがポンと手を打った。


「塗料ではなく、ホワイトスライムとかでしたら何とかなるかもしれないです」


「えっ、本当ですか?」


「ええ。ホワイトスライムをこの下に埋めておけば、花が吸ってくれると思いますので。予め話をしておけば何とかしてくれるかもしれません」


 ホワイトスライムといえば聖国に設置された闘技場の材質にもなっている万能スライムである。いや万能すぎない……え? 花が吸って……

 余りにも万能すぎるホワイトスライムの生態が恐ろしくなりゾッとした。


「ホワイトスライムでしたら闘技場に居ると思うので、ちょっと取ってきます」


 と聖国人職員が入り口へと走り出した。


「これで解決か……それで、花が白くなるまで一体幾日位かかるんだ?」


「うーん、ホワイトスライムの気分にもよるかと思いますが、我々が持って帰る分くらいなら1~2日あれば――」


「た、大変です!!!」


 話をしている所へ違う聖国人が割り込んできた。焦って息を切らせている。


「こ、こちらへ女王が……オペラ様が向かってきているんです!!!」


「え、な、何でそんなに早く……」


「ま、まずい、こんな花を見られてしまっては、俺達の首が……飛ぶぞ」


 いや、首は飛ばないだろ。花の色だけで職員の首を飛ばすとか、どんな悪役女王だよ。

 まぁ、確かに今のオペラが『別れ』だの『浮気』だの言われている花を見たらヤバイだろうけど……


「お、お願いします、ジェド様!!! 何とか、ここの花が何とかなるまでオペラ様を足止めしていただけませんでしょうか!!!」


 と、慌てふためく聖国人が俺に懇願してきた。え……俺が止めるの……?

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