ファーゼストへ至るゲートは通れない……?(後編)
「どわーーーーー!!!」
街中が火の海に包まれる。水攻めの時と違い、シアンが魔法で止める事無く俺達は元のゲートへと戻っていった。
水のような膜を抜けた先に見えた景色はやはり元のゲート都市……ファーゼストのゲートの受付では相変わらず職員の男がのん気に俺達を迎えていた。
「……何か、大変そうですね」
「ああ……大変なんだ」
並行世界の職員から並行世界の職員へ移り変わっているはずなので、こいつは何処か違う世界なのか、はたまた元の世界なのか……
それすらも全然分からない程に俺たちはゲートを通り抜けまくっていた。
「まさか……この者の食べているお菓子の数とはなぁ」
そう、そのまさかなのだ。俺が感じた違和感の通り、職員の男が食べているお菓子の数が世界を順当に通っていった数に対応していたのだ。
それに気付いたのは順調におかしな世界を進めて、いや、戻って15回目のゲートを潜り抜けた時だ。流石に15個も何事も無く袋を開けている職員の姿にゾッとした。
「え? なんですか?」と訳の分からぬ様子が逆に怖い。菓子の食い過ぎはお前、身体に悪いぞ……
そして、それが不気味過ぎて世界がおかしくなっているんじゃないかと戻った時にリセットされてしまったのか、お菓子は片付けられて1個目になっていたので確信した。何故なのかは分からないが、そうらしい。お菓子はおかしかったが、おかしくはなかったのだ。
「恐らく、最初に世界に迷い込んだ時に印象に残った数字だったのではないでしょうか?」
「そういうものなのか……? 確かに1つと言わず2つ分けてくれとは思っていたが……」
「まぁ、今更理屈がマトモだとかおかしいとか言っている場合じゃなかろう。そういうルールならばそれに則って進むしかあるまい。おかしくないのにおかしい所をおかしいと論じていてはいつまで経っても元の場所に戻ることは出来ぬだろうし」
フェイくんも、いや、俺達全員心身共に疲れ果てていた。そう、心も体も。
何せ、疑心暗鬼になって街中を探るのには本当に苦労する。先の水攻めや急に炎に包まれるような大々的なおかしさならば瞬時に判断出来るが、ちょっとした変化はもう全然わからんし、もっと怖いのがたまに元の世界が混じっている事だ。
元の世界を通ったからと言って脱出出来る訳ではない。この都市伝説にも言われている歪みを抜け出すには正しい手順で進んでいかなくてはいけない、という事なのでゲートの数の30回、きっちり世界を渡って行かないといけないのだ。
なのでおかしくない世界は本当やめてほしい……おかしい所が無いので余計に時間がかかるから……
「しかし、先程の世界は奇怪すぎたな。ゲート都市を行き交う旅人全員がその、薄着だったのだから。どんな世になったらそんな破廉恥な世の中になるのだ……」
さっき通ったゲート都市ではそこに居る全員が服を着ていなかった。思わずフェイの目を覆って速攻引き返したのだが……
「まぁ、価値感なんてものはその時々で違いますからね。服を着ていないと恥ずかしいと思う国もあれば、口を出しているのが恥ずかしいと思う国もあるように、皆が同じ価値観で服を着ていないのが普通だと思えば普通なのではないですかね。逆にああいう世界では一体何を恥ずかしいと感じるのか、気にはなりますけどね。戻れませんが」
と、おかしな所のないゲート都市を見回りながら進んでいく。言われてみれば確かに……
あの世界では裸が通常の制服として認められているのだとすれば、あの世界の俺はどんな痴態を晒しているのか……いや、いつも痴態を晒している訳ではないけれども。
「このゲート都市は問題無さそうだな。それじゃあ先のゲートに進んで……」
「いえ、よく見て下さい。文字が、逆です」
シアンが指さす旅の道具屋の看板。確かに看板の文字が反対だ。
「げげ……よく見たら全部鏡文字になっているではないか……全く気付かなかったわ」
「言われてみないと普通に素通りしてしまうものもあるんだよなぁ……よし、戻ろう」
このように、3人で注意深く観察しなくてはいけないので精神がどんどん削られていくのだ……時には――
「あれ……フェイが妙に可愛く見える……?」
「ジェド、お主、え、女人?!」
と言われて鏡を見ると女騎士の姿。これはアレだ、女騎士団長の俺の世界だ!
フェイも可愛いロリっ子になっているし、シアンもツインテールの魔女になっていた。流石に男の娘の素質があるフェイは女子になると犯罪臭のする可愛さで……俺は慌てて引き返した。
「何か、大変そうですねー、コフー」
「……」
俺達を迎えるゲート職員の男の目の前にあるお菓子はもう29個目に突入していた。そして、目の前の男はそのお菓子の食いすぎで丸々と太って……いる訳ではなくて、そういう変な世界なのだろう。戻ろう……
「これでやっと30個目、か」
フェイが感無量に見つめる先のゲート職員の手元の菓子の山はきっちり30個。途中で何度も数をリセットされつつ、やっとここまでたどり着いたのだ……そんな顔になるだろう。何でも無いように菓子の山を1人で消費する職員の男の奇行ともやっとお別れだ……
「それで、ここから何処へ行けばいいんだ?」
「だから、正しいゲートを通るのであろう。そうすればこの不思議な現象から出られると言っていたではないか」
「そうだねぇ、行こうかジェド」
「ああ――」
俺はフェイとシアンの後に続いて反対のゲートに向かおうとしたが、足を止めた。不思議そうに振り向くシアン。
「? どうかしたかい?」
「……やめろよ、そういう冗談は」
俺はその中身の知れないシアンを後に振り返って歩き出した。バキンと後ろから鏡の割れるような音がしても振り向かず、まるで鏡に映しだしたように反対側にはシアンとフェイが居た。
「お主、急に反対方向に歩き出そうとするから驚いたぞ?」
「何か、おかしな所があったのですか?」
そこに見える2人とも、先程の様に違和感はない。
「ああ……多分、違う世界線が一瞬見えた。けど、そっちに戻る訳にはいかないだろ。もうおかしな菓子も見飽きたし……」
顔を見合わす2人をよそに、おれは振り返りもせずにファーゼストのゲートへと戻った。
水のような膜を潜った先はゲート都市の景色――ではなく、清々しい世界樹の匂いが風に乗ってやってくるファーゼスト大陸。
「も、度った、のか?」
俺たちは確認するかの様に何度かゲートを行き来したが、さっきまでのおかしな現象が嘘のように、ゲート都市内をループする事は無かった。
「何行ったり来たりしてるんですか?」
俺たちの行動を不審に思ったのか、何度も見たゲート職員の男が様子を見に来る。
「あ、もしかしてお菓子1個じゃ足りなかったんですかー?? 欲張りさんめ」
と、ごそごそと菓子を取り出したので俺達はビクっとした。が、その手には1つ菓子が乗っているだけで俺に渡そうとしたので丁重に断った。
「……いや、遠慮する」
「えー、心残りは無いようにした方がいいですよー。ここ最近変な都市伝説が流行っていて、東国のゲートの故障でゲートの均衡が崩れて行方不明者が出ているとかで、それが……」
「その話は聞いた――」
「何か心残りがあるままゲートを通ると人工精霊がそれに反応して解決出来るような別世界へとゲートで送っちゃうらしいですよ。ま、そんなの迷信……とは言え何か怖いから今急ピッチで壊れた東国のゲートを直している所なんですがね」
「……そうなのか、それは怖いな……」
俺はまた心残りで別世界へ飛ばされるのは嫌だったので、そっとその菓子を受け取った。
★★★
「それにしても、摩訶不思議な事象であったな」
ゲート都市から繋がるファーゼストの高台の祠を出て、また魔術具の車に乗り世界樹を目指す。貰った菓子を頬張りながら遠くなっていく祠をげんなりと見送る。
「心残り、でもあるんですか?」
ボーっと祠を見つめる俺にシアンが声をかけてくる。それを聞いたフェイがゴフッと菓子を詰まらせて咽た。
「お、お主、菓子はもう要らぬからやると申したではないか!」
「あーもう、無い無い! 心残りなんて無いっての! 俺がいつまでもうじうじと過去に固執するような男に見えるか? そういう奴の末路はロクな事にはならないからな。俺は未来に生きる男なの……」
と、そっぽを向いてふて寝した。




