旅立ちと見覚えのある湖(中編)
「ジェド……一体どれが本物なんだ……?」
「「「フェイ……俺が本物だ」」」
こちらを不安げに見つめるフェイに答える沢山の俺。いや、本物は俺なんだが……?
「……これは一体どうしたら良いと思う?」
「うーん、とりあえず数えてみますか」
シアンが冷静に俺達を数え始めた。なんでそんな冷静なの?
「9……10……うーん、11人居るみたいですね」
「11人、なんとも半端な数だ……ジェド、お主何かこの現象の原因は分からぬか?」
「「「知るも知らないも、完全に同じ流れを1回やってましてね」」」
「……一斉に喋らないで貰って良いか。本物のジェドだけ喋れ」
「「「だから俺が本物なんだからお前ら喋るな」」」
俺がこの湖の話をしようとすると、他の俺も同時に喋り始めた……おいこら偽者ども、喋るな! 話が進まんだろうが!!!
「うーん……伝説では女神が湖に落ちた恋人を2人に増やして男に選ばせたってありましたけど……こんなに増えるとは言ってなかったですし。それに、女神の姿も見えません」
「だが、11人いるって事は10人は偽者って事だよな? 話だと優しく美しい恋人か、元の恋人かって言ってたが……」
フェイがくるりと俺を、いや、俺達を振り返る。前回はノエルたんが同じ状況になっていたのだが、その容姿や性格は微妙に違っていた。
俺はキリリッと精一杯の漆黒のイケメン顔を作る。他の俺もキリッとし始めた。真似するなし。
「……うーむ、わからん」
「そもそも、私も本物の騎士団長をそんなにマジマジと見たことはなかったので……」
「奇遇だな、我も久々にジェドと会ったせいか、どれもこれも同じに見えるというか些細な違いは分からぬ」
シアンもフェイも困った顔でこちらを見る。……確かに、シアンは中身が誰か分からないし仕方ないとしても、フェイは覚えててくれよ俺の顔……
とは言いつつも、前のノエルたんの時と違って大きな変化は見られない。11人居る俺は、見た目だけは漆黒のクール系イケメン騎士団長そのものだった。
「そんな、俺達は苦難を乗り越え、共に過ごした日々の中でお互いに友情を深め合った仲間だろう?! 思い出してくれ! 俺が本物だってことを!!」
と、冷たいフェイとシアンに向かって何かやたらに熱い友情を押してくる俺が熱弁し始めた。……いや、俺がそんな事言う訳無いだろう。
「……ジェド、お主、そんなに友情を大事にするような奴だったか……?」
「でもほら、先日は騎士団長の為に駆けつけた人たちの愛によって乗っ取られた体を取り戻したのですよね……? じゃあ、友情とかそういうのを主張してもまぁ、おかしくはない……のですかね?」
「ふむ……そう言われると、そうかもしれないと思い始めてきた。ならば本物のジェドの可能性も、捨て切れんな」
「「「何でだよ」」」
他の9人の俺も突っ込みを入れる。こんな俺がおるかい! 明らかに違うだろうが……
だが、シアンもフェイもうろ覚えだったせいか、確信には至れない様子だった。もっと、ちゃんと見て……
「へっくしゅ、ああ、水を浴びてしまったから風邪を引いては困るな……」
と、違う俺は徐に服を脱ぎ始めた。自身の豊満な雄っぱいを見せびらかすようにクネクネとポージングし始める……
「「「いや、それは流石に俺じゃないだろ」」」
他の俺も突っ込みを入れるが、フェイはうーんと悩み始めた。
「……待てよ、ジェドという男は、東国でもよう服を脱ぎ捨てていた、というか最初から薄着だったからな……そういう露出趣味があったとしてもおかしくはない……」
「ならば、こちらも偽者とは判断出来ないですかね……あ、服は乾燥魔法で乾かすので脱がなくても大丈夫です」
いや、東国に薄着で行ったのは俺の意思じゃなくて致し方なくなんだが……?
そう言われると確かに服が何か無くなる場面は多々あったので、俺自身も本当にそういう癖が無いのかどうかは怪しくなって来た……が、少なくともこんなクネクネして見せびらかすような真似はしないだろう。見せびらかすならもっとこう、フロントダブルバイセップス!! ってやるだろう。いや、やらんけど。
「やだぁん、もう、破廉恥ー! そんなのアタシじゃないわよぉ」
と、脱いだ俺を見て恥ずかしがる俺は、最早口調がダウトだった。偽者だって隠す気ないだろ。
「……ジェドは以前女装をしていた事もあったからな……それも2回も」
「え?! それって似合っていたのですか?」
「目がやられる位には似合ってなかったが……まぁ、そういう趣味に目覚めないとも限らぬ。先日の魔塔でも見たが、ジェドにはそういう知人が沢山居たからな」
「じゃあ、線が消えた訳では無さそうですね……」
と、オネエな俺も離脱する事は無かった。おい! 流石に違うだろーー!!!
「あー……面倒臭い……働きたくないでござる……」
と、こどおじのような俺は寝始めた。流石にそんな騎士団長は駄目だろ……と思っていたのだが
「まぁ、たまにやる気の無い時もあった気がする」
「そもそも、皇城でも働いてませんでしたからね……」
と、ここまで来てしまったらそんな俺でも信じてしまう始末。お、おい……流石の俺でももうちょっとやる気はあるぞ……?
その後も、ちょっと怒りっぽい俺、すぐに悲観的になり絶望する俺、場を和ませようと服を脱いで一発芸をしようとする俺(露出狂と被ってるだろ!)、劇画タッチの俺、線の細い儚げな俺……などありとあらゆる俺が主張を始めるも偽者と断ずるには決め手に欠けていた。
「お主は、普通のジェドか……? こうなってくると1周回って怪しいな……」
「いや、何でだよ!!!」
「ん? 怒りっぽいジェドか……?」
「これじゃあ分かりませんね……」
何も話が前に進まない感じ……前回と全く同じである。このままでは10人の変な俺と共に旅をしなくてはいけなくなる……それはそれで、本物の俺が楽出来て良いかもしれない。いや、そんな訳にはいかないか……
フェイに頼まれたのも俺だし、花探しを頼まれたのも俺だ。流石にそこはちゃんと俺が全うしなくてはいけないだろう。
「そう言えば……」
と、俺はふと思い出した。伝説では本物の恋人は湖の中に囚われていたとか言っていたはずで、前回もソラに導かれ湖にダイブしたはずだ。
だが、あの時はここに本物のノエルたんが見当たらなくて湖に探しに行ったのだが今は本物の俺はちゃんと――
(まさか――)
俺は急いで湖に飛び込んだ。そうだ……俺は俺が沢山増えたからてっきり本物の俺を当てる話だと勘違いしていた……だが、誰もそうとは言ってない。
もしかしたらフェイやシアンが偽者の可能性だってあるのだ!
だとするともしかしたら――
確かにいくら何でもあんなに明らかな偽の俺を見て迷うのはおかしすぎる。シアンはともかく、フェイくんはもっと俺を慕ってくれた可愛い男の子だったはず……
俺は湖の底に人影を見た。やはり、湖の中にホンモノが――
薄らと光る湖の底……蔦に絡まるように囚われていたのは、フェイとシアン……でも何でもなく、ちょっと見覚えのあるオッサンだった。
それは、あの湖の女神と結ばれた御者のオッサン……
いや何で???




