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旅立ちと見覚えのある湖(前編)

 


「この車は馬車ではなく魔石を動力としているのか?」


「ええ、ここ最近は遠方に旅する人も増えていまして、セリオンやラヴィーンでも動物便の不足が深刻化しておりますので。費用がかかるのでまだまだ流通は少ないですが」


「魔塔の制作技術はは進んでいるのだな」


「帝国を中心に争いの無い平和な世の中が広がってからですよ。人々の生活に役に立つものの研究に力を入れ始めたのは。こういう技術も一歩間違えれば悪用されかねないですがね」


「ふぅむ……」


 街道を揺れる馬車……では無く魔石を動力とした魔術具車。語呂が悪い。

 馬も無く道を進んでいるその車の中に居るのは漆黒の騎士団長ジェド・クランバルと東国の王弟フェイ・ロン……そして、水色の髪に変な模様の眼鏡、皇室魔法士のシアンだった。



 ―――――――――――――――――――



 公爵家に戻って休んだ翌日、出立しようと搭城した俺にエースが用意してくれていたのは、魔術具の車と彼だった。

『君1人じゃ、色々と不安だから……』と苦悶の表情を浮かべるエース。それについてはもう返す言葉も無い。1人で出歩けない系騎士。これが大人か……?

 皇室魔法士のシアンと言えば、以前はシルバーが変装していた姿だった。お忍びで皇室魔法士採用試験に潜り込んだのに、それも全部忘れちゃったんだもんなぁ……

 だが、その責任を全うするべく魔塔からは魔法使いが入れ替わり立ち代りでシアンに成り代わって奉公に来ている。従って、今のシアンが本当は一体誰なのかは全然分からない。

 前のシルバーがちょいちょい魔塔を抜け出していたせいで、シルバーファンが殆どの魔塔の魔法使いには出会う度に唾を吐きかけられるほど嫌われていたのだが……今回のシアンは最近入った新人なのだろうか。困っていたエースに快く協力を申し出てくれたのだとか。


「それにしてもお主とは、以前にも会った事があるはずなのだが……何かこう雰囲気が違うような」


 と、首を傾げるフェイに、シアンは一瞬戸惑うもニコリと微笑んで答えてくれた。


「ああ、それでしたら、私は多分以前のシアンとは違いますので。中身が」


「中身……?」


 フェイが益々首を傾げるが、シアンの経緯に関しては話すと長いので諦めた。そのうち気が向いたらゆっくり話すかもしれない……


 帝国の首都を離れてゲート都市へと向かう俺達。ゲート都市へは何度も訪れているのだが単身の馬や飛竜便ならばともかく馬車だと結構時間がかかる。

 シルバーのように移動魔法でもポンポン使えるならば良いのだが、シルバーだから使えていただけで並みの魔法使いにはそう使える代物でもない。

 まぁ、陛下だってすぐに起きれる訳でもなく、急いだ話じゃないのでこうゆっくりと旅に出るのもいいだろう。とくに、一緒にいるフェイには国を一旦離れて考える時間も必要なはずだ。


 風が心地よい街道を行く。ゲート都市でも様々な事件が色々あったが、ゲート都市に行く道のりでも色々あったのを思い出す……


「綺麗な湖もあるのだな」


「ああ……」


 フェイくんが身を乗り出す先には大きな湖があった。青空が反射して美しくキラキラと光っている。

 そんな様子を見てか、シアンが気を利かせて景色のいい所で止めてくれた。


「美しいですよね、この湖には女神の伝説が残るみたいですよ」


「ほう、女神の?」


「昔、1人の男がこの湖に大事な短剣を落としました……湖から現れた女神がその大事な短剣を2つ手に持って現れたのです。『貴方が落としたのはどちら?』女神の手には、全てが金で作られた短剣とみすぼらしい短剣があったそうです。男が正直にみすぼらしい短剣を選びました。すると女神は、正直なその男に金の短剣もみすぼらしい短剣も両方とも渡したそうです」


「なるほど。正直な方が全てを手にした、というお話なのだな」


「ですが、その話にはまだ続きがあります。実はその時、女神は男にひと目惚れをしたのです。けれど男には恋人が居ました。それを知った女神は男の恋人を湖に引きずり込み、助けに入った男の前に2人の恋人を示したのです。優しく美しい恋人か、元の恋人か。もちろん男は元の恋人を選びました」


「では、それで恋人は戻って来たのか?」


「それが、恋人と生活をしているうちに異変に気付いた男は、もう1度湖に飛び込んだのです。湖の底には元の恋人が囚われていて、命からがら何とか助け出しました。女神が渡した恋人は、女神が化けた偽者だったのです。正体も心もバレた女神は男に罪を問われ、失意のまま湖に消えてしまったとか……」


「そうか……」


 しんと静まり返る車内。

 俺はその話にデジャヴを感じていた……というレベルじゃない。完全に同じ。1回やったやつ。


「ふむ、何だか悲しい話だな」


「……そろそろ行こうか」


「どうしたジェド、もう少しゆっくり見ても良かろうに、そんなに急ぐのか?」


「まぁ……そういう訳じゃ……」


 そう……あれはノエルたんを魔法都市に送るために馬車に揺られてここを通った時の話だ……

 俺達はこの湖の伝説を御者から聞いた。一言一句ほぼ同じな件。

 だが、あの時と同じな訳は無いのだ。何故ならその湖の伝説に出てくる女神らしき奴はなんやかんやあって御者と幸せになり、その話は幕を閉じたはず。

 ――そう思った矢先、湖から大きな波が上がり馬車ごと水に包まれた。え……


「うわっ?!!」


「フェイ!!」


 俺は突然押し寄せた水の中で必死にフェイの手を掴んだが、湖が邪魔をするかのように荒れ狂う。


「『浮上』」


 水の奥でシアンの声が聞こえ水上に揺れる光が見えた瞬間、魔術具車ごと引き上げられた。水は俺たちを惜しむかのように引いていく。

 水が引いて地面が見えた時、俺の視界にはフェイとシアンの無事が確認出来た。

 手を握り返すフェイはあの時とは違い、1人だ。良かった……


「じ、ジェド……お前」


「え――」


 俺を指さし目を見開くフェイ。シアンもこちらを見て固まっていた。

 そう言えば……フェイもシアンもそこに居るのに、俺の反対側の手を握る感触……?

 ゆっくりと振り向くと――そこには恐ろしい光景があった……

 それは……湖の反射に映るでも無く、感触のある、俺。

 確かに俺が、俺の手を握っている。だが、驚くのはまだ早い。

 その俺も俺の手を握っていて、更に俺の手を握っていた。

 俺が握っている俺の手の先には――沢山の俺が居た。


「湖の……女神の仕業……なのか?」


 フェイがそう呟く。

 いや、何これーー!! フラグは立っていたけどさー?? この話終わったはずだよなぁ??!!!


 沢山の俺も、こちらを見て目を丸くしていた。

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