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新たな依頼とフェイの相談(後編)



「大人の男……つまりそれは……」


 真剣な眼差しのフェイ。冗談を言っているようには見えない。

 ならば俺も真剣に応えねばと頷き、収納魔法をゴソゴソと漁った。

 そうそう、前回も深く説明していなかったが、俺が使っている収納魔法は前にシルバーから貰った指輪の魔術具収納で、割と個人の収納魔法と大差なく使える。魔力の無い者や俺みたいに呪いで魔法が使えなくなっている者も使える便利な魔術具であるが、難点は他の人も共用して使えてしまう所。なので以前ナスカに漁られたのはそのせいである。

 思い出したかのような唐突な説明の収納魔法から取り出したのは、シュパースの案内冊子だった。

 俺はそれを無言でフェイくんに差し出した。


「……?」


 フェイくんはパラパラと冊子を捲り不審そうに首を傾げた。


「……」


 俺は無言で夜の街でお馴染み金の街の頁を指す。

 そこをマジマジと読んだフェイくんは一瞬の沈黙の後にみるみる顔を赤くして俺に冊子を投げつけた。


「――っんな、ば、馬鹿者!!! そういう意味ではないわ!!!!」


「え、大人の男っていうからてっきり……」


「そのままの意味だ!! 我は、まだ精神的に子供だから、大人にして欲しいと言っただけだ!!」


「……それで俺を頼る事がまず間違いだと思う……」


「ああ……我も思ったわ……」


 俺は、いつまでも童心を忘れない男、ジェド・クランバル。悲しいかな身も心も少年のままだ。

 フェイは脱力し、立ち上がらせた身を座らせ外を向いた。


「どうしたんだ? そんなに急いで大人になる必要があるのか? 別にそのままでも」


「すぐにでも、我は大人になりたいんだ……」


「フェイ?」


「姉上が、目覚めた」


「姉上……ルオが?」


 フェイの姉、ルオ・ロンは竜の姿になって青龍の王城をぶっ壊して以来深い眠りについていた。


「お主が東国を去った後も、姉上は眠り続けていた。その間、我は姉上の代わりになるよう勤めていた。そして、姉上は目覚めたのだ……我が、あの魔塔に移動させられる少し前にな」


 魔塔に移動させられる直前……つまりナーガが俺に乗り移った時だろう。

 オペラの羽が元に戻ったように、各地に残留していたナーガの爪痕にも影響が出たのだろうか。


「回復したならば良かったじゃないか。だったらすぐにでも戻った方が――」


「いや……」


 フェイはルオの回復を喜ぶどころか表情を曇らせていた。


「……我は、姉上の代わりを果たすべく尽力した……つもりだった。だが、我がいくら努力しようとも、我が成せる事など高が知れている。無論、我1人で国が作れる訳では無い事は分かっている。各領の者達も手を貸してくれた。だが……我は、いつまでも目覚めぬ姉上の姿を見る度に、矮小な自分が、何の役にも立っていない自分が恥ずかしくなり、責められているように思えて……あの日、姉上が目覚めた瞬間に思わず逃げ出したのだ。その、逃げ出した瞬間に我が身が訳のわからぬうちに魔塔に移動させられてしまったのだ」


「フェイ……」


「こんな気持ちのままではおめおめと戻る事は出来ぬ。これはきっと青龍が与えた機会だ。我が、姉上の前に堂々と立てるよう、我は、成長したい」


 不安そうにギュッと手を握りしめるフェイ。まだ子供のフェイが王の代わりに国を導かなくてはいけなかった事、一度は闇に落ちた姉の代わりに上に立たなくてはいけない事……きっとどれもこれも心に重くのしかかっていたのだろう。そして、重いと思えば思うほど自身を矮小だと責めてしまったのだ……

 そういう悩みは陛下に聞いてもらうのが1番だと思うんだが……ウーン、タイミングぅ!

 だが、困っているフェイくんを見捨てる事も出来ず、俺はため息を1つ吐いてフェイの頭に手を置いた。

 フェイは驚いた顔をしていたが、無礼も馬車の中だから良いだろう……よね?


「分かった分かった。俺は、頼まれた事は基本的に断れない男だからな。だが、俺には多分その気持ちは分からないだろうし解決出来るような力があるとは思えないから、もっと解決出来そうな奴に話を聞きに行こう。アークとか、オペラとか……きっと力になってくれるはずだし」


「ジェド……済まない。感謝する」


「それに、明日東国にもちゃんと知らせを送ろう。いくら他の人達が国を切り盛りしてくれているから大丈夫だとは言え、急に王弟が消えて皆心配しているだろうし」


 フェイはこくりと頷いた。そうだな、前に帝国に来た時もゆっくり見回りたいと言っていたのだけどそれどころじゃ無かったからな……

 もっといろんな国を見て回る機会があった方がいいだろう。案外、国の上に立つ王達もそんなに完璧で立派じゃないのを知った方が良いと思う……

 俺はふとナスカを思い出した。アイツこそ何もしてないの代表だよな……やっぱシュパースに行ってみた方が良いんじゃなかろうか。


「そういえばお主、皇命で花を取りに行くとかなんとか言っていたな」


「ああ。皇命ってほど重要な任務でもないが……前に同じ状況になった時なんてお菓子だったからな」


「……お主、騎士団長だよな……? なんで騎士団長がおつかいみたいな事をしているのだ」


「それについては俺も聞きたい……」


 強いて言えば、平和だし暇だからじゃなかろうか。あと、俺が居た方がトラブルが多いので居なくていいです、とかいう酷い言葉をエースから投げられた事もある。騎士団長とは……?


「まぁ、何故かというのは今更だな。それで、明日は何処に出向くのだ」


「うん? ああ、聖国に行こうと思っている。ガトーの事も置いてきたままだし、帰還の知らせは出ているはずなんだけど忙しそうで戻れないみたいだから様子を見てきて欲しいと言われているんだ」


「聖国か……オペラ殿も幼き身で国を背負い、辛い思いをされたと聞いた。何か得られる話が聞けると良いのだが……」


「まぁ、オペラは今それどころじゃ無いとは思うけど」


 またしても長らく国を空けていたオペラ。仕事面もそうなのだが、何かある度にオペラを取り巻く状況がえらい事になっているからなぁ……マトモに機能出来ているのだろうか。


 そんなこんなで一度公爵家に戻った俺は、久々にゆっくりとベッドで休み翌朝早々に出立した。

 やっぱ実家が1番だな……

 家に帰った時に大輔からは先の急に呼び出された事と帰って早々また旅に出る事に思いっきり文句を言われ、ブレイドからももう少しゆっくり出来ないのかとやはり文句を言われた。家に居つかない両親の代わりに言われた小言に、ほんの少し心が和んだ。



 ★★★



 皇城では、魔法士や騎士、メイド達が暴れたハオに壊された各所の後片付けをしていた。


「エース様、通信魔術具での電報、送り終わりました」


「ああ、ありがとうございます。しかし……陛下があんな状態で東国の王弟まで抱えるとは……」


 宰相のエースは頭を悩ませていた。考えなくてはいけない事は山ほどある。ルーカスの何度目か分からない恋愛話もついに結婚にまで、と思いきや普通に拗れていそうだし、逃亡したハオの事も調べなくてはいけない。

 スイッチオフになってしまった陛下のおつかいは騎士団長の役目なのでそちらは任せるから良いとしても、そこに東国の王弟フェイ・ロンまでついていくとは思いもよらなかった。

 東国に知らせを送ったので、一先ずは良いかと思いつつ、ジェドに任せておいて本当に大丈夫なのか心配でもあった。何せ、毎回のように投獄されたり恥じを各地に広めるような男である。

 報告されてないだけでエースの把握している以上の失態を起こしている事も何となく気付いてはいた。現に前回フェイが来た時には揉め事に見事に巻き込まれ、その後暫く戻っては来なかった。

 それは東国の起こした揉め事であり、ジェドのせいではないにせよ……1人で行かせるのは不安である。


「うーん……とは言えガトーに続けて頼むのも可哀想だしなぁ……」


「どうかされましたか?」


 魔術具での書面を送り届けた皇室魔術士は、頭を抱えて唸っているエースの顔を覗き込んだ。


「ああ、申し訳ない。実は、ちょっと今騎士団長の任務について1人で送り出していいものか悩んでいて……」


「騎士団長の? そんなに不安なのですか?」


「あれ……? ああ、そうか。君は毎日違う人だったんだっけ……うん、ちょっとね。毎度毎度厄介事に巻き込まれるというか、1つ頼み事を聞くと変な事件に巻き込まれては暫く帰ってこなくなったりするんだ……」


「なるほど……」


 魔法士は「うーん」と考えた末に、ニコリと微笑んだ。


「でしたら、私がついて行きましょうか? いざとなればそんなに遠くなければ移動魔法も使えますし」


「え?! いいのですか?」


「ええ。城の修繕も粗方終わりましたし、ストーン団長にも休暇を取ってもいいと言われておりましたので」


 ニコニコと微笑む魔法士は、水色の髪の間から覗く変わった模様の眼鏡をキラリと輝かせた。

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