新たな依頼とフェイの相談(前編)
「うわっ!!」
次々と倒れる騎士達の間をすり抜け歩く長髪の男。
拘束された手に持つ剣を器用に使い、捕縛しようとする敵を去なす。
彼を追うのは騎士ばかりではない。魔法士達も次々と加勢するもヒラリと交わされてしまった。
「下がっていろ!!」
魔法士団の中でも一際強い魔力を持つ魔法士団長ストーンが魔法で作り出した剣を振りかざすも、見計らうように受けたのは両の手を繋いでいた逃亡者の鎖だった。
「しまっ――」
ニヤリと笑った瞬間、魔法で作られた鎖の拘束は魔法が相殺するようにガシャンと割れる。
そのままストーンは圧倒的な実力差を見せつけられた。
相手は視力が悪く通常より動きが鈍っているはずだった。にも関わらずその剣の腕は今残っている騎士達では歯が立たない。
「ああもう、何で副団長もブレイドさんも急に居なくなったんスか!」
その日、皇城に捕らわれていた1人の罪人が堂々と逃亡した。
―――――――――――――――――――
「……で、全然帰って来ないと思ったら更に何人か居なくなって、話を聞くまでも無く君のせいっぽいし……一体何があったのですか?」
「いや、まぁ、それについては済まない……というかこの皇城の惨状、一体何があったのかはこちらも聞きたいんだが」
久々に帰って来た俺達を待ち構えていたのはボロボロになった皇城の後片付けをしている騎士達と、疲弊してやつれている宰相のエースだった。
公爵家子息、皇室騎士団長ジェド・クランバルはそれはもうながーいながーい旅を終えてやっとの思いで帝国へと戻ってきた。
もう色々とありすぎて何を何処から振り返ったら良いのかは分からないが、事の発端は確か陛下から命じられてオペラを手助けに行った所だったはず。
それが何かオペラの失踪事件になり、死者の集まる地ウルティアビアまで行く事になり……最終的にはナーガが俺の身体を乗っ取り魔塔をぶっ壊す大惨事までなってしまった。
件のナーガはあのまま消えたのか諦めたのかは分からないが、俺の足にあったはずの竜の噛み痣やオペラの様子……燻っていた闇は消えたっぽいので無事に成仏したのだろうか。
ただ、最後に見たのは夢の中だったので、結局良く分からない。
分からないと言えばウルティアビアの裁判官ヤマは何を考えてナーガを生き長らえさせていたのか、それも分からず仕舞いだ。だが、ウルティアビアに行くには馬を頼りに森を抜け、更に祠で大金を稼がなくては行き着けないので……そんな苦労をしてまで確認しに行きたくは無い。
元々、生きた奴がそうそう用のある場所でも無いだろうし、死んだ時に通る際に聞いてみよう。
オペラやアークはそれぞれの地に戻って行った。俺もシルバーの移動魔法で皇城に送って貰った。隣にはフェイも居る。
俺に巻き込まれて呼び出されたうちの1人・東国の王弟フェイであるが、前のゲート破壊以来東国へ繋がる交通手段は回復していないもののシルバーの魔法を使えば東国自体へ送り返す事は出来る。
だが、フェイは何か俺に話があるようで……魔法での帰還を断ったのだ。
俺と共に皇城に来たフェイだったが、荒れ果てた城の景色に一緒になって驚いていた。
「……少し見ない間にだいぶ散らかった、という話では無さそうだな。如何したのだ?」
「どうしたもこうしたも、全部おたくの国の騎士の仕業ッス」
「我が国の……アイツか……」
フェイの国の騎士といったら、あいつだ。ロリ……ごほん、元東国の騎士ハオである。
東国の事件から帰還した後、散々城で暴れてくれたのを陛下に拳骨で沈められ、拘束されて城に幽閉されていたはずだ。時折労働としてトイレ掃除なんかもさせられていた気がする。
「てことは、ハオが逃げ出したのか? 一体どうやって……」
「どうやっても何も、騎士団長も居ない、陛下も居ない。ただでさえ手薄だった所にブレイドさんや副団長も居なくなったからッス」
「ああ……」
ハオが何で逃走できたか……それは、全部俺のせいである。
あの後何でみんなが魔塔に集まっていたのか、そもそも何で魔塔に来たのかを全てワンダーに聞いた。
暴走した俺を止める為に俺への好感度が高い人たちを召還したらしい。その召還に巻き込まれた大多数の中に、城の実力者が揃いも揃って呼ばれてしまったのだとか……
正直、ブレイドやロックには嫌われていたのだと思っていたんだけど、え? 俺への好感度が……? 高かったの……? ちょっと、やめてよね……
と、助けてもらっておいて冗談を言うのは申し訳ない。好感度にも色んな種類があるからね……そういう事にしておこう。
そんなこんなで手薄になった城ではブレイド達が消えた直後、見計らったかのようにハオが暴れ出したらしい。
騎士団総出で止めたのだが、流石に東国1の騎士を謳うだけのことはあってか、手を拘束されているにも関わらず全く歯が立たなかったらしい。
唯一立ち向かえそうな魔法士団長のストーンも、騎士相手にはりきって魔法剣で戦おうとしてあえなくやられてしまったのだとか……いや、魔法士なんだから剣で戦うなし。
「ハオの行方は今も調査中です。東国とのゲートが壊れている以上、そちらには恐らく行かないでしょうし……そもそも他の大陸に行こうものならば必ずゲート都市を通るはずですので、怪しい者が居たらそちらから連絡が来るはずです。念の為すぐにゲートを停止出来るように準備はしてあります。それよりも――」
そう、ハオの行方も気になるのだが……それどころでは無い問題もある。
「また……陛下はどうされたのですか?」
ボロボロの甲冑でお茶を運んでくるのはシャドウ。お前も頑張ったけど駄目だったんだな……
エースは戦いに参加した訳ではないだろうが青い顔で頭を抱えている。
やっとブレイドやロックが帰還したと思ったら、ぐったりした陛下を担いで帰って来たのだから城内は騒然とした。
陛下の身に何か起きたのかと全員青ざめたが、何か起きたといえば何か起きたものの、最強の陛下に外傷などあるわけもなく。見覚えのあるだらけた顔に一同安堵のため息をもらした。前にも見てるからね、この状態……
あれは聖国に初めて行った時。心身共に疲れた陛下は魔力切れも相まってそのまま何日もだらけて寝込んでしまったのだ。
今回も帰るや否や寝室に運ばれて寝かされる陛下。
「国の方は陛下が少しくらい不在でも何とか回るように采配しておりますので……そうでもしないと陛下は仕事以外何も出来ませんからね。それよりも陛下のお身体や心の方が心配です」
「ああ、前回よりも安らかな寝顔から分かる通り、心労の方は何か解決したと……思う。陛下はそっちのストレスの方に弱いからな……」
陛下は肉体的な疲労や外傷に関しては鍛え上げられた超人的パワーで何とかなっている。何日も寝なくても割と平気そうだ。だが、心の蟠りについては1度悩み始めるととことん悩んでしまい、ひきずるタイプでもある。
今回はその疲労困憊した心労が解決したからか、安心して一気に来たんじゃ無いかと思われる。心なしか顔も( ´_ゝ`)じゃなくて( ´◡ゝ`)だ。
「え、というと……?」
シャドウがずずいと聞いてきた。まぁ、陛下の悩みなんて1つしかありませんからね。
「陛下、ついにオペラと結婚するらしい」
「え?!」
「え?!!!」
シャドウがガシャンと手に持っていたポットを落とし、エースも驚いたように顔を上げる。今まで聖国人に遠慮して求婚なんて出来なかった陛下が、やっとなのだ。そんな反応にもなるだろう。
「本当ですか?!!」
「ああ。ついでにアークとも結婚するらしい」
「「え……????」」
ちょっと興奮気味に喜んでいたシャドウもエースも固まる。ついでに他の騎士達も固まった。
「……いや、ちょっとどういう事かわからないんスけど」
「そのままだ。陛下は、アークと争うのが嫌だった訳で、アークとの蟠りが残らないようにそういう選択をしたようだ」
「え……えーと……つまり、一妻多夫、という事ですかね……? 皇帝が多夫側……? 聞いた事無いですけど……」
エースも頭を抱えたまま唸っているが、俺は寝かされている陛下を見た。
「……まぁ、聞いた事無いよな。そんなん今更だろ。陛下だって、悩みに悩んだ末に出した結論なんだ……オペラの事は大事だけど、同じ位アークの事だって大事に思っていただろうし」
処刑や追放の無い平和な帝国を作り上げた陛下なのだ。陛下がいいと思って判断した事に誰も口を出す事は出来ないだろう。ましてや、オペラやアークの事を思っての判断だからなぁ。
俺みたいな浅い友人関係とは違い、陛下とアークは色々あった訳だし、アークが本気で好きになったのならそれを踏みにじってまで自分の幸せだけ考える事は出来なかったのだろう……
オペラはどう思うのかは分からないが……うーん。
「他国の文化に口を出すつもりは無いが、まぁ、我の国でも無い訳ではないからな」
「そうなのか?」
「ああ。女の権力が強い国では割とあるもので、他領の権力者達はそれは沢山の妾どもを囲っていたはずだ」
俺は東国の事を思い出した。確かに、朱雀や白虎の領地では力の強い女にひれ伏す男や女たちが沢山いたなぁ……
砂漠の国サハリも以前女王が君臨していた時は沢山の男を妾にしていたらしいし、人魚の国だってアクアが女王になる前は男だらけのハーレムを作っていたらしいからな。
……そうなると聖国は女王制だけどどうなんだろうか。
「あ、陛下がもぞもぞ動いてますよ」
割と怪我の少ないロイが陛下を指差す。お前……ハオが暴れていた時サボってたよな絶対。
手招きをする陛下の横に出向き、ふんふんと頷いた。
「陛下、なんだって?」
「えーと、何か、花を所望しているみたいです」
「花……?」
「綺麗な花がどうのこうのって」
「うーん……疲れすぎて花が見たいってコト……?」
「いや、今の話の流れだったらコレじゃないですかねー」
ロイが収納魔法から花の図鑑を取り出した。おい、それ皇室図書館にあった本だよな……? 何さらっとパクってんの?
「なになに……『種族別、求婚に定番の花』……?」
「なるほど、確かに今の話の流れだったらそれだな。それで、聖国人の求婚といえばどんな花なんだ?」
「聖国人には……世界樹に数年に1度咲く花が定番みたいですねー」
「んじゃあそれか……」
「世界樹って事は聖国に行けば……あ、いけね、ガトーのこと置いてきたままだった」
「ジェド……」
色々あって忘れていたが、ガトーは多分オペラ不在の聖国でロストと一緒に待っているはずだ。迎えにいってあげないと。
「じゃあ急いで聖国に――」
「うーん、ちょっと待ってください、陛下が所望しているのって本当に聖国の花なんですかね?」
「え? 違うのか?」
「え、だってアーク様とも結婚するんですよね? だったら魔族に求婚する時の花も必要なのでは?」
「え、陛下ってアークにも求婚するのか……?」
「だってさっきの話では……」
ロイが曇りなき目で首を傾げる。まぁ、アークが陛下と結婚したいかはともかく、さっきの話の関連では必要そうではあるな……
「ええと、魔族は……魔王領に咲く紫色の花、か」
「魔族ですからね」
「じゃあ魔王領にも行くかぁ……」
「その理屈で行くと帝国の求婚で定番の花もあった方がいいんじゃないですかね?」
「……それだけでいいのでは……?」
「えーと……帝国の求婚に定番と言われている花かぁ……今はあまり昔の慣習に則って花で求婚する人なんていないからなぁ。あ、あったあった。『その昔、帝国の皇族が求婚の際に竜の山に登り、皇族の紙色と同じ太陽の色に輝く花を持って后を娶ったとされる。以後、その花は求婚の証として……』……ええと、1番面倒そうなんですが」
俺達は陛下を振り向く。陛下はだらんと伸びていた。
「はぁ……まぁ、これも俺達帝国民が愛する陛下の為だ。全部取りに行くか……」
ため息を1つ吐く。頷く周りの騎士達も頑張れ、とばかりに俺を見た。そういう面倒な事は俺の役目、これも定番である。
「明日にでも出発しよう。今日は……もうゆっくりと休ませてくれ……」
「そうですね、長旅お疲れ様です」
皇城に戻ってきたばかりではあったが……俺はまた陛下の命(?)を受けて花探しの旅に出る事となった。
まぁ、今回は前回の旅と違って大陸内だったり、ゲートで直ぐに行けるような場所ばかりだ。1番遠そうなラヴィーンだって交通の便が良くなっているし、そう大変でも無いだろう。
★★★
一旦公爵家に戻る事となった俺と、そして隣にはフェイ。ブレイドは大輔と共に先に帰っているので、帰り道の馬車は2人だけとなった。
「それで、フェイ。お前の話って何なんだ?」
魔塔から戻る時も、城でもフェイが口を開く事はなかった。ただ、俺に話があるとだけ言って、シルバーの移動魔法も断って帝国に残っている。
真剣な面持ちのフェイは誰も居ない事を確認し、俺に口を開いた。
「ジェド……実は、我は……」
言いにくそうに俯いたフェイだったが、決心したように顔を上げ、俺に向き直った。
「我を、大人の男にしてほしいのだ」
「え……」
俺は真顔でフェイくんを、いや、フェイさんを凝視した。




