託された希望、騎士団長は誰が救うの(7)
「これ……騎士様の名前が……」
空中に漂う紙片には、断片的でありがならジェドの名前が書かれていた。
【ジェドが好】【の時漆黒の騎士は】【愛する私のジェド様】など、どれもこれもジェドの事ばかり。そして、どれもがジェドを如何に愛しているか、ジェドが愛されているかを書き綴ったものばかり。
違う文字、違う人が書いたもの……けれど、その書き手の誰もがジェドを愛しているのだという事がよく分かった。
【ジェド様を初めて見たその日】
ノエルは思い出した。騎士様と出会ったあの日を。
ノエルの破滅の運命を阻止しようと、メイドのナディアと一緒に戦ってくれた。
【ドが私を笑顔にしてく】
ノエルが1番の友達のソラに出会えたのも、騎士様のおかげだ。彼が帝国を守ってくれているから、何度もノエルのピンチを救ってくれたから。
【その漆黒の瞳に恋をし】
もっと沢山の素敵な人を知らなくてはいけない。それだけ君の知らない人は、君の知らない事はこの世界に沢山あるのだから――と騎士様はノエルに言った。
けれど、ノエルは他の誰でも無く、ジェドの漆黒の瞳に見つめられたいのだ。
この断片的な小説を書いた者、書かれている人と同じ様に、ジェドに恋をしているのだ。
そう、これは間違いなく、恋だ。
大人への憧れを勘違いしているだけかもしれない。幼い自分はそう思われても仕方がない。それでも……今抱いているこの気持ちは――
「騎士さ……ジェド様――」
地上に居るジェドナーガは瓦礫に混じるロックが落としたであろう剣を拾い上げると地面を蹴った。
上空に浮かぶシルバーとノエル目掛けて一直線に剣を突き出す。
「――っ!」
それに気付いたシルバーがシールドを張るも、ガツン! と鈍い音を立てた衝撃の先からひび割れそうになっていた。
ノエルも一瞬目を瞑るが、遮られた音といつまでも来ない刃にそーっと目を開ける。
そこには、ジェドの顔があった。
見たことの無い形相のジェド。違う、そんな顔じゃない。ジェドの顔は、クールそうに装ってはおちゃらけて笑い、優しく微笑み、誰であろうとも口では迷惑そうに言いながらも憎んだり見捨てたりしない……そんなジェドが、ノエルは――
「ジェド様、私は……私は、貴方が好きです」
剣から守るシールド、ジェドとを遮る壁にノエルは両手を当てた。
「貴方が、好き……だから、私の好きな、ジェド様を……返してください……」
ノエルの中に溢れるジェドとの思い出。ジェドだけじゃない、他の誰しもがジェドのおかげで――いや、おかげと言うには高尚過ぎるかもしれない。なんやかんや……そう、なんやかんや、ジェドが居たから皆が笑顔になった。
ジェドが、必要なのだ。
ノエルから溢れる暖かいもの、シルバーにはアークのように人の心を読む力なんてあるはずが無いのだが、ふわりと心の隅にジェドとの思い出が微かに過ぎった。
「……私も、嫌いではないよ」
無意識に口からポソリと零れた瞬間、持ちこたえられずにひび割れたシールドから剣先が突き出る。
ハッと我に返り魔法式を書こうとするも
(間に合わない――)
とノエルを庇う様に抱きしめた。
シルバーの向こう、ノエルの目にスローモーションのようにゆっくりと映るシールドを割る剣はこちらに突き進む事無くゆっくりと、シールドの光の破片と共に落ちていく。
その代わりに2人の元に来たのは、2人共をぎゅっと包み込むジェドの腕だった。
「ジェド……さま……?」
★★★
「はぁ……はぁ……」
「……」
無言でパズルを解いてはガチャを回し続けるルビー。そして相変わらず俺に絡みつく黒い触手や蔦や手。いや、少しマシになったのだろうか……ガチャされたカードから飛び出てくる奴らの愛のこもった攻撃によって。
漆黒の騎士団長ジェド・クランバルは疲弊していた。夢の中の悪役令嬢ルビーも疲弊していた。
「あ、やっとガチャが引けるようになりました……」
と、ルビーが立ち上がりガチャへと歩き出す。
「……そうか、すまんが次こそ頼むぞ」
俺も虚ろな目で力なく呟く。が、ルビーは膝から崩れ落ちて泣き出した。
「もう……もう嫌--!! ガチャ券を引くまでにパズルを解かなくちゃいけないのが地味に辛すぎるし、ガチャを回したら回したでハズレみたいなオッサンやオカマ軍団ばかりだしクソすぎる!! 課金、課金させてぇぇぇ!!!!」
「何も出来ずにただ君が頑張っているのを見ているだけの俺には何も言う権利は無いのだが、オッサンやオネエ軍団の愛を一身に浴びているのは俺なんだが」
「誰も得しない強制ラブシーンは拷問なのですが……くぅぅ、せめて10連とかでも引かせてくれたら絶対に1人はSSRとか入っているはずなのに……」
涙を拭いながらルビーが見せてきたカードにはしつこすぎる位に見覚えのあるクレストのオッサンのビックラブが描かれていてぎゃああああ!!
『ジェドくんーーーー! 愛しているぞーーー! 戻ってきてくれーー!!』
と、俺の横の蔦に剣を突きたてた。この下りはかれこれ数十回は浴びている。クレストのオッサンしつこすぎぃ!!!
「はぁ……またハズレ……いや、確実に削ってはいるんですけどね……」
「俺の心も同時に削られているがな……」
こんなに要らぬ愛の告白を何回も浴びることは無いだろう。何の拷問なのこれ……
俺がここから開放されるよりも先に俺の精神が崩壊するのではなかろうか。
「……ん? ルビー、それ、何だ?」
ふと、落ち込むルビーの上に『お知らせ1』と文字が浮いているのが見えた。
「え? お知らせ……まさか」
ルビーが少し興奮気味にその文字に触れると、文字が切り替わりズラッと説明と共に宝箱が振ってきた。
「み……ミッション完了ボーナス……20連ガチャ!!!!!」
「ほ、本当か!!」
わっ! と沸く俺達2人。だが俺はふと、20連という事はもし全部ハズレだった場合に一気にオッサンやマリリン達を浴びる事になるのではないかと考えてぞっとした。
「ちょ、ゆっくり回そう――ああ……」
目を輝かせてガチャを回すルビーの手元にはカードがバラバラと沢山落ちてくる。
「さぁ、ジェド様、開いていきましょう!! 全部、いや、ちょっとずつの方がいいかなー、いや、一気に……」
「待て、ちょっとずつ時間を置いて行こう!」
と、1枚目を裏返すルビーのカードにはロックが描かれていた。
そこから現れるロック。何故か血を吐いている。
「ロック、お前、大丈夫か……? 何でそんなに怪我を……」
『無駄だと分かっていても諦めるか! 何故か……それは……その、この命が尽きようと……お前が生き残れば、その、あ、愛――ガフッ!!!』
血を大量に吐き出しながら俺の横に剣を突き刺し消えて行くロック。嫌そうな顔を見るあたり吐血の原因はその嫌々言わされている愛の告白のせいらしい。
「……なんなん、これ」
「まぁ、愛の告白、なのですかね」
「嫌々なのは十分に伝わったが」
「で、でもちょっと毛色が変わってきたのでやはり20連に望みはあります! どんどんいっちゃいましょう!」
と、勢いに乗って何枚かばさっと裏返したカードは見覚えのあるマリリンやオッサぎゃああああ!!!!
『ジェドちゃん……アタシは、ジェドちゃんがずっと愛に飢えていた事、知ってるんだからね……開放なさい』
『好きだーっ!! ジェドくん!!!』
『好きよーーー!!!』
大量発生した誰得愛告白軍団は俺に迫って次々とぶっちゅうやスリスリをかまして行きながら纏わりつく黒いやつに攻撃を仕掛けて行った。
お陰で上半身が起こせる程には自由になったが、疲弊した俺の目からは完全に光が奪われていた。あと生えかけの髭は凶器だからスリスリするのはやめてくれ。
「……」
「……あ、ちょっと動けるようになりましたね、あと少しです」
「……そろそろ俺の心が限界なんだが……」
「諦めてはいけません、ま、まだガチャは残ってますし……」
「……」
こうまでラインナップが酷すぎると、そもそも俺の事を愛している人の種類自体が少ないのではないかと思い始めてきた。
オッサン達に混じってたまに現れるロックやブレイドなど。本当にごく僅かな……男。しかも嫌そうだったし……
「……俺を愛してくれる人なんてどうせ居ないんだ……」
「ああっ! そ、そんな事無いですって!! ジェド様のこと、みんな好きだから、ね、元気出して」
「そんな薄っぺらい友達付き合いみたいな慰め、いらない……ぐすん……」
俺が捕まっている蔦達に埋もれるように頭を下げると、その頭上から暖かな光が降り注ぐのを感じた。
「あ……」
ルビーの驚いて漏れる声。次に聞こえたのは何度も拷問のように聞かされ続けたオッサンやオネエ達の声でも、嫌そうな男達の声でもなく……可愛らしい少女の声だった。
『騎士様……』
俺は顔を何となく上げづらかった。だが、その少女は俺に声をかけ続ける。
『ジェド様、私は……私は、貴方が好きです』
はっきりと、そう俺に伝えるその声は、多分……いや、紛れもなくノエルたんだった。
ノエルたんが、俺を好きだって、そんなものはわかり切っている。だってノエルたんは誰かを嫌いになんて絶対にならないから。そんな女の子じゃないから。
だが、そういうテンションの好きとかじゃないんじゃないかと、俺の事を騎士様と呼んでいたノエルたんが初めて俺の名前を恥ずかしそうに呼んだ事……
ノエルたんが俺に憧れているのではないかと、それはちょっとだけ気付いていた。フェイとの婚約話が浮上した時……ノエルたんはそうなんじゃないかと。
けれど、ノエルたんはまだ幼い。だから一時の憧れでそういう、ノエルたんの未来を……
『貴方が、好き……だから、私の好きな、ジェド様を……返してください……』
なんて思いながらどこかで言い訳して逃げ道を作っていたのかもしれない。シルバーの時もそうだった。俺は、口では正直な事を言っているようで、肝心な事を誤魔化そうとしてしまうのだ。
そうやって誤魔化している間に失って、取り返しがもうつかなくなっていた。口にだしてもっと感謝して伝えれば良かったと、ちょっと……いや、結構後悔していたんだ。
――並々ならぬ思いでジェド様を助けようとしている方がここに現れているのでは?――
さっきルビーに言われた言葉が過ぎった。ノエルたんが必死で俺にそう伝えているのなら……
と、俺が顔を上げると暖かな光の中にノエルたんと、ノエルたんを抱きしめるシルバーが居た。
そのシルバーは俺のしっているシルバーでは無いのだろう。俺の知っているシルバーなら多分マリリン達に混じって俺に重過ぎる友情をぶつけてきたはずだから……
『……私も、嫌いではないよ』
一瞬目を伏せた瞬間にシルバーの言葉が漏れるように聞こえた。驚いて目を開けると、シルバー本人も茶化でもなく驚いたように俺を見ていた。
俺は……何だか恥ずかしくなって、顔を隠すようにその2人を腕の中に包んで顔を埋めた。
(…………)
余りにも恥ずかしすぎて、何を言っていいのか分からず顔を上げられない。
だが、意を決して顔を上げようとした一瞬、俺の足元に黒いカードが落ちているのが見えた。
それは……ルビーが20連で引いた、オマケのカードだった。




