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託された希望、騎士団長は誰が救うの(4)

 


「こ……ここは……魔塔?」


 突然目の前に現れた魔法陣に抗うことなく吸い込まれ、落ちた先はアンデヴェロプトの魔塔だった。

 ラヴィーンの古竜、11竜の1人マラクは密かに手に入れていた新刊のジェド受けアンソロを嬉々として開こうとしていたばかりである。

 マラクは生粋のジェド担だった。皇室騎士団長ジェド・クランバルという男は人間にしておくには惜しいくらいに面白く、噛めば噛むほど味の出る男。攻めても良し、受けも良し、リバもよし、ギャグにしてもシリアスにしても、なんでもござれ。この先何百年も永遠に観察したいくらいの存在。マラクは長年生きてきてこれほど熱中した者は居なかった。

 そして、悠久の時を生きる古竜のマラクにとって、心をザワつかせ、誰かと争う事を知らなかった彼女に初めて敵を作るきっかけになったのだ。


「あ、あ、その本……」


 周りの状況を確認しようとした時、ふと後ろから震えるような声が聞こえてきた。振り向くとこちらを指差す令嬢……いや、令嬢が指差すのはマラクの持っている薄い本にしては厚いアンソロ本だった。


「貴様……見覚えは無いが、まさか……」


 令嬢自体に見覚えは無い。だが、案の定その手には同じように薄い本があった。

 その本にはジェドの姿絵と、そして隣には女子の絵。そう……NL、ノーマルカプ本である。


「あなた……ジェド腐ね」


「そういうお前は、ノーマルの民か……」


 一気に一触即発となる空気。マラクには許せない存在が居た。いや、許せない訳ではない……が、お互い相容れないと分かっているのだ。

 それは、ジェドNL派。ノーマルカプ民と腐女子、それはカップリングが前とか後ろとかのカップリング論争とは別次元の、そもそもジェドはBLではないという派閥だった。

 彼女達は腐女子の存在を絶対に許さない(※個人差があります)定期集会でも絶対に島を離す程に、冷戦と相容れなさは暗黙の了解と知られていた。


「あ、あなた達、その本は……!」


 2人の間に流れるピリピリとした空気を割るように、もう1人の声が聞こえてきた。やはり、その手には薄い本。

 だが、その本を目にしたマラクとノーマル令嬢は驚愕した。

 それは……ジェド×自分――いわゆる


「貴様、まさか」

「夢女子!」


 2人は警戒した。夢女子……それは、自身を主人公とし、キャラクターと恋をする事を望む女子のこと。

 それは、BL民もNL民も警戒するレベルの存在。そう……彼女達は他のジャンルを一切許さないどころか同担拒否。つまり、ジェドを愛する者は自分1人でいい、他の者は滅べばいいという……触るもの皆傷つける二次創作界の刃である(※個人差があります)


 3人は一触即発、ひりついた空気の中睨み合った。

 何故、今ここにこの相入れない自分達が集まってしまったのか……

 いや、そうではない。よくよく周りを見渡せば同じ空気を纏いし違う者……つまりはジェドをこよなく愛する者(内容は似て非なる)達がそこら中にいるじゃないか。


「これは一体……」

「オンリーイベント開催…?」

「いや、まさかそんな予定は……」


 各々もまた、同じ腐臭を感じながら、どこかで違う匂いを嗅ぎ分けており、更に空気が凍る。

 その静寂を破ったのは集会の開会の合図――ではなく、今まで聞こえていなかった遠くの喧騒だった。


「なに……?」


 お互いを気にし、一食触発の空気の中で気付いていなかったが、ハッと遠くを見れば魔塔内の魔法使い達が攻撃し合っているではないか。


「い、一体これは……」


 マラクは非力な令嬢達を守るように身構え、腐女子の中でも冒険者や武術の心得がある女子達は構えた。が、その中の1人のシーフの女子が渦中の1番元となる場所を見て血を吐き出した。


「どうした?!」


「あれは――ジェド様!!」


「何?!」


 マラクも目を細めてそちらを凝視する。魔法使い達のローブや打ち乱れる魔法が邪魔で見えなかったが、確かにそれは俺達の嫁、我等が漆黒の騎士団長ジェド・クランバル様であった。

 しかも……何故か裸に上着を腰に巻くというあられもない姿。攻勢を激しくする度に腰に巻いた上着が揺れ、筋肉のあちらこちらが嬉し恥ずかし見え隠れしていた。


「きゃあああああ!!!!!!」

「え、何?! 見えない、ジェド様???」

「なに、なに?!!!」


 女性陣は大興奮に包まれていた。同担拒否の令嬢は「見るなぁ!!」と邪魔をしつつ自身もガン見を決め込んでいた。


 ――だが、そんな女子達の騒ぎをピタリと止める声が響き渡る。


「ジェド!!」


 一斉に女子達がそちらを見ると、そこに居たのは皇室騎士団副団長、ロック様だった。


「何があったのか全然分からんが、正気に戻れ!」


 魔法使いを掻き分けるように入ったロックの一撃。ジェドがそれを持っていた武器で受け止めるも、ロックは次々と攻撃を続けながら話続けた。


「俺は、別にお前の不在を預かるのは構わない。だが、居なくなるのは違うだろう……。お前に敬愛の念は全く抱いていないが、これでも、尊敬はしているし……その、変な意味じゃないが結構好きなんだからな。いや、変な意味じゃないんだからな!!」


 顔を赤くし、愛の告白とも取れるロックの攻勢。それを聞いた耐性の無い腐女子達は次々と倒れ始めた。


「――くっ!」


 少しくらっときたマラクだったが、流石は古竜。すんでで気力を保つ。そして、同じように鋼の精神で何とか持ちこたえている女達も幾人か。だが――


「ジェド!」


 跳ね飛ばされたロックと入れ替わるように隙をつきジェドの懐に忍び込んで剣を突き出したのは銀髪の男。白い服装に白い眼……つい最近皇室騎士団に入ったばかりでジェドの親戚と聞く純白の騎士ブレイドだった。


「貴様、ブレイド!」


「……そうだったな、中身はナーガだったな。道理で、ジェドにしては剣が甘い訳だ。ジェド、俺はお前の事は大嫌いだが、お前の剣術だけは認めている。それに……お前の事を好きな奴は沢山居る」


 ブレイドに脇を抱えられ、キッとナーガを睨むのはジェドの妹(弟)であるジュエリーだった。

 その手に握られているのは聖剣・薔薇の乙女。

 おぼつかない手つきで振るう聖剣はジェドには当たらなかった。


「兄貴! 俺は……兄貴が大好きだよ!! 本当の俺の事を分かっても、受け入れてくれたの……すっごく、嬉しかった! 俺のこと、妹でもあり弟でもあるって、そう言ってくれて俺……だから、邪竜なんかに奪われるなよぉ! 戻ってきてよ!」


 ジュエリーの声が大きくなるにつれ、聖剣に力が宿る。ふわりと薔薇の香りが揺れ、周りに居た魔法使い達の動きが緩んだ。


「それは……聖剣? そんなもの、私には効かなくてよ。聖と争うのは魔……闇と争うのは光。欲望にまみれた魔法使い達には効いたかもしれないけれど、私の深い闇はそれくらいでは――」


「光ならおるぞ!!!」


 一瞬の隙に割り込んだのは、光の剣士クレストだった。


「あたし達も居るわよ!!!!」


 その後ろから現れたのはオネエ集団だった。


「アタシ達、ジェドくんが大好きよーーーー!!!」

「正直好みよーーーー!!!」

「戻って来てーーーー!!!!」


 と、口々にジェドへの愛を叫ぶ集団。

 マラクを始めとした女子達への情報は過多過ぎた。


「いったい……何が起きているというのだ……」


 供給が追いつきすぎているこの状況。だが、何かが違うのだ。違和感が、マラクや他の女子達の心をぎゅっと苦しめる。


「なんだ……何が違うというのだ」


 男達(一部(?))が口々に言うジェドへの帰還の要望。それにナーガの名前……


「ま、まさか――」


 マラクは口元を押さえてガクガクと震えた。


「ど、どうしたのですか、何か、何か分かるのですか?!」


 心配そうに見つめる腐女子、夢女子達に心を落ち着かせてマラクは語った。


「恐らく……あれは我が同胞――いや、もう『元』と言うべきだろう。邪竜ナーガがジェド様の身体を乗っ取っているのだ」


「え?!」


 女子達は皆驚愕してジェドを振り向く。

 確かにそこにはそこはかとなく闇を抱えた憂いを持つ瞳の騎士団長。

 でも……それは、彼女達が憧れて憧れて、薄い本にまで書き記そうとしたあのジェド様では決して無い。


「あ、貴女がたもシルバーの魔法で呼び寄せられたのですね!」


 女性陣の存在に気付いたワンダーがマラク達に近づいて来た。


「今は、あなた方の……その、どういう感情か分かりかねる想いでも構いません、力を――」


「何か大丈夫みたいだぞ?」


「え?」


 真顔の魔王の言葉に遮られるワンダー。そのワンダーを制するようにマラク達もすくっと立ち上がり、ずずいと出てジェドに向かっていった。


「皆まで言わなくとも、分かりました。真実(ほんとう)のジェド様を、ナーガの手から、取り戻すのでしょう?」


 マラクの言葉を皮切りに、他の令嬢達も薄い本を胸に抱いて真剣な顔で頷いた。


「取り戻しましょう! 私達のジェド様を!」

「ええ、私達のジェド様を!」

「私のジェド様ですわ!」


『私達のジェド様』が、どういうジェドを指しているかは分からなかったが、とりあえず何か凄く戦力になりそうだったのでとりあえず同じように頷いてみたワンダーだった。

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