託された希望、騎士団長は誰が救うの(2)
「ここは……?」
ジェドの姿をしたナーガは一瞬、何が起きたのか把握出来ずに辺りを見回した。
だが、景色が変わる直前に見たルーカスの魔法陣、周りでザワザワとこちらを注視する魔法使い達。そしてすぐ近くで倒れたまま動かなくなっているルーカスの姿。
「ほ……ほほほ、バカな事を」
直ぐにルーカスが自身の魔力だけではなく体力を犠牲にしてまで移動魔法を使ったのだと理解した。
いくら勝算が導き出せないとはいえ、ジェドに唯一勝てるであろうルーカスが倒れるのは悪手以外の何物でもない。
「あら……そう言えば、貴方も居たのね」
ナーガの目の前にはノエル・フォルティスと、魔塔主シルバー。
以前ノエルの身体を手に入れ損ねたのは非常に惜しかった。元々はその彼女こそ闇の竜の憑代に相応しい悪女になるべき存在だったから。
だが、今はこのジェドの身体こそ竜の力は使えないものの全てを手にするには十分すぎる。何よりも邪魔な存在がこの手にあるのだから。
……そして、ジェドと共に幾度も邪魔をしてきた魔塔主。彼はジェドが弱点な事は知っていた。スノーマンではあと1歩で葬る事が出来たのだ。
「あなたは……誰です? 何故騎士様の姿をされているの? あと何で服を着ていらっしゃらないの……」
上着を腰に巻くのみのジェドの姿にノエルは目を伏せた。そんな場合では無いとは分かっていても、薄着のジェド(?)を見続けているのは憚られる。
ついでに言うと、ちょっと女性寄りの仕草や言葉遣いなのも気になった。
「誰? 忘れるなんて酷い子ね。少しの間だけでも1つになったのに」
「――っ! まさか……貴女は、ナーガ様?」
驚くノエルの表情が愉快で、ナーガはジェドの口端をニタリと持ち上げた。
「どうして?! も、もしかして、騎士様の身体を私の様にっ」
「そうよ。悔しいでしょ? 憎いでしょう? 貴方達の大好きな騎士が今や私のここの中奥深くに眠っているわ。おーっほほほほ、その顔、何度見ても楽しくて堪らないわ」
ウルティアビアでジェドの身体を手中に収めた時のルーカスやアークの顔は今思い出しても堪らない。そして、ノエルも同じ様に青ざめ、ガタガタと震えていた。
その影に隠れている先のローブの魔法使いもさぞかし絶望しているのだろうと目線を上げるも、件の男はきょとんとして首を傾げていた。
「……?」
「…………?」
話が理解出来ない程脳みそが足りないとは思えない。脳筋で有名な獣王ならばともかく相手は魔塔の主人だ。以前ならばジェドの名前を出しただけで動揺しているような男だったはずなのに、まるで別人か記憶を失ったかのように何の反応もなかった。
「……聞こえなかった? 貴方達の大好きな騎士はもう私のもの、と言っているのよ。永遠に闇の中で深く眠りにつき、私の悪行を止める事すらままならないでしょうね」
「なるほど……? いや、全然分からないけど分かった。ような気もする。大変なんだねぇ」
「……何でそんなに他人事なの」
「残念ながら他人事なんだねぇ」
ニコニコと笑うシルバーからは何も読み取れない。ナーガを騙して油断させようとしているにしてはあまりにもジェドへの扱いがぞんざいに思え、本当に他人事のよう。
「……ふ、まぁいいわ。何もなす術が無いのに変わりはないのだから」
と、ナーガが持っていた武器に手をかけたのでシルバーはうーんと考える素振りを見せて魔法陣を描こうとする。それに気付いたナーガはシルバーの指が紡ぐ繋がりかけた魔法陣の切れ目を見極め持っていた金棒を振るった。
「ほう」
パラパラと糸のように崩れ落ちる魔法陣の成りかけを見て興味深そうに頷くシルバー。
「こんな事も出来るみたいよ? 魔法が使えなくても、この身体に勝てる者は居ないでしょうね。少なくとも、貴方とは相性が悪いのではない?」
いくら早く魔法式を書こうとも、ジェドの方がスピードでは勝る。余裕の笑みを浮かべるナーガに、シルバーは何故かうんうんと頷いた。
「いやね、私も含めて魔法に関わらない剣士に対してやる気が出るかどうか、どうしようか考えていたのだけれど、そういう能力があるならば興味深いしみんな楽しいんじゃないかねぇ」
「……? 何の話を――」
「魔法陣を描く前に切ってしまうような稀有な技を持つ剣士がいるみたいなんだけどねぇ。皆、どうやって対抗するか、どこまで楽しませてもらえるか、考えたいとは思わないかい?」
「誰に向かって……」
言いかけたナーガは、それまでザワザワとしていた魔塔の魔法使い達の声がしん、と静まり皆が黙ったのに違和感を覚えた。
皆が、ナーガを注視し、目の色を変えているのだ。それだけじゃない、ボコボコと壁が変形したかと思うと、窓から壁から次々と穴が開き、沢山の魔法使い達が現れた。
「なに……」
「剣士に興味はなかったのですが……」
「魔法式が繋げられないなんて……そんな、面白い」
「全部切れるんですか……? どういう仕組みなのか興味がある……」
「どんな魔法でも切れるのか? 使っちゃいけないと思って封印していた破滅魔法も……書けるの??」
ナーガを見つめ高揚する魔法使い達が次々と魔法式を描き始めた。四方から囲まれたナーガは、ぞっとしながら金棒に手をかけた。
★★★
「良かった、やっぱりアンデヴェロプトを選んでくれたみたいだ」
ワンダーの本は魔塔へと繋がっていた。あのやり取りでちゃんと理解してくれていたのだと、さす帝の仕事に安堵する。
「よっしゃ、何処だか知らんけど早いとこジェドやんを何とか――どわっ!?」
ベリルの姿から戻ったドートンが身を乗り出し本から出ようとした瞬間、頭上をエネルギーの塊が飛んでいく。
「あっ、道頓堀君、危ないですよ」
「遅いわ!!!! な、なんやねん、ここ……」
改めて本からそーっと身を乗り出せば、そこは地獄の門を思わせるウルティアビアよりもめちゃくちゃな地獄だった。
よく見れば、ジェドの姿をしたナーガを中心に魔法使い達が大挙して押し寄せて攻撃を仕掛けていた。
何がどうなっているのか分からないが、半分以上の魔法陣はジェドが剣がわりに振るった金棒が次々と切っていた。
まるで繋がりかけの糸が断たれたかのようにハラハラと地面に落ちて文字だけが散らばっているのも中々に異様ではあったが、断ち切れず完成した魔法陣から放たれる多種多様の魔法がジェドを襲い、間一髪の所で避ければ先の違う魔法使いが被弾していくという阿鼻叫喚。
まるで敵味方無しの戦争じゃないかとゾッとしたのは一瞬で、被弾しているのは不可抗力――でもなく、よく見れば完成したもののジェドに当たり損ねた魔法をわざと受けに行っているように見えた。
「……いや、本当に何やねんここ。変態の巣窟か?」
「……まぁ、割とそうですね」
魔法を次々と必死に作り出すのに夢中な者も魔法が完成した者も被弾した者も皆、楽しそうにエヘエヘと笑っているのだ。
「お前の考えた得策って、まさかこんな数で押してジェドやん諸共倒すみたいなクソシナリオちゃうやろな」
「いえ……そういうつもりはあまり無かったのですが……」
「ルーカス様っ!!」
後から本を出て来たオペラが混沌の中に倒れるルーカスの姿を発見した。すぐに駆けつけようと走るオペラを庇いながらアークも続く。
「ここの魔法使い達から攻撃を――」
「並の魔法でルーカスがどうにか出来る訳無いだろ。魔力切れで寝てるだけだ」
心配するオペラが抱き起せば、見覚えのある( ´_ゝ`)顔。一先ずの無事を確認しオペラは安堵してルーカスをぎゅっと抱きしめた。
「どういう事なのか、ルーカスの代わりに説明して欲しいのだけども」
倒れていたルーカスの傍には魔塔主のシルバーとノエルも居た。
匍匐前進で追いついたワンダーがそれに答える。
「どうもこうも、こっちが聞きたいですよ。魔法使い達の行動早すぎでしょう! それに、君がジェドを攻撃させようとするなんて……確かにちょっとやそっとじゃ死なないですし、いくらナーガとはいえ」
「?」
「そいつはジェドの事は綺麗さっぱり忘れてる。当てにするなら別の奴にしろ」
首を傾げるシルバーの様子に違和感を感じると、その心を読んだアークが告げた。
「え……」
「ああ、君も彼と同じように以前の私の知り合い、なんだねぇ。いや、以前というのはおかしいかもしれないけれど。残念ながら私は彼をよく知らない私なんだ」
ニコニコと笑うシルバーは確かにシルバーだが、こんな状況になってまで揶揄うような人ではない。申し訳なさそうに眉を寄せる表情から、本当に忘れているのだと、ワンダーは愕然とした。
「ワンダー、当てが外れてもうたんなら――」
「――いや、何で見ていない時にそういう面白い事あるかなぁ?! 短期間に色々起きすぎでしょ! どういう状況だったのか、ジェドから直接話を聞かないと!!」
「おま……」
自分も大概他人に迷惑をかけまくって生きて来たと思っていたドートンだったが、いい人そうに見せかけてコイツも大概だったわ、とプリプリ怒るワンダーに少し笑ってしまう。
「それも、奴をどうにかしてからやろ。んで、結局どういう予定立ててたん」
「そうでした」
と、ワンダーはノエルとシルバーの手を握った。
「見ての通り、あのジェドはジェドじゃないんです。闇の竜・ナーガに身体を乗っ取られてしまっています。ウルティアビアでルーカス陛下が戦い、今も魔塔の皆さんが戦っていますが……戦っ? まぁいいか。とにかく、戦うだけではダメです。それでは、ジェドが死ぬだけです」
ワンダーの言葉にノエルが不安気にギュッと固く手を握る。
「ほぅ? では戦わずにどうやって竜を追い払うんだい?」
「それは……愛です」
「愛?」
「あっ……あい?!」
動揺し上ずるノエルに構わずドートンが後ろから追随した。
「せやな、こういうピンチは大体乙女ゲーだと愛が救っとったな。いや、愛で戦争を止めたりもするし、やっぱ最後は愛が勝つんやな」
「ええ、深い愛がきっと彼を目覚めさせてくれるはずです。愛が!」
「え、え、え、ゑ……」
話の意図が見えず助けを求めるようにシルバーが横を向けば、ノエルは愛が連呼される度に真っ赤になってプルプルと震えていた。




