託された希望、騎士団長は誰が救うの(1)
「お……おま――」
ワンダーの声に反応しかけてアークは口を押さえた。そんなアークの様子を見て声をかけようとするオペラの口にも指を立てて制する。
ちらりとジェドナーガの方を確認するが、やはり父ベリルを凝視したまま固まっていた。
気付かれぬようそっと声のする方に移動すると、やはり先ほどドートンが吸い込まれた本。閉じられただの本と擬態しているそれをそっと拾い上げ、小声で話しかけた。
(どういう事だ……あいつ、もしかして)
(そうです、道頓堀くんです)
本からワンダーの声がした時にハッと合点がいく。考えてみればそんな事が出来るのは1人しか居ないのだ。
(いや、何でだよ! アイツ、変えられるの見た目だけなんだろ?! ルーカスとナーガの間に割って入った所で、何なんだよ、死ぬ気か??)
(いえ、死ぬ気はないです。僕らは、無事に彼を助けたい)
(助けたいって……今のナーガは本来の力が無いとはいえ、本来の力以上の厄介な剣士だぞ? あんなやつ、ルーカスに任せるしか無いだろ!)
今のジェドナーガはルーカスですら手こずる程の相手。オペラも本来の力は未だ戻っておらず、アークが手を出した所で邪魔になるだけと踏み……ましてや明らかに武力の足りないワンダー達が役に立つとは到底思えなかった。
(……それとも、お前の変な力でここじゃ無い場所にジェドごと追放でもするつもりか?)
険しい表情のアークに、ワンダーはきっぱりと否定を返した。
(いいえ、言ったでしょう、彼を助けたいと。あちらの世界に連れて行く事も、今のままルーカス陛下が戦い続ける事も、正規ルートじゃない)
(お前……何を……)
★★★
突然の光景にルーカスも、ナーガも固まっていた。
ナーガを真っ直ぐ見据える緑の瞳。つまらなそうな表情。
かつて、自身が葬り去ったアークの父がそこに存在しているのだ。
魔王領に行く度に、アークと話を交わす度に……いや、一度たりとも忘れた事は無かった。
心なしかブレて見えるのは幽霊だからか? ウルティアビアだから、彼の姿が認められるのか?
……いや、そんなはずは絶対に無いのだと正気に戻った。魔王ベリルは確かに魂すらも残らぬよう葬ったのだ。
ならば何だ、ともう一度見れば……その魔王ベリルはガクガクと震えていた。ブレて見えたのは物理的に震えていたからだ。
ルーカスはもう一度目を擦り見直してみた。
だが、残念ながら魔王ベリルは幻では無いのだが、震えてる上に冷や汗をだくだくとかいているのも幻では無かった。
そう、あまりにも思い出の中のイメージとかけ離れた様子にルーカスはやはり二度見した。
(いや、さっきはビックリしすぎて本物かと思ったけど、冷静に考えると……何? というか、誰?)
「ベリル様……」
ルーカスの考えを遮るようにナーガがベリルに手を伸ばした。ナーガというか見た目はジェドなので、ジェドがベリルのような何かに感極まって手を伸ばすという光景になっていてルーカスは眉間に指を当てた。
「ああ……ベリル様……貴方の姿をもう一度見たくて……貴方にお会いしたくて……私は、身体が無くなっても、諦めずに方法を探し続けた……ずっと、ずっと……でも」
震える手をベリル……っぽい何かに伸ばし、捕まえようとした直前、俯くナーガの目がギンと憎悪に染まる。
「ベリル様は……そんな顔はしない。誰だ!!」
「危ない!!」
ジェドナーガが持っていた金棒を勢いよくベリルへ振りかぶるのが見え、ルーカスはベリルの腕を掴んで引いた。
ゴガン! と激しく砕かれる音。地面にはクレーターが出来ていてベリルの顔がゾッと青く染まった。
「私を騙すのに、よくも、よくもベリル様を使ってくれたわね……よくも、私にベリル様を攻撃させたわね、よくも、よくもベリル様のお姿でベリル様じゃないことをあああああああああ!!!」
「ギャーーー!! こ、こわっ!! 解釈違いへの女子の報復こんな怖いんか!!!」
「ばっ、いや、そんな場合じゃないだろ!!!」
叫ぶベリルを半狂乱で引き裂こうとするジェドナーガ。ルーカスはベリルを掴みながら全力で人混みを掻き分け走り出した。
「誰だか分からないが、何をしているんだ君は! 見てのとおり火に油を注いだだけじゃないか、邪魔するならば……」
「アホか、邪魔する為に来たんや! お前、ただ戦ってるだけやったらジェドやんを助けられんって、そんなん考えながら戦っとったやろ!」
「そ、それは……」
ベリル(?)の指摘は当たっていた。手を抜く事の無いジェドとの勝負の行く末が分からないのももちろんそうだが、戦いの中でいくら考えていてもジェドの中からナーガを追い出す術が見つからないのだ。
一時ジェドを気絶させて拘束する事が仮に出来たとしても、こんな危ない者を帝国に持ち帰る訳にもいかず、そもそも回復力の早いジェドの身体を持つナーガがそのまま逃げ出して行方不明にでもなれば……
想像するだけで恐ろしかった。
「これっ!」
ベリルがルーカスの手に渡したのは1冊の本。
「これの角で頭を……? 効くかな」
「んな訳あるかボケ! 無駄に物ボケすな! ちゃうくて、それを持ってアイツと一緒に移動魔法で移動せいっちゅーてんねん! 使えるんやろ?!」
「え……」
確かにルーカスは魔法使いでは無いが移動魔法を使う事は出来た。ただし、移動魔法は膨大な魔力を消費しするため並みの魔法使いでも殆ど使う事は出来ない代物で、ルーカスが使える移動魔法はせいぜい2人程度。
そして以前、ファーゼストから帝国まで使ってみた事があったのだが、ルーカス自身すら想像していなかった程に魔力を消費して幾日も寝込んでしまったのを思い出す。
「そんなもの、今の状態で使えば――」
使った瞬間に飛んだ先でぶっ倒れて使い物にならなくなるのは目に見えていた。それは1番の悪手である。ジェドナーガに何のダメージも拘束も無いまま世に解き放つそれに何の意味があるのか。
「だから、ジェドやんの目を覚ましてくれそうな奴の所に連れて行くんやて、ワンダーが言ってた!」
「ワンダー?」
本をよく見れば、それは確かに帝国の図書館にある禁書、ワンダー・ライターの本だった。
このベリルの偽者が突然現れたのも、何もかもが分からなかったが……以前、ジェドが彼の事を庇い指名手配を取り下げるよう頼み込んできたのを思い出した。
このベリルの偽者だってそう、もしかしたら、いや、もしかしなくともオペラの偽者に違いないのだ。
それが、ジェドを助ける為に危険を冒してまで訴えかけてきた。ならば――
「……信じるからね。私は、この先は本当に役に立たなくなるのだから」
意を決したルーカスは手の中に魔法陣を描き、ベリルを突き放した。
「なっ――」
急に向き直るルーカスに面を食らうジェドナーガ。急ブレーキをかける事も出来ずにその手にある魔法陣に飲み込まれた。
「はぁ……はぁ……」
冷や汗を大量に流しながら、汗と共に解かれるベリルの姿。その下にはドートンが居た。
「こ……怖かったぁ……」
「やっぱり、お前なのかよ。何の心の変化だよ」
歩み寄るアークに、肩を落としながらつぶやくドートン。
「……心境の変化とか、そういうんやないけど。1度始めたゲームは、最後までクリアせな、あかんやろ」
「……よく分からんが」
「それよりも、僕達も行かなきゃ!」
と、本の中からにゅっと手を伸ばすワンダー。何度見ても見慣れないワンダーの能力だが、その手を取ってドートンも一緒に本の中へと消えて行った。
「ちょっと、わたくしたちも連れて行きなさいよ! ルーカス様が――」
「おい、オペラ」
本を開こうとしたオペラの手をアークが止めて握った。
「その……いや、今そんな事を聞いている場合じゃないとは思うんだが。お前は、俺と……その」
「え……」
慌しく無理やりルーカスに纏められた3人の関係。アークに握られた手にはやはり指輪が嵌っている。
アークの聞きたい事実を思い出して、オペラはかーっと赤くなった。
「い、今、それを言っている場合じゃなくてよ!!! と、いうかわた、わたくしそもそも結婚とかそいう、そういうものは――」
「そ、そうだな。悪かった……」
「あ……」
しゅんとして離そうとするアークの手を、オペラはぎゅっと握り返した。
「え……」
「いえ、だから、わたくし、その……何も納得も肯定も否定もしていないので、その……ルーカス様と、ちゃんと、ゆっくりと、話し合わないと……」
もごもごと口ごもるオペラ。羽の生えた瞬間から、オペラの心の声は聞こえなくなっていた。だから、オペラの心は直接聞くしかない。
「……そう、だな」
だが、肯定はしていないが否定もしていないという言葉を聞いて、アークは安堵した。
握られた手を中々離さないアーク。
「ええと、だから、今は離し……」
「……もう少し」
「あ、すみません! お2人を忘れていました!! 早く行きま――あれ?」
本からにゅっと顔を出したワンダーに驚いて出したオペラの右ストレートがアークの顔面にめり込み、握られた手は離された。
★★★
「こちら、頼まれていた魔石虫です」
「ああ、沢山ありがとう」
アンデヴェロプト大陸、魔塔。魔塔主の部屋に魔力火山で捕れた魔石虫を届ける少女の姿があった。
彼女はノエル・フォルティス。魔法学園に通い魔法使いになるべく勉強をしているが、最近は授業の合間にこうして依頼を受けてバイトをしていた。
魔法火山での素材採取は結構難易度が高く、特にこの魔石虫は物によっては高値で買い取ってもらえる。魔術具の虫かごに入ったキラキラと輝く虫と引き換えに銀貨を受け取るノエルに、魔塔主は首を傾げた。
「君は貴族だからとくにお金に困っているという訳では無いだろうに。なんでこんな地味なバイトを引き受けているんだい?」
ノエルは銀貨を可愛らしいポーチに入れながらくすりと笑った。
「私、もっと色んな事を知りたいなって思って。魔塔主様みたいな偉大な魔法使いになる為にはこうして細かな素材集めも大事ですし……あ、魔法都市での魔法事業もすごく興味深いです! 色んな事を学んで、色んな世界を知って、沢山の方のお役に立てるような、そんな素敵な魔法使いを目指していて。これは、その第1歩でもあるのです」
「……そう。偉いね」
ふふ、と笑うノエルの頭を撫でてやれば、魔塔主……シルバーも幸せな気持ちになった。
自分が先代にこうして撫でられていた時も、同じ気持ちだったのだろうかと懐かしむ。
「あと、その……フォルティス家には無駄な出費はかけないようにと思っておりますが……週に1度位は魔法都市で売っている珍しい魔法菓子をソラと2人で楽しんでいて……ごにょごにょ」
「ふふふ、そこまで正直に話す義務は無かったのだけれど、それは秘密にしておいてあげようねぇ」
かーっと赤くなるノエルの可愛らしさに、くすくすと笑うシルバーだったが……
ふと、移動魔法の気配を感じて身構えた。
「――!?」
ノエルを引き寄せて後に隠すと、バチバチと光る魔法陣の渦から人が現れる。
「ルーカス?」
現れた1人は帝国の皇帝ルーカスだった。彼は、シルバーの姿を確認すると
「ごめん……何の策も無いんだけど、あとは任せた……ジェドをたすけ――」
と言い残しバタンとその場に力なく倒れた。倒れた瞬間に気の抜けた顔文字のような顔をしていた。
「騎士様…………じゃない……!」
ぎゅっとローブを掴んで身を寄せるノエル。ルーカスの隣に居る男は確かに騎士団長ジェド・クランバル。
何故か裸の腰に上着を巻いているという薄着だったが、それよりも以前に見たときと雰囲気が変わっているように見えた。
「ええと……? 倒れるなら、もっと説明してからにしてほしかったねぇ」




