漆黒の騎士団長は裁判中でもピンチの中でも夢を見る(後編)
『呑気に言ってる場合かーー! なにかあいつを倒す方法とか無いのかよ!? ノエル嬢の何か凄い能力とか!!』
『無いから乗り移られたんでしょう。ゲームでは闇の力を倒すには魔法学園で好感度を上げて魔力を高めるしかありませんでした……あ、乗り移る前の今なら物理でも行けるのかな』
『物理ぃーーーー!!!』
「わぁー、ジェド様って悪役令嬢を助ける為にこんな事までしているんですねー。普通、悪い噂を払拭する為に令嬢自身を変えたり、悪い環境を変えたりとか……あと悪役令嬢を陥れようとする主人公や婚約者を懲らしめたりとかそういうイメージでしたけど……」
「……そういう時もあったけど、そうだな。どんどん過酷になっていくな……というかお前に言われたくないんだが」
俺の思い出を壁一面に映し出し、ルビーと上映会をしている漆黒の騎士団長ジェド・クランバル。
今映し出されているのは5歳のノエルたん最大のピンチである暴虐の闇の竜に襲われている所である。
「あ、ジェド様噛まれた」
そう、実際に襲われたのは俺である。この時は本当に色々大変だった……魔王領に行くよりも大変ってどういう事……?
その映像を見て思い出しながら……俺は噛まれた太ももの内側を見た。
そこに蠢く闇の刻印――
そう……もう知っての通り、俺も噛まれていたんです。オペラだけじゃなくて。
何か調子が悪いなと思ったのは東国から戻ってきた後……いや、もう少し先だろうか。
足に次第に現れる見知らぬ痣……
気がついたら知らない痣が出来ているのは誰しもあるあるだろう。かくいう俺もそういうやつだと思っていた。大概は数日経てば直っているはずだったのだが……その痣は全然消えなかった。
そしてそれは、ウルティアビアに近づくにつれてモゾモゾと、広がっていったのだ……と思う。正直、それ所では無かったので一々自分の腿の内側なんて確認しないだろう。何か痒いとは思っていた。
サンズ川を渡る時にオペラが小さな竜に噛まれたと言っていたが……まさか俺も噛まれていたなんてなぁ……もうそんな前の事覚えてないよ。みんな忘れてるだろ。
『この俺、十六夜白夜がこの世界に来る前に見ていた小説『異世界の少年と暗黒竜の魔女』によると……悪役令嬢ノエル・フォルティスは幼き頃に暴虐の闇の竜に闇の黒印を刻まれ、心が闇に支配され暗黒竜の魔女になったそうです。そして、異世界から来た勇者が聖樹の元に眠る光の剣を抜き、悪役令嬢ごと闇の竜を消し去ったそうです。絶対に……この世界のどこかで暗黒竜の魔女が誕生しているはず! もし、少しでも魔女に心当たりがあるのならば教えてください!!』
「あ、今度は召還勇者に狙われているんですか。ノエル様も難儀ですね」
俺が考え事をしている間にも回想シーンは進み、今度は俺にドアップで熱弁する異世界人の勇者十六夜百夜こと高橋の姿が映し出されていた。
彼は全部本人が説明している通り、悪役令嬢であるノエルたんを倒すべく召還されてきた勇者であり、彼が召還されてきた時にはすでにノエルたんが悪役令嬢という下りは終わっていたのでただの厄介な異世界人と化してしまった哀れな存在である。
「あれ? ノエル様ってさっき解決しましたよね。結局この人、どうなったんですか?」
「怒り狂った聖女にぶっ飛ばされ、どこかに消えていった」
「何か可哀想ですね」
尚、その後魔王領温泉に再び現れ、魔王に優しく説得された結果今は魔王領温泉で真面目に働いている。
思い返してみれば、高橋も1度ナーガの刻印でおかしくなった事があったっけ。あの時ぶっ飛ばされたのがラヴィーンだったのだろう。どこまで吹っ飛ばされたの……聖女のパンチの威力とんでもねえな。
「これって、ジェド様のご両親ですか?」
「ん?」
『いい機会だ。いずれ言わなければならない事だったんだよ……』
画面に映し出される親父の顔。映像は移り変わって今度はクランバル家になっていた。
俺の隣には魔王アークに妹弟の大輔。そしてシルバーもいた。ああ、そんなに経った訳じゃないのに何か懐かしい。
『ジェド、父さんはね……実は、悪役令嬢なんだよ』
「……ジェド様のお父様って、悪役令嬢なのですか……???」
「元、な……」
親父がコトリとテーブルに置いた【恋する☆光と闇の剣士】書かれた薄い箱。それを見たルビーがポンと手を叩いた。
「ああ、これって乙女ゲーム! あ、もしかして、悪役令嬢って闇の剣士ジャスミン・クランバル?? え、そう言われてみれば隣に居る奥様も光の剣士チェルシー・ダリアに似ている……」
「ああ……話せば長いから映像を見てくれ」
俺の親父、ジャスター・クランバルことジャスミンは……画面に映っている乙女ゲームの悪役令嬢である。そう、そして母さんはその乙女ゲームの主人公だ。何故そんな事になっているかというと、何のことはない。2人が戦闘狂のあまりずっと戦い続けた結果乙女ゲームの時間軸をとっくに過ぎていたからである。
最強を極めに極めた2人は婚期を逃し、今更ながら強い男を結婚相手に捜そうと各地を旅して……何故か神に挑むというとんでも無い感じになって……更に神の怒りに触れてしまい剣の腕を奪われたのと親父の性別反転させられるという結果に終わった。本当何してん。
だが、その結果が無ければ俺が生まれなかった訳で。良いんだか悪かったのだがは今となっては分からない。
「と、いう事はジェド様は闇の剣士と光の剣士の血を受け継いでいるんですね」
「まぁ、そういう事になるのか」
その血が役に立った事はあまり無い。もしかしたら光のおっさん剣を使えたのは血筋のおかげだったのかもしれないけれど……正直剣の腕だって小さい頃から鍛え上げられたから騎士団長にまでなれたものの……剣の実力では未だ親父と母さんに勝てる気なんてしない。
『俺は確信した。君こそ……俺の命を捧げられる、光の剣士だ!!!!』
『……ジェド、それは……光の剣、だね』
ああ、そうそう。思っていたらその場面に突入していた。あれはナーガと2回目の対峙であり、最初にあいつを倒した時の事だ……
ラヴィーンに殴り込みに行くというオペラに付いていった俺は、なんやかんや巻き込まれて人生最大のピンチを迎えていた。ナーガに血をたっぷり飲まされそうになったんだっけ……
あの時は何も信じられなくなる真の漆黒の騎士が爆誕する所だったんだよなぁ。
そんな俺のピンチを助けてくれたのはシルバーだった。それと、ラヴィーンに行く道中で出会った、というか絡まれたロマンを追い求めるマゾ、略してロマゾのクレストのおっさんである。
おっさんはさっき親父たちの話で出てきた乙女ゲームの攻略対象であり、親父こと悪役令嬢ジャスミンを恨んで修行に修行を重ねていた光の剣士である。
ゲームでは主人公であるはずの母さんと愛を育てて光の剣となり闇の剣士を倒したはずなのだが、何故か愛を育てていないはずの俺の手に勝手に収まり、勝手にナーガに刺さって倒してしまった。
何度も言うが向こうが勝手に俺の一撃に愛を感じただけで愛なんて育ててませんから。
「はー、なるほど。こうして見ると意外とジェド様もちゃんと戦っているんですね」
「意外とって何だ、騎士だから戦うに決まってんだろ」
とは言え、戦ってない記憶の方が多いので強く否定は出来ない。
『……分からないが……俺は今までなんやかんやで何とかなっていた。それは、武器を使う事もあれば……そうじゃ無い方法もあった。戦うだけが方法じゃない事を……剣を振るうことだけが救う方法とは限らない事を、沢山見た。だから、何か方法はある。俺が言っているのだから間違い無い……俺は、数々の悪役令嬢を何とかして来た、漆黒の騎士団長だからな』
またしても、俺の記憶の映像が切り替わった。そうだ……あれは、ノエルたんの身体がナーガに取り込まれた時の事だ。
流石の俺も、俺達の天使であるノエルたんがナーガに成り代わってしまった時には凹んだ。黒の魔石や油に囲まれ、ネガティブオーラが出てやる気を失いそうになってたっけ。
だが、あの聖女ですら気落ちしていた状況でも、俺は何とかしたのだ。
『そうだね。ジェドは何とかしてくれるね。だから皆頼るのさ。ふふ、流石は私の1番の友人だね』
その時俺の横で笑っていたシルバーはスライムだった。あれも酷い話だった……ナーガは俺とシルバーには相当恨みがあったんだろうか。それとも、俺を倒すにはシルバーが邪魔だったのか。何にせよ、アイツを戻すのに本当どれだけ苦労したことか。
今は、元に戻るとかそういう次元の話じゃなくなったけど……
「……ん?」
俺は、少し胸が痛んだ。あの時、ノエルたんがナーガに取り込まれた感じと似ている……
『余程大事なものだったのだろうねぇ』
映像からそう声が聞こえて一瞬ドキッとした。
『大事に決まってんだろ。俺が過去苦労させられた悪役令嬢の話を全部忘れろって言われたとしても、あの苦労が俺の中から無くなると思えば悲しくもなるわ』
『まぁ、そうだろうねぇ。それ程のものだったから、なんだろうねぇ』
映像は更に進み、東国から帰って来た後……そうだ、シルバーの記憶は結局戻らなかったんだよなぁ。
だが、東国に行った時はアイツが死んだんじゃないかって気が気ではなかったから、生きていただけマシだったのかもしれないと思ってたけど……まぁ、そう考えると多少なりともショックだったのかもしれない。
色々あったから、俺にも多少友人の記憶から消えたくないという気持ちが芽生えたのだろうか。陛下の時でさえそうは思わなかったんだけどなぁ……ん?
「おい、そう言えば、これってなんだっけ……データ同期系スマホアプリ『貴方の夢に恋してる~写真の中の素敵な恋』とかいう変なゲームの世界なんだよな??」
「そうですね。AIが判定するまでも無く悲しい位にラブラブ描写はありませんが」
「というか、さっきから記憶が断片的なのは何でだ? ランダムに選択するにしては……何だか、こう関連性が……」
そうだ、俺は薄々気がついていた。
さっきから映し出される映像、どう考えても――
そう思った直後、ルビーが映像に向かって手をかざした。そこに映し出されていた画面が壊され穴が空く。
「おい、どうし――」
俺に背を向けたまま動かないルビー。俺は身構えた。悲しいかな丸腰だが……
「私……悪役令嬢ですから。ねえジェド様……お分かりいただけたでしょう? 十分に、揃っていたのですよ」
「何が……だ」
トーンが薄ら暗くなるルビーの声。甘ったるく、脳を揺らすような女の声はルビーのものでは無かった。
「もう、分かっているでしょう……? あなたは、私と一緒になる可能性はあった。フラグ……って言うのかしら? くくく……」
そうか……おかしいと思ったんだ。ルビーの夢にしてはイケメンが唐突に現れたりしないからな……
そうだ、最初から、これは俺の、夢なんだ。
ゆっくり振り向くルビーの顔……青黒い瞳に長い髪……にやつく唇は赤く。忘れもしないその顔……
「闇の剣士の血を受け継ぎ……闇の竜に噛まれ……それでも貴方の心が保たれていたのは、誰に対しても無関心だったから。貴方が令嬢達の頼みを断らないのは、興味が無かったから、でしょ?」
「……いや、それは流石に心外だが」
「ふふふ……まぁ、それはいいの。でもね、やっと、やっと貴方の心の隙間を少しずつ見つけたの。私は、貴方と1つになれる日を、ずっと待っていたの」
振り向くナーガの手には、真っ赤な飲物のたっぷり注がれたグラス。そして、俺は動けない……あの時と、全く同じだ。
同じだとしたら、その中身ってお前の血……ですよね……??? いやぁぁぁ……
「あの時、貴方を始末出来なかった事を後悔しない日は無かったわ。これで……これでやっと」
ナーガは動けない俺の口に、あの時と同じようにグラスを近づけた。
俺は、あの時と同じように助けを求めようと口を開きかけた。だが……あの時とは違う。
夢の中の俺の指には、シルバーのくれた魔術具は無かった。呼びかけても、無駄なのだ……
俺は、あの時回避したはずのナーガの血を溺れるように飲んでしまい……そのまま血の底に沈んでしまった。
夢の中には、ナーガの高笑いだけが響き渡っていた。
★★★
「判決は下された」
ジェドを静かに見守るルーカス達の静寂を破るように打ち響かれるヤマの持つガベル。その言葉に一斉に振り向くと、ヤマはつらつらと読み上げるように言葉を続けた。
「闇の血を引く漆黒の騎士ジェド・クランバルはナーガの血を取り込んだ過去を持ち、一切の隙が無かった心の穴を見定められ、ナーガに屈した。よって、その身体、今より邪竜ナーガ・ニーズヘッグの失われた身体の代わりと認める!」
「そ、そんな……」
ジェドの目がゆっくりと開かれると、その色はナーガと同じように青黒く光っていた。
「ジェド……じゃないのか」
ルーカスがアークを振り向くも、アークは首を振る。
「いつものアホな心の声も……全く聞こえない。あれは……本当に、ナーガだ」
アークの首筋に垂れる冷や汗。ルーカスが向き直る先に居た友人は、確かにナーガと同じように不気味な薄ら笑いを浮かべていた。




