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ウルティアビアの裁判――門前の誘惑者

 


 その身を燃やし続ける強い怨念、執念、憎悪、数々のどす黒い闇が原動力となり、未だ諦めきれず『ナーガ』という生に留まり続けていた。


「何で、そんな姿になってまで未だあがき続けるんだ?」


『……』


 数々の罪、この世の混沌を集めたような彼女の魂は間違いなくそのつけを支払わなくてはいけなくなる。

 それでも未だにこの世に闇を吐き出し続け、自身も罪と認めている悪意を増殖させ続けるのは何故かと、素朴な疑問だった。その答えが罪の減刑になることは到底無いのは誰しもが解っていた。本人さえも。


『ふふふふ……何故? 殿方はいつもそういう聞き方をしてくるのね』


「男子か女子かで質問したつもりは無いのだが……まぁ、そう言われてみれば確かに執念で留まり続けたり来世にも今の生を根性で持って行こうとするのは女性の魂に多い傾向があるな」


 パラパラと資料を捲れば、近年はどうも死を受け入れきれず来世にもう1度やり直せると妄執する魂が増えたような気がしていた。次の生の事までは関与していないものの、いくら奇跡が起きたとしても同じ存在へ、記憶を消さずにそのまま生まれ変われるなんて話は彼も信じる事は出来ずに理解に苦しむしかなかった。


『女はね、いつまでも縋り求め続ける生き物なの。何処にも無いと分かっていても、いいえ……何処にも無いからこそ、心残りがずっと払拭されないのかもしれないわ……』


 彼女は目の前の男と話をしているよりは、自身の思い出を見つめながら心の内を確かめるように呟いているように見えた。


「はぁ……貴女もか。最近は話を聞いても判断に困る魂が多くて困るな」


『……本当に?』


「ん?」


 魂だけの存在のはず、なのにその魂からは彼でさえゾクリとする程の身の危険を感じた。何が、とは言いがたい。


「……そうやってそんな姿になってまでも生きている人々を惑わしている訳か。だが、俺を懐柔してどうにかしようなんて無駄なことだ。どんな魂に対しても中立、罪は罪で相応に裁かれなくてはいけないし、その業を背負った先は関与しない。それがウルティアビアの、魂の裁判官の生きる仕事だ」


『そうね……罪に対しては中立、そうでないと勤まらないわね。でも……その目』


 魂の形が薄っすらと竜の女の形になり、触られていないのに隠れた前髪をそっとかき上げる感触がした。だが、彼は動じず動かない。


『目を片方隠している子はね、何かしらの意味を持っているのよ。例えば反逆……例えば服従。貴方は、半分見ない事でその心を隠しているんじゃないかしら……本当は――』



 ★★★



「ハァ……ハァ……あちらがウルティアビアの関門所です、お連れ様も恐らく既に通られている事でしょう」


 息も絶え絶え、急速にスピードを上げたスライム式馬車に揺られ辿り着いたウルティアビアの関門所にして中心部。

 スライムが止まると連続して引かれていた荷台から次々と魂が降りて列を成した。


「ここがウルティアビア……魂の裁かれる場所なんだね」


「ええ! 世界に生きる魂達は次の生に生まれ変わる前に必ずここで現世の罪を精算していきます!」


「そうか……こんなに魂が数多く居ると大変だね」


「いえ! 我々ウルティアビア人の使命ですから!」

「他に、何か聞きたい事はありますか?!」

「何でも聞いてください!」

「観光ですか? 見るところは少ないかも知れませんが良ければご案内しますよ!!」


「あ……いや、私達は人探しをしていて……」


 われ先にと食い気味に話しかけようとするウルティアビア人。ルーカスは困惑し引いていた。


「まぁそう引くな。隠されるより協力的の方が良いだろう、こっちはここに居るであろうやつを探しに来てるはずが、更に何人か行方不明になっている最悪な状況だからな」


「……君が居れば隠し事なんて出来ないはずだよね? 君、面白がっているだろう……」


「さぁな」


 2人の間に蟠りが減ったからか、いや、見えなかった蟠りがクリアになったからか……それまでのギスギスとした空気が少し晴れたようなアークの嫌がらせに、ルーカスは少し安堵の笑みを漏らした。それを感じ取ったアークも同じだ。


『ルーカス陛下』


「え……君は、確か」


 ふと後ろを進んでいた魂の行列からかけられた声。同じ船に乗っていた悪霊令嬢のイーラである。


「そうか、君もやっと新しい生に生まれ変わる事が出来るんだね」


『はい、それもこれも現世への呪縛を断ち、手を汚す事を思い留めさせて下さった皆様のおかげです。どんな裁きが下されるかは分かりませんが、きっと次の生はクソだった生前よりも絶対に明るい未来が待っていると信じて終わる事が出来ます。今の生が消えて無くなれば、私は私で無くなるのでしょうけれど……最後にイケメン達に囲まれて幸せでした』


「そう、言ってくれて嬉しいよ……」


 心残りはむしろルーカスの方である。彼女を死ぬ前に救ってあげる事が出来なかったのは国を治める自身の落ち度であると落ち込むが、悪霊となり手を汚し苦しみ消えて行く前に出会えただけでも良かったと、彼女が前を向いているのだから自分も同じ方向を向こうと思わせて貰った。

 これが異世界から来た者ならば執念で来世は復讐してやろうなどと叫び、そもすると本当に叶えかねんのが恐ろしい所であるが、幸い彼女はこの世界の善良な令嬢であった。


『そろそろ関門所の順番に近付きますので、ルーカス陛下に祝福を……』


「ああ、新しい君にもね」


(あー……次の魂は悪女の汚名を着せられて死に、悪霊になりかけた女かぁ。ウーン、微妙だけどヤマ様の案件かコレ?)


 2人の会話を黙って聞いていたアークの耳元に、関門所で魂の選別をしていた職員の声が聞こえてきた。

 ウルティアビアには裁判官が何人も居て、それぞれ専門が違うと道中でやたら詳しく丁寧に話をしてくれるウルティアビア人から聞いてはいたが、雑踏の中で妙に気になってその男の思考に耳を傾ける。


(全く、あの魂に関わってからのヤマ様には困ったものだな。さっきの生身の人間だって、本当は管轄外なのにあのツンツンしてキツそうな美人が悪女の業を背負ってそうだからだよなぁ……)


「アーク……?」


 アークは声のした方へと魂混みを掻き分けて進み、調書を見ていたローブのウルティアビア人の胸倉を掴み問い詰めた。


「おい、そのヤマって奴は何処に居る! 悪女を集めてどうする気だ」


「ええ?!」


「俺に隠し事をしても無駄だぞ、吐け」


「ちょ、ちょっとアーク!」


 職員を締め上げるアークの手を押さえ、ルーカスはウルティアビア人を解放した。


「邪魔をするな、そいつは何か知っている」


「アーク……君、さっき言ったばかりだろう。協力的な方がいいって」


「……」


 ルーカスに諭された通りである。締め上げたウルティアビア人の職員は混乱していて思考が聞き取れる状況には無かったのだ。

 腕を組み黙って見つめるアークの様子を確認して頷き、ルーカス……いや、ルー子は職員に振り返った。


「あの……私たち、知り合いを探しておりまして。船から落ちて不正入国の疑いをかけられてここに来たと思うのですが……安否が心配で。もし、居場所を知っているのであれば教えて頂きたいのですが……」


 ルー子渾身の上目遣い。ルーカスの方が背が高いのだが低いところに屈み、心配そうに儚げに頬を紅潮させ訴えるその姿は……その場に居たウルティアビア人の職員達のハートを矢で貫いていった。ここまでパーフェクトに墜とされていくウルティアビア人。何故かウルティアビア人の男にルーカスの女装姿は受けが良すぎるのだ……


「も、もちろんですとも、包み隠さず話します! 何処から聞きたいですか?? 自分、独身、彼女居ない暦=年齢、趣味は川下り、夢は川沿いの景色が良い場所にマイホームと子供は3人」

「いや、自分の方が詳しく語れます! 結婚式は魂の行列が祝福する川沿いの祠にて幻想的なスライムシャワーと共に愛を誓い合い――」

「自分は真面目で稼ぎが良く将来安泰です! 貴女の為に裁判官に出世することを誓い――」


「あ、いや……そういう情報は要らないんだけど……」


 我を忘れルー子に群がるウルティアビア人達。正気を取り戻すまで時間がかかり、勿論彼らの頭の中はルー子の事でいっぱいで有益な情報は得られなかった。



「ウルティアビアに集まる魂は、10人の裁判官に裁かれその行く末が決まります。ヤマ様もその1人です」


 ようやく落ち着きを取り戻した頃、最初の職員に詳しく話を聞きだす事が出来るようになった。他のウルティアビア人は各持ち場に戻っていったのだが、羨ましがるように刺さる視線が痛かった。当の職員はルー子を独り占め出来る事が嬉しいのか誇らしげである。

 この流れ『実は男です』とはとても言えない雰囲気に陥っていくのだが、不本意な状況でもオペラを捜索するのに必要ならばとルーカスは耐える事にした。


「そのヤマという者が魂に関わってから非業の悪女を集めるようになったと聞いたのだが……」


「え?! それを何処から!」


「えっ」


 アークが心を読みました、ともとても言えず……ルーカスは誤魔化すように微笑んだ。


「聞こえたような気がしたのだけど……そんな訳は無いでしょうね。そんな、思いが通じるなんて、運命の相手でもあるまいに……」


「いいえ、確かにそう考えておりました!! 正に、きっと、運命が私たちの心を1つにしたのでしょうね!!」


 思わずルーカスの手を握り締め興奮するウルティアビア人の職員。他のウルティアビア人も立ち上がりかけたが、ルーカスは微笑みながらその手をそっと外した。


「そ、そう……それは良かった。で、そのヤマという方が関わった魂とは……竜の女ではないのだろうか?」


 困惑気味に問いかけるルーカスの言葉に、職員は顔色を変えた。


「ええ、確かに。あの魂が来てからなんですよね。ヤマ様が――――」



 内容を聞いたルーカスとアークはやはり、と頷き合った。ウルティアビアでナーガを匿っている者はその男で間違いなく、そして今オペラ達も彼らと一緒に居る。ゆっくりしている時間など無いのだと……


「アーク、急ごう。もし本当にナーガが居るのなら……そしてその話が本当ならば、今1番危険なのはオペラの身だ」


「ああ……そうだな」


 職員の軽快な足取りに案内され、2人はジェド達の下へと急いだ。ルーカスの想像以上、思いの外のモテっぷりに微妙な感情を抱えつつ、今はそれ所じゃないと一旦忘れる事にしたアークだった。

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