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ウルティアビアの門を管理する男(前編)

 


 ウルティアビアの川岸沿いに伸びる道を走る荷馬車。周りはローブを着た警備兵が取り囲んで並走していた。

 この荷馬車……いや、荷馬車では無い。荷スライム車。なんなら警備兵達が乗っているのも馬では無くスライムである。スライムライダー。


「ウルティアビアには馬車というものはありません。馬は魂やこの地に呼ばれし者を案内するという役割があると伝えられており、ウルティアビアでは伝達者として崇められています。なのでこのように我々民が足として使うのはもっての外……というのが昔からの言い伝えなのですが、実際の所はスライムの方が便利なのですよね」


「へぇ……」


 あまりにも暇すぎるので外の警備兵達に話しかけると意外と友好的に答えてくれた。本当に危害を加えるつもりは無いらしい。

 ウルティアビアへの主要交通となっていた大河から国の中心部へは細かい川の流れが幾つも続いてはいた。しかし、岩礁が多くて細く、またウルティアビアが川上な上に流れが急なのもあって川岸からはどうしても陸地を行くしかないのだが、この陸地もまたゴツゴツとした岩場だらけである。

 道、という名前だけついているような、木の生えてない岩だらけの道は馬が走るのはおろか人が越えていくのも確かに大変そうだ。

 そこでスライム車らしい。まるで整備された道を走るかのごとくスイスイと進むスライム。揺れが少ないのがかえって気持ちが悪くもある……


 オペラは余程疲れていたのかほんのり暖かいスライムにもたれかかりながらスヤスヤと眠っていた。最初に出会った時よりも確実に逞しくなっていって何よりだ。


「はぁ……ジェドやんといいこの子といい、緊張感っちゅーもんは無いんか」


「え? でも危害を加えるつもりは無いって言ってるし……」


「だぁほ、魂の行き着く場所なんやろ? つまりは地獄の門っちゅーこっちゃ」


「そうなのか?」


「……いや、まぁ知らんけど。でも、俺の知っているそういう場所言うたら怖い鬼がぎょうさんおって棘のついた棍棒で待ち構えとるで。んで、生前悪い事ばかりしたやつらは閻魔様に裁かれて鬼の所に送られるし、嘘ばっかついている奴なんて舌を抜かれるとか言われてんで」


「ヒェ……」


 俺は誓って嘘なんかついていない……と、言いたい所なんだが、自分の身を守る為に陛下に虚偽の報告をしている自覚はあった。だって……他国でタオル1枚で戦ってましたとか、何回も全裸になったり下着姿になったり、なんて報告……出来る訳無いじゃん。

 時には、もみ消した方がよい事だってあるし……まぁ、それはともかく嘘を言っただけで舌を抜かれるのはちょっと理不尽な気がする。時には嘘だって吐いた方が幸せな時もあるし……

 舌を抜かれそうになったらその方向で説得してみる事にしよう。


「見えてきたぞ、もうすぐ到着だ」


 外のスライムライダーが声をかけてくれる。前方を覗き込むと、ゴツゴツした岩が長く積みあがり形作る門が見えてきた。あれがウルティアビアとの国境だろうか……その先にはモクモクと煙が上がる黒い大きな岩山が見える。

 近づくにつれて、その門は俺達にその全容を見せ付けてきた。幾つもの彫刻が施されている大きな門は、美しい美術彫刻が施されているようで、全体から溢れる絶望感を感じ……ゾクリと背筋を凍らせる迫力があった。


「……恐ろしいわね。この絶望感……まるで、昔滅ぼされた時の聖国を見ているようだわ」


 いつの間にか起きていたオペラも、その像を見て寒そうにスライム毛布を握り締める。やはり、ウルティアビアは危険な所なのかもしれない……


「あー、そっちは記念撮影用の門です。魂の方々からのご要望がありまして雰囲気を作るために設置したもので。本当の門はあちらです」


 と、警備兵が指差す先、スライム車が幾つも到着していく場所には本当に簡素な門があった。長テーブルに座る職員達が秤や書類を片手に馬車の中身を確認している。


「……普通、だな」


「ええ。ですから、普通すぎてガッカリしたっていうクレームに対応すべくあのようにちゃんと名所を用意致しました」


 俺にはよく見えないが、オペラ達曰く門の前では魂の集団が観光しているらしい。記念撮影も行っているらしいのだが、魂に何の記念が必要なのかは謎である。


「生き死にの最後にガッカリされるのもアレですので……ですが、我々も年間多くの魂を裁いていかなくてはならないのであんな仰々しい場所ではちょっと業務に支障があるというかなんというか……」


 船で運んだり審判を下したり、と結構大変なので一度に沢山押し寄せられても困るらしい。そこであの祠での競馬に繋がる訳だとか……死者も死者の管理も大変なんだな……


「川に流れ着いた不正入国者3名ー、連れて参りましたー」


「ああ、今ちょっと立て込んでるからそこに置いといて」


 警備兵の報告を受けてもこちらを見ずに忙しそうな職員。その辺と指し示した方に俺達は檻ごとスライムから下ろされた。そんな、配達物じゃないんだからさ……


「ハイハイ、こっちの魂さんが……あー、だいぶやっちゃいましたねー」


 1つ1つ品出しでも確認するかのようにブツブツとチェックしているフードの男。管理の職員の中で他のウルティアビア人とは肌の色が少し違うそいつとふいに目があった。


「……あ、どうも、こんにちは。えーと……コレ、なんだっけ」


 俺達をまじまじと見つめる男は首を傾げながら管理書類と俺達を見比べていた。


「とりあえず、今まで行ってきて1番悪いと思った事から自己申告して貰ってもいいですかね?」


「えっ」


 男の問いかけに俺は困ってオペラを見た。


「……わたくしが言っていいならば貴方に迷惑をかけられた数々の出来事を話すけど」


 と、懐から黒い表紙のメモ書きを出そうとしたので止めた。何でそんな所に書き記してるの……というかそれ何のメモ?


「いや、分かった。大丈夫だ。自分の罪くらい自分で申告するさ……ここ最近で行くとそうだな……あれは東国で起きた事なんだが。俺はそもそもあの国に送られた時には既にパンツの1枚も履いておらず――」


「あーヤマ様、それは転生を待つ魂じゃないです、例の不正入国者です。多分先ほど報告に上がっていた海賊船に襲われた便の乗船者かと思います」


 俺が自分の罪を自己申告しようとしたその時、真剣にメモを取る男の後ろから違う職員が止めに入った。


「ああー……そんなのもあったっけ」


「だからさっき警備員がそう言ってたじゃないですかー、話ちゃんと聞いていて下さいよ、危ないなー」


 済まん済まんと申し訳なさそうに謝る男。オイ、そのせいで言わんでいい罪を告白する所だったんだが……いや、罪らしい罪だったかもちょっとアレだけど。


 ヤマ、と呼ばれたその男はフードを下ろしてポリポリと頭を掻いた。青い髪、肌は赤色に近く前髪の隙間から魔族のようなツノが生えていた。これがドートンの言う、オニなのだろうか……

 オニと言えば前に東国でも恐れられている妖怪として話を聞いた気がするが、目の前の男は俺達を棍棒で叩く様子でも舌を抜く感じでもないのでやはりドートンの心配は杞憂だろうと安心した。


「ええーと、入国の書類はこちらで――」


「あ、あの! 自分、ここに来る魂のこと全部見てるんやろ?!」


「え? まぁ。魂はここで全部査定してから行く先を決めなくちゃいけないからね」


「だったら……ここについ最近、竜の女が来なかったか?!」


「ちょ――」


「えっ」


 突然檻に噛り付くように問いかけるドートン。俺はドートンの口を押さえて非礼を詫びた。


「落ち着け、気持ちは分かるがそう急いては手がかりも掴めないだろう。ええと……俺達はその……」


 ちらりとオペラを見たが、ドートンが竜……ナーガを探している事について言及する気配も無く黙っている。


「ここに竜の国を治めていたナーガという女の魂を探しに来たんだ。もし、そういう魂の情報を少しでも知っているようならば……教えて頂きたいのだが」


 俺の問いかけに、ヤマは「ふむ……」と一瞬考えて笑顔を向ける。


「知っている、といえば知ってなくもないんだが……」


「えっ」


「まずはそちらが、どういう事情で彼女を探しに来たのか……その話を聞かせてくれれば。話の重さ次第かな」


 と、天秤を持ちながらニコォと笑った。片目が隠れ気味の前髪の奥の目が……ちょっと不気味に光って怖かった。


挿絵(By みてみん)

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