ドキッ! 女同士の船の一室は狭くて(前編)
大広間が大変な事になっている一方その頃、遠くの喧騒も耳に入らない程に固まっている2人の女性が座る一室。
いや、1人は女性では無い。格好は女性の旅姿で長く美しい髪も顔も女性ぽくはあるのだが男性である。
聖国の女王オペラ・ヴァルキュリアと帝国の皇帝ルーカスはあてがわれた船の1室にある2つのベッドを椅代わりにして座り、向かい合って固まっていた。
(ど、どうしたものか……)
ルーカスは俯きながら必死で考えを巡らせていた。
普段は国の為に頭をフル回転させ、出来る皇帝像を皆の前に見せているルーカスであるが、とにかくことオペラの前では上手くいかない事が多い。
そして、例によって今も上手くいってない。
オペラを追いかけて来たのは確かである。聞きたい事は沢山ある。
どうしてルーカスを頼らなかったのか、どうして魔王と共に行動していたのか、そもそもどうしてウルティアビアに行こうとしているのか。
オペラがどう思おうとも、絶対に諦めないし出来る事なら何でもすると誓った。誓ったのだが、聖国民を欺こうと女装して潜入したのが仇となり、女性と偽ってオペラの前に現れてしまったばかりに何も聞けずにいたのだ。これならば最初から普通のルーカスとして来るべきだったと、自分のアホさ加減に今更後悔した。
いつからこんなにアホになってしまったのか……恋がそうさせるのか、はたまたいつもおちゃらけている友人に引きずられたのか。
今更後悔しても今の状況が変わる訳では無い。そして、オペラの為ならば何でもすると誓ったものの、女装姿で騙していたなんて本人に知られれば幻滅しかねないと、嫌われるのだけは避けたかった。
蔑む冷たい視線のオペラを想像しても、そんな姿だって好きだしとても嫌いにはなれないと思ったが、変態と思われるのだけは本当にしんどい。
既に変態のレッテルは剥がせない程には紛れも無い事実だとしても……今更言い出す事も出来なかった。
ルーカスが選べる選択肢はあまり無い。ルーカスでは無くルーカスの親戚のルー子として、他人として、どうやってオペラに口を割って貰おうかと、うーんうーんと唸りながら思案する一方で――
(ど、どうしよう……)
と、真っ赤な顔を悟られないように俯くのはオペラだった。
ルーカスがどういうつもりで身分を隠しているのかはオペラには全く分からなかった。そして、そもそも何故ここにいるのかも。
それもそうなのだが、今一番困っているのは彼と一晩同じ部屋で共に過ごさなくてはいけないという事実だった。
ルーカスが何故か自身の変装がオペラにバレてないと思っている以上、オペラはそれを突っ込む気にはなれない。どこの世界に愛おしい人の必死の努力を踏みにじられる者が居ようか。
いや、言い出すならば船に乗る前に言えば良かったのだ。完全にタイミングを見失った。
恋人同士ならば同室でも何も問題なんて無い……
(――いえ、あ、あるわよ!!!!)
オペラは顔が爆発するかと思う位に熱くなっているのを感じていた。
実は、ルーカスと一夜を共に過ごすのはこれが初めてでは無い。
あれはラヴィーンを目指し旅立った時のこと……あの時は甲冑騎士のシャドウだと疑わなかったから、まさか中身がルーカスだとは思わずに油断して寝てしまった。
が、その時とは状況もお互いの想いも違う。今はあの時とは違い、ルーカスは確実に、本当に、正式に、紛れも無くオペラの事が好きなのだ。両想いなのだ。
ポロリ……と涙が落ちる。勿論嬉し涙である。
あの時までは、ルーカスがこんなにも自分を想ってくれるなどと、想像もしなかった。だからこそ不安で、どうして両想いになったのかは残念ながら記憶を消して忘れてしまったので中々信じる事が出来ずにいた。
けれども、今はちゃんと信じる事が出来る。恐らく、その理解出来ない女装姿も……きっとオペラの為に行ったものだろうと……絶対に忙しいはずなのに、何故かオペラを訪ねて来てくれたのだ。心配しているのだと、ルーカスの気持ちはちゃんとオペラには伝わっていた。
だからこそ……そんな姿をしてまでもここまで追ってきた彼の努力を、そう簡単に突っ込む事などオペラには出来はしなかった。
2人きりで過ごすのは正直に言うと、かなり、嬉しい。状況を全て忘れてしまえるならば久々の逢瀬である。
ただ……イチャイチャ出来る訳でなければ、知らん振りをしなくては、ルーカスを女性として扱わなくてはいけないのだ。それが、辛すぎた。
「あの……」
意を決して口を開いたのはルーカスの方だったが、一瞬オペラの目元に涙が零れるのが見えてぎょっとした。
(――え???? な、なんで?!)
涙が零れたのは一瞬で直ぐにオペラが拭ったのだが、確かに彼女は泣いていた。
急に零れた涙の理由がルーカスには分からなかった。当然、自分はほぼ面識の無い女性ルー子のはずであるから……理由として考えられるのはオペラの悩みの方だ。
(そ、そんな深刻な悩みなのか……?)
ならば尚更、何故自分には相談しなかったのか。ルーカスはきゅっと唇を噛んだ。そんなに泣くほどの悩みを、何故自分では無く――
(何でアークなんだ……)
モヤモヤと浮かぶアークの顔。ルーカスは、アークの事を信用してない訳ではなかった。けれど、最近のアークの態度や、行動はどう見てもオペラを好いているようにしか見えないから……
だからと言って友に遠慮する事も、オペラを譲る気も無いのだが……オペラにしてもアークにしても、どうして自分に何も言ってくれないのだと、そればかりがルーカスの心を不安に駆り立てていた。
決意を新たにしては、また不安に押しつぶされそうになる。そんな実は弱い自分が嫌で仕方が無かったのだが、負ける訳にはいかない。
意を決したルーカスはすくっと立ち上がり、オペラに尋ねてみることにした。
「あっ、あのっ!! お、オペ――」
「えっ、な、何でしょう……えーと、ルー……ルー子様?」
「はっ!!」
決意をした矢先に自分がルー子である事を早速忘れてしまいそうになっていたので慌てて座りなおす。そうだ、自分はルー子、女子のルー子なのだとコホンと咳払いをして極力高い声で聞きなおした。
「なっ、何か悩み事が?」
「えっ?! どの?!」
「えっ」
悩みと問われれば悩みはある。目下一番の悩みは女装しているルーカスと2人きりの部屋で女装していると指摘せずに女性として扱いひと晩過ごさなくてはいけないこの状況だ。
だが、それを馬鹿正直に言える訳もなく。ルーカスが身分と性別を隠している以上、彼の努力を踏みにじる訳にはいかないのだ。
「な、な、何にもありませんわ、何1つ問題なんて、ありませんの」
「え……でも、今泣いて……」
「えっ」
オペラが零した涙、それをルーカスは見ていたのだ。慌てて目頭を擦り誤魔化すように反対を向く。
(涙って……さっきの……ええと……)
涙の訳と言えば、これはルーカスが思っているような悩みのソレではないのだが、今の状況だと上手く説明する事も出来ない。以前の、彼と想いを交わす自分と今を比べて嬉し涙を浮かべていました、なんて何をどう説明すれば良いのか。
「ええと……これは、あの、悩みの涙ではなくてよ」
言えば言うほど顔が赤くなっていくのを必死で隠しながら、ルーカスの方を向けずに居た。
「そ、そんな……でも、泣くほどの事だったし……」
声色から、しゅんと落ち込むルーカスの様子が伺えた。泣かせているのは貴方です、と言えれば良かったのだが、そんな事が出来るはずもなく。
「わ、わたくしの事はいいの……それより、貴女は何故ウルティアビアに……?」
「え……」
と、誤魔化すように振った話題だったが、ルーカスも言いよどんで顔を背けてしまう。疑問符を浮かべながらちらりとそちらを見れば、苦しそうに顔を顰めている。
(え……そんなに???)
何がそんなに苦しそうなのかと心配になってきたオペラに、ルーカス……ではなくルー子はゆっくりと口を開いた。
「……ウルティアビアに向かう……友達が……その……心配なので」
「えっ……」
「何も……言ってくれないものだから。もっと……頼ってほしいと……そう、思って」
「それって……」
オペラはピンと来ていた。友達と濁しているが、今この船に居る者を指しているのだろう。
(……どの?)
普通に考えれば、オペラの事を心配しているのを『友達』と濁しているのだろうと、そう思うのだが、オペラは実はアークの行動も気になっていたのだ。
あの日、皇城から占い師もどきを連れ出したのはアークだ。そして、はたから見ればアークの行動はルーカスへの反逆……
当然、ルーカスにも言ってない事は先の2人のやりとりで見えていた。ルーカスはどうも、オペラとアークの関係を勘違いしているような素振りさえあった。
(もし仮にそうだとすると、全くの勘違いで魔王は別に何も他意は……)
本当に無かったのかと言えば嘘になる。オペラは薄々気付いていたが、アークが善意だけでここまでオペラを助けたり協力したりしないだろうと……
だから、騙されたふりをしてついて来いと言われて、ホイホイついて行ってしまったのも、ルーカスにはちゃんと理由を話さなくてはいけなかったのだ。
……ルーカスには。
ルー子ではなく、ルーカスに。
(ああああ……)
オペラは頭を抱えた。やはり、何にしてもルーカスの今の格好や行動がネックとなり、何も出来ないのだ。いっそ、もう分かっているから女装を止めてくれと言えたらどんなに良かったものか。
だが、ルーカスの言っている友人がオペラやアークで無い可能性もあった。ジェドだ。
――そんな訳はないか。と一瞬にして冷静になった。ジェドの心配はするだけ無駄なのだ。
「あの……そんなに悩まずとも、お友達の方……の事は存じ上げないのですが、きっと、そのうちちゃんと話をしてくれるはず、ですわ」
「そう……かな?」
「ええ……だって、貴女がそんなに心配をしているのだもの。そんなに想ってくれているのならば、嬉しいでしょうに」
願わくば、その想いの相手が自分であって欲しいと思っていると、ふいにオペラの手が優しく握られ包み込まれた。
「えっ、あの……」
「私は――」
ドカアアアアアアアアン!!!!!!
ルーカスが何かを言いかけた直後、遠くで爆発が聞こえて船が大きく揺れた。
「?!!!」
「きゃっ!!」
ルーカスは咄嗟にオペラをベッドに庇い覆って、辺りを確認した。よく聞くと先ほどの大きな爆発をきっかけに、同じ爆発が時間を見て起き船を揺らす。
「一体何が……」
状況が判断出来ずに安易に動けなかったのだが、ふと下を見たルーカスはオペラを敷いている事に気がついて固まった。オペラも固まっていた。
あの日……そう、1番最初に聖国に行った時と、全く同じ状況だったのを、ルーカスはほんのり思い出してしまった。




