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ドキッ! サンズ川を渡る幽霊船(中編)

 


 叫び声を聞きつけ部屋を出て渦中の場所へと駆けつけた俺、漆黒の騎士団長ジェド・クランバル。船の中で一番広間……そこで俺が見たものは――


「あっ、その格好……何処かの国の騎士様ですね。見ての通り、事件です」


「見ての通り、事件なのか……」


 数人の乗り組み員が点在する。その手元には雑巾。床を一生懸命拭いていた。


「……何か、零したのか?」


「えっ?! これを見て、そう思えるのですか???」


 どよどよと走るどよめき。俺をからかっているようにも見えないし、乗客の種類からして俺は何となく察している……


「……もしかして、いや、もしかしなくても、魂達が、何か……なのか?」


「えっ、騎士様はもしや、霊が見えないタイプの方、なのですか?」


「ええ……まったく」


 乗組員達が気の毒そうに俺を見た。俺も、霊なんて見えない方が絶対に良いと思っていたのだが、結構な割合で見えなくて面倒臭い事になっていて、人並みに見えていた方が絶対に良かったと思っている。

 でも、霊という存在や神っぽい奴を見ても尚……俺には見えないのだ。この先、急に見える時が来るのだろうか……絶対に来ないと思うけど。


「それは……ある意味良かったですね。さっきから騎士様がびちゃびちゃとお構いなしに魂汁を踏みつけて来るから凄いなと思っていたのですよ。今、この辺りは酷い有様で魂汁が散乱しているので無事な魂の方々には自室に避難して貰っている所です」


「ほう……それは、やっぱ見えなくて良かった。いや、良くないのか……いや、その前に1つ聞いて良い……? 魂汁って、何?」


「魂汁を知りませんか? 魂の汁の事です」


「いや、何の説明にもなってないだろ」


 魂汁を知らないなんてどうかしている、とばかりに乗組員達は驚愕の表情を浮かべる。フードを被っていて人種はハッキリとは見えないのだが、ほんのり青い肌といいこいつら全員ウルティアビア人だろうか?

 その国の常識が全世界に通じると思って話さないで欲しい。


「まぁまぁ、騎士様は他国人だろうし魂の事をあまり知らないのだろうよ」


 と、乗組員の1人が雑巾を絞りながら丁寧に教えてくれた。顔は良く見えないが声からして男性だろう。


「ウルティアビアは魂が旅をしてくる果ての国さ。貴方が何処から来たのかはわからないが、魂達はふよふよと浮きながら空を流れてやってくる。あの関門で金を稼ぎ、船に乗り込み、ウルティアビアで大王様の裁きを受けてから次の魂に生まれ変わる。それがこの地なのさ」


「へぇ……俺達帝国人はそんな話、全然聞いた事無かったのだが……俺も死んだらここに流れて来るのだろうか」


「魂の核が無事ならばね。魂の核があればこのように汁がびっちゃーと飛び散っても大丈夫なんだけど……」


 バケツにぎゅーっと絞る雑巾。バケツに何が入っているのかはわからないが多分魂の何かなのだろう。


「で、まぁ魂が何か大変な事になっているのは分かった。で、結局何がどうなってこういう状況になったんだ?」


「それは……あっ、また始まった」


「えっ?!」


 慌てふためく乗組員達。その横でバケツがプカプカと浮いて広間の上部へと集まっていった。

 そして、バケツがひっくり返って……慌てふためき再び始まる乗組員達の悲鳴。

 ……わかっ、らん!!!!

 さっき説明してくれた乗組員もそれどころじゃなく右へ左へと右往左往しているのだが、本格的に説明が足りない!! 結局なんなのこれ!! 魂がどうした!!


 俺は耐え切れず引き返し自室へと戻った。

 多少顔色が良くなったアークが色々察して嫌そうに俺から目を逸らす。


「……ちょっと具合が良くなって来たんだ……放っておいてくれ……」


「そう言わないで力を貸してくれ! 本当に、何も聞こえんし見えないんだよ!! 状況も全然分からんし、無理だろ!!」


「……そういうのはルーカスに……あー……あいつも見えないのか……」


 のそのそと起き上がるアークを俺が背負う。そう、陛下も幽霊とかはあんまり見えないタイプだし、オペラを出すのも嫌だったのだろう。アークは嫌そうながら協力してくれた。


「確か、アークに触っていれば……」


 と言う間も無く悲鳴が2倍3倍と跳ね上がる。今までしんとしていた船内が途端に騒がしくなった。アークっていつもこんな感じで俺達と違うものが聞こえているんだろうな……良いように利用してごめん。


「別に……いつもの事だ。それより、ちょっと目を瞑っていろ」


「え? 何だ?」


 俺は言われるがままに目を瞑る。すると、頭の中にぼんやりと船内の視界が広がって見えた。どうなってるのコレ。


「思考だけじゃなく、見ているものを共有している。そのまま走れ」


「お、おう」


 俺は言われるがままにぼんやりと映る景色を移動していった。目を瞑っているのに見えているのが変な感覚なのだが、視界の端には更に変なものが沢山映りこんでくる。

 青く発光しているものがふよふよと、時折横切っていった。これって……


「ああ、それが……魂だ。うぐっ……揺らすな……」


 揺らさないように走れと言われても……俺はなるべく平行移動を心がけたのだが、広間にたどり着いた途端――景色に驚いて急ブレーキをかけてしまった。


「ぐっ……」


 後ろで吐きそうにうめき声を上げているのが聞こえるが、それすら気する余裕が無い程の光景……


 それは、大小大きな……魂だった。

 いや、天井から降り注ぐのは太っていたり痩せていたり、と多少の大きさの誤差はあるんだが……それが、他の魂とくっつくたびに大きさを変えていく。そして、核が幾つも入った巨大な魂……それがとにかく幅を取っている。でかい。

 そして……大きい魂が入りきれなくなり、天井の高さまで辿り着くや否や……全ての魂が大きく破裂して汁を撒き散らしていった。ぎゃああああ!

 血のように辺りに滴る魂汁。これが……魂の??

 俺は目の前の光景が気持ち悪すぎて思わず背負っていたアークを落としてしまった。「ぐへっ!!」と悶絶してアークが蹲るのが見えたと思ったら広間中の魂汁は消えて掃除をする乗組員達が残る。


「済まん……やっぱ、見えなくて良かったわ……」


「お前……具合の悪い奴を叩き起こしてまで来たんだから最後まで面倒見ろ!」


 アークが怒りながら俺の目を塞ぐ……と、乗組員達の絞る雑巾からじゃばーっと絞られる青い液体が見えた。あああ……


『もしやその声は、漆黒の騎士団長ジェド様、ジェド様じゃございませんか』


 バケツから聞こえる声……には全然聞き覚えは無かったのだが。


「えーと、誰、でしょうか? 俺を知っているのですか……?」


 バケツの中には魂汁。何人もの声が混ざり合っているのでどれがどれだかは分からないのだが……確かにその1つからハッキリと俺を呼ぶ声が聞こえる。


『私です、皇城で悪霊になりかけていた所を騎士様方により助けられた……イーラでございます』


「イーラ……」


 俺はポンと手を叩いた。あの、悪霊令嬢の! ……そんな前の話覚えてるかい!!

 忘れてしまった人々に説明すると、あれは500話以上前の話。そう、最初の頃だ。

 俺達騎士の壁ドンやバックハグなどのイケメンムーブにより無事成仏出来た悪霊令嬢ことイーラ嬢。もう既に転生していたと思っていたのだが……


 少しずつ思い出すように首を捻って考えていると、集められたバケツの汁がそれぞれ魂の形の光となり、それが形を作り出して俺の目の前に1人の女性が降り立った。青く透けている姿は初めて見た霊体なのだが……令嬢らしきその姿を見ても俺はイマイチピンと来なかった。


「……お前は見えてなかったからだろう」


「そうか。それで、君はもう既に生まれ変わって違う君に転生していたのだと思っていたのだが……まだだったんだな」


『ええ……とにかくここに辿り着くまでに幾月日。更にこの船に乗る為に金を稼ごうと幾数月の日が流れ……こんなにかかってしまいました。あのレースで金を稼ぐのは並大抵の事ではなく……余りにも常連過ぎて危うく予想家として開業する所でした。念願叶い、ようやくウルティアビアへと渡る事が出来るのです』


 幽霊ってゲートを通れないんだっけ……? 確かに虫や動物も許可が無いと通さないとかシルバーが言っていた気がする。となると大陸間を渡り歩き、深い森を越えてここまで辿り着き、更にレースで稼がなくちゃいけないって、魂さんも結構大変なんだな……俺も死んだらそうなるのだろうか。死ぬならなるべく近場のファーゼスト内で召されよう……


『やっとゆっくり出来るかと思ったのに……まさかこんな事に……あ、駄目、また始まる! あーーーー!!!』


 と、またイーラ嬢は魂の姿に戻り、他のまだ集めきれてないバケツと共に浮かんでいった。そしてまた、先ほどの変な光景が始まっていく。くっつき合う魂。どんどん大きくなり広間中に蔓延する。


「……だからこれは、結局なんなんだよ」


 俺がガックリと肩を落としていると、俺の背中にしがみついていたアークが乗組員の1人に手を伸ばした。


「おい、お前。説明しろ」


「えっ?!」


 驚愕の表情で焦る青い肌のウルティアビア人。不機嫌そうに睨み付けるアークにただ焦ってだらだらと汗を垂らすだけだった……

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