ドキッ! サンズ川を渡る幽霊船(前編)
「ウルティアビアへの定期便乗り場はこちらになりますー」
ボォーーーと汽笛を響かせる船舶。日に1本しか渡らないというウルティアビアへの船は予想より大きいものだった。
てっきり川を渡るだけだからもっと小さなものかと思っていたのだがそもそもウルティアビアとの国境になるサンズ川がとんでもなく広い。
俺が落ちた川とは比べ物にならないほどの大きさで、向こう岸ははるか先にうっすらと霞む程度。しかも目的地は単純に対岸にあるのではなく、もっと上流にあって船で1日かかるのだとか。そりゃあ乗船料金が高いのも頷ける。手にしている金が俺達の常識で幾らかは知らんけど……
船に乗るのに必要な金は30ウルティアビア銭スライム。100ウルテイアビア銭スライムの3分の1ほど。全部持っていってくれ……
陛下達は乗船に必要な金は自分たちで稼いでいたし、オペラに分けても結構残っていた。残りスライムはそっと収納魔法にしまい込んだが、正直持っていたくないのでウルティアビアで使い切りたい……
「あの馬のレースで稼がないとあちらに渡れないとはいえ、結構乗客が居るのだね」
「結構……ですか」
俺にはさっぱり見えないが、船はあちらに渡りたい霊魂で賑わっていて満員御礼なのだとか。見えんけど。
陛下も薄目にしていても尚ぶつかりかけていたのできっとそんなに見えていないのだろう……信心深さ世界ワーストワンの国帝国。
逆にオペラはよく見えているのだろうか、人混みならぬ霊混みに酔いそうになっていた。
「早いところ手続きを済ませて乗船した方が良さそうだね」
気遣いの男・陛下はオペラに冷たい飲物や冷やしたハンカチを渡していた。今は女性の格好をしているので気遣いの女ですがね。
「……ありがとう。そうして貰いたいのだけれど、この様子じゃまだまだ掛かりそうね」
この様子がどの様子か分からないけれど、受付の職員がてんてこ舞いで対応している様子でその大変さが伺える。仕方が無いので列(?)がゆっくり進むのを待つしかなかった。
陛下は相変わらずオペラの前では正体を隠している。女性として接しているのをオペラも気遣って知らん振りしてあげていた。
何で陛下がバレてないと思っているかと言えば、城に現れた偽オペラにバレてなかったからである。
アレは結局ドートンだったって事だよなぁ……しかし、一体何のためにあんな事やこんな事をしていたのだろう。
結局船にも乗って来なさそうだし、未だ馬のレースで足止めを食らっているのだろうか……
偽オペラの事を考えているとアークと目が合った。そういえば、ナイトメアがアークはあいつの正体や目的を分かって尚ここに連れて来ようとしていたって言ってたけど、一緒に来なくて良かったのだろうか。
ちらっとアークを見ると、ハァ、とため息をついて「ナイトメアが……口が軽い奴だ」と漏らすも、目を逸らしてしまう。絶対に聞こえているんだろうが、いつもと違って多くは語ってくれなかった。陛下の手前もあるのだろうか? 俺は何とも思わないから気軽に喋って欲しい。
「……お前もナイトメアと同じで口が軽いだろう。ほら、順番が回ってきたぞ、そろそろ乗れるはずだ」
と、アークが指し示すのはいつの間にか列が進み近くまで来ていた職員の姿だった。気の毒なくらい汗だくで部屋割り表を裁いている。
「ええと、乗船に必要な金は確かに納めていただいておりますね。一日中船に乗っていただきますが、当船舶は宿泊部屋も完備している大型船ですので快適にお過ごしください。えー、男性が2名に女性が2名、ですね。生憎、本日は満室でございまして、お2人ずつ1部屋でお過ごしいただく形となりますが、大丈夫そうですね。では、こちらを」
と、俺とオペラにそれぞれ渡されたのは部屋の鍵だった。男女2人ずつでそれぞれ1部屋ですか。なるほど。
「――――っ?!!!!」
「――――っ?!!!!」
同時に声にならない叫びを上げたのは陛下とオペラである。声には出していない、が、隣のアークが耳を押さえてダメージを受けていたから相当な心の叫びだったのだろう。聞こえなくてよかった。
「え?! お、お、同じ部屋なんて、わたくし!!! その、殿方……ではな、いの、で、異論は、あっては、ならないですわね」
「あ、ああ、そう、そうだ、ね。私は女性ですもの、ね、何も、不自然な事は、そもそも私たちは恋……ああ、いや、うん、大丈夫だ、です、なにも問題、ございませんですね、ホホホ」
2人とも会話がおかしい事になっている。陛下にしてみるとあくまでルーカスの親戚のルー子という女性のふりをしているのだから、動揺するのも拒否するのもおかしいし、そもそも恋人なのだから別に同じ部屋でもまぁ良いはずなのだけど、それも素直に出せない辛さだろう。正体がバレてないと思っているし。
一方のオペラには陛下の正体がバレているのだが、バレていないと思っている陛下の為に分かっていないふりをしてあげているだけに断る事も出来ないのだ。というかそもそも満席だからこの船を逃すと次の船はもう1日1人で待たなくてはいけなくなるし、オペラ1人を置いていくなんてしないだろう。仮に次の船を全員で待ってもきっと同じ事になるだろうしなぁ……
「後がつかえているんだからとっとと行くぞ」
と、耳を押さえたアークが船へとずんずん進んでいく。お互い顔を見合わせた陛下とオペラもガチガチとカクッカクの動きで船へと上がっていった。
「……いいのか?」
「……良いって何がだ」
「いや……」
アークは陛下に内緒でオペラをここにつれて来たくらいなのだから、てっきり反対するのかと思っていたのだけれど、2人が同じ部屋へギグシャグ入っていく事についてはすんなりと許していた。
俺が首を捻っていると、アークはポソリと呟く。
「……まぁ、どうせあの様子じゃ何も出来んだろう」
「ああ、そういう」
「それに……」
アークは俺達の部屋の扉を開けると同時に、ぐらりと揺れて前のめりにゆっくりと倒れた。
「お、おい!!」
咄嗟に俺はアークの体を支える。ここまでずっと我慢をしていたのか、呼吸は乱れ顔は真っ青だった。
意識が混濁としているアーク……
「お前、まさか……」
「ああ……そうだ」
心配そうに見つめる俺に震える指で部屋の中を指す。俺は頷いてアークをベッドまで運びため息をひとつ吐いた。
「お前……酔うの、早くない……?」
悲しげに目を伏せるアーク。そうか、船に乗ったお前は、殆ど戦力外だもんね……そりゃあ反対もしない訳だ……
俺はそっと収納魔法から取り出した薬を差し出した。魔塔で貰った万病に効くポーションである。船酔いに効くかどうかは知らない。
「……何だか、こうなると思い出すな。最初に一緒に旅に出た時のこと」
「……俺はずっと船酔いしていたから何も覚えてないし思い出したくも無い……」
げっそりと不機嫌そうに呟くアーク。そうそう、あの時もこんな感じだったね。
忘れている人も居るだろうが、アークは魔王のくせに船酔いするタイプである。繊細な三半規管。
そしてあの時は大変だった。こう、アークが具合を悪くしていると……
「た、大変だーーー!!」
と、こんな風に船の中で事件が……え……?




