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白熱の競馬、赤月杯(G2)

 


『さぁ、波乱の幕開けとなった赤月杯、スタートダッシュを決めたと思われたナイトメアの策略は執念を燃やす女――いや、牝馬達の前には馬耳東風か念仏か!』


 軽快な解説の声が響きスタンドが盛り上がる。一体どこで誰が喋っているのかはわからないが、いつぞやのプロレスとかいう異世界の試合の時に似た雰囲気だ。シャルロットはこれがあちらの乙女ゲームだとかなんとか言っていたが、本当に乙女ゲームで合っているのだろうか……?


『さぁ、先頭走るは男への執念随一、獣王国育ちの足はやはり伊達じゃないケンタウロスのケイティ、その後ろ、何か美味しいものを追いかけるようにくっついて離れない、黒い馬体は不純が栄養バイコーンのミルク、2馬身離れて同じく黒いのは漆黒の騎士団長、蹄鉄を借りての代理出走でこの俊足、大きく離れてペガサスのシャルロットが空を滑空コースは無関係、更にナイトメア、竜馬も同じように続く、更に離れてウッチャイヒシュラヴァスは7つの頭が邪魔そうだ――』


 解説声の言うように、俺は先頭から3番手を走っていた。

 正直この漆黒の騎士団長の足ならばケイティを追い越すことも造作ない。伊達に騎士団長ではないから。しかし、先ほどの事を思うと3番手くらいに付けて動向を見守るほうが良いだろう。あと、単純になんかケイティとバイコーンが怖いし。関係ないけどウッチャイヒシュラヴァスって何……?

 そうこうしていると、前方に障害物が見えてきた。コース上に置かれているのは頭数分の箱……あれは、一体。

 空を飛んでいたシャルロット達もそれを取る為か空から順に降りてきた。


「シャルロット、あれは一体? この競技……いや、ゲームのことは君が一番詳しいんだろう?」


 俺の問いかけにシャルロットは意外にも素直に答える。


『勝負事ですから黙っていても良いのですが、いずれにしても取れば分かるでしょう。あちらはアイテムボックス。中には攻撃や防御、補助に特化し優位になれるアイテムがランダムで入っております』


「……それは、競技としての要素変わってこないか?」


『仰る通りです。このゲーム、アプデ時に余計な機能が搭載されて大不評となり「それは流石に違うゲームだろ」「競馬はどうした」「育成の意味ないじゃないか課金分返せ」などとクレームが殺到し、次のアプデでは無くなっていましたが、まさかその機能が復活しているとは……ですが、リアルな我々にとっては課金するプレイヤーもオーナーもくそもないので、渡りに船。ここは有難く頂戴し利用させていただきますよ』


 と、シャルロットがアイテムボックスに触れると光り輝いて箱が割れ、中から大砲の大筒のようなものが出てきた。くるりと一回転したそれはシャルロットの背中の羽の間にセットされる。


「――おま、流石にそれは物騒では……」


『発射!!』


『ぐわっ!!!!』


 俺が静止する間も無くシャルロットが大砲をぶっ放す。先頭を走るケイティとバイコーンが爆発した――と思いきや、白くてねっちょりとした何かが2頭を包んでいた。


『トリモチです』


「……何だか知らん聞きなれない武器だが、結構えぐいな」


『現世では鳥を捕まえる為のものでしたが、保護法により禁止されていて知る者はあまりいないでしょう。あんな風に一度ひっついたら取れませんし……』


 スライムよりも粘着質なそれは、ケイティが血管の浮き出るほどもがくも、更に絡み付いて身動きを許さなかった。スライムの方がまだマシである。


『ふっふっふ、いまのうちに行かせていただき――はうあっ!!!!』


「うおっ!!!」


 シャルロットが飛び立とうと羽を広げた直後、その体に雷が落ちてくる。俺は当たらないよう身を伏せたが、他の馬たちも次々と雷に打たれていくし、ケイティ達も――いや、なんかトリモチがいい感じに防いでくれていた。電気を通さない……ゴム、なのか?


『ほーっほっほっほ、雷増強のアイテムは私にピッタリですわ! 竜の化身の力、見せて差し上げましょう』


 と、空に浮かび大雨を降らす竜馬のシェンリー。やめろ、服乾いたばかりなんだってば……


 次々と被雷していく馬達で阿鼻叫喚となっていく。その馬達や雷を避けながら、俺はアイテムボックスへと移動した。


「ジェドやん、何やっとんねん! さっさとアイテム取りぃや!!」


 声の方に振り向くと、ボックスが並ぶコースの近くのスタンド席から板を操作するドートンがこちらに叫んでいた。


「細かい事は置いといて欲しいんやけど、それを取ればジェドやんが望むものが手に入るで! チート旧の加速装置でも無敵アイテムでも、なんならゴール手前まで行けるドアだって出てくるわ」


「ドートン……細かい事は置いといても、そのアイテムは流石に反則過ぎるのでは……」


 クレーム納得のラインナップである。そんなん入れられた日には育成とか関係無くなるだろ。


「勝てればええんやて! 他の馬も結構本気でやりよるし、こんなレース早いところ勝ってさっさと目的地に行こか」


「ああ……そうだな」


 俺は言われるがままにアイテムボックスに手を触れた。……確かに望むものが箱から出てきた。俺が今一番望んでいる、傘が。


「――な?!」


 俺はバサっと音を立ててそれを広げる。ちょっと内側にカーブしているその造りは雨の吹き込みも防いでくれてバッチリだ。悪くない。終わったら持ち帰ろう。


「ちょ、それ、どう見ても普通の傘、よな? 攻撃魔法が使えるとか、時間が止まる、とか無い」


「ああ。普通の傘が欲しかったからな」


「な、何でや!! ボケへんでもええやんけそこは」


「ボケてはない。俺は本当に傘が欲しかった」


「な……」


 口をパクパクとさせているドートンから振り返り、俺はコースの先へと走り出した。


「お前が何だかよく分からない力でこのゲームを操作して俺を助けようとしたのはありがたいが、俺にはチート級のアイテムもなにもかも必要ないからな。実力で騎士団長やらせていただいている男、ジェド・クランバル。牝馬とはいえ本気の女性達にズルしてまで勝ちたいとなんて思ってないさ」


 用意されたとはいえ、ズルして勝った事がバレたら後が怖いし。

 呆然と見送るドートンを置いて、俺は降りしきる雨の中を割るように混戦模様の第3コーナーを曲がり駆けぬけていった。

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