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白熱の競馬、赤月杯(G1)

 


『ウルティアビア……魂の安寧の地。そこに渡るのが容易だった遥か太古の時代と違い、かの地へ行くにはその手に大金を収めなくてはいけなくなってしまった昨今。選ばれた幾頭の馬たちが期待を一身に背負い、その駿足を競い合うここ赤月の祠には、転生を夢見る曇りなき眼の魂が数百、数千とつめ掛け、彼女らの出走を固唾を呑んで見守っています』


 会場全体を包むように響くアナウンスに、ワッと盛り上がる魂達。……いや、俺には全然見えないので雰囲気しか分かりませんが……

 あとここ、赤月の祠とかいう名前なんだ。確かに赤い月に導かれていたけれども。


 漆黒の騎士団長ジェド・クランバルは何故なのかサッパリ分からないが、ウルティアビアへと入るための金稼ぎの馬競技……いわゆる競馬の舞台へと何故か立たされている。馬扱いで。


『それは、出走馬を紹介しましょう。1番、シャルロット(聖国)ペガサス種。羽を持つ聖国で世界樹の葉を食べ育つ伝説の名馬。その実は異世界からの転生者であり、もてあましていた過去の知識をどう生かすのか……それが見ものです』


 目の前を歩いているシャルロットには白い鞍に1番の文字。そして……俺も同じような鞍を背負っている。黒い鞍に2番の文字……どうやら順番で色が決まっているみたいだが、ありがたいことにそこは漆黒から外れてないようだ。8番なんてピンクなんだけど。


『2番、ジェド・クランバル(帝国)ヒト種。本来出走予定だった非業の馬令嬢カローナに変わって蹄鉄を受け継いでの替え玉出走は我々主催側の度肝を抜いたがその勇気を採用しての異例許可。馬と競うなんて馬鹿なのか? いったい何のメリットが? 奇特にも程がある』


 なんか酷い言われ様だが、俺もそう思うわ……


『とは言え帝国の騎士団と言えば実力は世界中に知れ渡る猛者。正にダークホースであり現在オッズ150倍の万馬券』


 アナウンスを聞いたスタンド席がどわっと揺れた。俺には何も聞こえないけれども、ブーイングが聞こえるような気がする……そうだろう、冷やかしなら帰ぇれって感じですよね。

 だが、目の前に降ってきたものには無駄に真剣に挑む系騎士団長……叩かれようと野次られようと全力で優勝を狙いにいく(カローナとかいう令嬢の話も終わらないだろうし……)


『3番、ナイトメア(魔王領)魔獣種。かつては世界を叫喚させた魔族だが、近年はその牙を抜き平和に暮らしていたとされる彼女らだが……今日は忘れていた魔族としての本性を見せてくれるのか。尚、優勝した暁には魔王様に賞金を半分渡して、半分は将来の為に貯金するらしいという堅実さです』


「……ナイトメアお前、貯金しているのか……?」


『将来的には自分の家を持ちたいもので。我々魔族は過去が過去ですから、意外と将来の安泰をコツコツと考えている者の方が多いですよ』


 と、後を歩いていたナイトメアがブヒヒンと微笑む。

 ……知らなかった。確かに、魔王やベルも後先考えないというよりは結構冷静に魔族達のことを考えて日々働いている気がする。俺なんてちょっとボーナスが出てもすぐに騎士団員と飲みに出てしまうのに……ボンクラな自分がちょっと恥ずかしくなってきた。


『3番、シェンリー(無所属)竜種、ちょっと馬。伝説で伝わる竜の化身にして馬。神に課せられた罰はもう殆ど全うしたようなものだが、欲望は止まる事を知らず。竜に戻った暁には素敵な伴侶をゲットしたい。優勝賞金は結納持参金に充てるという意気込みは男子側からするとちょっと引く。だが、その本気度がヒシヒシと伝わってきてオッズは一番人気』


 などと次々と出走馬が紹介されていく。こちらも相変わらず酷い言われようである。

 そんな風に次々と紹介される中には首なし馬だことの人食い馬だことの恐ろしいやつらも居たが聞かなかった事にした……尚、首なし馬は優勝したら首が欲しいらしい。優勝賞金で買えるのそれ……


 そうこうしている間に軽快なラッパの音が響き渡る。俺達は促されるままにゲートに入っていった。


『1番人気は竜馬のシュンリー、2番人気は殺気で多を圧倒するケンタウロス……さぁ、全馬ゲートイン、体制完了』


 出走する馬達がゲートに押し込められる。正直何で俺はここに……

 などと思っていると勢いよくゲートが開いた。駄目だ、今は細かいことを気にしている場合ではない、集中せねば――


「――ん?」


『おーっと、どうしたことか?! これはっ!!! 全馬一斉に倒れたーー!』


 あっっ、ぶな!!!!!

 ゲートが開くと共に目の前に現れたのは長いコースの一本道……ではなく、紫色に光りかけた魔法陣だった。

 俺はその魔法陣を何回も見ているので何の魔法か、誰がしかけたのか直ぐに分かった。瞬時に腰から剣を抜き、繋がりかけていた魔法陣をぶった切る。クランバル家48の殺人剣技の1つである。


『流石はジェド様。貴方には効かないと思っていましたよ』


 ヒヒヒンと駆けながら先を飛び出し倒れる馬達を越えていくのは、やはりナイトメアであった。


「おま……それは卑怯では」


『ルールには抵触しておりませんので。スポーツマンシップに則った正当な競馬がしたいのであれば普通の馬で十分。この為に集められた猛者達ですから、では』


 馬達に悪夢を見せてニタリと笑う形相はどう見ても悪い魔族です。どこら辺が堅実で平和なんだろうか……

 ポタリ、ポタリと頬に当たりだす雨。俺はバッと振り向く。シェンリーが……泣いている。

 ナイトメアの見せている悪夢が余程辛いのか、他の馬達も眠りながら大号泣していた。ひどい……胸が痛くなる。


「おい……大丈夫か――」


 見かねて馬達に声をかけようとした時、倒れている馬の1人? 1匹? のケンタウロスの目がカッと見開かれた。ヒィ


『ふはははは……やってくれるわ。わたしがそんな物で諦めると思ったか……』


 ケンタウロスの目からは血の涙。同じように他の馬達もゆらりと立ち上がった。やはりその目には血の涙……


『よくもあんな悪夢を……』

『お陰で目が覚めたわ』

『何が何でも優勝してやる……』


 と、うめき声を上げて怒りの炎を目に宿すと、一斉にドンっと音を立てて駆け出した。え、はや……


『し、しまった、こんなに早く目覚めるとは!』


『おーっとナイトメアの魔法で眠ってしまったほかの馬達でしたが、波乱の幕開けかと思いきや他の馬達の傷口を抉るような悪夢でかえってやる気を引き出してしまったー!』


 アナウンスの言うとおり、俺が全力でダッシュしても追いつけぬほどの怒りの駿足。正直怒り方が怖くて近づきたくないけど……

 雨がポツポツしていた空も、今は怒りで真っ赤に燃えている。かんかん照りである。かんかんなだけに。


『うっ……』


 先頭を走っていたナイトメアのペースが落ちてくる。滝のように流れる汗……ふらふらと足元がおぼつかない。


『私は……普段魔王領の中でも涼しい場所に居るもので……暑さには弱いのです……』


 と、朦朧とした目でよろけるナイトメア。将来の事考えなくても今すでにいい所に住んでそうだな。

 これは他の馬にチャンスが――と思いきや、他の馬は馬で怒りに頭がヒートアップしていたせいか余計に熱にやられていた。そのうち次々と倒れる馬達……ええ

 バタバタと、最初と同じように死屍累々と倒れる馬達の道が出来る。

 これはシュンリーが勝つのでは……と思いきや、シュンリーも倒れていた。お前もなの……?

 まぁ、竜って結構涼しい山の上に棲んでますからね。

 俺は、度重なる修行や野営で無駄に鍛えた身体なので大丈夫なのだが……そのまま進んで良いものかと考えあぐねていると、灼熱の気候は次第に薄れてきた。シュンリーが倒れたからである。


『うおおおおお!!!』

『うまああああああ!!!』


 気候が安定し始めるとまたゾンビのように起きだし走り始める馬達。ええ……もしかしてこの調子でずっと行くの……?

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