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閑話・俺tueeくない異世界転生もある



 宰相エース・ウイング


 彼は皇帝ルーカスの補佐であり、雑用から財政管理までこなす、ルーカスから仕事面での絶大的な信用を得ている男であった。


 彼は実は……――異世界転生者である。



 ―――――――――――――――――――



 エースがまだ地球で生活していた頃……彼は普通のサラリーマンだった。


 とりわけブラック企業勤務という事もなく、過労死することもなく、トラックに引かれる事もなく。普通に生活をしていた。年は30代後半に差し掛かる……そろそろ結婚もしたいし子供もほしい年頃。

 趣味といえば休日にゲームをする位だった。と、言っても昔からあるようなものしか知らない。最近のファンタジー世界を探索するようなゲームは難しい設定が多くて、付いていけないのだ。

 彼がゲームに取り憑かれるようにハマっていた子供の頃は、主人公がレベルを上げたり武器や魔法を強くしたり、地道に攻略していくものが主流だった。今みたいにネットもそんなに普及していなかったあの頃は、攻略雑誌や分厚い攻略辞典などにワクワクしたり……それも買えなかった時代は、難問を解き進める者が仲間内でも英雄扱いされていた。

 最新のゲームには付いていけない彼だが、最近は昔のゲームのリメイク版が出ていたりするので懐かしくなってついつい買ってしまった。一度手を付けたら最後、子供の頃のように徹夜でゲームを進めてしまう。

 攻略サイトなんかはもちろん見ない。やはり自分の力で解き進めることが正義なのだ。


 古き良きRPGゲームのレベル上げをしてながらウトウトと寝てしまった彼は、仰向けでプレイしていたゲーム機を顔に落としてしまった。

 目の前が真っ暗になる程の激痛。

 余程変な所に当たったのか、彼は痛くて目が開けられなかった。鼻がつーんとして言葉も出ない程に――



 やっと目が開いて見渡すと、見ず知らずの巨人が覗く景色。驚いた彼は声を張り上げた。が、上げた声は甲高く自分の声では無いようで動揺した。

 目の前に現れたのが謎の巨人かと思っていたのだが、そうではない。彼の方が小さくなっていたのだ。

 何故か彼は赤ちゃんになっていた。


(え、な、何これ??? 夢???)


 悪い夢かと思いぼんやり数日過ごしたが、いつまでも覚めないので現実なのだろうと彼は諦めた。


 一体何が起こっているのかは分からなかったし、周りを見渡すと中世か、もしくはファンタジーか。とにかく景色に見覚えがなかった。自分の知っている街では無い。

 そこから数年経ってやっと、彼は現状を理解した。自分はRPGの世界に紛れ込んでしまったのだと……


 だが、彼はふと気がついた。


 ――仮にこの世界がゲームだとして、一体自分は何をすればいいんだ?


 周りの大人たちは普通に魔法を使っていて、いたく感動したのだが……残念ながら彼にはそんな力は無かった。ゲーム世界だから恐らくレベル上げをしてないからだろうと納得した。

 しかし、レベル上げをしようにも普通のサラリーマンだった彼にはモンスターに立ち向かうなど恐ろしくて全く出来る気がしなかった。


 ならば一体何故こんな異世界くんだりに転生したのだろうか? と、彼には自分の存在意義を疑問に思った。

 昨今のゲームは村を育てたり、魔物を倒して武器を作ったり……みたいな最終目的がよく分からない物も多いようなのでその類だろうかと考えもしたがしっくり来ない。とは言え、急に勇者様! 魔王を倒してくださいと言われても全然無理だったので、自分なりにコツコツと異世界に転生してしまった目的を探すことにした。

 そうして、このファンタジーな世界を探る事20年あまり……彼はステータス画面が見えた事も無ければ魔法が使えた事もない。彼はファンタジー世界に転生して生まれただけの――紛れも無く普通のサラリーマンなのだ。


 彼は何もかもが怖かった。自分が何故この地に来たのかも分からなければ、何の力を持ってるのかさえハッキリしない。……かと言って知るのも怖かった。

 漫画でよく見るような、ファンタジー世界に来ていきなり活躍出来る人は才能があるのだろうと悟った。

 芸能人は一般人と違う。輝ける才能があるからこそテレビの中で輝けるのだが、異世界で活躍する転生者も一般転生者とは違うという事なのだと。


 

 彼は成人を過ぎてから旅に出るようになった。

 何となく、この世界の何処かにはこんな自分にも居場所があるのではないかと、当てもなく放浪した。


 帝国の酒場では、この国や他の国の情報が沢山聞けた。何なら異世界人の話題もあった。

 聞けば、異世界から転移したり転生したりというのはよくある事らしい。が、この帝国は今の皇帝が平和を守っている為、そういう人たちの力は必要無いそうだ。逆に何も知らない異世界人の能力を利用して他国が悪い事を企んだりする事さえあると。

 それを聞いて彼は少しホッとした。みんなが皆活躍する異世界人ばかりじゃなんだなと……ほんの少しだけ不安に思っていた感情が和らいだ。


「異世界人に興味あるのか?」


「ああ……ちょっとね」


「失礼ですが、何か悩んでいるのでは? 旅の恥はかき捨て、なんて言葉もあるらしいので。良ければ話してみてはいかがでしょう? 私達もこうして呑んでますし」


 隣で呑んでいた青年2人に優しく声をかけられ、酒の力もあってか彼は今まで誰にも言った事のない胸の内を明かした。

 どうせ旅先の酒場にいる青年2人だ。こんな話、信じる訳もあるまいし、いい酒のつまみだろう……と思い、ついつい饒舌になる。


「実は……私は異世界転生者なんです。ああ、信じなくて大丈夫ですよ。何せ特殊な能力は何も持って無い……転生前だって一般のサラリーマンでしたから。転生したものの、魔法も使えなければステータスも分からない。自分は何の為に異世界に転生して来たのか分からずに、こうして旅をしているんです。帝国は平和で良かった。私には何の力もありませんから……」


「俺は異世界とか転生とか言う人の話は割と聞く方だが……その、サラリーマンって何なんだ?」


「サラリーマンとは雇用主から給料を得て働く者ですね。ただ、この世界みたいに傭兵とかギルドに出入りする冒険者とか、そういう事は出来ません。前も総務部でしたし、これで営業とかで活躍していたのならば、まだ良かったのですが……」


「ソームとは?」


「組織全体の事務を行う部署ですかね。まぁ、平たく言うと雑用です」


「……」


「……」


 彼の話を聞いて、青年2人は顔を見合わせた。


「……ジェド。連行しよう」


「はい」


 何故か2人に両脇をがっしり掴まれて、彼は酒場から連れて行かれた。


「え?? 何?? 何されるの? 帝国って平和なんじゃなかったっけ??」


「私は常々、異世界の財政や組織管理等には興味があったんだよね。魔王領も課題山積みだし、正直雑務を行う人が不足していてね……君は私の救世主だ。待っていたよ」


 太陽の色の瞳が笑い、そのまま皇城に連行された。


 まさか酒場に皇帝がいるとは思わず、城に連れて行かれた時……彼は死を覚悟した。……が、予想は大きく外れた。皇帝は彼にこの帝国の分からない事を沢山教えて、逆に異世界の事を聞いた。そうして彼はそのまま皇城に就職する事となった。

 数年経った後、皇帝は彼に宰相の位まで与えたが、ようは皇帝の雑用である。


 彼――エースは異世界にサラリーマンをする為に来たのだと、目的の分かった今では幸せであった。仕事はめちゃくちゃ忙しいのだが……



 エースの最近の悩みは、早く陛下に結婚してほしいという事だった。

 やはり、上司には早く結婚して落ち着いてほしい。そして自分の結婚式のスピーチをしてほしい。それがサラリーマンなのだから。

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