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ウルティアビアの入り口は馬じゃないと分からない(前編)

 


「――という訳なのよぉぉぉ!!」


『うんうん、辛かったね』

『分かるわぁ、同じ馬としても牝としても。ほらぁ、私らって結構臆病な性格してるじゃない? 優しく接してくれないと敵意を持っちゃうっていうかさぁ、人間ってそういう所分かってないのよね』

『えー、私も元人間だけどちょっと分かる』

「ブルルルン」


 ケンタウロスを囲みながら女子会トークで盛り上がっている馬達。

 落ちた吊り橋の痕跡もない激流を遥か下に見ながらルーカスはため息を吐いた。


「はぁ……」


 人を1人襲い崖下の激流に叩き落としておきながらよくこのように呑気な雰囲気を作れるなと女子……いや、牝達の切り替えの早さには感心すら覚えたが、そもそも落ちた騎士だってそんな事位で死ぬようなタマではない。これ位で死んでいるのならとっくに死んでいるのだ。

 以前、死んだと思ったら死んでなかったが、1人は死んだという話を聞いたときは何を言っているのか分からず流石のルーカスも頭を抱えた。

 だが、あの友人は何をしても死なないのだろうという謎の安心感だけは増した。


「ブルルン」


 背中をつつくちょっと獣臭い気配。振り返れば話に入れない方のペガサスのサラがルーカスを心配そうに見つめていた。


「ああ、済まない。君も居たね。……そうだね、ここでこうしていても何の解決にもならないよね。先に進むとしようか」


 どうせ行き先はお互い分かっている。気がかりなのは馬の案内が無ければ件の国へはたどり着けないという所……だが、ジェドの事だ、ここまで頻繁に変な馬に絡まれているのであればきっと行く先々でまた馬を増やしていくだろう。ウルティアビアがそこまでして馬の案内に纏わる話を多く残すのであれば、他にも馬が居てもおかしくない。

 馬の乙女ゲームとかいう変なシステムについてはルーカスにもよく分からなかったが、転生前にそのゲームをプレイしたというシャルロットの話ではここに居る牝馬に留まらず、課金すればするほど強い馬はゴロゴロと出てくるらしい。

 それらが全てこの地に居るかどうかは分からないが、2度3度とあるのならばジェドの事だからもう4、5頭は軽く捕まえて来そう……いや、捕まえられそうだ。と、ルーカスは心配するのを止めた。捕まえてきた馬をその後どこで世話するのかはもう想像の範囲外だ。


「まぁ……野良魔獣ならば魔王領に送れば――」


 魔王――その単語を呟いただけで、今は胸が締め付けられそうだった。

 よもや居なくなったオペラと関係があるとは思っていない。だが、確実にここファーゼストに来ているのだ……それも、帝国や東国でやっきになって探しているらしき者を連れて。


「ブルルン」


「……そうだね。考えても仕方の無いことだ。結果はウルティアビアに行けば分かるはずだ。先を急ごう」


「ブルルンブルルン」


 サラが実際にルーカスを慰めていたのかは分からない。サラはただの馬である。

 だが、今はそのもの言わぬ澄んだ瞳がルーカスの癒しになっていた。

 他の、もの言う牝馬達はぺちゃくちゃぺちゃくちゃと、よく言えば恋バナ、悪く言えばネガティブでドロドロとしたあまり聞きたくも無い女の愚痴大会。


『それで、貴女はどう思う?』


「うん?」


 竜馬に問いかけられ、ルーカスは首を傾げた。何をどう、と言われても男のルーカスに牝馬とは言え女子達の話に意見を出す勇気はない。


『人間とは言え女子でしょ? 何か恋バナの一つでもあるんじゃない? その観点からご意見聞きたいわ』


「女子……」


 そう言われて自身の姿を見る。言われてみれば聖国を追い出されないようにと女性の旅姿で来たままだったのをすっかり忘れていたのだ。

 幸い、城でオペラに会った時はバレていない様子だったが、なにもここまでこの姿でいる必要はない。

「ああ……」と思い出せば、竜馬のシェンリーを止めようとした時も女性だと思われていたのかと納得した。いくら何でも、完璧主義で顔面までスパダリのルーカスが見向きもされないなどおかしいと思ったのだ。

 自分の容姿を高く見積もるつもりはなく、国の為にも愛しい人の為にも自身の最善を尽くさなくてはいけない。当然美容にも。

 そう思ってからこちら、美しさに磨きをかけてきたからこそのこの女装の完璧さである。実際、そこまでする必要はあったのかとふと我に返る時もあるが、別にして無駄な努力でも無いだろうとルーカスは頷いた。


「まぁ、でも今は良いか……」


 と長いウィッグを外そうとした時、カサリと揺れる葉に気付いてそちらを振りむいた。


「え……」


 長い髪は白とは言えないような灰色。真っ赤なルビーのような瞳も今は力無くくすんでいる……けれど、その美しさは変わる事が無い。


 ルーカスが追いかけていたオペラ、その人がそこに居たのだ。


「オぺ――」


 声をかけようとすればギョッと丸くする瞳。それを見てルーカスは気付いた。自身が未だ女性の姿だったという事に。


「あ……その」


 この姿では聖国の城でも会っていた。今更どうやって切り出そうかと一瞬悩んだ思考を遮ったのは


「……だから、そっちに行くなと言ったのに」


 オペラの後ろから現れた緑の長い髪の魔族……アークだった。


「あ――」


 突然オペラと共に現れたアークに、どうして、なぜ、本当に君は? どうしよう……などの感情や思考が一気にルーカスの頭を駆け巡り停止する。

 こちらはらこちらでルーカスの女装姿に一瞬面を食らっていたアークだったが、笑いを誤魔化すような咳をして真面目な顔でオペラに声をかけた。


「おい、コイツはルーカスの親戚らしいが……忘れたのか?」


「えっ?!」


 驚き声を上げるオペラ。ルーカスもまた、アークの言葉に聖国での事を思い出す。確か名は――


「そ、そう、ルー子ですわ。またお会い出来て嬉しい」


「え、ええ?!」


 と、ルーカス……いや、ルー子の差し出す手を握り返しながら目を見開きルー子をまじまじと見るオペラの様子も気にはなった。だが、ルーカスが1番気になるのは笑いを堪えているアークの事。

 一体、何のつもりでアークが行動しているのか、いや、それよりも1番大事な事を聞かなければならなかったから。

 アークは笑みをピタリと止め、口元から手を離して明後日の方を見た。


「……話は後だ。始まるぞ」


「え……」


 アークの見る先は崖の向こうの夕焼けだった。太陽の一欠片が消えると茜色の名残は一気に闇へと落ち、そして太陽になり変わるかのように真っ赤な月が現れた。


『聞こえる……』

『行かなきゃ……』

『ブルルン』


 赤い月を目に映した馬達が、笛の音に呼び寄せられるようにふらふらと歩き出した。


「これは……一体」


「ウルティアビアが馬の案内無しに行けないっていうのはそういう事だ。生きている者には聞こえない音が、何故か馬だけには聞こえるらしい。霊の魂が乗り物に乗って帰ってくるなんて言い伝えもある位だからな、乗り物だけはウルティアビアの場所が分かるのかもしれない」


 そう言うと、アークは握手をしたままのオペラの手を遮って取りそのまま歩き出した。


「ちょっ――」


「お前も来るんだろうルー……子」


「……」


 振り返らず、馬に遅れないよう歩き出すアークの後を、ルーカスはただ黙って追いかけた。


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