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またしても馬の猛襲……と親切な人(中編)

  


 ――それは、ジェド達が通る少し前のこと。



「私の名はケィティ……勇敢なケンタウロスの戦士。遥か昔は獣人の国セリオンで戦う女傑であった。長きに渡る獣人同士の闘いに疲れ、自分を探すべく旅立ってはや数年。こんな地まで来てしまった……」


 見晴らしのいい吊り橋。崖と崖の谷間の向こうには薄らと世界樹が見えるのでケィティのお気に入りの場所になっていた。

 ケィティの話を聞く者はいない。全て独り言だ。

 死の国と呼ばれるウルティアビアが近いこの地は、死者の残した思念が強いせいか黙っているとついつい鬱鬱とした空気に飲まれそうになる。

 国を離れたとは言え根底は獣人の女傑。負けず嫌いのケィティはそんな自分が許せずに、誰が聞くでなくとも思った事は口に出すスタイルで過ごしていたのだ。


「――などと、誰が聞く訳でも無い呟きを繰り返してもう長くなる。そろそろ国に……いや、せめて獣人を快く受け入れてくれるような国に移ろうか」


 ふぅ、と息を吐く口から、思わず本音も一緒に漏れる。


「……伴侶も欲しいしな」


 男などに頼るなんて嘆かわしい、と若かりし頃は突っぱねた恋人も……長く独り身を過ごせば素直に渇望してしまう。正直に言おう、彼氏が欲しいのだ。とケィティは頷いた。

 孤独を1人で乗り越えられるほど、怖いもの知らずの子供ではない。


「長くこの地を旅したが、死者の国に用が有るのは亡霊のみ。他国では白馬に乗った王子様と運命の出会いをするなんて言い伝えもあるようだが……こんな不気味な森、白い馬だって黒くなってしまうな」


 そう呟く時、耳元に葉の揺れる音が届いた。長くこの森に居るケィティは葉の動きでそれがどんな大きさの獲物か分かるほどになっていたのだ。

 バッと矢を身構える。小動物などではない……かと言って大型の魔獣でもない。それは、長く出会っていなかった……ヒト。


「……済まない、我々はただここを通りすがっただけなんだ。穏便にやり過ごせれば良かったのだが、誤解を与えてはいけないと思い出てきた。我々に危害を与える気は――」


 ――その時、ケィティの目に写る世界が薔薇色に染まった。

 その男はヒトではない。魔族。

 だが、ケィティはこんなに美しい魔族を……いや、そもそもイケメンすら見た事が無かった。

 一気に顔に熱が集まるのを感じた。生まれて初めての恋……これこそが、初恋であり、正に運命の矢に貫かれたのだ。


「――は?」


「白馬の……王子様……」


 ケィティが言葉を発する前に男はたじろいだ。自身の想いが強過ぎるあまりの熱視線で引かせてしまったかと思い、いかんいかんとケィティは心を落ち着かせた。

 今まで恋人ができた事の無い彼女には男子に対してどうアプローチしたらよいのかも、どうやって恋人に進展するのかも想像はつかなかったが、まずは相手を知らねばならない。

 更に若干引いて見えるのも、まだ彼が自分を知らないからだ。魔族には心が読める者も居ると風の噂で聞いた事があったが、そんな稀有な存在がおいそれと現れる訳もなく。

 ましてや相手が馬ならばフレーメンしてくれれば求愛行動と分かりやすいが、残念ながら馬ではない。知りたい事は、言葉で伝えねばならないのだ。それがヒトとヒトであり、順当な恋の始まりなのだ。


「そうだな、まずは文通から……」


 ケイティがそう言いかけた時、またしても葉の揺れる音がして草むらをかき分け入ってくるヒトの声。


「ちょっと、大丈夫なの? いきなり面倒だから隠れろって一体……」


 そこに現れたのは美しい女性。彼と親しげに話す様子にケイティは驚愕した。まさかの、運命の矢で貫かれた相手には、既に女性がついていたのだ。


「……お前もそういう流れなのかよ。いや、だから俺は――」


「魔王――あー、アーク様、探しましたよ、大丈夫ですか」


 更に違う方向から現れた女性は、魔族だった。褐色の肌に銀の髪が靡く……先の女性とは違う種類の美しい容貌。


「そ……そんな」


 ケイティは絶望した。1人の男に2人の美しい女性。これが、世に言う三角関係という奴である。初めて恋した相手には既にケイティの入る余地が無い程に女性の影が2人もあったのだ。


「いや、何を勘違いしている……こいつは――」


 男が言いかけたその時、がさりともう1人……いや、1匹の気配が茂みから現れ振り向いた。


『魔王様、またしてもトラブルですか? やはりウルティアビアへの道のりは一筋縄にはいきませんな』


「いやお前そんな暢気な……」


「はうっ?!」


 現れたのは美しい黒毛、魔獣の牝馬だった。

 手入れのなされていないケイティの馬部分とは違い、上品な魔獣の馬はその美しいイケメン魔族と並ぶに相応しい美貌。(馬基準)


「ま……まさか……」


 恋に憧れるケイティの妄想染みた想像力は止まらなかった。1人の男子に3人(正確には2人と1匹)の女子。これは物語の世界でよく見た、ハーレム旅というものではなかろうかと。


「……いや、だから何の話だ。妄想はやめろ」


 獣人族も、昔は強い男に女子が群がったものである。だが、それも遠い昔の話……時代は1夫1妻、ましてや夢見る女傑のケイティは強いただ1人の男に愛される事をずっと求めていたのだ。


「……魔族とは、こんなに破廉恥な……許せん」


 酷い裏切りだ、とケイティは思った。勝手に恋をして、勝手に嫉妬し、勝手に恨んでいると分かってはいても、優柔不断にも女心を弄ぶような男は、絶対に許せないのだ。

 可愛さ余って憎さ100倍……初めての恋心は、一気に憎しみへと変わった。


「いや、だから、何でだ!!!」


「えっ、なに??」


 いち早く危険を察したアークがオペラの手を引いて走り出した。そのすぐ後を幾本もの矢が追いかける。ケイティが次々と矢を取り出し猛襲した。


「え、ちょ、何やこれ」


『魔王様!』


 魔族の2人も続いて走り出した。アークを中心にめちゃくちゃに繰り出される矢はベルやナイトメアをも巻き込んでいく。

 矢から逃れるように全員走り出し、その後をケンタウロスの俊足と矢が追いかけた。


『馬は本来大人しい性格なんですが、やはり上半分人間だと苛烈ですね』


「だから暢気に言ってる場合か! お前も案内役ならちゃんとしっかり安全な道を案内しろ! というかさっきのように眠らせられないのか」


『無茶言わないでください、魔法を使っている間に串刺しです。あ、この先の道は脆いつり橋ですので気をつけて』


 ナイトメアの示すつり橋が目の前に見えてきた。どう考えても落ちるフラグである。


「渡ってられるか!!」


 走りながら黒い獅子へと姿を変え、オペラの服を咥え崖の端に足から踏み込んで空中を駆けた。まるで見えない橋があるように。

 その足取りを矢が追うことはできなかった。


「ちぃ!!」


『魔王様、ずるいです』


「ちょ!」


 ナイトメアが空中に続く。だが、ベルだけは二の足を踏んでいた。


「逃がすか」


 狙いをベルに定めたケイティの矢が彼女を狙う。


「ぎょえーー!!!」


 ベルは慌ててつり橋を走り始めるが、その既に脆い各所を狙うように矢が次々と放たれた。


「あっ」


 踏み外した足元、落ちる落ちると思っていたら案の定ベルは足を踏み外し真っ逆さまに激流の崖下へと落ちていった。


「ベル!」


『私にお任せください』


 その後をナイトメアが追いかける。そのまま遥か下で水しぶきが2つ上がったような音が聞こえた。


「だ、大丈夫なの?」


「……まぁ、問題ないだろう、それよりも早く逃げるぞ」


 油断するとまだ諦めていないケイティの猛襲が来る。そのままアークはケンタウロスの足から逃れるように空を駆けていった。


「ち……」


 構えた矢じりの照準から完全に姿を消すアーク達。

 こうして、ケンタウロスのケイティの初恋は、ハーレムを作ろうとする破廉恥で優柔不断な男への強い憎しみの種を生んだのであった。


「男なんて……男なんて……いや、いつか素敵な殿方が……」


 そう涙を飲んで無理やり希望を見つけようと返した踵の先――1人の旅の騎士と、共に歩く美しい旅の()()、そして何頭もの牝馬が目に映った。



 ★★★



『と、いう訳なのです』


「……いや、全くわからんが」


 ナイトメアの説明を聞いていた漆黒の騎士団長ジェド・クランバルは困惑した。いや、わからんて。

 何もわからんが、お前達のせいで俺らが襲われたというのは理解した。何で先行して障害を増やしていくわけ?


『分かりませんか……結構丁寧に説明したつもりでしたが』


「いやだから、ベルを助けようと崖から落ちたんだよな? で、ベルはどうしたんだよ」


『ですからそこに』


 ナイトメアの蹄が指すのはやはり倒れて寝ているドートンとかいう男である。


「……どゆこと?」


『彼のスキルみたいです。単純に姿を変えるだけじゃなく、あたかもその存在を似せたかのような不思議なそれは魔法ではなく祝福であり、大方この世界の外から来られた時に神が与えた祝福なのでしょうね』


「へぇ……」


『オペラ様と行動を共にするに当たって、アーク様と居ても不思議じゃないベル様のお姿を借りておりましたが、本来の姿はあちらのようで』


「へぇ……」


 俺は腕を組んで考えた。確かに、この親切な人ドートンは前にも不思議な魔術具で俺を助けてくれてはいたんだが……詮索するなとか言ってたけど異世界人なんだねやっぱり、ふーん……

 と、大事な事をスルーしようとしてみたものの、どうしてもスルー出来ない事があった。前までの俺なら脆弱な記憶力が気にしない方向にシフトさせようと働いてくれたのだが……


 この人さぁ、みんなが探している偽オペラの中の人……なので……は?

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