またしても馬の猛襲……と親切な人(前編)
漆黒の騎士団長ジェド・クランバルは皇帝ルーカス陛下と共にファーゼストの最果て、死者を生み出す地ウルティアビアを目指している。
正確には2人と馬4頭。馬4頭立ての馬車を引いている訳でも無く、単純に何か知らんけど馬が増えていく。
それというのもかの地が馬の案内無しにたどり着けないという難所だからなのか、はたまた俺を散々苦しめる異世界のゲームのひとつである【馬女子~キュートな馬たちとの恋愛育成生活~】の運命の地だからなのか。
そのゲームは「恋愛育成生活」と銘打ってはいるのだが、とどのつまり馬を繁殖し育てているだけである。タイトルに難あり。
その謎のゲームをペガサスのシャルロットに聞いてからというもの、立て続けに2頭も増えている。それも何か恋愛ゲームに出てくるとは思えない陰湿な竜馬とバイコーンである。
不純を好むバイコーンが、ウジウジしながら辺りを湿らせている竜馬の陰気を美味しくモグモグして事無きを得ているが……
2度あることは3度あると言われているのでこの先も変な馬に出会う気しかしない。ここで更に清純を愛するユニコーンとか出てきたらどうしよう……カオスすぎる。
おかしいな、陛下の大事な女性を追っているはずなんだが、馬しか出てこないのなぁぜなぁぜ。
なぁぜもくそも、そのゲームの話を聞いてしまったからなんだろう……やはり他人の事情は安易に聞くものではない。他人っていうか馬か。
『この先はつり橋みたいですね。かなり橋が脆そうなので気をつけましょう』
シャルロットが指し示す先には、確かに超オンボロの橋が絶壁と絶壁を繋いでいた。遥か下には激流がごうごうと流れている。
「……なんかのフラグみたいで嫌な橋だな」
「ジェド、そういう事を言うと本当になるからやめよう。気をつけて渡ればいいだけの話なんだろう?」
嫌そうな陛下の問いかけにシャルロットは頷いた。
『まぁ、我々はペガサスなので飛べますし、そもそも関係ないでしょうが……』
「飛べれば、な」
シャルロットとサラは確かにペガサスだ。竜馬のシェンリーも竜だから一応飛べるのだが……問題はバイコーンのミルクだ。飛べる要素がない。
「……置いてっちゃ駄目なのか……?」
俺の提案に馬たちはどよめき、シェンリーが雨を降らせてきた。
『ジェド様って案外薄情なんですね』
『私、自分が置いていかれる立場だったらと思うと悲しくて涙が……ううっ』
『はむはむはむはむ』
と、非難を浴びせてくる馬達。いや、バイコーンのミルクは何が美味しいのかわからんがはむはむしている。俺への非難が旨いのか、俺の薄情さが旨いのか。
「ま、まぁこう雨が降ってきてはペガサスも飛べないし、ここまで一緒に来たのに置いていくというのも何となく後味が悪いだろう。気をつけて渡れば良いだけなのだからみんなで渡ろうじゃないか」
と、見かねた陛下が助け舟を出してくれた。さすが、陛下はまさに聖人君子ってやつである。ただ、陛下のその意見が気に食わないのか、ミルクは不味そうな顔をして陛下に砂をかけていた。連れて行って欲しいのか欲しくないのかどっちなんだよ、ややこしいなお前は……
「ふむ、本当にヤバそうだね。こんな所を通る人は幾年も居ないから十分に手入れされていないのだろう……みんな、そーっと渡るんだよ」
陛下が率先して軋むロープの強度を確かめる。正直この人数というか頭数が渡って持つのかは疑問な位にボロい。
「はい、では……」
陛下や他の馬達が無事渡っていくのを確かめて、俺も橋に足を踏み入れる――と、その時だった。
「――あぶない!!」
下を確認しながら一歩ずつ歩いていく俺にかける陛下の声。それと同時に聞こえた風切り音に反応するように伏せる。
ドスッッ!!
「なっ――」
俺の居た場所に打ち込まれる矢。その先を見ればこちらに弓を構えている者が居た。
「何だ?! 敵襲か?!」
『いえ、あれは――』
対岸の橋の先、草むらからガサリと音を立ててその身を表す敵の正体……
弓を構える上半身は筋骨隆々の女性だった。が、その下の足が……四本あるのだ。
『け、ケンタウロスです!』
また……馬なの???
――――――――――――――――――――――――
「くそっ!」
俺達に向けて問答無用と矢を猛襲するケンタウロス。俺は剣を抜き、陛下も素手で矢を掴んでは叩き落したりしているのだが、馬達に当たらないように庇うのと足場が悪いのが相まって防戦一方である。
ケンタウロスは俺達に何の恨みがあるのか、はたまた先を守っているのかは分からないが、幾ら声をかけても攻撃の手を休めないどころか駿足を生かしありとあらゆる方向から俺達全体を狙って矢を放ってくる。
「ジェド、こうしていても埒が明かない。とにかく橋を渡りきるのが先決だ」
「しかし陛下、馬に当たっては……」
『我々の事ならば心配後無用』
竜馬のシェンリーがそこはかとなく馬の面影の残る竜に変化し、シャルロットとサラもそれに続いて橋の外に飛び出した。3馬は空中での動きが早く、矢を避けながら天高く上っていく。
「よし、あとはミルクだけだね」
本当に、足手まといなのはこのバイコーンだけである。邪魔だな、とか思うと美味しそうにはむはむと笑顔を向けてくるのが余計頭にくる。
「ジェド、私は先に行ってあの馬を捕まえる、ミルクと一緒に無事に渡りきるんだ」
と、陛下が対岸に向かって橋を走り始めた。橋をはしり……とか思っている余裕も無い位に橋が大きく軋む。こ、この橋、かなり脆いぞ……!
結構ギリギリな強度であるが、なんとか持ちこたえている橋のロープに向かって、ケンタウロスが矢を放ってきたので俺がそれを叩き切った。
「……ん?」
ポトリと橋に落ちる矢の破片。矢尻に纏わりつく火がオンボロの橋にボッと着火する。ゲエーー! 急に火矢ー!
「ジェド!!!」
橋の先ではケンタウロスに腕十字固めを食らわせている陛下の姿。流石陛下、制圧が早い。
「燃え落ちる前に渡りきれ!」
「分かってますけど!!!」
橋の中ほどから火が延びる。俺とバイコーンのミルクは急ぎ対岸へと進む、が――
『!??』
対岸に近づくにつれ、ミルクのテンションが急に上がり突然猛スピードで走り出す。なんかいい不純でも見つけたか? おい馬鹿揺らすな。
「シュンリー、君の能力で火を消せないのか?!」
竜馬に向かって叫ぶ陛下。当のシュンリーは困惑顔をペガサス達に向けた。
『ええ、急に泣けと言われても……そうそう涙って出ないでしょう』
『何か前世にもそういう番組ありましたね。可哀想なシーンとか見てどんだけ早く泣けるかを競うのだけど、そういうプレッシャーの中だとなかなか泣けないって』
困っているシュンリーを見てうんうんと頷くシャルロット。おま、落ち着いている場合か。
「何でもいいから何か泣かせるエピソードは無いのか?!」
『ええ……でしたら』
と、シャルロットがシュンリーに耳打ちをした。微かに聞こえた狐がどうとかウナギがどうとか撃たれたとか……気になる。
と、聞いた瞬間シュンリーの目から涙がドバっと溢れ、それと同時に橋の下の激流がゴゴゴゴゴゴと唸り始めた。……何か嫌な予感がする……
ザバーーーーーーーーーン!!!!!
激流が竜の如く突然上昇し、俺ごと橋を飲み込んだ。
「ジェド!!!!」
橋の火は消え、辛うじて橋も残ったのだが、案の定俺は激流に飲み込まれそのまま川に沈み流されてしまった。おい、コレ落ちたのと変わらんじゃねえか!!!
遥か遠くに掻き消える陛下の心配そうな声……その奥でうなり声を上げるケンタウロス。結局……アイツは一体何だったのか。
★★★
「ぶはっ……ぜえ、ぜえ……」
流された川はかなり流れが激しかった。こんな流れの速い川、恋愛小説やゲームでは絶対に出てこないだろう。修行やバトルで突然落ちるやつだ。
かなり深い場所まで潜ると川の流れも緩やかになるのかと思いきや、川は竜のように暴れまくっていた。どんだけ悲しいエピソードを聞かせたらそうなるんだよ……無事に合流できたら何の話だったのか聞かせてほしい。
川を挟む崖はかなり切り立っていて掴むところが全然無い。ようやく上がれそうな場所にたどり着いた時にはかなり下流へと流されてしまっていた。
「くそ……一体ここはどの辺りなんだ……」
崖が狭まった場所にぽこんと空いた洞窟。這いつくばって上がった先で服を脱ぎ、しっかり含んでしまった水を絞る。騎士団の制服は無駄にいい素材しているので、こういう時に損である……今後こういう事があっても困らないように今度水を弾く素材を提案してみよう。……今後にこういう事はあってほしくないけど。
「ああ……折角乾いたのに、また全身びしょ濡れだ……」
ズボンも脱いで乾かそうと手をかけた瞬間――
『あの、女性の前でそのような格好は』
「え……あ、ああ、済まない、1人だと思っていたのだが、先客が居たのか」
声のする方に振り返ると、そこに居たのは……案の定、馬だった。
またしても……馬……
だが、他の馬と違ってその馬には見覚えがあるのだ。黒い体躯、そこはかとなく魔気。つまり魔獣……
「お前……まさか、ナイトメア、か?」
『あら、もしかして漆黒の騎士ジェド様ですか? 服を脱いでいるとどなたか分かりませんでしたわ』
俺のアイデンティティは色なのか? と思いつつ、馬は人より見えている色が少ないとか聞いたことがあるので黒い服を脱ぐと判断出来ないのだろうか……そんな馬鹿な。
「何故君がこんな所に……」
『ジェド様こそ。私はここに来る途中の橋で馬に襲われまして――』
「君もケンタウロスに襲われたのか。怪我は?」
『あ、いえ、私は飛べるので大丈夫だったのですが、襲われて端から落ちた者を助けにここまで来たのです』
「連れが居たのか……」
見れば、ナイトメアが暖めるように傍らに倒れている人影が見えた。旅人の服に身を包んだ男性……
「ん……?」
少し焼けた肌にオレンジ色のみつ編み……なんだろう、この顔、見覚えが……
「ああ!!!」
俺は珍しく記憶力が冴え、手をポンとたたいた。冴えるもなにもちょっと前に会ったばかりである。
ダークエルフの森で川に落ちた俺に親切にしてくれた……確か、ドートンとかいう奴。
……? 何でここに居るんだ……?




