俺達に立ち塞がるのは……やはり馬(後編)
俺、漆黒の騎士団長ジェド・クランバルは何やかんや色々あってファーゼストの僻地、死者を呼び寄せる禁忌の地ウルティアビアとかいう物騒な場所を目指していた。
聖国から借りたペガサス。何で馬を貸してくれるんだろうかと思ってはいたのだが、どうやらかの地は馬の案内無くしてたどり着ける場所ではないらしい。
陛下と俺、男2人にペガサス2頭……更に何故かついて来た竜なのか馬なのか分からん馬シェンリー。
そしてまた新たな馬が……目の前に立ちはだかるのは明らかに敵意を剥き出しにして来るバイコーンだった。
何で敵意を剥き出しにしているか……それは俺達が清純だから。清らかな存在だから。そんな感じにハッキリ分からされると恥ずかしい。
「困ったね……バイコーンに嫌われてるのは別にいいとしても、ああして道を塞いでいては先に進めない」
道の真ん中にデーンと座り込みを決める黒毛の馬。横を通り抜けようとしても威嚇して噛みつかれん勢いだ。
「下手に応戦して逆に怪我でもさせたら魔獣保護法的にもヤバそうですしね。ここはそっとペガサスに乗って飛び越えて行きますか?」
と、ペガサスに跨がろうとしたが、バイコーンはすくっと立ちアップし始めた。上を通ろうとする奴を串刺しにする気満々である。
「なんかとんでもなく好戦的ですね……」
「ウーン、上を行く事も許してくれないとは。一体何があの馬の逆鱗に触れているのか、はたまた何か理由があるのか……」
『恐らく、不純エピソードを欲しているのだと思います』
困惑している俺達に、ペガサスのシャルロットが全て分かっているかのように言う。
「……いや、君は事情を全て分かっているのか。そういえばあのバイコーンも何だっけ、その馬のゲームに出て来るヤツなんだよな? アイツは結局何がしたいんだ?」
『【馬女子~キュートな馬たちとの恋愛育成生活~】です。一応牝馬なのでアイツ呼ばわりはコンプライアンスに引っ掛かりますから、名前で呼んであげてください。ミルク、と』
「ミルク要素何処だよ」
真っ黒なバイコーンの牝馬、名はミルク。気性といい色形といい、1番牛乳から遠い存在だろ、そもそも馬だし。いや、馬も乳は出るか……そう思うと近いのか……?
「なるほど……乳には搾り取るという由来から詐欺師や罪人などを指す隠語が……」
『いえ、【見る苦】と言われる程にプレイヤーが苦渋を舐めさせられた癖のある馬でして、何処が白やねん! のツッコミまでがワンセットの、いわゆるハズレ馬です』
「禄でもなそうな名前だった……」
『実際、悪役ポジションですから』
悪役……馬なのか。いや、竜馬だって嫉妬心から悪寄りになりそうな馬だったよな……?
「それは分かったけど、不純エピソードって……何?」
『先にご説明した通り、清純を好むユニコーンと違って、バイコーンは不純を好みます。それはもう、3度の飯より不純が好きで、妻の不純話をおかずに善良な夫を食べるとか言われています』
「何で善良な夫は食われたんだ……」
『清純な者が嫌いだからじゃないですかね……で、このバイコーンですが、ご覧のようにウルティアビアへ通り抜ける魂の通り道で不純な魂を待ち構えている存在なんですね。不純エピソードを欲して……ですが――』
顎に手を当てて考えていた陛下が手をポンと叩いた。
「もしかして……最近は不純な魂が、少ない……とか?」
陛下の言葉に、バイコーンはこくこくと頷いた。
そう……この世は平和時代。
少しの悪党があれど、陛下が即位する前と後では悪人の数が減りに減りまくったのだ。悪い国は陛下がゲンコツを落としまくり、根回しし、治世を広げてる為である。
『聖国も以前のような悪政は無くなりましたから……最近では徳を積もうと聖国に礼拝に来る者達も増え……』
「そしてバイコーンの好物が少なくなってしまったと……」
『そういう事です。ゲームでもその辺りは今の治世と同じように語られていました。バイコーンの餌は不純な者なのですが、不純を探すのに苦労し、中々見つからない為次々と善良な他のカードを食べていく様は正にウイルスのようで……1度引いてしまったら貧乏神の如く厄介。手放すにも不純値を満足させなくてはならないという……正に見る苦……』
「なるほど……それは地獄だな」
厄介視された馬ことバイコーンのミルク。そして、今は俺達に物欲しそうな目を向けている……うぉぉ、ロックオンされている。
「……これは、清純な俺達は食われるのか……?」
『或いは不純エピソードを沢山出して手なづけるかのどちらかになります』
「手なづけ……無視してやり過ごす選択肢は無いのか……」
『出会ってしまったらもう、ね。引いてしまったら地獄、厄介、見る苦しみ、それが彼女なのです』
とんでもない当たり屋だな……だが、今までもとんでもない当たり屋しか居なかったし、恐らく俺の人生これからも当たり屋に当たられるのだろうな……
「はぁ……仕方ない。だが、私たちには不純なエピソードは殆ど無いだろう。ジェドはもちろんのこと、私だってその……彼女とそういう、不純な事は何も……無いわけではなくも……ごほん」
陛下が照れながらもごもごし始めた。本当に陛下はオペラの事となるとコレである。決して羨ましくなんかない……
『……幸せなカップル……怨めしい……』
急にポツポツと雨が降り始めたかと思ったらシェンリーが嫉妬の血涙を降らせていた。お前まで波及すな。
『そこまで言うなら、全然不純な気配はしないけど参考までに聞かせてみろ、と申しております』
シャルロットの通訳にこくこくと頷くバイコーンのミルク。どうやら問答無用に暴れる馬ではないらしく、話せば分かるらしい。本当に不純エピソードを欲しているだけなのか。
「では……僭越ながら。以前その、オペラに皇城に泊まって貰った時があってね――」
「ま、まさか、よ、夜這いをかけたんですか……??」
驚愕の表情の俺の上に世界一硬いゲンコツが落ちて来た。痛い……
「ばっ、馬鹿な事を言うな! そんなオペラが嫌がる事をする訳無いだろう!! ただ、寝顔が見たくてコッソリ忍び込もうと……ともしてないからな。断じて。女性の寝室を覗くなど、紳士としてあるまじき行為だ。……どうしても寝顔が見たいから絵の上手いメイドに姿絵を頼んだことは……あるかもしれない……」
尻窄みになっていく陛下の言動。ウーン……これ清純なのか不純なのか判定難しいな。
バイコーンも微妙な顔ではむはむしている……やはり微妙なのだろう。そこはかとなく不純っていうか若干引くけど、清純で紳士な面もあるから何かセーフなような気もするし……うーん
『そんなに愛されていて……羨ましい……』
雨が急に強くなって来たかと思ったら陛下の不純情エピソードにシェンリーが嫉妬して雨を降らせていた。ああもう、何も上手く行ってねえ!!
だが、シェンリーのどす黒嫉妬オーラが美味しかったのか、バイコーンは満足気にはむはむしている。上手く行ってないようで上手く行っていた。どっちなんだよ。
『ラブラブ初心エピソードはゲロクソまずいですが、それに嫉妬する醜い感情は不純の塊でまぁまぁ美味しいと申しております』
「……どちらも酷い言われようだが、それで良いんだ」
『以前は世界を揺るがす程の極上で醜い嫉妬心を抱いた者もおりましたが、最近は少子晩婚化、独身のまま天寿を幸せに全うする者も増えており、中々負のオーラにすらありつけないそうです』
シャルロットの通訳にミルクはうんうんと頷いた。
「う、ウーン……幸せで困る者が居るとは新たな発見だね……」
「皆が皆、思い通りの世界なんて無いでしょうに。まぁ、そういう不純でいいならば何かしら食べるものにはありつけるんじゃないですか?」
そうミルクの方を見れば、ジッとこちらを凝視している。
「……何だ?」
『最初に出会った時からジェド様には不純なエピソードの可能性を感じていたみたいですが、何か持ってないのか? と申しております』
「ある訳――」
と、言いかけた時にふと、脳裏を掠める人が居て言葉に詰まったが、直ぐにブンブンと首を振った。
「……あるの?」
「無いです!!」
危な……一瞬不純な事を考える所だった。俺は清廉潔白な漆黒の騎士。清廉潔白は純白の騎士ブレイドの専売特許かもしれんが、俺だっていつまでも中身は清らかなのだ。
「と、とにかく、さっきので満足したならここを通っていいんだろう?」
俺の言葉にミルクはすくっと立ち上がり、塞いでいた道を空けた。
「よし、じゃあ改めて先を急ぐとしよう。色々と絡まれ過ぎてだいぶ出遅れているし」
「ですね」
ぞろぞろと、俺と陛下の後ろに続き歩く馬4頭……ん?
「……何で着いて来るんだ?」
『何か、食べ足りないみたいです』
当たり前のように後ろに着いて来るバイコーンのミルクは純朴そうに首を傾げた。黒い瞳は無駄に澄んでいる。
『まぁ、馬は居るに越した事はありませんし……』
「流石に多いわ!!!」
俺達は、竜馬のシェンリーに続き、またしても厄介そうな馬……いや、馬女子を連れて行かなくてはいけなくなってしまった……何これ、マジで馬を育てるゲームなの? 俺達が……?




