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俺達に立ち塞がるのは……やはり馬(前編)



『はむはむはむはむ、はーむはむはむはむ(と、いう訳なの)』


「なるほどな」


 俺の手をはむはむしながら回想に思いを馳せる竜馬ことシェンリー。なるほど、とか言ってみたが正直何の回想なのかは分からない。

 大方、俺達が来る前に森の中でアークとの運命の出会いをして振られたとかそういう話だろう。何ならその隣に女の影でもあったのではなかろうか……そんな話を陛下の耳に入れる訳にはいかない。回想シーンは回想回だけで十分だ。


「事情は分かりました」


「……今ので分かったの? 君、凄いね」


「ええ、俺ほどの女難者ともなれば、ご令嬢が1言えば10分かる位の能力は身につけています。それだけ沢山の非業の女性を見てきたので」


「君、昔から変な女の人に絡まれていたもんね……」


 陛下が俺を可哀想な目で見つめてくる。その目にはもう慣れている……俺は女難と共に生きている割に彼女が一向に出来ない悲しい男なのだ。陛下も流石にそこまでは言ってないか。

 俺はシェンリーの口からズボっと手を抜いた。回想中ずっとハムハムされていたせいかちょっとネトっとしている。何か拭くものない……?


「とにかく、ご令嬢(?)の気持ちやいきさつは何となく分かった。だが、その恋の相手に最初から別の者がいたならばスッパリ諦めた方が貴女自身の為にもいいだろう。貴女が先に好きだったならばともかく、それは完全に横恋慕な上に望みすら薄いのだから……」


『うう……』


 シェンリーが泣きそうになると、またポツポツと雨が降ってきたので慌てて止める。


「ああ、いや、待て待て、過去俺はそういうご令嬢を沢山見てきたが、他にもいい男……いや、雄か? は沢山居るだろうし、何も1人に一生を尽くさなくてもいいだろう。そういう奴を知っているが、碌な運命を辿っていないからな……」


 最強の悪女にして諦めの悪すぎるその女は、愛しい相手がこの世から居なくなっても未だ懲りずに追い求め続けているからな……そんなにも愛する人が現れていない俺としてはある意味羨ましいが、わざわざ苦しむ事も無いだろう。一目ぼれならばまだまだ他に行く余地はあるはずだ。


『でも……こんな森の中に1頭で何年も何十年も過ごした私に、今後新たな運命の人なんて現れる訳……』


『――そういう事でしたら、彼女にかかっている約束という名の呪いを解けば良いのでは』


 体に布を乗せて現れたのはペガサスのシャルロットだった。傘代わりにしている布は俺の上着である。……ああ……乾かしてたのに……


「呪い……ああ、ウルティアビアへの足となり人の役に立てとかいうやつ」


『ええ。その罪状によりこの地に馬として縛られているのですが、本来は竜の化身。約束を全うすればこの地から離れ幸せになる事も可能でしょう。実際、ゲームでも恋に落ちた牡馬と共にかの地にたどり着き、外の世界へと出る事が出来ましたので』


「なるほど……まぁ、こんな所に居ても出会いは皆無だろうから、ラヴィーンにでも行った方がいいだろうな。いや、馬だから獣人の国か……?」


『確かに……本来は馬ではなく竜の身。そうでした……ついすっかりとウルティアビアへ旅人を運ぶ馬の使命に駆られていましたが、そうですよ、何もいつまでもこんな所に居る事はないのですよね』


 シャルロットの提案に、シェンリーは目をキラキラと輝かせ俺を見た。


『旅の御方、お願いします! 私にウルティアビアへの道案内をさせて下さい! そして、古の約束を全うし、晴れて自由になった暁には私の恋人探しも手伝ってください』


「いや、何でそこまで面倒見なければならんのだ……」


 この手の願い、何回も聞いてる気がする。だいぶ前にもニワトリに合コンを開くよう約束させられたし……


「いいじゃないかジェド。困っている人が居たら何やかんや言っても助けてあげるのが君のいい所だろう」


「……まぁ、やらないとは言ってませんけど……でも」


 くるりと見渡せば馬2頭。ついでに言うと洞窟で待っている普通のペガサスもいる。


「馬、多くないですかね……」


『でも、馬は居るに越した事はありませんよ? この先は道を知っている馬しか進む事は出来ませんので』


「そうなのか?」


『ゲームでも、選ばれし馬の先に光が現れ、それに沿って馬たちが競走してゴールのウルティアビアを目指すようになっていましたし。かの地へ行けば願いが叶う……そんなコンセプトです。願いは人それぞれ……いえ、馬それぞれですが。ゲームの中で竜馬のシェンリーが竜の約束を全うし、この地に縛られている呪いから解き放たれて自由になれたように、私も運命の相手と輪廻を超えて生まれ変わり、次は違う生き物として幸せに暮らす事が出来るようになったのです。人になる未来を選択すれば人に、人間の世界の競走馬を選択すれば競走馬として、あとアイドルになってテッペンを目指す選択肢もありましたね』


「自由なゲームだな……」


 コンセプトとシステムがイマイチこう、とっちらかっているような気もしなくもない……そういうゲームを作るのは決まって同じやつらなのだろう。俺が輪廻を超えて奇跡によりかの世界へ行けたら、俺を散々苦しめてきたゲームセイサクガイシャとかいうやつらを全員ゲンコツして回りたい。


「とにかく、どうせ私達も向かう先はウルティアビアなんだから一緒に行けばいいじゃないか。別に困る事は無いのだから」


『! ありがとうございます!』


 陛下が納得しているのならば俺は何も言う事は無いだろう。喜んだシェンリーの笑顔に比例して天気も良くなってきたし。

 洞窟に残したもう1頭のペガサスを連れ、俺と陛下、そして3頭の馬は再びウルティアビアを目指した。



 雨上がりの輝く露が葉から全て落ちてすっかり乾いた森の中は歩きやすい陽気になってきた。


『ファーゼストの僻地ウルティアビアまでは深い森が延々と続きます。幾つもの川が行く手を塞ぐだけではなく、濃い霧や崖、難所も多くて迷いやすく、我々選ばれし道案内の馬のみしかその行く先を導くことが出来ないとされているのです。それくらいに、かの地というのは俗世と縁遠い地なのです』


「なるほど……しかし、何だってオペラはそんな場所へ行っているんだろうね」


「さぁ……」


 オペラ1人ならばともかく、何人で行ったのかは分からないけど少なくともアークが一緒なのは確実だろうしなぁ。

 ただ、アークは馬じゃないから、ウルティアビアに迷い無く向かっているのだとすれば馬も一緒なのだろう。何の馬かは知らないが……


『女性には色々あるんじゃないですか? オペラ様って、割とふらっと居なくなったりしますし。以前だって結構頻繁に姿を消しては帝国に潜入とかもしていましたから』


「へぇ……」


 照れ照れと、何故か他国の女王が自国に易々と潜入していることを喜ぶ陛下。そこは喜んでいい所なのだろうか……


『しかし、見れば見るほどゲームの舞台にソックリです』


「シャルロットが前世でプレイしていたとかいう馬が沢山出てくるゲームか。所で、そのゲームにはシェンリーみたいな馬なのか竜なのか分からない奴以外にも馬が居たんだっけな」


『はい。それも普通の馬ではなく伝説上に存在する馬が登場人馬のゲームでして、一角を額に持つユニコーンや、上半身が人の姿をしているケンタウロス、逆に体は人で頭が馬の牛頭馬頭の馬頭ですとか、水辺に住むケルピーにそれから……』


「もういい、分かった」


 ケンタウロスはともかく、頭が馬の人ってそれ分類は馬なのか……? 少なくとも競争では不利な気がするのだが……


『ああ、あそこに座っているバイコーンなんかもそうですね』


「ん……?」


 シャルロットの蹄が指す方向を見ると、確かにちょっと大き目のいかつい角を持つ黒い馬が道を塞ぐようにでんと座っていた。


「……これがバイコーン……初めて見た」


 恐る恐る近づこうとした俺に、シャルロットは警告する。


『あ、ジェド様! 不用意に近づいてはいけません!!』


「え?」


 振り向いた俺の後ろから、攻撃の気配がしたので慌てて横に逸れる。風を切るようにバイコーンの蹄が俺の居た場所を蹴っていた。俺は陛下達の方へと走り距離を取った。


「な……何でこんなに好戦的なんだ?」


『ユニコーンは純潔を好む、というのはご存知ですか?』


「ん? 何で急に」


 話の繋がらない俺を無視してシャルロットは説明を続けた。


『バイコーンはユニコーンの亜種とされています。純潔を好むユニコーンとは間逆で、バイコーンは不純を好む、と言われています』


「つまり……」


 陛下はポン、と手を叩いた。


「あ! なるほど、そういう事か。彼女の出来た事の無いジェドは純潔認定なんだね」


「……陛下?」


 陛下が俺を軽くDisってくる。ひどい。


「あ、いや、ゴメン、あの、悪口とかじゃなくていい意味で言ったんだよ? 清らかなのはその、いい事だろうし……えっと」


 いい意味って付ければフォローされる訳では無いんですが……?


 悲しい気持ちになっている俺を尻目に、バイコーンは俺達を威嚇するように唸っていた。

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