陛下と2人旅は雨の洞窟から(後編)
「ジェドー、大丈夫かいー?」
「なんとかーー!!」
「逸れないように気をつけてねー!! 君、すぐ迷うからーー!!」
「えー??? 何も聞こえませんでしたねーー!」
「……聞こえてるならいい」
雲の厚さが予測する通り、洞窟の外はざんざん降りだった。
こんな悪天候の中ペガサスを外に出す訳にもいかず、シャルロット達は洞窟に置いてきたのだ。
「話に聞いていた以上に……竜の降らせる雨って凄いんだね。雨くらいやり過ごせないかと思ってもみたが、そんなレベルではないかな……」
「まぁ、大体一度聞いてしまった厄災は解決に乗り出すまでは好転も自然消滅もしないものですよ」
「君の場合は特にね……」
呆れ顔の陛下が言うように、ざんざんどころか矢でも浴びてるのでは無いかと思う位の痛い雨……今まで見た事の無いような降りだった。
以前、雨の精霊が失恋の痛手に任せて降らしていた雨があったのだが、これは失恋なんて生優しい降りではない。
仮にこれが竜の失恋だとするととんでもない憎悪である。
俺と陛下は雨足が強い方へと歩を進めていた。全身ずぶ濡れを通り越して、もうこうなってくると服があって無いようなものである。
邪魔だから脱ぎ捨てようかと思ったら陛下に睨まれた。仮にも馬だとしても女子に会いに行くのだから……と。どこまでも女性に優しいが、所で牝馬は女子に数えて良いのだろうか。
痛いほど吹きつける雨風は、よくよく観察すると森の中心部に向かい螺旋を描いていた。
「これが竜の馬場……いや、竜場? うーん……竜なのか馬なのかハッキリしてほしい」
「ジェド、世の中にはハッキリさせちゃダメな事もあるみたいだからね。そういう白か黒か、竜か馬かっていう考え方は異種婚の多い世の中では批判されかねないから気を付けなさい。アンバーもそれでかなり頭を悩ませているみたいだから」
「なかなか世知辛いですね」
「いや、世知辛さを無くすために気を使っているんだけど」
『うおおおお!!!!!』
世知辛い世を儚んでか、それとも何か他に悲しい事があったのか。この暴風雨に押されるかのように前方から馬が駆けて来て勢いよく横を通り過ぎていく。
雨が強いのと馬が早すぎるのでよく見えなかったが、白の体躯と長い立髪。そこに混じる2本の角と長い髭のような毛……
「なんか、今……らしきものが駆けていきましたかね」
「ああ……馬だったね。竜っぽい要素もあったし」
「……追いますか?」
「いや、よく見てみなよ。この暴風雨、あの竜馬が流れに乗って走っているように見えて、そうじゃない。通った先に発生しているみたいだ。だから」
嵐は広範囲に螺旋を作っていた。しばらくすると次のレーンをなぞる様にドドドドと泥を弾く音を響かせながらまた叫び声が聞こえてくる。
『ああああああ!!! 男なんてーーー』
「ほら来た。もし、お話を――」
『うわあああ!!!!』
「あ、ちょっと、あっ……」
嵐の中で話しかけようにも、嵐と共に走り去っていく竜馬。
「……ええと」
「雨風も強かったので聞こえなかったのですかね。次は自分が――」
「いや、私が声をかけるよ」
完全に無視されたようになってしまったのが火をつけたのか、負けず嫌いの陛下が俺を制した。そうですね、帝国最強の男が道を譲る訳にはいきませんもんね。
『うおおおお!!!!』
「そこのレディ、一旦止まって私の話を――」
『どいてどいてーーー!! うおおおお!!!』
「陛下、危ない! 引かれますよ!」
「……」
今度はがっつり目に入ったであろう竜馬であるが、やはり人間には興味が無いのかお構いなしに突っ込んでくる。引かれそうになる寸前で陛下が避ければ泥飛沫を巻き上げて横を通り過ぎて行った。
「……私はあまりその、女性に無視されるのには慣れていないとか、そういう自意識が高い事を言いたい訳じゃ無いんだよ」
「あー、ハイハイ分かります。言いたい気持ちは分かります、俺も無駄にイケメンだから。ですが、相手は多分馬なので人には興味無いのだと思います」
「ペガサスだって懐いていたのに?!」
陛下、ペガサスがやたらに陛下には優しくて俺には素っ気ない事には気付いていたのですね。
「あいつらペガサスは綺麗なものが好きだとか昔から言いますからね。1人は元々人間だったみたいだし……ですが、馬的な趣味は種類が違えばそれぞれなんじゃないですかね」
「くっ……」
『うおおおおお!!!!』
そうこうしている間にまたしても竜馬のターンになった。暴風雨に紛れて一直線に駆けて来る。
「いや、友好的に行けば通じるはずだ。私は今までそうしてきたから……」
と、万遍の笑みを浮かべた陛下が竜馬に向かって両手を広げる。今まで……そうだったっけ?
『どいたどいたー! 怒りに任せて引いてしまうわよーーー!!』
「君、何を憤ってるのか一旦聞かせて貰えないか? 私で良ければ力に――」
『うおおおおお!!!!』
またしても陛下の笑顔にも言葉にも何も反応をしない竜馬であったが、引かれる寸前まで笑顔を崩さなかった陛下は両手を広げたまま――
ズドーン
『ウマァアアア!!!』
そのまま竜馬を抱え込んで背面に投げ落とした。アレだ、バックドロップってやつである。
竜馬は泥の地面に突き刺さり、そのまま動かなくなってしまった。それと同時にあんなに吹き荒れていた暴風雨が台風の目にでも入ったかのようにピタリと止む。
「――ね?」
「……思いっきり武力行使してませんでしたかね……?」
「友好的ではあったんだよ。私の心は」
まぁ、止まらなかったから致し方ありませんもんね。俺は竜馬にそっと手を合わせた。
「いや、死んでないよ。ちゃんと手加減したから」
……バックドロップに手加減とかあるのだろうか?
「それで、君は何故こんな嵐を呼び起こすほど荒れていたんだい?」
暫く待つと、ちゃんと手加減(?)されていたからか竜馬は目を覚ました。一旦頭を打ったせいかちょっと落ち着き、話が出来そうな雰囲気になっている。
『ありがとうございます、ちょっと冷静さを欠いて暴走していました。貴方様に出会ってからの記憶が曖昧ではありますが頭を冷やして頂いたようで』
「覚えていないなら無理に思い出す必要はないよ。うん。私で良ければ話を聞こうじゃないか……その、君は元は神竜の子孫で、死罪にされそうな竜だったという馬なのだろう?」
陛下が誤魔化す様に言い当てた竜馬の事情に、彼女(?)は目を丸くして鼻息を荒くした。馬の驚愕の表情結構激しい。
『何故そこまで私の事情を?! ええ……そうです。いかにも、私はかつて竜の至宝を壊した罪で死罪になり消滅する運命でした。名はシェンリーと申します。神の慈悲により死者の国ウルティアビアへと向かう者の足になり役に立てといわれ続け幾月日。理想の殿方を待ち続けた者でございます……』
「ウルティアビアへ向かう人っていうのはそんなに少ないのかい? 理想?」
『はい。いえ、ウルティアビアへと向かおうとする無謀者自体は意外とボチボチはいたのですが……こう、なんというか好みに合わないというか』
「……好みで選んでいいものなのかそれは」
『え? だって結構な時間を共にして、あわよくば恋に落ちちゃったりなんかするかもしれないじゃないですか。そうでなくても何日もウマの合わない奴と一緒に居るのはちょっとご免というかなんというか……馬だけに』
シェンリーさぁ、君死罪を条件付の慈悲で免れた身ですよね? そんな選り好みしていていいのか……?
「シャルロットも恋愛ゲームだとか言っていたからそこは良いんじゃないのかな? でも好みって、理想の馬でウルティアビアへ向かう好みに合った馬なんて少ないんじゃないのかい?」
『いえ……全然馬じゃなくて良いんです。というか私も元は竜ですし……そして、居たんです。居て、振られたんです』
確かに竜なのか馬なのか分からんやつの相手が馬である必要は無いだろうが……だが、仮に竜でも馬でも無いやつと結婚した場合子供はどうなるんだ? ややこしい。
種族事情はともかくとして、そんな好みにうるさいんだかうるさく無いんだから分からないシェンリーにもやっと好みに合う相手が現れたらしい。そして振られたらしい。話の展開が早すぎてついて行けてない。
「なるほど、理解がイマイチ追いついていないが、それで君は荒れていたのか」
『はい。あんなに理想に叶う相手は今後見つかる気がしません』
「……それで、参考までに聞いてみるのだけど、その相手はどんな者だったんだい?」
キラキラと目を輝かせつつ、思い出し泣きでシトシトと雨を降らせるシェンリーに陛下がポツリと問う。馬の好みに掠りもしなかったのが地味に効いているのだろうか……
そんな何の動物か分からない相手に張り合っても仕方ないでしょうに。あと、陛下には盲目的に陛下の事しか見えないヤツがいるでしょうし……
『……あの方は私の理想そのものです。黒い鬣に精悍な顔立ち。魔気の強く宿るアメジストの瞳……昔から竜は魔気の強い獣に弱いのです。そしてこちらの心がまるで読めているかの様にスマートな会話力……まさに理想中の理想』
「それまた出来た獣だな、いや魔獣か? ……ん?」
何だろう、その特色……何か何処かで……
「はうあっ!!」
『そのお方こそ魔ぐぉっ――』
珍しく察してしまった俺はシェンリーの言葉を止めるべく口に手を突っ込んだ。正確には口を塞ぐだけのつもりだったのだが馬の口を塞ぐ事があまり無いので目標見誤ってズボッと行ってしまった。馬の口を塞ぐ事なんか今後も無いだろ。
「じ、ジェド、レディにそんな事してはいけないよ。まぐお?」
ほっ、良かった……陛下には聞こえていなかったようだ。
どう考えてもその恋の相手、魔王じゃねえか……!




