陛下と2人旅は雨の洞窟から(中編)
「ペガサスって……喋るんでしたっけ……?」
「さぁ……前に見た魔獣のナイトメアは喋っていたけど」
ナイトメア……もうだいぶ前になるが、帝国の城下町が夢に囚われた時に助けてくれた悪夢を操る魔族の馬である。助けてくれたんだか地獄のような悪夢を見せて苦しめたのかはアレだけど……
『ナイトメアもお仲間ですね。そう……私が登場馬として活躍するあの恋愛ゲームの――』
「ちょっと待て」
『話の途中ですが何でしょう?』
毎度お馴染みの聞き捨てならないワードを聞いたような気がして、おれは耳をほじった。聞き間違いかもしれない。
「……恋愛ゲームって言おうとしていましたかね」
『ええ。このペガサスこそ前世でプレイしたゲームの登場馬なので』
「……馬、だよな?」
『だから、登場馬ってさっきから言っておりますが……』
何だか俺の理解が足りないような言い方をされている。いつもそうだ……異世界関係の奴らは、こちらが分かっている体で話を進めていこうとする。確かに俺はありとあらゆる悪役令嬢や異世界転移、転生者と出会ってきたのだが、その異世界側の創造力が広すぎてこちらの想像力では追いつけない。そんなような話をエースのような異世界出身者にすると「やっぱファンタジー世界とあちらでは常識が違いますもんね。昨今では現代知識でファンタジー世界を無双する小説なんかも多くありましたし……」と頬に手を当てていた。いくらなんでも馬を恋愛対象にするような恋愛ゲームについては説明が欲しいだろ。
「話に割って入って失礼、我々は確かに異世界人にはだいぶ慣れてきたのだが、まだまだ理解の追いついていない部分が多々あるので、少々説明を頂いても良いかな。魔族でもない馬が喋る、という話はあまり聞いたことがないもので……」
陛下がにこやかに諌めると、ペガサスはポッと頬を赤らめてモジモジし始めた。
『ジェド・クランバル様は異世界のゲームに詳しいと仰っておりましたので慣れているかと思いましたが……確かに、言われてみれば馬が主体の恋愛ゲームとか、そんなマイナージャンルは説明無しでは不十分でしたね。いいでしょう、ご説明します』
と、喋る方のペガサスはすとんと座り、腰を落ち着けて話し始めた。喋らない方のペガサスは毛を繕いつつウトウトとして寝始めた。そっちは普通の馬なのだろうか……
『私は前世では異世界で生活をする普通の会社員でした。ゲーム会社に勤めておりまして、その時に作っていたゲームこそ、この【馬女子~キュートな馬たちとの恋愛育成生活~】なのです』
「なるほど……? それは、馬がこう、擬人化というか可愛い女子になるとかそういうゲームなのか?」
『いえ? 普通に馬です』
「普通に馬なんだね……」
魔王みたいに獅子が人型に変身したり、獣王アンバーのような半獣の者達もいるのでそういうやつかと思ったら馬だけらしい。ええと……?
「それは、馬を育てるゲーム……ってことかな?」
『ですから、恋愛育成ゲームだと』
「……馬と人間って訳ではないんだよね?」
『はい。馬と馬です』
「恋愛ゲームっていうか、それ、ただの普通に馬を育てるゲームでは……?」
俺達の真っ当な突っ込みに、ペガサスはため息を吐き語りだした。
『……そうなんです。それというのも、その当時馬を題材にしたアイドルゲームというか競争ゲームというかが流行りまして。それの人気にあやかろうと、同じように馬のゲームを出した訳なのですが……制作途中で馬を美少女化させたものはあまりにも似かより過ぎていて駄目なのではないかと気付いたのです。かといってイケメン化しているものも既に出てしまっていて……結果、普通の馬だけが残りました』
ああ……なんかそういうのあるよね。被りや下手したら盗作と言われかねない要素を避けた結果、本末転倒してしまうものって。というか馬から離れれば良かったのでは……?
「それで……そのゲームが大ゴケしたという訳なのか」
『いえ、これが予想外にウケまして。ペガサスや神馬、バイコーンなどの伝説や神話系のありとあらゆる馬を調べまくって、その馬たちを恋愛させて繁殖させ競い合うのですが、半端じゃない冒険システムとやりこみ度、ありのままの馬の気持ちを考えて恋愛させる恋愛テクニックの難しさが大手ゲーム配信者に馬鹿ウケして馬鹿売れしてしまったのです。馬だけに』
「なるほど……予想の斜め上を行き過ぎた結果、売れたという良い例になったんだね」
『はい。そして……私はそのゲームの記念イベント前日に、光に包まれて気がつくとそのゲームの世界の登場馬になっていました』
「それまた急展開だな……」
『はい。私もビックリしました……でも、この世界に飛ばされたのも何かの導きかと思って気持ちを切り替えて働いております。丁度馬車馬のように働きすぎて休みが欲しいなと思っておりましたので。この生活を続けてもうだいぶ経ちますが、今は結構気に入っています。聖国も静かでいい所だし、有翼人はイケメンが多いし、世界樹の葉っぱも美味しいですし』
エースも同じように曖昧に異世界から飛ばされたと言っていた気がする……異世界人は何か、休暇感覚でこちらに飛ばされてくるのだろうか……まぁ、本人が今幸せならばそれで良いとは思うが。
「なるほど、君の事は分かった。それで、喋れるペガサスは君だけなのかい? ……えっと」
『私はシャルロット。あちらの馬はサラといいます。が、彼女はゲームの登場馬ではないので喋る事は出来ません。そんな馬はゲームには出てこなかったので……かのゲーム【馬女子~キュートな馬たちとの恋愛育成生活~】に出てくるメイン牝馬達には必ず伝説の紋章の入った蹄鉄を着けています。この通り』
と、シャルロットが見せた足の裏の蹄鉄には不思議な模様が刻まれていた。
『伝説の馬は強い力を有するとされています。その種類は多くそれぞれガチャで引けますが、能力もスペックも様々……私は今の所目立った力も無く、あるとすれば異世界から引き継いだこの知識だけでしょう』
ガチャゲー……運と金がものを言わせるという異世界のくじ引きシステムだ。
異世界の知識となると微妙な所ではあるが、このゲームの知識を有しているならばプレイヤーとしても馬としても有利ではあるのかもしれない……うーん、どうなんだろう。
でも、ナイトメアだって悪夢を操るってくらいだしなぁ……馬を競争させるシステム上だとどっちもどっちな気がする。
『能力については謎なものも多く、だからこそ繁殖させた時のレア度や奇跡が分からないというか……実際の勝負についても何が功を奏するか分かりませんからね。そう、例えば竜の……あっ』
何か忘れ物を思い出したかのように、シャルロットはポンと蹄を叩いた。
『そうでした、そうでした。話が逸れに逸れてしまっていたので忘れていました。そうそう、この雨……馬ですよ』
「え? 雨を降らせる馬がいるのか……? というか、最初は竜の話だったよな」
『ええ。ですから、竜の馬なのです』
「竜の……馬……??? なに??」
『それは……東の国に伝わる神竜の子孫と言われる竜の話です。かつて、竜の至宝を壊してしまった罪で死罪にされそうな竜がおりました。断罪されるところを神に助けられ、代わりに死者の国ウルティアビアへ行く者達の足になる事を約束させられました。そうして神に馬の姿に変えられ、人々の役に立つようになったと……』
「……役に立っているのか? これ」
外はざんざん降り。とてもじゃないが旅人の役に立つどころか足を止めているようにしか見えない……間違い……いや、馬違いじゃなかろうか。
『いえ、その伝説には続きがありまして。やがて、人々を乗せて長い年月を過ごしてきた竜ですが、その使命を忘れ馬と化してしまいました。ですが、些細な裏切りをきっかけにその身に宿る竜の力が暴走し、止まない雨を降らせるようになったとか……悲しみにくれた竜を慰めようと一頭の馬が彼女の元へと辿り着いた訳です。それが――』
「そのゲームの攻略だという訳なのか」
『察しが良いですね。そういう事です。竜馬はガチャでは絶対に手に入らないイベントレア馬で、このウルティアビア近辺の森に雨が降る時にしか出会うことが出来ない上に攻略するのもかなりの難関なレアキャラです。ですが、竜の力を有するだけあってその能力は私の比ではありません』
「……馬のすごい能力が欲しいかどうかは置いておいて、今はそのゲーム云々に関わらずどうにかしないと先に進めないのだろうね……」
「ですね……」
何で馬のゲームに巻き込まれてしまったのかも、その馬が悪女……いや、悪馬なのかもよく分からないが、聞いてしまったからにはこの雨の中を探さないといけないんだろうな……トホホ。




