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執務室にオペラは居ない……そもそも最初から居ないけど

 


「はーなるほどね」


 漆黒の騎士団長ジェド・クランバルは聖国の女王オペラ・ヴァルキュリアの執務室に居た。

 俺達は陛下からオペラの力になって欲しいと頼まれて、聖国を取り巻く状況を解決する為に奮闘していたのだ。俺は何の役にも立ってなかったけど……


「あ、陛下……いや、ルー子」


 陽気に開けられた執務室の扉。オペラもどきを追いかけていった陛下ことルー子は意外と早く戻ってきた。

 てっきり偽オペラをボッコボコにしてつれて帰ってくるものだと思っていたのだが……手ぶらどころか1人だし、しかも何故かちょっと機嫌がいい。


「あの……まさか……」


 まさか、一思いに始末してきたのではなかろうかという、不安になりそうな程の上機嫌。

 いや……断罪や処刑が嫌いな陛下だ。いくらオペラが絡んでいるとはいえ、そんな事をする訳なかろう……多分……


「いや、大丈夫だ。私が変装している事はバレていなかったみたいだ」


「? それは良かったですね」


「ああ。その……心配ごとも杞憂だったというかオペラとも関係が無かったようだし、よかったよ」


「杞憂だったのですか……てか、心配事って」


「え?! あ、いや……その、確信があった訳では無いので」


 陛下のひた隠しにするこの様子……何だかよく分からない。よく分からないが、俺達は何かを一つ察して目を合わせた。他の奴らも同じように困っている。


(これは……)


 ガトーを見つめるとこくりと頷いた。


(陛下……オペラ様が偽者だったって事、気付いてなかったんスねぇ……)


 まさか過ぎて俺もガトーも絶句した。いや、だって、陛下だよ……? 

 俺達やロストだけじゃなく聖国人の家臣達でさえ偽者だって気付いていたのに……?


(そういえばアイツさぁ、前に大量のオペラを発生させた時も喜んでなかったっけ)


 思い出すロストのあきれた顔。それはつまり……


(陛下は、オペラだったら誰でもいいってコト……?)


(そういう言い方をすると、何か最低な感じになっちゃうじゃないッスか)


(誰これ構わず偽者でも良いってのは最低以外の何者でも無いんだけど。……そんなに好きなのねぇ)


(まぁ、俺が言えた事じゃないが、陛下は今まで恋愛はおろか私欲にすら無頓着だったからなぁ)


 つまり……どういうことかというと、陛下はオペラが好きすぎるあまり本物か偽者かすらも判断つかないくらい盲目になっているのだ。

 そんな事ってある? と思うじゃん?

 しかも帝国最強にして何でも出来てイケメンの陛下が。

 だが、気持ちは分からんでもない。

 例えば俺は最近サーモンという魚にハマっている。異世界から持ち込まれた外来種で、たまたまサーモンの稚魚を放流中に稚魚ごと転生してきた異世界人がいて、そこから奇跡的に増えたのだとか何とか。(※異世界の一部地域にはサーモンの稚魚を育てて川に放流する地域があるらしい)

 そのサーモンなのだが、近年人気が出て至る所で料理が作られるようになった。焼いてよし、煮てもよし、何と生でも食べる事が出来るらしい。

 俺はサーモン料理を見つけるとついつい買ってしまう。多少の調理法が不味くても全然構わない。何故なら好きだからだ。

 ……サーモンと一緒にするのはどうかと思うが、ロストが魔法でオペラを増やした時も好意的な事を言っていたらしいから間違いないだろう。もし仮に今ロストが同様の魔法を使えば全部のオペラを捕まえてメイドとしてそばに置き、その上で本物のオペラを后に迎えるだろう。サーモンで言うとサーモン尽くしフルコース。サーモン三昧。

 そこまで想像して俺達は震えた。怖い……怖すぎる。


「……え? 何でそんな目で私を見るんだ?」


「……アタシが言えた事じゃないけど束縛も大概にしとかないとアンタその内嫌われるわよ。まぁ、アンタが嫌われようとアタシは一向に構わないけど」


「は?? 今の私の何処に束縛要素があった???」


 得てして、自覚の無い人ほどタチが悪い。

 俺の同僚の騎士が言っていたのだが、変質者を公言している者よりも後ろめたい気持ちをひた隠しにしてビクビク怯えている者よりも、一番怖いのは本人が気付いていない心の深層部にある変態性なのだとかなんとか。その心の中にある迷宮の壁の見えない扉をこじ開けた時、その人の真の姿が見えるのだという……

 その話を聞いたときは何言ってんだコイツくらいにしか思っていなかったのだが、今なら何となく分かる気がする。そういう事なのか……


 出来るだけ陛下の深層部にあるやべえ心を暴かぬように俺がしっかりしなくては……と心に決めて陛下の肩を叩いた。


「いや、だから何……」


「あれー? へ、陛下??! その格好何ですか?!」


 お茶を持って執務室へと戻ってきたアッシュが、陛下の女装姿を見つけるなりぎょっとしてお茶を溢しかけた。


「なっ、いや、わ、私はルーカスでは無く親戚のルー子……」


「いや、どう見ても陛下でしょう……まー、俺は帝国に暫く居ましたから陛下の顔をよく知っているのでアレですけど。つーか、あんまり聖国ウロウロして他の聖国人に見つかったらマジでヤバイですよ」


 アッシュは辺りを見回して他の聖国人が居ない事を確認し扉を閉めた。陛下、聖国人に敵対視されてるからなぁ……


「……君は私を売ったりしないのかい?」


「え? まぁ……オペラ様を取られるのはめっちゃ嫌だけど、その、俺は陛下の事、ちょっとは知っているから。国を治める人としては……尊敬してますし……」


 照れてそっぽを向くアッシュに、陛下はじーんと涙目になった。


「ジェド……同じ騎士でもこんなに私を慕ってくれる者が居るんだな」


「いや、俺も慕ってますけど」


「……そうなの……? 所で、オペラは中々戻ってこないね」


「あ……」


 俺達はギクリと顔を見合わせた。そういえば陛下、偽オペラだと気付かずに取り逃がしたんだよなぁ……

 でも、アレが偽者だったって伝えていいものなのだろうか……ショック受けないかなぁ。


「え? だから、オペラ様でしたら出かけたんですってば」


「え?」


 俺達がどう説明したものかと言いあぐねている隙に訳知らぬアッシュが普通に陛下に伝えてしまった。


「オペラは、出かけたのか……?」


「ええ、そうさっきから言ってるじゃないですか。っつっても、ゲートを使う程遠い訳じゃないですしまお……ふごっ」


 アッシュが要らん事を言いそうな雰囲気を感じたので俺は高速でその口を塞いだ。おい、ばっか野郎、男と一緒とか言ったら、今の陛下なら怒り狂いヘラりかねんぞ。

 ……いや、アークだったら別に怒らないか……? いやぁ、でもなぁ……


「ゲートを使う程遠くないって事は大陸内か? そんなに急用ならば何か手伝える事があるかもしれないし、私が行こうか」


「ふご? きゅうひょう……? え、てかその格好、流石にバレるのでは……?」


「え? バレなかったけど」


「え???」


 陛下との会話が噛み合わず、アッシュは助けを求めるように俺を見た。……何と説明したら良いものか……ああ、偽者が噛んでるからややこしい。


「……いいじゃない、迎えに行ってきたら? 場所はそう遠くないし、今行けば間に合うでしょ」


 困惑していた雰囲気を破るように執務室の椅子に乱雑に腰掛けるロスト。机に残っていた書類を抓んでつまらなそうに見た。


「どうせ、抱えていた聖国の問題も結構解消されてるみたいだし、アタシがそっちのと一緒に留守番しといてやるからこっちは任せて行って来れば」


「え?! 俺ッスか?!」


 何気に巻き込まれたガトーは有無を言う暇もなくアッシュに書類を手渡されていた。


「皇室で陛下の仕事を手伝うよりは簡単なので、よろしくお願いします」


「えー……」


 陛下からオペラの仕事を手伝ってくれと言われて来ている以上、ガトーも断れないのかしぶしぶ書類仕事に向かった。俺達騎士は脳を使うのがストレスなんだがなぁ……


「済まない、気遣い感謝する。その、お義兄s――」


「――気が変わってアンタの邪魔しようとしないうちにとっとと行けっつーの」


 何の心境の変化か、前回の西側に行った時といい……やけに強力的で不自然なロストに見送られ、俺達は執務室を後にしオペラを追いかけた。



 ★★★



「あのー、いいんスか? 本当に……というか、何で俺まで」


 ぶつぶつと文句を言いながらも仕事をするガトーを横目に、興味なさげに書類を見るロスト。その様子を見てガトーは首を捻った。


「ロストさんって、オペラ様のこと大好きだったんスよね? 何で陛下を送り出したんスか? しかも――」


 ガトーは言葉を詰まらせて一呼吸置いた後に続ける。


「オペラ様って、魔王様に連れ出されてんスよね? それって……何か結構雰囲気ヤバくないッスか?」


 魔王と聞いてロストもピタリと止まる。


「だって、別にアタシが出て行く必要無いじゃない。あの子が絡んでるなら尚更」


 相変わらずガトーの方には向かずに紙面を見つめていたが、余程要らない案件だったのか、くしゃくしゃとゴミに丸めて捨てた。


「――ま、アタシもあの子が居たから決着をつけられたんだし。今度は、あの子の番でしょ……」


「あの子って……」


 それ以上、ガトーの問いかけにロストが答える事は無かった。


 やっぱりロストの事は良くわからないと、ガトーは首を傾げるばかりだった。

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