再び戻った聖国の執務室……そこに座るオペラは(後編)
やけに上機嫌な……そう、なんというか、俺に一切向けた事はないんじゃ無いかという慈悲深い目。ああ……オペラって普通にしていたらこんなに綺麗なんだなぁ。
いつもは虫を殺虫魔法で殺す前のメイドと同じ顔でしか見てくれないからな……
陽射しの入る執務室、キラキラと陽の光を受けて暖かく俺達を出迎えてくれたのは聖国の女王オペラ・ヴァルキュリアだった。
「あら? どうしたの、お座りなさい」
と、茶と茶菓子まで用意してくれる。着座なんて許してくれた記憶は無い。いつも俺が勝手に座るから。
「ええと、お、お兄様? も、お疲れでしょう? ゆっくり休んで話を聞かせてくださいまし」
「おに……っ」
ロストも顔が引き攣っていた。俺とガトーは無言で座り、茶を啜りながら目で会話をした。
(……団長、何があったと思います……?)
(何があったも何も……どう考えても、なぁ……)
最早突っ込む気にもならなくなったのか、口を開きかけたロストも無言で向かいの椅子に座り茶菓子をポリポリと食べ始めた。ああ……そう言えばそのクッキー、俺達が何度ねだっても自分の楽しみにしていたオヤツだからと出してくれなかったんだよなぁ。限定品だとか何とか。
「あら、あなたは?」
俺達の後ろから控えめに着いてきた目深なフード。そこから覗く太陽の色の髪と瞳は成人男子の女装とは思えぬほど見事に女性で……流石何でも出来る男は女装だって見事に決めるのだ。さす帝。
……じゃなく、幼い頃から陛下の事を穴が開くほど見ているストーカー女子。オペラの目を誤魔化せるなんてそんな……
「ええと、その髪色……」
「……わ、私は、帝国の皇族の1人で、その、親戚に当たる、ルー……ルー子です!」
焦って考えたからか、採用されてしまった俺のネーミング案。いや陛下、そんな見え見えの嘘、バレて下さいって言ってるようなものだろう。
そんな嘘が通用する訳、って思うじゃん?
暫し腕を組んで首を傾げたオペラは、黙って成り行きを見守る俺達の視線に気付いたのかハッと我に返り頷いた。
「そ、そうでしたの! ルーカス様の親戚でしたのね。通りでよく似ている訳ですわ」
「……通用しちゃうんスね――あてっ」
思わず口を付いて出てしまった呟きを遮るように、ロストが持っていたクッキーをガトーの額に投げつけた。※尚、クッキーは俺がキャッチして美味しく頂きました。食べ物を粗末にするなし。
(なぁ……コレって絶対アレだよなぁ……)
(いやぁ、どう考えてもアレ以外にないっスよね……てか何で普通に仕事してんスかね)
アセアセと後退るオペラは、心なしか出入り口に向かっている様だった。俺達の疑念が漏れてしまったのだろうか……
(つーか、何処に行ったのよ)
部屋中に充満する疑念。目で会話する俺達。どうしたものかと思案し静まる部屋の中で最初に口を開いたのは陛下ことルー子だった。
「あ、あの!! オペラっ――」
「わっ、わたくし、お茶のお代わりを持って来ますわ!!!」
堰を切るような陛下の言葉と共に部屋から退出しようとするオペラ。いや、確実に逃げるなコレ。
だが、同時に立ち上がった俺達に制するよう手を出し
「私に……1人で行かせてくれないか!」
と陛下は1人で部屋を出てオペラを追いかけて走り出してしまった。
「???」
陛下の流れがちょっと理解できなかったものの、陛下が追いかけてくれるならば安心だと、俺達は浮いた腰を再びソファに戻した。
「ま、陛下1人で十分捕まえられますもんね」
「騎士より先に飛び出していく皇帝ってのもどうかとは思うが……まぁ、完全なるクリソツとは言え、あの見た目のヤツを他の男に捕まえさせるのは気が引けたのかな?」
「にしても、騙すならもう少し忠実にして欲しいっスよね。オペラ様があんな笑顔を俺達に向ける訳無いっつーの」
そう……もう何かバレバレ過ぎて悲しくなるくらい偽物だった。まぁ、俺達は数日前に本物に会ってるからなぁ……
俺達3人を送り出したオペラの目は、それはもうツンデレからデレを3倍引いたようなツン中のツン。氷。それがオペラである……
「ったく、つーか何だってあんな変なのがオペラの振りしてここに居るのよ」
ロストは偽オペラには興味が無いのか追いかける素振りすらせずにソファで寛いでいた。歩き疲れて痛いのかブーツも脱いでいてやる気が無い。
「いや、ちょっとは心配しろよ。もしかしたらまた誰かに連れ去られたのかもしれんぞ?」
「またなの? つか、誰が何の為に連れ去るのよ」
「まぁ、前回も無意味に連れ去られていたが」
「それはそうだけど……」
などと会話をしている最中、バタンと扉を開いたのは見覚えのある聖国人だった。元皇室騎士団員、今は聖国に帰ってオペラの下で働くアッシュ君である。羽も立派に生え揃ってまぁ……
「あーー!!!! 逃しちゃったのかよ!!!」
「ん? 逃したって……ここに居たオペラ?」
俺が執務机を指すとアッシュはぶんぶんと首を振った。
「あんなんがオペラ様な訳ないでしょう! 偽者! 偽者! オペラ様はもっと氷点下のように冷たく刺さる目! 一緒にしないで頂きたいね!!」
フンフン憤るアッシュは執務机に書類の束をバンと置いた。冷たい目は解釈一致なんだね。
「……というか、偽者って分かっているのか?」
「え? ああ。何か急にオペラ様の代わりに現れて仕事し始めたんだけど、こう……『外国と仲良くする平和な聖国なんて聖国じゃありませんわ……何とか人を減らして元の正義の名の下に魔族やあらゆる悪意に鉄槌を下し平和な世界を目指す聖国に戻さなくちゃ……』ってブツブツ言いながら要らん取り引きの申し出をスパスパ切ってくれてるから。助かるーって思って仕事して貰っていた所なんだ。ほら……オペラ様ああ見えて優しいから、断りきれないというか」
「なるほど……手の内まで呟いてくれるなんて親切だな」
「言うて、ルーカス陛下がここに来る以前のオペラ様は同じ事言ってましたけどね」
アッシュ曰く、偽オペラの仕事っぷりは今の流入過多の聖国には非常に助かっているらしい。通行規制、国内各所の突然の改装工事による景観汚し。その甲斐あって迷惑なカップル客はじわじわと減っているのだとか。
聞けば大半の聖国人が突然の観光客増加に辟易としていて、静かな元の聖国が恋しいらしい。
「でも、だとしたら本物のオペラ様は何処に行ったんスか? また拐われちゃったとか?」
「え? ああ、いや、オペラ様なら――」
と、アッシュは懐から聖石を取り出した。
★★★
早足でパタパタと回廊を駆ける、聖国の女王オペラ・ヴァルキュリア……っぽい人。
(何でや……何であんなに早く来てん……ちゅうか、何でここにおんねん)
本来の姿と違う聖国。その間違った歴史を辿る悪しき女王を正しい在り方へと導かなくてはいけない。
帝国ではアッサリばれてしまったから、キャラクターが違うのかと慎重に探るも、意外な事に疑う様子の無く受け入れていた聖国人達。こうも上手く行くのは何故かと首を傾げたが、明らかに聖国の為にならぬ仕事っぷりを否定しない辺り、本当にバレていないのだろうと安心しきっていた。
所が、間の悪い事に唐突に現れた帝国の騎士やオペラの兄。
それに、その内1人の騎士はどう見ても森で会った男なのだ。
何がどうなって、こんなに早く……それもあのスライムの壁を越えて来たのかは分からない。
もしかしたらあのスライムのゲームシステムを知っているあちらの人間が――と頭を過るが、こんな広い世界で、仮に同じような人間が居たとしてもこんなに不利になるタイミングで偶然居合わせる訳は無いと首を振った。スライムの障害を作ってからまだ1日と経っていないのだ。
(それよりも……皇族の親戚って何やねん……ああーっ!!)
彼を混乱させる事は沢山あった。その1つが謎の女性ルーコ。
そんな名前は聞いた事がない……皇帝の悪夢に出て来た幻の兄や女皇帝ものもあったが、いずれもこの世界には存在しない。
(確かに皇帝ルーカスによう似とる……皇族な事は確かや。あの髪色は絶対に被らないよう、そういう設定だったから。そやかて、ルーコなんて聞いた事ないわ……ルーカスだからルー子なんてアホみたいなネーミングつける訳あらへんし、とすると……誰なん――)
「オペラ!」
「ヒッ!!!」
後ろから声をかけて来たのは、件の謎の人物……ルーコだった。
「ルーコ、様?」
「えっ……」
オペラにそう呼ばれたルーコは一瞬動きが止まり眉を寄せた。
「バレたから逃げた訳……ではないのか?」
「えっ?!」
その言葉に動揺する偽オペラ。それはこちらのセリフなのだ。
「い、え? いや、バレ、たから追いかけて来たのでは?」
「えっ」
「えっ?」
暫し見合った後
「「バレ……てない……?」」
「「え?!」」
完全にハモってしまい、くるりと背を向けながら思案する。まさかバレていないなんて思いも依らず、それならばそれで好都合なのだ。
「あのっ、オペラ様!」
先に口を開いたのはルー子だった。
「な、何かしら」
「その……オペラ様の周りでおかしな事は起きておりませんか? 例えばその……アー――ま、魔王とか?」
「えっ?!」
(なん、バレ……)
動揺に思わず口を押さえるが、バレている訳は無いのだと言葉を飲み込んだ。確かに本物のオペラは魔王に連れて行かれたが、偽者だとバレいないオペラは連れて行かれていないのだから。
「ま、魔王がどうかなさいまして? わたくし、全然見ておりませんけれども」
と、1つの動揺も見せずに笑うオペラから出たのは、魔王の名前を出しても彼に対して何も思っていない、本当に2人には何も無いのだと感じられる笑顔だった。
実際に何があるなんて信じて居なかったものの、心のどこかでアークがオペラの事を好いていて、それにオペラが心を動かされていたらどうしよう……と懐疑的になっていないと言えば嘘になる。
はーっと心の落ち着きを取り戻したルー子だったが、急に息を吐いてへたりとしゃがみ込むその様子に驚いた偽オペラは様子を伺うように顔をちらりと覗いた。
「あの……?」
「いや、私の、思い過ごしだったみたいで……そうか、良かった」
「????」
話が見えずに不安になる偽オペラだったが、顔を上げたルー子の笑顔が眩し過ぎて、まるで恋人を想うようなその瞳、美しすぎる笑顔で見つめられ思わず固まってしまった。
「オペ――はっ!」
恋人に向けるような視線を送ってしまったルーカスであったが、赤くなり固まるオペラの様子を見て思い出したのだ。自分の立場を……そう、今はオペラの恋人ルーカスではなく、その親戚のルー子だった事を。
「あ、えっと……ほほほほ、あの、わ、私、そ、そう、困ったことがあったら、相談してくださいね、そ、それじゃ」
と、オペラから逃げるようにその場を離れた。
後に残されたのは偽オペラ1人のみ。
その手に乗る水晶のように透明な板。それを指で操作すると体から光が溶け出すようにオペラの姿が剥がれ落ちる。
それは、この世界に来た時に彼が持っていた能力だった。
いや……この世界に来る前から。そもそも、彼はそういう役割を担う人物なのだ。
自社のゲームをモニターし、バグを探すデバッガー。少人数でゲームを作る彼の会社で、彼が制作の傍らで何度も行っていた事だった。
その世界のキャラクターになりプレイする……それこそが彼の能力であり、彼がここで探し人にたどり着く唯一の手がかりだったから。
……そして、彼は思い出した。
恋愛シュミレーションゲームをテストプレイしていた時には感情移入出来なかったあの時を……
「ルーコさん……」
彼は、走り去った太陽の色の長い髪の面影を、いつまでもずっと見つめていた。




