閑話・モブの三つ子と不詳のオネエ★
ジェド達がいかついダークエルフを説得(?)している頃、崖から落ちたロストとガトーは崖下から少し外れた場所に居た。
「はぁーーー……死ぬかと思ったーー……」
ロストが生えたての羽でふらふらと飛び、やっと安全そうな場所に着地したそこは崖真下の川から少し上流に行った先、七色に光が降り注ぐ湖の畔だった。
真下に下りようとしたのだが、そのまま落ちては追手に見つかりかねない。ダークエルフ達の目的が分からない上に、あのそれぞれが手にしていた見覚えのある黒い石。
裏でナーガに関係する誰かが暗躍している可能性もある以上、迂闊に関わるのは悪手である。ジェドが真っ先に落ちて離れ離れになってしまった今の状況では尚更だ。
「ぜえ……ぜえ……」
ガトーから少し離れた先ではロストが仰向けになって倒れていた。それまでのクールな様子は何処へやら……と思う事こそガトーには申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
生えたばかりの少しばかりの羽で自分も一緒に連れて逃げてくれたのだ。見捨てて1人で飛べばまだ楽だったのかもしれないのに、ロストが手を離す事はなかった。
それまでの彼の行動を思うと、執着するほど溺愛してるであろう妹ならばともかく他人の……それもモブのような自分を何で見捨てなかったのだろうかと、ガトーはそれが疑問でならなかった。
「あのー、大丈夫ッスか?」
心底疲れた様子のロストに恐る恐る声をかけるも、返ってきたのは不機嫌そうな声だけだった。
「……大丈夫そうに見える? ぜえ……ちょっと放っておいて頂戴……」
「あ……ハイ」
やはり話しかけづらい雰囲気のロストにガトーは何も言えず目を逸らすしかなかった。
辺りを伺えばあんないかつくて攻撃的なダークエルフが住んでいるとは思えないほどの綺麗な湖。昔話ならばユニコーンかはたまたバイコーンが出てきてもおかしくない美しい景色だった。
ここならば確かに新婚旅行者の憩いの地として薦められなくもない。……ただし、あんなオーガじみた戦闘民族が居なければ、の話だ。
透き通った湖をガトーが覗き込むと浅い底の方に花が揺れていた。これは、と見覚えのある花を見て安心し、収納魔法から野営道具を取り出す。
拭いたコップを湖に浸して掬い取り、その水をロストの前に置いた。
「……いや、それ今アンタ湖から汲んだわよね……」
「え? ああ、ここの湖の水は飲めるヤツっすよ。湖の底に浄化の水草が沢山生えていたから。あれがある場所の水は飲めるほど綺麗なんスよ。うちの地元にもありますし、それで工房とか賄ってッス」
ガトーが慌てて身振り手振り説明する。ロストは疑いながらも、ガトーが先に飲んでいるのを見て自身も水に口をつけた。
「……本当に飲めるみたいね」
「でしょ? しかもこれ結構いい水ッスよ」
甘みのある軟らかめの水は心地よい冷たさで、疲れたロストの喉にすっと入り込んだ。その姿を見て安心したガトーだったが、やはり話しかける為の話題が探せずチラチラと見ては目を逸らした。
「……何か言いたい事があるなら言いなさいよ。気色悪いわね」
「う……いや、あの……」
気を使うガトーのペースを崩すロストの物言いに、うっと言葉を詰まらせながらもガトーは恐る恐る聞いてみた。
「いや……あのー、何で俺の事見捨てず助けたのかなーって」
「は?」
「あ、いや、その、別にこの間まで敵対していたとかそういう、疑っている訳ではないんだけど……その、ほら、何というか……俺って別にその、さしてロストさんにとって重要そうでもないし……ハハ」
言いたい事を取り繕おうと思えば思うほど、墓穴を掘っているような気がした。ガトーは上手く言えない自分の言葉の中に、何か思う所があるようで……
そんな何かを含んだ様子にロストは面倒臭そうにため息を吐いた。
「……アンタが何を気にしてるのか全然分からないけど、そもそも、アタシはナーガの側に居た時だって助けたくも無いアホでも助けに行ったけど?」
「あ……そ、そういえばそうだっけ……」
まだブレイドが敵対していた頃、帝国に拘束されていたそのブレイドを助けに来たのはロストだった。頑なに服を着なかった捕虜の姿は騎士達の記憶に深く刻まれ、更にその時にロストが嫌がらせのようにかけていった魔法は軽く皆のトラウマになった。
嫌な記憶だらけといえばそうなのだが、言われてみれば確かにちゃんと助けに来ていたのは事実である。ロストとブレイドが特段仲が良かった訳でもなく、命令だったのかとも思っていだが、ロストの話っぷりはそうでもない。
「敵対していた時は、そうね。悪い奴だったと言えばそうなのかもしれないけれど、人それぞれ理由があんのよ。あのナーガだってね」
「それは……」
どういう意味なのか、ガトーには分からなかった。けれど、ロストの言いたい事は分かる。
そして、ロストもガトーの言いたい事を分かった上でそう話をしているのだ。
「確かに、アンタの事なんて多分3日会わなかったら忘れそうよね。初対面でも全然印象に残らないし、ここまで話していてもよく分からないし……あのブレイドとかジェドみたいに出会って早々醜態をさらす様な奴ならともかく」
そこまで言って、バカ2人を思い出したロストは嫌そうに笑った。
「ま、あいつらが同じ状況なら助けなかったけど」
「いや、さっき助けるって……」
「あいつらはあれくらいで死なないほど頑丈な事を知ってるからね。でも、アンタの事はよく分かんないでしょ」
「それは……まぁ」
「アンタだって、アタシの事分からないからわざわざ助けに落ちて来たんでしょ?」
そこまで聞いて、ガトーは分かった。いや、分からない事が分かった。
ガトーはイマイチこのロストという人物の事を理解していないのだが、それはロストも同じなのだ。
そして、ロストにとってのガトーは他の良く分からない他人と一緒であり、三つ子の1人でモブ騎士のガトーだから分からないという訳では無い。
「……あー……えっと……あの、とりあえず……」
ガトーは頬をポリポリと掻きながら頭を下げた。
「なんか……失礼な事言ってすんません。そんで、助けてくれて、ありがとうございます!」
ガトーの突然の謝罪に驚いたロストは、水を飲みながらもそっぽを向いて答えた。
「だから、別にいいっつってんでしょ。いつまでもグチグチ気にしてるような男はモテないわよ」
「た……たはー……」
騎士団員は基本モテない。三つ子も例によって3人が3人して彼女が居ないのだ。自分達では女の子にも割と優しいし空気も読むし気を使うと思っているのに何故モテないのか分からなかったのだが、男子とも女子とも取れぬようなオネエっ気のあるロストにそう痛い所を付かれると本当にそういう所がいけないのだろうと肝に銘じざるを得ないガトーであった。
「……ん?」
水を飲む手を止めたロストは、そっぽを向いた先、湖の中に何かを発見した。
それは――気配を感じなかったのだが、ボーっとこちらを凝視する浅黒い肌の尖った耳……ダークエルフであった。
「ぶはっ!!!!」
ロストは勢いよく飲んでいた水を吐き出した。口の中に入った水を慌ててペッペッと吐くと、ガトーの顔面に向かってコップを投げつけた。
「あだっ!!」
「いやアンタ、なんてもの飲ませてんのよ!!!」
「ええー?! す、すみません、ってか人が居るとか知らなかったものでー!!!」
「大丈夫です、自分は入っているけど、ここの湖の水は飲めます」
「飲めるから良いとかそういう問題じゃないでしょうが!!!」
オエーっと水を吐き出しながらぜえぜえとロストは肩で息を付いた。
「つか……誰なんスか?」
その後ろで剣を構えながらガトーは警戒した。何せ、その者はどう見ても自分達を崖から落としたダークエルフの仲間なのだから。
「剣をお収めください! 自分は丸腰です!」
と言いながらダークエルフの男は湖からザパーンと上がる。確かに彼は丸腰だった。何せ素っ裸で何も持っていないのだから。幸いな事にダークエルフは男だった。
「ギャアアアア!!! 分かったから服を着なさいよ服を!!!」
丸腰のダークエルフに向かってロストが再びコップを投げつけると、クリーンヒットしたダークエルフはぶくぶくと沈んで行った。
「……ロストさんて」
「あ? 何よ」
「いえ……」
ダークエルフの男が入っていた湖の水を飲んだから不機嫌なのか、丸腰すぎるダークエルフを見たから不機嫌なのかは分からなかったが……
てっきり男寄りの方だと思っていたのに……と、その反応から益々ロストの良く分からない所が増えて頭を悩ますガトーであった。




