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閑話・慰霊の日は戦場の月にあり……

 


 何処かの世界では死者が帰ってくる日、というのが存在する。

 それはジェド達が暮らこの世界でも同じで、こじつけか昔話か逸話か、その由来は様々だが……



「もうすぐ慰霊の日か……」


 メイドがルーカスの執務室に飾り付けた花形の行灯飾り。もう何度目かと思い返せば、それを最初に行った年の頃よりは少しだけ心の痛みが薄らいでいた。


「月日は早いものですね、こうも慌しいと尚更。死者を呼び偲ぶこの様な風習は私の居た世界にもありましたが、忙しさにかまけて気がついたらその日が来ているなんて、何だか申し訳ない気持ちになりますね」


 何処か懐かしそうな寂しげな表情を浮かべ笑う宰相のエース。だが、ルーカスの返答はいつもよりも静かで


「……死者側だって、いつまでも覚えていて執着されるよりも早く忘れてもらった方がいいと思っているさ。こういう催事が君の世界でどう思われているのかは分からないけど、魂を無くし、この世界の何処にも居ない存在を偲ぶなんて、どちらかというと我々の心を慰めるようなものだからね」


「陛下……」


 普段ニコニコとしているルーカスも、この日ばかりはナーバスになる。それでも騎士団長で友人のジェドが居れば気も紛れるというものなのだが、最近のジェドはルーカスの元を離れている事が多い。



 帝国のうだる暑さの夏、戦場の月と呼ばれるその夏の最中に『慰霊の日』がある。

 何故この暑い時期が戦場の月と呼ばれるか……それは今から10数年前、帝国の皇帝ルーカスが終結させた数々の戦、その最後となる魔王との闘いが丁度この時期に当たるからだ。

 先代魔王ベリルが怒りに任せて作り出した焦土も、ジリジリと焦ぐ日差しに焼かれたような暑い時期と重なり。

 不幸にも水不足の枯れるような酷暑は精霊達が人に力を貸すのを諦めたからとも囁かれた。


 悲しみに暮れる周辺の国々や魔の国を立て直すのに暫くは死者を顧みる余裕もなく、やっと軌道に乗る頃に思い出したように発案されたのがこの日である。

 遠い地では、死者の魂が年に1度だけ戻って来ると信じられており、乗り物に見立てた作り物を川に浮かべて流すという。

 この世界では魂は輪廻に乗って生を転がし、違う何者かになって再び生を受ける事も知られている。稀に前の生の記憶を忘れずに持ち続ける者が現れるからだ。

 そして、魂の中に存在する核が砕かれればその輪に乗ることは出来ずにこの世界から消滅する。

 魂が何処かから来るなんて事は無いのだ。中には地に縛り付けられ思い止まる存在も居たりするが、幽霊は幽霊として見る事も出来るし、この世界では無い何処かに行く、なんて話は当然信じられてはいなかった。

 それでも、この世界から消えてしまった存在は、想い続ける人の心からは無くならない。或いは無くしたくない……

 慰められているのは残された方である。

 親を永遠に失った子か、はたまた永遠に葬り去ってしまった方か……いつまでも心に残るしこりは優しく揺られる行灯の火に少しだけ癒された。


「陛下、どちらへ?」


「……ちょっと魔王領に行ってくる」


「……お気をつけて」


 不意に立ち上がり執務室を後にするルーカス。聖国へ行った騎士団長を心配するでもなく、やはり気に止めているのは魔王領の方向ばかりだった。

 見送るエースを振り返りもせず静かに執務室を後にする主人の姿に、エースは少しでも自分に出来ることをと仕事を引き継ぐ。

 殆ど終えられ、綺麗に整えられた書類。誰よりも書類仕事が早く丁寧で、曲がりなりにも異世界で長年庶務と向き合ってきた自分より出来るのはいかがなものかと皇帝のチートっぷりには呆れた。

 いや、チートなんて最初から持っている訳ではなく、こうして仕事が早いのも真面目なのもルーカスの努力の賜物なのだ。

 だから、出来る男である彼がたまに見せる弱い所が、エースはたまらなく愛おしかった。


「前世では、出来ない割に大きい口だけ叩きつけるような上司ばかりで慣れていたので、もっと横暴で居てくれても良いのだけどなぁ……」


 ルーカスの難点は何処までも優しすぎる所である。

 自身の欲望や幸せよりも、国民を優先してしまう節があり……先日もそれでウジウジと悩んでいた。

 遠慮はしないと宣言したばかりではあるが、人はそう簡単には変われない。

 よもや他人の為に身を引いてしまうのではとも、時折心配になったりする。ルーカスの分身であるシャドウがそうだから、ルーカスも同じようにしてしまうのではないかと……


「……いや、流石にそれは心配し過ぎか」


 つい考え込んでしまい、過った不安を払うように手を振った。

 どうも騎士団長不在の帝国は静か過ぎて、気を抜けば悪い考えに引き込まれそうになる。

 どうしてか、ジェドが居ると『そんな事ある?』と毎回驚かされては、宇宙は広いから考えても馬鹿らしい、と思うようになるのだ。

 居たら居たで仕事がどんどん増えていくが、やはり彼が居ないとダメなのかもしれない……と、思うばかりだった。



 ★★★



 ルーカスが久々に足を踏み入れた魔王領は、もう()()時の面影が殆ど無い位に明るく爽やかな風が吹いていた。

 思い出すのも未だ辛い、10数年前の魔の国。その時の景色が鮮明にダブって思わず目を伏せる。


 迷わず歩く先は、魔王の城ではなく……城から少し外れた静かな森の中だった。

 場所としては魔王領温泉に程近く、今は静かとは言えない程に賑やかな声が聞こえてくる。

 ここは、先代魔王とルーカスが相見えた最初で最後の場所でもあり、ベリルとその妻が眠る場所。

 何も無いこの場所にわざわざ入る観光客は居ない。魔族達もここへ来る事は殆ど無かった。

 ただ、今の魔王が領内に咲く紫色の花を供えに来るだけなのだ。

 それはいつも慰霊の日と定めた時だった。だが、少し早いはずなのに、増えていた真新しい花。

 手に取ればまだ摘んだばかりの瑞々しいそれに疑問を感じていると、カサリと後ろから人の現れる気配がした。


「アーク……?」


 だが、振り返った先に居たのは涼しげな浴衣姿のベルだった。頭にはまものんのお面、手には何処か見覚えのある菓子や食べ物が沢山あり、感傷に浸っていたルーカスはその楽しげな様相に面をくらいズルりとよろけてしまった。


「いや……何その格好、やけに楽しそうだね」


「ええ、楽しませる為に行っておりますので。こちらは『エンニチ』というもので、勇者タカハシの居た世界では夏はこの様な格好で飲めや歌えの大騒ぎ。果ては『ワダイコ』に合わせて皆が輪になって踊るそうですよ」


「わ……ワダイコ?」


「異世界の打楽器のようですが、1番似ていたのがオークの腹の鳴りだったので軽快に棒で叩く練習をしております」


 言われてみれば、確かに遠くの喧騒がやけにリズミカルでズンドコズンドコ鳴っているなとは思っていた。このリズムがオークの腹を棒で打ちつけているのだとすると不憫でならないが、心配そうなルーカスの眉間の皺に察したのか――


「いえ、そう心配せずとも案外楽しそうで嬉しそうでしたよ」


 とベルに言われれば、それはそれで違う意味で心配だった。

 ベルの持っているそれらの物は、何処かで見覚えがあると思い返してみれば子供になってしまう村で小さくなったオペラが欲しそうにじっと見つめていた物と似ていた。


「タカハシが言うには、あちらでは死者が眠る墓を前にして宴会を開いたり運動会を行ったりするらしく、死者を送るにもこうして賑やかに踊ったりするらしいです」


「……変な者が多いとは思っていたけど、本当に摩訶不思議だね……異世界人は」


「摩訶不思議なのはこちらも同じ事。あちらから見れば不思議な事ばかりでしょう。ですが、私は眷属の物達が悲しみに暮れるよりは、楽しい方が絶対にいいと思っております。少し変な位が丁度いいだろうと……それくらいでないと、先代だって笑いませんから」


「……ああ、少しも笑いそうになかったからね」


「一握りの幸せを感じていた時にさえ笑顔を見せなかった御方です」


 クスリ、と笑うベルはアークが幼い頃や、そのもっと前から魔王の事を知っているようだった。一体幾つなのだろうかと疑問に思ったが、それは聞いてはいけないような気がして伏せる事にした。

 ルーカスが魔族達の大切な者を討って終わらせた戦から幾年。魔族との信頼関係は絶対で、ルーカス自身もその信頼を裏切らないように努力をしてきた。

 それでも罪悪感は消える事が無く、拭おうとする少しの不安もこうして魔王領のほのぼのとした雰囲気を定期的に確認に来なければ拭い去る事は出来なかった。

 とくにこの時期は心が少し弱くなってしまうから、不安を抱いても仕方がないのだ。


「君達の元気そうな姿を見ていつも安心するよ。先日アークが私の花嫁候補として現れた時は流石にギョッとしたけどね……」


「……それはまた面妖な。私もちょっと別件でここの所バタバタとしておりましたので知りませんでしたが、まぁ、何か理由があったのでしょう」


「まぁね。アークが本気で私の所に嫁入りしたいとか、そんな薄い本みたいな……」


 呆れた笑みを浮かべかけたルーカスは、ピタリと言葉を止めた。

 あの日、ルーカスに別れも告げずに帰って行ったアーク。騎士達は確かに()()()()()()()()()()()()と言っていた。

 思い出せば、確かにルーカスもアークの姿は認めたが、あの日皇城でベルを見てはいない。


「ベル……アークは何処へ……?」


「え? 魔王様でしたら、客人と出かけられましたが……ファーゼストに」


「アークが……ファーゼストに?」


 不意にルーカスの横を吹き抜ける風が異様に冷たく感じた。他人の心を読めるアークは決して隠し事や嘘を言うような者ではない。あの時だって……


(あの時……?)


 そう言えばと、ルーカスは思い出してしまった。

 舞踏会で対峙したルーカスに、アークは何を言ったか?


 話を最後まで聞いたか?


 隠し事をしていたかなんてよくも言ったものだ。



「……ありがとう、ベル。良き慰霊の日を」


「あ、ルーカス陛下」


 振り返る事もなく、ルーカスは魔王領の出口、そしてゲート都市の方面へと駆け出していた。


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