変わり果てた聖国……ルーカスを呼べぬ訳(後編)
「あ、オペラちゃーん、めっちゃ遅かったねー」
オペラが自身の執務室に戻ると、オペラの帰りを今と知っていたかのように待ち構えていたナスカが椅子にだらんと座っていた。いや、伸びていた。
遊び人のナスカ――遊び人の聖地であるシュパースという島の持ち主であり、遊び人界のカリスマである。
そして、オペラが魔王領に行ってからずっと大変な事態に巻き込まれたのも、元を質せばこの男のせいなのだ。
と言っても、ナスカはオペラにデートスポットの下見を促しただけである。なんならオペラが指輪の事でモヤっている事を解決して貰おうと、良かれと思って協力したのだ。
ナスカ自身が騒動に何か関与した訳では全くない。その上オペラ不在の聖国を受け持ち、オペラに休暇を作ろうと善意で行っていたはずなのだ……ただ、ナスカは何とは言いがたい何かが見える男である。
「あれぇ? これまたすっごいイメチェンしちゃって、グレーなオペラちゃんも中々良いね」
と、楽しそうにニヤニヤと笑いを堪えている姿を見れば、一体何処までが見えて、何処までオペラの不幸を楽しんでいるのか……
そこについても怒りたかったのだが、今はそれよりも聖国の現状である。
「あ~な~た~ね~えーーーーー」
今にも飛びかかりそうなオペラの首根っこを捕まえて止めたのはロストだった。ロストが思っていたよりもオペラは喧嘩っ早く、怒りに任せて直ぐに殴りかかりに行くような女であった。
はぁ……とロストはため息を吐いて、冷静さを欠いているオペラの変わりにナスカに問いかけた。
「ねぇ、一体どうなってんのよ。この国」
「あれ? オペラちゃんのお兄ちゃんじゃん……いや、オネエさん? 仲直り出来たんだね、良かった良かった」
ロストがナスカを見たのは以前、魔法学園でノエルの身体をナーガが乗っ取って対峙した時である。最初から心の内を見抜くような目が、どこかナーガと似ていてムカついたのをよく覚えていた。
だが、今は片目を負傷しているせいか、心の奥まで手が届いていないような……以前よりは不快感は薄れていた。
「……それはどーも。アンタがこの国を色々改造して時間を作ってくれていたおかげ様でね。誤魔化さないでとっとと端的に説明しないと、この獰猛な妹がアンタが泣くまで殴り続けるけど?」
ナスカの目の前に差し出されたオペラは、もう恥も外聞も関係無いのか、言葉通り猛獣と化していた。よく見れば、ロストの腕にも痛々しい噛み痕がついている。オペラに視線を戻せば女王の威厳は何処へ行ったのかガチガチと噛みつかんばかりに暴れていて、流石のナスカもちょっと怖くなってしまった。
「ハイハイ、説明するって、落ち着いてね、可愛い顔が台無しだよ? そんな顔を見たらルー……」
――ルーカスも幻滅するよ? と言いかけたが、×マスを過ごそうとした恋人との時間を奪われたオペラにそれを言うのは火に油かと流石に口を止めた。そのルーカスとの関係も何やかんやでちゃんと解決している事もナスカは知っていたし、恋人との時間を奪ったのもナスカでは決してないのだが……
「ええとね、聖国ってさぁ、世界樹の茶葉と神への信仰関係だけで主要産業ってほぼ無い訳じゃん?」
はたりと、真面目なトーンで話すナスカの言葉に、オペラもふと真顔に戻る。
「まぁ……そう、ですわね。でも、それが何の関係が……」
「オペラちゃーん、甘い、甘いよぉ。それは、以前の聖国だからこそ成り立っていた訳でしょ? 今や聖国は他国と交流をかなり重ねていて、魔王領やシュパースにも何人もの聖国人が来ている。当然、そうなれば他の国で取り入れられている技術や娯楽も沢山聖国人の目に入ってくるし、それを求める国人も増えていく訳だ。更に、聖国人の出生率も……ひっそりと増えているよね?」
「な……何でそこまで……」
言われてみれば確かにそうなのだ。以前は成人になりたての若者や、子供ばかりの聖国だったのだが、その成人達も結婚し、子供が生まれていく。
そして、ナスカの言うとおり他国に行き嫁を連れ帰るもの、聖国に移住するものと少しずつ人口が増えていて……
そして一番困っていたのはその民達に手厚く保障を行いたいものの、忙しい割に中々これといって聖国で売り出していく事業が無い事。確かにそれは悩みの種となっていた。
ルーカスに相談したい気持ちはあったのだが、ルーカスも自国の事で忙しい。自分の国の事を解決出来ないでどうするとオペラも悩みに悩んだが、いかんせん以前の聖国とは違う方向性過ぎて現状の聖国をどうにか回す事で手いっぱい……新しい事などとてもじゃないが手を着けるに至れなかった。
せめて、現状の回らない仕事を起動に乗せてから着手しようと、長い目で見ていたオペラに切り込んでくるナスカの話。何故この一見ちゃらんぽらんな遊び人がそんなマトモな話を持ち出してくるのか……オペラには全く分からなかった。
「いや、そんな怖い顔しなくても大丈夫だよー。何も聖国を乗っ取ろうとかそんなアレじゃないからさ。俺がそんな事考えると思う?」
「……島を丸々買い占めたような男でしょう貴方は」
「まぁ、それは確かにそうなんだけどさぁ。でも、聖国も魔王領もほら、悩みは結構一緒というか」
「魔王領と……?」
魔王の言葉が出てオペラは一瞬ドキリとしたが、それよりも魔王が領内に何の悩みを持っているというのか。
「アークくんはさ、領内をもっと他国の人が来て楽しんで貰えるようにって俺を頼ったワケ。まぁ、そうだよね、人が楽しむ事を、ワクワクする事を一番理解しているのは俺達遊び人なワケだから。売り出す側がまずは買う方の気持ちを理解しないとって試みは良いと思うねー。流石アークくんは話の分かる魔王だよ」
「……回りくどい説明はその位にして頂戴。それで、一体何が言いたいの?」
「せっかちだなー。そういう所も好きだよ? まぁ、それで、魔王領もちょっと考えれば勿体無いなーと思うところは沢山あるワケで、そこをちょっと助言しただけなんだけど。……全然働きたくなかったんだけどね……」
働きたくないでござるという気持ちが心底顔に表れているナスカ。しかし、悲しいかな遊ぶ気力がある者は自然と面白い事に首を突っ込んでしまう。島を買って発展させるまでに至った位だ、一度楽しくなると止められないのだ……
「で、聖国も常々勿体無いなーと思っていて、それで悩んでいるものと合致してるワケじゃん? 俺、そういうのよく見えちゃうんだよねー」
「勿体無い……とは」
「オペラちゃん、魔王領に新しく作られたデートスポットってあるでしょ? あんな風にいい雰囲気の場所が作られて、恋人達が盛り上がった先に、何があると思う……?」
「え……?」
オペラが本気で考え始めた後ろで、ロストがナスカを睨んだ。ナスカはふるふると手を振って否定する。
「あー、いや、健全なやつで」
「健全な……?」
余計な事を考えようとしたオペラにロストが拳骨を落とし、考えさせるのを止めた。
「……とっとと結論から言いなさいよ」
「あー、ハイ! これ、これ」
ナスカが執務室の机の上から取り差し出したのは天使達が祝福し、誓い合うカップルの絵姿だった。
★★★
「結婚の……聖地?」
「はぁ……そうよ」
頭を押さえて話すオペラ。頭痛が凄いのだろう、顔を青くして事のあらましを説明してくれた。
漆黒の騎士団長ジェド・クランバルと三つ子の騎士の1人ガトーは空中回廊の執務室に居た。
様子のおかしすぎるというか、テンションが全体的に高すぎる聖国の異変の原因を探ろうと、俺を呼びつけたオペラの元に向かったのだが……
その間にも通り抜ける聖国の各所では多種多様な種族が色んな所で愛を誓い合っていた。
気のせいか聖国人にもチラチラ他国の恋人を連れている者が見える……
「これは……中々目に痛い光景だな……」
「そうなのよ……わたくしも、いい加減こう、恋人達ばかり寝てもさめても見せられると……辛いというか……」
遊び人の王とも言われるナスカが考えただけあって、聖国を誓いの地として売り出そうとした試みは大当たりであった。……大当たりすぎた。
2人の愛を誓う地として聖国に訪れる恋人達の大群……しかも種族毎に誓い方が微妙に違っていたりする。
例えば貴族同士であれば誓約書を交わしたり、古くは持参金等を積んだりと合ったらしいが……人魚の国ではでかい真珠貝を探してその大きさで愛を計るのだとか何とか。
ドワーフは何か見事な鋳造物を手渡しているけど、相手のエルフは微妙な顔をしているし……あちらの強面の獣人は何かめっちゃ胸を叩いている。急に踊り始める奴とかも居るし、こう……誓いの基準がイマイチ定まっていないように見えた。
「……景色の良い、神聖な聖国を誓いの聖地にするという発想は……まぁ、百歩譲って良いとしても……見ての通りカオスすぎるのよ」
「まぁ、急ごしらえで人を集めようとするとそうなるわな」
前にも、竜の国や魔法都市で突然何かが流行りだした時……その流れくる人の群れに対応するには時間がかかっていた。
「火種を撒いた張本人は、撒くだけ撒いておいていつの間にか居なくなっているし……あの男、今度会ったら覚えておいでなさい……」
お怒りのオペラは握っていたペンを捻り潰さんばかりに力を込めていた。ナスカおまえ……本当に見つかるなよ。
「でも、そういう話だったら余計に何で俺なんだよ……素直に陛下を呼べば良かったのでは」
まぁ、いずれにせよ陛下はオペラ以外の聖国人にはめっちゃ嫌われているのでこの国に入れないのだが……だが、事業的な話で俺が何かの役に立つとは思えない。
しかし、オペラは顔を真っ赤にして怒った。
「ばっ、バカなの?! ルーカス様にこんな相談をして、わたくしが暗にプロポーズを待っているような感じになっちゃって気まずいじゃないの!!!」
ああ……なるほど。確かに、この状況を見れば気まずい事この上ない。
まぁ、こんなに流行っているならいずれは帝国にも噂が届くんじゃないかなと思うのだけど……でもその代わりに俺って、人選ミスでは?
……というか、ナスカの事だから、本気で聖国の為に働いていた訳じゃなくて、こういう気まずい状況を作って笑っているのかもしれない。逃げたタイミングといい間違いなくそうだろうな……オペラも散々である。
「まー、でもとりあえず何とかしなくちゃいけないのは確かッスねー」
「そうね……とにかく、この大量の人たちを何とか分散させられないかって事なのだけれど……」
「あー、それなら簡単ッスよ。というか、半分そこも込みで提案したんじゃないッスかね、ナスカさん」
話を聞いてガトーがいとも簡単に答えを出してくる……え? 君、何でそんなに出来る感じなの……?
「俺の領地って領内で色んな産業を行っているんで、人の流れが出来るように産業を分担させてんスよね。ナスカさんも言ってたんスよね? 魔王領で雰囲気が良くなった恋人達が次に行く地って。だから、結婚を誓い合った恋人達が次に行く場所をちゃんと整備すればいいんスよ。魔法都市で魔法旅行ってのが流行っているみたいッスから、新婚旅行先とか……?」
「新婚旅行先……ね。それは確かに良いかもしれないわね。熱く盛り上がっている時期にそう言った提案すれば人の流れは出来るわ……」
魔法都市でも旅行代理店は事業として成立している。この地が永遠の愛を誓い合う聖地だからこそ、直ぐに飛べるハネムーン先は確かに良いかもしれない。
「ここから直ぐに飛ぶならば2人分くらいのミニゲートの提携や飛竜便、魔術具で何とかなるかもしれないわね……でも、問題は何処を設定するかという事なのだけど……」
うーんと考え込むオペラ。その肩をポンと叩いたのはロストだった。
「アンタはココに残って不在にしていた分の仕事をしていなさい。アタシがこいつらと探してきてあげるわよ」
「え……?」
……え? サラッと数に入れられた。いや……確かに助けを求められて来たのではあるのだけど……
予定も無いのに新婚旅行先を探しに……?




