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変わり果てた聖国……ルーカスを呼べぬ訳(前編)

 


「おめでとうございますーっ!!!」


 エレベーターゲートの扉が開く。そこから出てくる2人に降り注ぐ白い花……


「……団長、何スかねコレ」


「まぁ、シンシアの言っていた()()ってやつだろうなぁ」


 ゲートの扉が開いて笑顔で俺達を祝福していた物達も、俺ら2人の顔を見て固まる。


「あ……え、えーと……ま、まぁ……そういう人たちもいらっしゃいますしね……」


「んな訳あるかい! いや、そういう人もああいう人も居るだろうけど……」


 花を浴びせられた俺達の後ろからは違う客が次々と幸せな笑顔を浮かべゲートを降りていく。

 そのどれもがカップル……カップル……カップル……


 聖国人達が祝福し出迎える入国者は、誰も彼もがそう……幸せそうなカップルだったのだ。


「……一体、何でこんな事になっているんだ? 聖国……」


 世界樹のエレベーターゲートを抜けた先、頂上である聖国は……何故かちょっと見ないうちにカップルの聖地と化していた。



 ――――――――――――――――――――――――



 聖国に何が起きたか……その異変に気付いたのはオペラが舞踏会を終えて帰路についた時の事……


 散々な目に遭った東国、そして更に散々な目に遭った舞踏会。

 オペラの心情はもうボロボロだった……

 そんなオペラに付き添いながら聖国へと一緒に向かうロストの心境も複雑で、一度国を燃やし尽くしたロストにとって、憎しみを持たずにここに戻る事に心中穏やかにとはいかなかった。

 それでも、聖国に帰るオペラが「……貴方、来ないの?」と言ったから……気まずくとも何だろうとも暫く一緒に居ると言った手前、今更何処かへ逃げる訳にもいかなかった。

 オペラもロストも羽が未だ再生されない状態での聖国への帰国ではあったが、ルーカスからの護衛の申し出も断って2人でゲート都市を越えてファーゼスト大陸へと向かう。

 帝国にしても聖国にしても、平和の浸透したこの世の中では余程の事が無い限り不穏な事も起きるはずもない。

 馬車に揺られる時間、オペラはじっと黙って考えていた。

 ロストも同じように考えていたが、ロストにしてみれば答えは出ているようなもの。頭の中をぐるぐると忙しなく回しているオペラとの無言の旅時間は、今まで一緒に居る事さえ叶わなかった2人の仲を埋めるようにゆっくりと流れていった。


「……はぁ……アレコレ悩んで居ても仕方ないわ。今はわたくしの事よりも幾月も不在にしていた聖国のこと……」


 オペラが聖国を出たのは×マスの前。もうあれからかなりの時間が経っていた。

 聖国の運営を一時ナスカに任せたまま魔王領に出かけたオペラだったが、まさかこんなにも長い時間不在にするとは思っていなかった。

 ロストをつれて帰ってどうするより何より、まずは今の聖国がどうなっているかを確かめる事が先決ある。

 帝国でルーカスに聞いた時には国の様子は殆ど分からなかった。オペラが東国に拐われた事は皇城の家臣達によって秘匿にされていたらしいのだが、オペラ不在の聖国の様子を気にしていた家臣達からも、特に滅びたとか異変があったという話は無かった。

 それが余計に不安である……まだ、大変な事になっているという話が漏れ伝わって来た方が現実的だ。

 何も状況が分からないというのが一番不安を煽るもの……

 もしかしたら、ナスカはここまで不在にする事を全て予知し見込んで仕事を請け負ったのかもしれない。


『大丈夫大丈夫、俺がオペラちゃんの長期休みまでちゃーんと確保してあげるから、オペラちゃんはのんびり下見に行って来て』


 と笑っていたナスカがこの状況までを見越した『長期休み』と言ったのであれば恐ろしいことこの上無い。


「ま、変な大人の居なくなったあんたの聖国なんだから、変な事にはなってないでしょ」


「え……」


 不安そうなオペラに、外を見ていたロストがため息を吐きながら呟いた。


「その、あんただけで聖国をやりくりしていた訳じゃないんでしょ。側近の奴らだって、子供までアンタの事慕って聖国を良くしていこうと働いていたり、アンタに近づく変な奴を排除しようとしていたんだから……もう少し信用したら?」


「……」


 暫くオペラを静観していたロストは、聖国人がいつしからかオペラの言う事をただ聞くだけでは無く、オペラの為に自ら考え働く事を望むようになったと感じていた。

 長い聖国の歴史や外と遮断された環境ではあり得なかった事だが、これも聖国やオペラが外の国と深く関わり始めて変わっていったものだ。

 最早、ロストが憎み壊そうとした聖国は跡形も無く消えていた。だからこそ、こうして聖国でオペラと共に過ごしてみようという気持ちになったのだが。


「……貴方に聖国民の何がわかりまして。信用なんて、最初からしているに決まってるでしょう。それでも心配をするのが女王なのだから」


「そう……」


 ふん、と強がってそっぽを向くオペラは、確かに一国の女王だった。幼いながらに半壊したあの国を建て直し、1人で頑張ってきたのだ。今更になって、何故あんなにも憎んでいたのか、何故あの母と同じだと思ってしまったのか……心を闇に縛り付ける黒い羽が無くなったロストは後悔が少しずつ芽生えて来たが、当のオペラが許したのだ。そう、許したのだと深く考えるのをやめて外の景色に目を移した。



 ゲート都市を抜け懐かしい世界樹の香りが風に乗って吹いてくるファーゼスト。

 オペラにしてもロストにしても暫くこの地を離れていたからか、懐かしくて涙が出そうになった。ロストはどうしてそんな感傷になったのかは分からなかったが、羽に怪我を負った体を世界樹が温めてくれるかのように心地よく、羽が無くなったせいかどこか倦怠感で重かった体が軽く楽になるのを感じたからかもしれない。

 ほわわーっと周りを抜ける優しい風に癒された所為か、兄妹揃って顔が緩んでいた。


「……ん?」


 その中でふと、オペラが道行く人の異変に気がついた。

 世界樹周りにはエルフの狩国やドワーフの匠国などがあり、ファーゼストに足を踏み入れた者達はその殆どが世界樹を目指す。

 その旅人達……そう、客層が何かこう、オペラやロストと同じような男女2人組が多い。


「……何か、旅行客の客層が変わったわね」


 以前の聖国への客層といえば世界樹や神を信仰する者、匠国へ買出しに出かける技術者かメイド目当ての観光客、そしてエルフの国に素材や工芸品を買い付けに行く商人達だ。

 それ以外にも観光客は居るにはいた。

 だが、おかしいと感じる程にはそう、恋人同士の行き交う客が多かった。


「何か……気まずいわね」


「……」


 2人に羽が無い以上、世界樹の上に行くにはエレベーターゲートを登るしかなかった。だが、満員のエレベーターゲート内に居るのはカップル……カップル、カップル……

 それも、熟年夫婦や初々しい者達などではなく、どこかこうラブラブの最長期、一緒になる事を決断した直後のような……

 オペラの目の前でいちゃつく沢山のカップル達。自分はルーカスといちゃいちゃする機会を2度も失われ、こんなボロボロの姿にされたのに。


「……そういう顔してると不細工に見えるから止めた方がいいわよ」


「ブサっ!?」


「アンタの考えてる事は手に取るように分かるけど、まずはこの状況……明らかにおかしいんだから国の心配したら」


「ぐぬっ!」


 ロストの指摘は確かだ。先程聖国の者達を心配すると言った矢先にこれだ。どうにもオペラは色恋が絡むと調子が狂ってしまう……

 似た者同士と言えばルーカスだって様子がおかしくなるのだ。

 ショボンとして口を尖らすオペラの女王らしからぬ姿が、ロストにしてみれば面白くて堪らずに口元に手を当てた。


 世界樹を登るエレベーターゲートの移動時間は長い。オペラもロストもいつも羽があればそのまま飛んで頂上を目指すので、こんなにも長いのかとその無情な時間にいい加減うんざりとしていた。

 ただ唯一良かった点と言えば、いつもは目指す場所を向いて飛ぶだけなので、こんなにゆっくりと高度を上げて大陸を見渡す事はなかなか無い。


「……こんなに綺麗な所にあったのね、聖国は。全然気が付かなかったわ」


 まるで初めて見るかのようにロストは呟いた。

 その気持ちはオペラにも分かる。綺麗な物を綺麗だと認める事が出来ない程に心が闇に堕ちていた時が、オペラにもあったから。

 世界樹からの景色をロストがそう思ってくれて、今の聖国を愛してくれるならば嬉しい。ロストを傷つけた聖国をそう思ってくれるには、オペラはもっと努力せねばならないのだ。


「ここからの景色……素敵ねー」

「いや、君の方が綺麗さ……」

「やだぁ……うふふ」


 などと考えているオペラの耳に入ってくるのは、カップル達ののろけである。

 ここからの景色の方がどう考えても綺麗だろうがゴラァ、比較するなし! と怒りのあまり拳を握り締める力が強くなるが、ロストが呆れた目を向けているので口はしを引きつらせて平常心を装うように笑顔を浮かべた。


 ――おかしい、何かがおかしい。

 オペラが少しの違和感に不安を感じながら思案する。頂上に近づくにつれその不安は大きくなっていくが、異変への心当たりが無いのだ……何せヒントが少なすぎるから。

 オペラが不在にする前の聖国……


「――っ!!!」


 と、オペラの脳裏に1人の顔が思い浮かんだ。

 異変の起こりようだったらあるじゃないか。そう……オペラが最後に聖国を後にした時に見送った男……

 あの胡散臭くて信頼出来るはずもない笑顔を何故信用してしまったのか。


「オペラ……?」


 何かを思い出し急に様子が変わるオペラ。その口が叫ぼうとする前にエレベーターゲートが開き、扉の向こうには聖国が広がった。


「わー! おめでとうございますー! ようこそ、祝福の地、聖国へ!!」


 可愛らしい羽の子供達が白い服と花冠で花びらを撒き散らしながら出迎える。

 観光客で溢れかえる世界樹の頂上にはカップルばかり……その誰もが花束を持ち、いちゃつくもの、キスをしながら誓い合う者、2人の幸せな絵姿を画家に納めてもらおうとポーズを取ったまま動かないもの……


 世界樹に咲く花に彩られた地の回廊付近には『誓いの聖地、祝福の地聖国!』と看板が掲げられ、露天では様々な種族に向けた祝福アイテムが売られていた。


「あれ? オペラ様……と、その隣は――」


「な……なんじゃこりゃあああああああ!!!!!」


 驚き固まる聖国の子供達の中心で、オペラは雲の上の天に向かって大きな声で叫んだのであった。

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