騎士団長と誓い合った約束の……(前編)
「わー、俺世界樹って初めて見たかも」
ゲート都市のゲートを抜けた先に広がるファーゼスト大陸。
遠くに見える、天を突き抜ける程の巨大な大木である世界樹を見てガトーが嬉しそうに言う。
漆黒の騎士団長ジェド・クランバルと三つ子の騎士の1人ガトー・ショコラティエは、皇帝陛下からの勅令を受けて聖国へと向かっていた。
何の依頼なのかは全然分からないが、陛下の最愛の人である聖国の女王オペラ・ヴァルキュリアがどうしてもと俺をご指名だとか。
オペラからは正直嫌われていると思っていた。ブラックリストか、絶対に許さないノートかに名を刻まれていると公言されていたような気もするが……何でそんなに嫌われているのかは謎だけど、そのオペラがわざわざ俺に助けを求めるなんて……一体どういう用件なのだろうか。
俺に用があるなんて悪役令嬢だけかと思っていたけど……まぁ、オペラもそこそこ悪役令嬢っぽかったから守備範囲内なのだろうか。
先ほどもダンナの浮気心を懲らしめるため何とか報復をしたいと悪どい顔をした土産物屋のオバちゃんの計画話を2刻程聞く羽目になってしまったが。あれも悪役令嬢の範囲内だったのかはちょっと怪しい。
「そうなのか、意外だな」
「そうっスか? まぁ、ザッハやトルテは修行時代に他の大陸に結構出ていたみたいッスけど。特にザッハなんて密林で生活していたとかなんとか……俺はそんなに冒険はしなかったんで帝国内から出てないんスよ」
三つ子の騎士、ガトー、ザッハ、トルテは騎士になる前はそれぞれ違う場所で自身の個性を見つける為に地元を離れ旅に出ていたらしい。
アンデヴェロプト大陸の魔塔でバイトをしていたトルテ。プレリ大陸の密林でアンバーの世話をしながら生活をしていたらしいザッハ。ガトーは何をしていたのかは多くは語らなかったが、それぞれが遠く離れた地で金を貯めて……何故か満を侍して同じタイミングで騎士になる為に皇城に試験を受けに来たのだとか。その経緯で何でタイミングと受ける場所が被るんだよ……
「先日ウィルダーネスに行ったときも土地勘無くて大変だったんスよね。何も無いし……まぁ、でもここは分かりやすくて良いッスね。何せ、目的地はハッキリ見えてますからねー」
「ああ。だがまぁ、ここからハッキリ見えている事から分かるように……世界樹に着いてからが遠いからな。上に」
「あー……俺、気圧の急激な変化とかに弱いんスよねー」
そう、ハッキリ見えている目的地……聖国は世界樹の頂上にある。
以前お話したように、ファーゼスト大陸のシンボルであるとんでもなくでかい木、世界樹は三つの国で構成される。
世界樹の広大な足元に広がる森の殆どがエルフの国・狩国である。
うっそうと茂る森の道は美しく整備され、木漏れ日のトンネルが幾つも連なって続く。
この地に来る時は急を要する事が多かったので立ち寄る事は少ないのだが、世界樹までの森の街道沿いにはエルフの出店が沢山並んでいた。
そのラインナップは狩りたての野生鳥獣の食肉や狩猟用の武器、最近はこういう大自然でのライト野営が流行っているのかテントや火打石などの野営道具も並ぶ。
その他、森の木々で作られた工芸品や天然石で作られた装飾品や小物など……
「あ、珍しい木の実とか売ってますよ。団長、ちょっと寄ってもいいッスかね」
農作領地出身のガトーは食物系が気になるのか、帝国では見ない木の実や果物に目を輝かせていた。
「それにしても凄い活気だな。以前はこんなに出店も多くなかったと思うのだが……」
「まぁねえ。私達エルフやハーフリング、コボルトは本来森の奥でひっそり人目を避けて個々に生活してるような種族なのですけど……ここ最近はかなり移住者や旅行者も増えましてねぇ。多種族の妻帯者も増えているのでそれなりに働かないとやっていけないんですよ。お陰に商売には困らないので、工房仕事が得意な物はそれなりに、私達みたいに接客が苦じゃない者は人前に出て、こうやって成り立たせているって訳さ」
「なるほど……だが、世界樹といえば知る人ぞ知るって感じで、匠国へ用があるマニアック客か聖国への信仰心の厚い者くらいか……もしくは世界樹の葉を買い付ける人たちみたいな商人がメインだと思っていたのだが、何でそんなに移住者とか旅行者が増えているんだ?」
確かに以前までも旅行者が少なかった訳では無いが、言われてみれば前より更に人が増えて活気に溢れいている感じはある。
「あれ? あなた達もアレが目当てで聖国に行くんじゃないの?」
「アレ、とは……?」
話が見えなくて眉を寄せていると、出店のエルフは俺達の顔を見比べて顔を赤らめながら笑った。
「や、やだぁ!! 外からの客は大体そうだから勘違いしちゃったわぁーアハハハハ」
「いや……だから、何がそうなんだ……」
「いやー、そうよねぇ。私ったらてっきり……あ、でも、もし良かったらそういうアレじゃなくっても外から来た人に向けてるそういう仲介店もあるから」
と、エルフが申し訳なさそうに、勘違いのお詫びとチラシを一枚ガトーに渡した。
「いや……だから、どの何がアレなんだよ……」
ゲート職員にせよ、ここのエルフにせよ、何でそう多くは語らないで焦らしてくるのだろうか……
アレとかソレとか言われても全然察することが出来ない……ヒントが少なすぎる。
「団長ー、何だか分からないッスけど、ここ行ってみます? 何か手がかりがあるかもしれませんし、ここまで訳わかんないままで聖国に行くのもちょっと怖いというか……」
「確かに、一理ある」
ガトーも先々の思わしげな人々の態度に不安を感じているようだった。目的地に何があるのかも全然分からないし……
少しでもヒントがあるのならと、エルフに手渡されたチラシの場所に寄り道をしてから目的地へと行く事にした。
チラシの場所は、主要街道から少し外れた先にあった。
世界樹への通り道も賑わっているが、そちらも人がチラホラと歩いている。皆、同じ目的の店を目指しているようではあったが、その多種族多様な人々の様子はどこかこう……辺りを気にしているような、チラチラと周りの人々を伺っているような……そんな挙動不審な印象を受ける。
「……何スかね、めっちゃ客層が怪しいんスけど……」
「ああ。以前、隠れてコッソリ地下アイドルを信仰しているような集団を見たことがあったのだが……そういう偶像信仰とかでもなさそうだし……この先に一体何があるのだろうな」
「何スか地下アイドルって……あ、見えてきましたよ、あの店ッスね」
森の奥深くにポツンと隠れるようにあった店に、やはりポツポツと入っていく客人達。
見た目は清潔感溢れる普通の店のようだが……店名が書いていないので何屋なのかすらよく分からない。
「うーむ……何屋なんだ一体」
俺達はチラシをもう一度見たが、チラシにも何の店かは書いていなかった。ただ、『聖国に行きたいアナタはぜひこちらの店へ!』と地図が書かれているだけなのだ。……怪しい。
「どうします? 入ります……?」
「折角ここまで来たのだからなぁ。入らん訳にはいかんだろう……」
俺達は意を決して入ろうと店の扉を開けかけたが、丁度店から出てくる人が居たのでぶつかってしまった。
「きゃっ!」
「うわっ、す、済まない」
「いえ……こちらも注意力散漫で……」
店から出てきたのは綺麗なハイエルフの女性だった。エルフの中でも上位に位置するハイエルフを見るのは珍しいので、俺もガトーもまじまじと見つめてしまったのだが……同じようにハイエルフ側も、俺を見て指を指しながらプルプルと震えだした。
「……? えっと……何処かで?」
俺は首を傾げて思い出そうとするが全然記憶に無い。だが、そのハイエルフはガトーじゃなくて間違いなく俺を指している……まぁ、ガトーはファーゼスト大陸初めてだって言っていたし、違うだろうけど……
え? ハイエルフの知り合いなんていたっけなぁ……
「あな……あな、貴方……わ、私との約束……」
わなわなと震えだしたハイエルフの女性は、とんでもない事を口にした。
「私、貴方との約束をずっと待っていたのにーーー!!! この、嘘つき男がーーー!!!」
「え?!」
「ええ?!! だ、団長、いつの間にこんな綺麗なエルフと何してんスか?!」
ええ……??? 約束、って何???? 俺、何かしちゃいましたっけ?????




