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呪いの橋の次は通れないトンネル……で、結局何……?(中編)



 ガトーが泥の中からばっちそうに指でつまんで取ってきた汚れた看板……そこには確かに『呪いのトンネル』と書かれていた。


「えー、じゃあ帝国の西方に行くときに渡る『呪い橋子の怨念橋』と同じような呪いのトンネルって事ですかねー?」


 呪いの橋子は割と知られている名所らしく、聞いていた旅人の皆がざわざわと騒ぎ始めた。確かに、年に一度の変な祭りは変を通り越してもはや圧巻だが……何なんだその呼ばれ方は。橋の欄干で女の人がコブシを利かせて歌いそうな変なイメージが沸いてくる。


「でも、呪いのトンネルって書いてあるだけで、橋子の時みたいにやれイケメンが良いことの慰めることのって説明書きは無いッスねー」


「言われてみれば確かに……まぁ、あの説明書きも痴情の縺れで死んだ女性を知っていた者たちが死者を慰める為に作ったものだったのだから、本人の意思とはあんまり関係ない説明ではあったような気もするけど」


「それはそうかもしれないけど、今はちょっとのヒントでも欲しいッスよねー。このままじゃいつまでもトンネル通れないし……」


 何か書かれていないかと諦めきれずに泥を落とすガトー。その様子を見ていた旅商人が、思い出したように顎に手を触れ、うーんと唸りながら語り始めた。


「……呪いのトンネル……そう言えば、私も昔……こんな話をじいさんから聞いた事があるのですが……」


 深刻そうな声音……俺達は黙り込み旅商人のオッサンの話に集中した。


「あれは……まだ私が可愛い子供の頃でした。じいさんは私によく昔話を語ってくれました……その時には必ず美味しい飴を用意してくれましてねぇ……」


 オッサンは昔を懐かしむように遠い目をした。その下りいるか……? はよ喋れ。


「そんなじいさんが初めてブルブルと震えて話したのがそのトンネルの話です……何でもそのトンネルを出ると……雪国だったらしいのです」


「雪国……?」


「ええ……」


 しん、と静まり返る。


「……いや、それ、ただの国境のトンネルじゃないのか……?」


「え? でも、言われてみれば雪の降る場所と降らない場所を繋ぐような長いトンネルってあるか……? グラス大陸だって国境は橋だしなぁ」


「帝国ってあんま降らないけど、それって本当にここのトンネルの話なのか……?」


「うーん……確かにここのトンネルかどうかはわかりませんが……とにかく幼なながらにその話が恐ろしくて……トンネルを潜る度に出口が雪国だったらどうしようかといまだにビクビクしています」


「それ、ただのオッサンの思い出話じゃねぇか……」


「ええ、ですから私も最初にそう申しましたが……少しでも何かの足しになればいいなと思って」


 時間をかけて聞いたオッサンの思い出話が何の役に立つっつーんだよ何の。無駄に尺稼いじゃっただけじゃねーか。


「そういうので良いなら俺にもあるぞ! あれは俺が青春していた冒険時代……」

「え? 何? トンネルの思い出話?」

「そういやこのトンネルって何か昔から通ると嫌な感じしていたのよねー。どこのトンネルも大体嫌な感じするけど……」


 こうなってしまっては止まらない。待ち時間が暇だからか、旅人達のトンネルをお題とした話が出るわ出るわ。

 やれ何か幽霊が出た事の、それが今のパートナーとの出会いだった事の、果ては小さい頃砂場でトンネル作って遊んだなー事の……


「ウーン……ビックリする位どれもこれも関係ない話っスねー」


「こんなにヒントが何も無い事件……あるだろうか……?」


 その間にもどんどんと人は増えていくし、何だ何だと後から来た人達も一頻り同じように試しにトンネルに入っては戻って来て、その都度一から説明する羽目になる。

 仕舞いには交通警備隊の竜騎士達も帝国から駆けつけて状況を聞かれる羽目になってしまった。


「何やってんですか騎士団長ー」


「通行止めは流石に駄目でしょー」


 と呆れられたのだが、何故俺のせいになっているのか……帝国中の事件の原因が俺みたいに思われるのは心外中の心外である。


「所でこれ、反対側はどうなってんスかね」


「……確かに」


 ふとトンネルの上を見上げ呟くガトー。

 言われてみれば確かに、こちら側だけが通り抜けられないなんて事は無いだろう。


「あー、もし良かったら竜使って山越えて見に行きます? 全然お貸ししますよ」


「……お前らが行く訳では無いのか?」


「え? いやー、何か一杯誘われちゃったので」

「自分らそろそろ休憩時間ですし」


 と、飛竜を渡してきて、そのまま盛り上がっている飲み会集団と合流してしまった。お前ら……


「まぁ、結局は俺達も調べに行かなくちゃいけない身ッスからねー。これ借りて行きましょ」


 という訳で、飛竜を借りてトンネルの反対側へと行ってみると……やはりと言うべきか旅人でごった返していて同じように酒盛りが始まっていた。

 少し空いた場所に竜を停めて降り、トンネルの先頭に向かう。


「済まない、反対側から来た者なのだが……やはりこちらも同じように入ったら向こうに抜けられないような感じになっているのか……?」


「アンタら向こう側からわざわざ山を越えて来なさったのですかー」


「反対側は入ったら出られない仕様になってるのですかね? こっちは単純にアレ、揉めているから通るに通れないといいますか」


「ん……?」


 酒盛りを始めているこちらの旅人達であったが、困ったようにくいくいと指差した先に居たのは数人の男女だった。

 トンネルの入り口で揉めている男の隣には儚げな女性。トンネルの中に追い立てられるように攻められているのは金髪縦ロールに目つきの悪い女性……


「って、あれ団長お得意のアレじゃないッスかね」


「いいや待て、まだそうと決まった訳じゃないだろ」


「いや~……絶対そうでしょ、こういうシーンって。話には聞いていましたけど本当にあるんスねー」


「甘いぞガトー。初めて見たのなら尚更そうかどうか分からないし、俺のお得意なヤツは案外その断罪シーンに出くわす割合は然程多くないからな。断罪シーンかどうか分からんけど」


「然程多くないって事は1人2人じゃないって事ッスよね……いい加減認めたらどうッスか、体質のこと」


「ぐぅ……だが、こんなに沢山の旅行者に迷惑をかけているのが俺の体質のせいだとか……そういう事をあんまり考えたくないんだ……」


「……とんでもなくかっこ悪いッスね。騎士団長の発言とはあまり思いたくないッスけど、仮にこれが悪役令嬢のせいだとして、悪いのは悪役令嬢側だから大丈夫ッスよ」


「そ、そうか?」


 ガトーの言葉に俺はぱぁと顔を輝かせ、重かった足取りを軽く渦中の方へと向けた。


「オリヴィア、貴様との婚約は破棄する……そして、我が愛しい聖女ナミを貶め殺害しようとした罪により、帝国辺境へと追放する! 帝国は無駄に広くて田舎だからなぁ、その惨めな姿を見届ける為にわざわざ見送りに来てやったのだ! 感謝してもらおうか」


「うう……」


 と、涙ながらに追放される悪役令嬢さん。その追放劇を呆然と見ながら、こちらの旅人さん方も各々昼食を取ったり休憩したりと座り込んでいた。


「何かもうずっとあんな感じで、みんな入って良いんだか悪いんだかも分からず自主的に通行止めになってんですわぁ……」


 困ったように茶をすする旅人達。こちら側はあちらと違って酒盛りムードは無く神妙に見守っていた。そりゃそうだ……こんな雰囲気の中で酒を飲みながら見物とか無理だろう。空気が重過ぎる。

 あと何気に帝国は無駄に広いとか田舎だとかバカにしやがったお前ら、どこの国の奴らだよ……後で国調べて陛下に報告しとくぞこの野郎。


「いや、まさか事件が反対側で起きていたとはな……」


「全く気付かなかったっスねー、てっきりこっち側に原因があるのかと思ってたんスけど。……ところで、あの人たちが原因として……何で通り抜けられなかったんスかね? こっち側が通れないのは全然分かりますけど、あっち側が変な風になっているのは何だったんでしょう」


「言われてみれば確かに……呪いのトンネルとかも意味分からんし……」


 そうこうしている間に悪役令嬢さんが涙を浮かべてトンネルの方へと歩き出した。ニヤニヤとそれを見送る断罪男だったのだが……案の定悪役令嬢さんはすぐに戻ってきた。


「き、貴様、まだ未練を捨てきれずにノコノコと戻ってきたというのか!」


「え?! 違っ、そんなはずは!」


 と、急いでトンネルに戻って行く悪役令嬢さんだったが、やはり同じように勢いよくトンネルから戻って出てきたのである。

 まぁ、そうだよね。あっちもそういう仕様なんだから結局こっちもそうなっているよね。


「1度ならず2度3度と! 貴様、どこまで俺を愚弄すれば気が済むのだ!!!」


「うるせえ!! こっちだって何回抜けようとしても戻ってきちゃうんですってーの!!! てかテメェの浅はかな断罪劇に乗っかって、あっちの国より遥かに条件と環境のいい帝国に大人しく追放されてやろうってのについて来てまで文句言ってんじゃねえよタコが!!!!」


「な、な、な……」


 ぶち切れた悪役令嬢さんの暴言の嵐にたじろぐ不当断罪ヤツ。くぅ、悪役令嬢オリヴィアさん、君は分かっているね。そうだよ、元の国がどんな所かは全然知らんが、たぶん我等が陛下のもとに作られている帝国という国はそんじょそこらの国が逆立ちしたって叶わないいい環境だろう。何せ、陛下が何よりも国民の幸せを思って日々統治されているからな……


「あの様子じゃ、何かあんまり関係なさそうッスけど……」


「……じゃあ、結局なんなんだ……」


 やっとの思いで来た反対側にも原因が見当たらず、俺は肩を落とした……そんな俺の背中を、ちょいちょいと突く感触があった。


 振り向いた先に居たのは暗い髪色の少女だった。

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