帰還した帝国と新たな依頼(前編)
「まぁ、君がまともに帰って来た方が珍しいからね。私は君の就業形態については深く考えないようにしてるし」
「……何か、すみません」
無常にも閉まってしまったアンデヴェロプトのゲート。漆黒の騎士団長ジェド・クランバルは、魔塔に一泊させて貰い、朝帰りから更に公爵家で着替えをすませて悠々と登城した。
そんな俺に、陛下は何の問題も無い様子で少しの小言を言い渡しただけだったのだが……
実際に、俺が居ても居なくても全然問題は無さそうだから良いのか悪いのか……居ても居なくても構わない騎士団長とはこれ如何に。
「それで、シルバーは……やはり駄目だったのかい?」
「まぁ、駄目と言えば駄目でしたけど、記憶的には。ですが、俺と出会ってからの記憶が無いだけで特に魔塔の運営に問題は無さそうでしたので」
一晩過ごして分かったが、結局シルバーの記憶がちょっと無い位では魔塔での地位も魔法使いとしての腕にも何の影響も無かったのだ。むしろ俺という余分な人にかまける時間が減って、魔塔的には万々歳であった。俺の事を忘れる前も魔塔の業務に支障が無いようにと分身体を置いていたみたいなのだが、やはり本物が居ないと刺激が弱すぎるのだとか……いや、刺激って何……?
「それは分かっているよ。シルバーはああ見えて結構ちゃんといろんな事を考えているからね……こちらの業務にも支障が出ないようにとあんな感じで送りつけてくる位だし」
「え……?」
陛下が指差す先、後ろをふと見ると……そこに居たのは青い髪、変わった魔術具の眼鏡――どう見てもシアンだった。
「え?! ちょ、おま、何で……」
「えっ、えっと……」
「あージェド、その子シルバーじゃないよ」
「ん……?」
俺が問い詰めようとするも、いつもの自信満々な様子とは違いビクリと後ずさる。そんなシアンに違和感を感じた矢先、陛下が頬杖をついて深くため息をついた。
そう言われてまじまじと見るが、どう見てもシルバーが成り代わっていたシアンという魔法士なのだが……
「姿だけね。その子、シアン2号だよ。魔法で姿を変えた……」
「ええ……」
ドロン、とシアンの周りに纏わりつく魔法式が煙と共に落ちると、そこに若い魔法使いが現れた。
「魔塔主様に言われて、魔塔から派遣されております……あ、でも来週には違う人になるので」
「どういう事ですかこれ……」
「うーん、何か派遣制らしい」
聞けば、シアンはシアンで皇室魔法士として叙任されてしまったので穴を開けるわけにはいかない。そうして考え出されたのが魔塔の魔法使いの派遣らしい。それも新人魔法使いはこちらで週替わりで奉公するのだとか……
当初シルバーは誰かを変わりに魔法士として就業させようと相談したのだが、魔法使い達は断固として魔塔以外での就業を拒否したらしい。何故か? シルバーの元で働きたいからだそうだ。
騎士になりたいとかいう変人の魔法使いならばいざ知らず、優秀な魔法使いなら魔法使い最高峰のシルバーの元で魔法について研究し、魔法合戦を思う存分楽しみたいという。
いつも便利に使っていたので忘れていたのだが、アイツはあれで魔塔の主で超優秀な魔法使いなのだ……何か申し訳ない。
そうして、当番制となって定期的に魔法使いが皇城に派遣されてシアンとして働くそうだ。尚、本物のシアンの正体や中身が入れ分かっている事は魔法士団長のストーンにだけは知らされてないらしい。元々シアンがシルバーだって事も教えてなかったから、面倒なのだとか……面倒て。
「そ、そうか……シルバーが余分な事をしたばかりに君達の仕事が増えてしまって済まないな」
「……いえ、我々が変わりに派遣される事によって魔塔主様が魔塔に居てくれるのであればそれで構いませんので。ええ、余分な事を考える位でしたら魔法の未来や新たな研究に没頭して、そして我々と戦って貰いたいのですええ」
シアンの姿に戻ったシアン2号くんは何か棘のある言い方をして業務に戻っていった。
……え? 俺、もしかしてなんだけど……何か魔塔の魔法使い達に嫌われてる……?
「……誰かを独占すればそれなりに反感を買うものさ。私も身に覚えがあるし」
「ああ、聖国もそうですもんね……って、いや、その言い方だと凄く語弊があるので同じにしないで欲しいのですが」
「似たようなものだと思うけどね。……それはそれとして、君に聞いて欲しい話は別の事なのだけど」
「それはそれとしないで頂きたいのですが……ええと」
疲れたようにため息をつく陛下の様子。俺はその話に心当たりがあった。
「……もしかして、ハオから何か聞き出せたんですか……?」
「ああ、そうだよ。凄く……大変だったんだからね……」
東国の元騎士ハオは城で暴れようとした際、無謀にも帝国最強の男・皇帝陛下に挑んでアッサリ敗れた。知らないって怖い。無茶しやがって。
だが、その後地下牢に投獄されたハオは頑なに口を割らなかったらしい。東国での怪しい動き、それは絶対にハオ1人で行ったとは思えない。怪しい占い師や偽のオペラといい、不明瞭な事が多すぎた。
一体何をしてハオの口を割らせたのだろう……帝国は拷問や処刑などが一切禁止のため犯罪者の尋問は苦労するだろう。加えてハオは話せば分かるような性格の奴じゃないだろうし……アイツは生粋の悪い奴だ。性癖とか、だいぶアレだし……
陛下の疲れ具合といい、相当苦しい戦いだったんだろうな。お疲れ様です。
「そうでしたか……で、やはり他に協力者が居たのでしょうか?」
「そうだね。ハオの他にもう1人、予言のような呪術を操る者が居たらしい……それも、その人物は『異世界人』だそうだ」
「異世界人かぁ……」
俺も陛下も嫌な顔になる。異世界人絡みでは碌な事にあった試しが無い。
「アレですか? 転生? それとも転移……?」
「その辺りはハオもよく分かっていないようだ……その者は占いと言っては非業の女性の運命を言い当てる能力を持っており、実際ハオの運命の分岐を言い当てるような事もあったそうだ」
「運命……ですか。じゃあ未来視……?」
「いや、全ての人の未来を予測出来る訳では無いらしいんだ。その者自身の未来についても分かる訳ではないし、けれども『この世界に居る者たちの事はよく分かる』と言っていた。そういう事に、聞き覚えは無いか?」
「それって……」
俺は似たような人物に覚えがあった。
「……まぁ、誰か、とまでは言わないけれど。だが、かの本の作者の名前にも、ハオは聞き覚えがあると言っていた。恐らく、関係が無い訳ではないと思う……」
「じゃあ、図書室の本を――」
図書室に置いてあるワンダーの本。アレはワンダーと繋がる事が出来る。陛下はそこまで知らないだろうが……俺が図書室に向かおうとすると陛下が止めた。
「いや、図書室にはもう行った。何かヒントになるのでは無いかと禁書として収められている例の本を探したのだけど……それが、ことごとく無くなっていたんだよ」
「え……?」
図書室に禁書として揃えられているワンダーの本……ワンダーが書いた悪役令嬢も含めた沢山の物語で、何でかは本人も分かっていないがこの世界とかなりリンクしているのだ。
そして、ワンダーの書斎に繋がる不思議な本でもあるのだが……
「……ええと、ロイがまた持ち出した、とか」
「……それも問い詰めた。けれど、ロイじゃないんだ。実はあの日……舞踏会の時に図書室に入っていく女性の姿を見たのだとか」
「女性……では、その女性が本を持ち出したって事ですかね」
「恐らく。しかし、その女性が本を持ち出した訳では無い事は私が知っている」
「???」
陛下の言っている事がイマイチぴんと来ない。その女性が持ち出したのだけどその女性が持ち出してない……って、コト?! いや、何、全然分からん。
「……ああと、君にはちょっと難しい言い方をしてしまったね」
「俺の頭が良くないみたいな言い方、凄く心外なのですが……で、結局どういう事なんでしょうか」
「つまり、その女性は――オペラなんだよ」
「え?! で、でもあの日オペラは中庭で大変な事になっていて……あ!」
「そう……あの日中庭に居たオペラとは別に……恐らくもう1人偽者のオペラが居たんだよ」
「ああ……」
ハオやオペラの騒動にかまけていて本来の目的を見失っていた俺達……まさか本当に偽者が来ていたなんて……
「でも、城から怪しい者が出たなんて記録ありませんでしたよね?」
「……そこでだ、ハオから聞き出した情報がもう1つ……その占い師もどきは、姿を自在に変える能力を持つんだそうだ」
「姿を……魔法ですか?」
「……詳しくは分からないけど。とにかく、オペラに成りすまして私を騙そうとしたのも、本を盗んだのもその者で間違いは無さそうだ」
「わぁ……」
陛下にとことん喧嘩売ってるけど、その異世界人大丈夫なのだろうか……? と思って陛下を見るも、意外と怒っていなさそうだった。
「……あんまり怒ってないみたいですね」
「……こほん、まぁ、あの一件はそれで得られたものもあった訳だしまぁ……」
確かに、結果として自分の心に正直になり、決意を新たにオペラを愛することにした陛下だったので、何やかんや丸く収まっていたけどさぁ。
「それはともかく、他の騎士にも目下その占い師の行方を捜させている所だ。君にもお願いするよ」
「分かりました……ですが、ヒントが無さすぎますね」
「各地に派遣している諜報員からも怪しい動きがあれば直ぐに連絡を送るような手筈となっている。東国といい、ナーガが少しでも絡んでいるのであれば直ぐに尻尾を出すはずさ。それはそれとして……それに関連して、という訳でもないのだが君に頼みたい事があるのだけれど」
「え? 陛下が、珍しいですね」
「……本当は自分で行きたかったのだけれど……今の私だと多分門前払いだと思うのでね……」
「陛下が……?」
陛下を門前払いって……一体……




