悪役令息なんて知りません!(前編)
ああ……眠い……まだ起こさないでくれ……
「――騎士団長……騎士団長!」
「?! ……すまない、少し寝ていたらしい」
「お疲れなんじゃないですか? しっかりしてくださいよ、団長は我が帝国の女帝を守る皇室騎士団長なんですからね! 漆黒の女騎士ジェラ様」
新人騎士レイに起こされて正気を取り戻す。何だか変な夢を見ていた気がする。夢の中では私は男だったのだけど……
異国の者が言っていた。何か事件があって「最後全部が夢でした!」と終わる事を『夢オチ』というらしい。壮大な夢オチだったわね。
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そう、私は帝国の女皇帝ルーク陛下を守る皇室女騎士団長ジェラ・クランバル。公爵家令嬢、黒髪黒い目から『漆黒の女騎士』の異名を持つ。
ルーク陛下は女の身でありながらこの帝国を統治する、最善にして最強の女皇帝である。
正直我々よりもめちゃくちゃ強い、騎士団要るの? って感じ。
先日も魔王領にて魔王アースと喧嘩してきたらしい。魔王と喧嘩する女皇帝なんて聞いた事ないんだけど……?
早くいい方を見初めてご結婚していただきたい。……と思いつつ、我々も含めていい殿方との出会いは皆無なのだ。
騎士団員は皆女性で、しかも美女揃いである……が、世間は空前の草食男子ブーム。素敵な男性は皆、自分磨きに精を出す煌びやかな肉食女性達に片っ端から持って行かれる。
我々のように肉体派でありながらも心は草食な女騎士たちの入る隙なんてない、悲しい世界。守ってくれそうな素敵な男性と出会いたい……
出会いと言えば先日からおかしな出来事に遭っている。
それは、皇城の廊下を歩いていた時の事――
「漆黒の女騎士ジェラ・クランバル公女とお見受けします」
「え?」
急に声をかけて来たのは貴族と思しきイケメン男性であった。えっ、男性と話するなんて久々すぎて緊張する……屈強な騎士団員とは言え乙女なのだ。
「何か御用ですか? えと、貴殿は……」
「ああ、これはご無礼を。私はニーブ伯爵家の次男イザベルと申します。ジェラ様……」
イザベルは私の手をそっと握ると、その手の甲に口付けをした。ええ???! 何??
「私と……契約結婚していただきたいのです」
けけけこけこけ、結婚???? 契約?? え、何?? どういう事??
「そ、その、契約とは一体……第一、貴殿とは初対面だと思うのだが、一体何故私と結婚なんて……」
どこかで一目惚れされたとか?? ドキドキ……
「実は私は前世の記憶があるのです」
「……は? 前世?」
おっと、急に話の方向性が変わったぞ?
「この世界は、私が前世でプレイしていた『プリティ・フェアリー・ハーレム学院〜俺と美少女たちは必ず恋をする』というギャルゲーの世界なのです。自分は主人公のライバルとしてそのゲームに登場し、どのルートでも必ず断罪されてしまう悪役貴族そのものなのです!」
え……何言ってんのコイツ……
「このままでは私がハーレム学院の美少女達に手を出してしまい、主人公であるヒーローが助けに来ていちゃいちゃする為のかませ犬になってしまいます。そんな負け犬みたいなキャラクターは嫌なのです! 出来れば私だって主人公みたいに俺TUEEEハーレム生活を送りたいのですが、生憎と私にはそのような最強スキルは備わっておりません。ならば、最強の嫁TUEEEして、学院ハーレム主人公を見返してやりたいのです!」
「断る!!!」
「な、何故ですか???」
「何故もクソもあるかい!!! 何なんだお前は!! そんな求婚受け入れる令嬢がこの帝国にいるわけないだろ!!!」
「そこを何とか! 女騎士様はその、顔だけは美人なので愛する事も出来ます! 浮気はしないです!!」
私は右手を大きく振り被り、渾身の力を込めてビンタした。騎士団長幻の右張り手である。
何なんだアイツは。大体、浮気をするような奴に限って「浮気はしない!」と言うのだ。
はぁ……何処かにもっと素敵な男性がいるはず……
と、廊下を歩いていると階段の所で修羅場に遭遇した。
「ヒルダ! 貴方がいけないのよ! 他の男と浮気したって聞いたわ。それに、モニークから貴方は影で悪い事を沢山しているって……だから私……」
「えっ?? それって君、モニークと浮気――」
「違うわ!! 悪いのは貴方よ!! モニークは私の話を聞いてくれただけ!! 貴方とは婚約なんて出来ないわ!! 婚約破棄よ!!」
三角関係のど修羅場だった。え? 何で皇城のど真ん中で揉めてるの???
すると柱の後ろに人影が見えた。新人騎士のレイが手招きをしている。
「レイ、貴女もしかしてずっと覗いていたの……?」
「えへ、飽くなき探究心を抑えきれなくて」
新人騎士のレイは本好きのいい子だが、時折その探究心で事件を引き起こす悪い癖がある。
「あのヒルダという殿方が悪者みたいにされていますが、どう考えてもモニークとあの女が浮気しただけですよねー。何かここ最近変な男が増えて嫌になっちゃいますね。そういや、先日も前世の記憶を持つとかいう貴族の殿方が2人いて、どちらが強いスキルを持ってるか白黒つけるとか何とか言って決闘していたんですよ? 何でも強い方が公爵家のご令嬢にプロポーズするとか」
公爵家のご令嬢は私だが? え、怖いのだけど……そんな男性達、全く覚えがないのに知らない所で勝手に取り合われていた。こ……こわい。
「あ、何か決着ついたみたいですよ。普通に浮気女がヒルダ卿に捨てられて終わりましたね……あ、でも浮気女の方、何故か今度は捨てないでってすがり付いてますけど何でですかね??」
何故か浮気女は態度を一変してヒルダに縋り付いた。
「レイ、あれはいわゆる恋の駆け引きに失敗した例よ。俺にはお前だけだ、捨てないでくれ! と言われるのを期待したのだけど上手くいかなかったのね。そういう駆け引きは大概失敗するからマネしないようにした方がいいわ」
「なるほどですねー。ま、真似するような彼氏なんていないんですけどねー。あーあ、ああいう女にだってお付き合いしてる人が居るのに、何で私達彼氏いないんですかね? 女騎士は婚期逃しがちって本当でしたね」
女騎士どころか女皇帝でさえいい人がいないのだ……はぁ。変な男じゃなくて私を守ってくれるような素敵な殿方はいないのかしら。陛下が男性だったらなぁ。
ところで、何か重大な事を忘れてるような気がするけど……気のせいかしら。




