先代魔塔主は心配で眠れなかった……
『――と、言うわけでのう。わしと妻は互いに運命を感じ結ばれたのじゃ』
「あのー、すみません、もうそろそろ学食を閉めたいんですけど……」
漆黒の騎士団長ジェド・クランバルと時計の中に残っていた思念体のじじい、先代魔塔主シルバー・サーペントは夕暮れも夜の帳へと変わる学食をそろそろ追い出されそうになっていた。
ドジっ子元悪役令嬢のお陰でじじいとの会話がリセットされてしまい、じじいの思い出話を永遠と聞かされてい訳なのだが……
『そうかそうか、話し込んでいるうちにもうそんな時間になってしまったかのう……ん? ええと、どこまで話をしたかな?』
「……」
と、この様に話に横槍が入る度に話がリセットされて永遠同じ話をループで聞かされる羽目になっていた。
もうじじいの恋愛模様は何週したか分からない……妻との出会いが七色に光る湖に落ちた事で、恋にも落ちたのだなんちゃって、というじじいジョークはもう出る前に一字一句分かるからええて……
「ここに何時までも居たら迷惑になるからとっとと行くぞ……」
と、俺は穴の開いた懐中時計を手にし学食を出た。
『あの子の事を説明するには、まずはわしの生涯から語らないといかんからのう……』
「いや、爺さんの生涯はもう十分に聞いたわ!」
魔法学園ももう外部の人間が居ていい時間がとうに過ぎ、俺はゲートの方へと向かう。
本当はせっかく魔法学園に来たのだからノエルたんに会いに行こうと思っていたのだが……もうそんな時間でもなくなってしまった。何が悲しくて半日もじいさんの話相手にならなくてはいけなかったのか……
じじいもじじいで、死後に思念体として時計に憑依している存在なのにそんなにボケてるのなんなの。
『済まんのう、死ぬ直前はそれはもうボケが進行してしまっていてなぁ、あの子に何度も何度も魔塔の事や引き継いだ仕事の事を聞いては呆れられておったわい』
フォッフォッフォと軽快に笑う声は、どこか嬉しそうで孫の様子を語る祖父のようだった。
アンデヴェロプトのゲートは、魔法都市や魔塔など全体が見渡せる丘の上にあった。
遠くに浮かぶようにある魔力火山は相変わらず変な色のオーラに包まれているし、魔法都市も街灯が灯り始めたのか七色に光って幻想的である。都市の外ににポツンと建つ魔塔も建物全体が光り輝いていた。
「何か……凄く綺麗だな」
『……ああ、そうじゃろうそうじゃろう』
夜景があまりにも綺麗なので、このまま帰ってしまうのは勿体無く思い……ゲート近くの景色の良く見える場所に腰掛けた。風が未だ少し涼しくて過ごしやすい。
よく見ればそこかしこに居る虫達もほんのり発光していた。アンデヴェロプト特有の昆虫なのだろうか……
『これでもなぁ……あの子が未だ小さい頃はこの地だって争いと欲望に包まれていたものだ。帝国だってそうじゃろう……わしはなぁ、皇帝ルーカス陛下がその身一つで各地の争いを止めに行ったと聞いて勇気付けられたものじゃ。そして、自身が恥ずかしくなったわい』
「まぁ……陛下は、頑張ってたよな」
『かつては、魔法使い達も魔法が使えるという特権を振りかざし、それを力や財力だと勘違いし、より多くの魔力と魔法があれば偉くなれると、そう思った者たちがあまりにも沢山居すぎた。……わしだってその1人だ。それが間違いだと気付いた時には何もかもを失っていたがな……』
「……」
さっき学食で語っていたじいさんの話はどれもこれも楽しい思い出ばかりだった。魔法が使えた事で大活躍し、沢山の新しい大魔法を生み出して魔塔の確固たる地位を築きこの地を手中に収めるまでになったとか……
妻や子がどうなったのか、それを語る時になると大体邪魔が入ってリセットされたのでそこの辺りは全然分からない。分かっているのは最初に言っていたシルバーの自慢話くらいだ。
……だが、俺もそこまでアホでも無神経でもない。きっと、今でも辛くて口に出すことすら悲しい事があったのだろう……
じいさんが生き方を変えるくらいの出来事だ。俺も辛い話を無理に聞くことはせず、学食の時も黙って聞いていただけだったが。
『……まぁ、色々あった末にあの子に出会ってな。わしは、あの子に出会うまでいつ死んでも悔いがないと思っておったんじゃ。実際、心を入れ替えて魔法がより良い使い方をされる為に心底尽くしたつもりだったのだからな……だが、心底なんて思っていたのはわしだけだった。何せ、目の届かぬ所でまた魔法のせいで不幸になっている子供が居たのだからな……』
「……まぁ、全部を何とかしようなんて、難しいからなぁ」
『ああ、そうじゃ。それこそ思い上がりでえごと言う奴じゃ。だがなぁ、わしはあの子に出会えたからこそ色んな事が身にしみて分かったし、あの子の幸せを願う事で思い出した事も沢山あった。誰かを不幸にしてはならない……ではなく、な』
じいさんは魔塔をじっと見つめていた。茜色が残っていた空は完全なる闇へと向かおうとしていたが、街や魔塔が明るいせいか薄い紫や青にほんのり明るい。空に浮かぶ星と、地上の明かりがまるで宝石のようだった。
『……ジェドさんや、あの子と友達になってくれてありがとう。本当は迷惑なんじゃないかと思っていたのだが、こうしてあの子が君の事を忘れても……縁を切らずに親身になってくれたこと、本当に嬉しかった』
「え……あー……俺は基本的には見捨てないというかまぁ……」
そこまで口にして言葉を止める。孫みたいに大事にしているシルバーの事をそう誤魔化すのは良くないと思って頬を掻きながら纏まらない言葉を繋げた。
「……ま、アイツには色々世話になったというか……えーと」
……正直、幼馴染の陛下にだってそんな恥ずかしい事を言った事が無い。いや、本当にただの友達なんだが、改めて言うとすんごく恥ずかしい。
「まぁ……その、嫌いでは無いので」
『ははは……君は本当に優しい子だねぇ。わしの話を5回も6回もループしたとしても初めて聞いたかのようにずっと聞いていてくれたし、孫のように大事なあの子を大切に思ってくれている事もわかったからのぅ』
「あー、友人は大事にしないといけ……――ちょっと待て、今何つったじじい! 5回も6回もって、おま、わざとボケたふりしていたって事……」
恥ずかしさのあまり明後日の方を向いていた俺は、草むらに置いていたじいさんの懐中時計をがばっと手に取った。だが……
「……? じいさん?」
穴の空いた懐中時計の文字盤にじいさんの姿は無かった。それどころか、今まであったじいさんの気配もまるで夢か幻だったかのように無い。
チクタクと、辛うじて動いていた時計の針も止まっていた。
「……じいさん……」
結局、じいさんが何で懐中時計の中に何時までも居たのか、何で成仏出来なかったのか……何も解決せずに一方的に喋るだけ喋って、からかわれたかのように居なくなってしまった。
俺をおちょくっていたのであろうじいさんの言い方は、妙にシルバーの口調にソックリだったので怒るに怒れなかった。
「やぁ、遅かったねぇ」
「え……」
それから暫く夜景を見つめてゲートに向かった時、入り口にはシルバーが立っていた。
「何でここに居るんだ……? 仕事に戻るんじゃなかったのか?」
「ああ、思いの外早く済んでしまってねぇ。あと、何か変な令嬢が魔塔に来たから魔法使い達は皆そちらに興味津々で」
「ああ……」
ドジっ子令嬢は無事に魔塔に採用されたようだ。働き口がちゃんと見つかったようで良かった良かった。
「あの、懐中時計……」
「あの玩具かい? 時折変な文字が出てくるけど、それが口調が妙で面白くてねぇ……ふふ。君、あまり時間を気にしないタイプだろう? ここに来るまでも何度か突っ込んだとは思うのだけど、それを使ってちゃんと時間を気にした方がいいよ」
ニコニコと笑うシルバー。それは……確かにごもっともである。
「あー……貰っておいてなんなのだが、早速壊してしまって済まん……」
俺は懐から懐中時計を取り出した。所々氷柱に貫かれボコボコと穴の空いている懐中時計。
「ん? ああ、言ってなかったっけ。コレは魔力を込めれば元に戻るし動きもするんだよ」
シルバーが時計の上に手を乗せる。ふわりと少し暖かな感触がして、その手を退けると時計は綺麗に元通りになっていた。チクタクと、針の進む音がする。
「……そうか、ありがとう。大事に使わせて貰うよ」
俺は懐中時計を直ぐ見える位置に着けておこうと、ベルトに引っ掛ける。
シルバーがニッコリと笑って手を振った。
「また、いつでも遊びにおいで。それに、何か困った事があったらいつでも呼んでくれていいんだよ?」
「……ああ、そうだな。俺も、お前が困った時には直ぐに来るさ。なんたって――」
歩きながらそこまで言いかけた所で、ガシャンと門が閉まる。
「――ん?」
ゲートの前に閉まる立派な門。そこには営業終了の文字。
「あー……アンデヴェロプトのゲートって、夜はやってないんだねぇ……移動魔法ばかりでゲートをそんなに利用してなかったから知らなかったよ」
困ったように首を傾げるシルバー。見れば確かに、時短営業のお知らせと書いてあった。なるほど、最近変な魔石の密輸や犯罪が多発しかけていたので安全のため夜は人の流れを止めているとか……あー、黒い魔石騒動とかあったしね。アンデヴェロプトは人の流れが多いから大変だなぁ……
「……済まんが、ゲートが空くまで泊めさせて貰っても、いい?」
「魔塔は場合によっては夜も煩いかもしれないけど、それでも良ければ」
ニヤニヤと笑うシルバーの言葉に俺は肩を落とした。
シルバーの言う通り魔塔では夜中も魔法合戦が頻発しており、眠る所の話じゃない程賑やかだった……




