閑話・件の騎士の口は堅そうだ(後編)
「君……もしかして、割とむさ苦しいものがあまり好きじゃないのでは……?」
「え?!」
じーっと見つめて言うダイナーの言葉にハオは少し動揺した。
「な、何を言っているのか分かりかねますナ。普通の男子ならば、当然むさ苦しい存在が嫌いなのは当然であり普通なのではないでしょうか」
「そうだね。確かにそうだ。好きなら好きでそれは違う問題だ。でもね、君のその目つき……ああ、視力が悪くて視点が合わず誤魔化されているかもしれないけれど、明らかに健常な者達とは違うのだよね。ホラ、私って自分で言うのもなんだけれど、その、結構いい男じゃないか? そういう性癖が無くともね、誰しも可愛く頬を赤らめたり目を逸らしたりするものなんだよ。男女問わず、ね」
それを書き留めていった騎士はビクリとしてダイナーを見た。自分がちょっと照れながらダイナーを見ていた事がバレていたのもそうだが、一体どこまでの人間がそうだったのかも少し気になった。
当然、この騎士は巷で流行っている薄い本が厚くなるような趣味嗜好は全く無い訳なのだが……
「ああ、その事については全然気にしなくていいさ。人間誰しも綺麗な者を見るとそうなってしまうものさ。けれど、私は何人もそうじゃない人を見ていてね……」
「いや、ワタシは単純に目が悪く……」
「そうだね、きっと君は私の声を聞いて思った訳だ。この、甘ったるくてうっとりと聞き惚れそうな声の主は……成人男性だなと」
「?!」
騎士の手が止まる。ダイナーが自分の声を自分でそう思っていたのだと言う事に動揺した。もしや、横を通る度にダイナーのいい匂いに皆が振り返り、甘い声で割と近くで囁いて健常男子をドキドキと惑わしていたのも……全部わざと分かっていてやっているのではないかと。だとすれば本当に恐ろしい男である。
「君は途端に興味を失った。よく見えてなくとも興味が無いから見る必要もない。興味が? どんなに趣味趣向好みが違っていても、声だけで判断するのは難しい。美形が好きな人もいればちょっと愛嬌のある顔が好きな人もいる……」
ブ……とは言わない所が同じ男として尊敬し、見習いたい所だと騎士は頷いた。
「じゃあ成人男子では到底及ばない嗜好とは何だと思う? 今日日声の低い女性も居るからね、極度の男嫌いでも声だけで判断するのは難しいね。でもね、例えば、極端に可愛い、そう、可愛い少女を好む男性か……もしくは極端に年嵩の増し過ぎた紳士貴婦人……まぁ、平たく言うとおじさん方を好むかのどちらかだ」
「な……な……」
なるほど、と騎士は納得した。だが、前者はともかく後者を好む男ってどんなヤバイ趣味なんだよ、と心の中で突っ込んだ。つまりは、ハオは少女趣味か、可愛い物を極端に好む性癖の方なのだろう。その明らかに動揺している様子を見る限り十中八九間違い無さそうだと騎士は記録に筆を走らせた。
「大方、普段からそういう趣味をかなり嗜んでいるので、健康成人男子しか出入りのしないこの環境に辟易しているのでは……?」
「ふっ、その理論ならばワタシが大の女性好きで溜まりに溜まり過ぎているという可能性もあるんじゃありませんか?」
「ふふふ、そういう方はね、究極女性じゃなくても何とかなるとかそういう話は今は置いておいてね……」
ダイナーはニコリと微笑むとハオの耳元で囁いた。
「そういう誤魔化し方は認めているようなものだからやめておいた方がいいよ」
「くっ……」
流石その手に長けている、で呼ばれた人は誘導が上手いなぁと関心する騎士であったが、書き連ねてふと、これはそもそも何の尋問なんだと疑問が頭を過ぎってしまった。
「あの、聞き出す情報ってそういう話でしたっけ……」
「早合点はいけないよ? ふふ、まず、拷問、交渉……それらに一番重要なのは何だと思う?」
「え? ええと……何だろう、拷問とかはどれだけ苦痛になるかってことですよね? 交渉とはまた違うんじゃ……」
「いいや、本質は一緒さ。要するに、それがどれだけ相手に有益になるか、相手の苦痛になるか……つまり個々の嗜好が分からないと、目線が分からないと同じ場所には立てない、という事さ」
「なるほど……確かに」
例えばゲート都市で採用されている『幸せすぎて口が勝手に吐いちゃう式拷問』の中で採用されている並んでも中々手に入らない極旨スイーツ攻めであるが……これは甘いものが好きな者にだからこそ有効なのであって、甘いものが好きで無い人にとっては苦痛であり、何ならそれはそれで拷問である。
交渉に至っても、交渉材料となるものに価値がどれだけあるか、それをお互い認識しているからこそ成り立っているのであって、その価値観にズレがあればどちらも成り立たない。
ダイナーの言っているのはそういう話なのだろう、と騎士は関心し頷いた。
「んじゃぁ、彼の求めている物を使って交渉……いや、ゲート都市式の拷問ですかね?」
「ああ、そうだね。我が帝国は苦痛を伴うような拷問は行ってはいけないからね」
その言葉を聞いたハオがパァっと顔を輝かせた。その話の流れから察するに、ここに可愛い女の子や小動物を沢山連れてきて幸せのあまり口を割らせようと、そういう拷問だというのだろう。
交渉せずとも望みを叶えて貰えるのであればそれに越した事は無い。不屈の意志で情報を吐かない、というのはちょっと無理かもしれないが、元々可愛いものに囲まれて暮らしたいのがハオの望みなので、この場所にはwinとwinしか無い。
「そ……それは、困りますね……ど、どこまで耐え切れるか……」
にやける口を押さえながら、震える声で訴えた。主に喜びを隠そうと震えているのだが。
仮にそうならば直ぐに吐いてしまってはいけないので幸せを存分に堪能するまで耐え切らなくてはいけない……
「いえ、手荒な真似は致しませんよ。ああでも困ったなぁ……普通の成人男女に興味は無いことまでは分かったのだけれど、最後の一押しが不明瞭なんだよな」
「えっ、そうなのですか? 普通に考えても――」
「いずれにせよ、可愛い少女達をこんな所に呼びたてる事も交渉材料に使うような事も色々と引っかかりそうだからね。そう、異国ではそういうのをコンプライアンスと呼ぶらしいけど……」
「まぁ……それは確かに。美味しいものや小動物ならばともかく、そんなことを陛下が許すとは思えませんしね」
「なので、消去法で行こうかなと思いまして」
「……消去法……?」
その言葉を聞いたハオはいやな予感がしたが、無常にも開いた地下室の扉からその気配は現れてしまった。
「何ですか、この方々は……」
騎士の目にも飛び込んできたその者たちは……まず、何処からどう見てもおじさんなのに女の子のような格好をした中年。それと、凄くワイルドな豹柄の服を着た男らしいおばちゃん。最早どっちがおっさんでおばちゃんなのかもちょっと怪しい。そんなような人々が十数名。
「……いや、本当に何なんですか……?」
「君は、世の中には『おとこの娘』という概念があるのを知っているかい?」
「おとこの娘……ですか? 何かすごく可愛くて女の子の格好をしても違和感の無い男の子がそう呼ばれているような話は少し聞いたことがありますが……それと彼らにむ何の関係が……」
「女装男子や男装女子をそのように尊ぶのであれば……女装中年おじさんや男装なのか天然なのか謎なおっさんみたいなおばちゃ……ご婦人もそう尊ばれてもいいとは思わないかい。おとこの娘ならぬ、雄ばちゃん、乙じさん……とでも言うべきか」
「ええ……」
騎士は振り返る。彼らの何をどう尊ぶ存在として見れば良いのかは分からないが、何か強いというのだけは分かった。
「という訳で、この上層に尊い中年達をぶつけてみて嫌がれば、可愛い少年少女が大好きだと言う事が証明されるってものじゃないかい?」
「え……いや、そんな事しなくても……」
騎士がハオの方を見れば顔をぶんぶんと振っていた。何をどう考えても可愛いものが大好きな趣味を持つ方向の変態であって、間違ってもこんなハードマニアックな趣味を持つとは思えない。仮にそうだとすれば上級者すぎる。
「いや、分からないよ。まだ我々を騙そうと演技をしている可能性があるからね。こんな話は聞いたことないかい? 怖いものを問われて、それを逆手に取り『蒸しパンが怖い』と言って怖い物を武器に脅かそうとしてきた者たちを騙しパンを得た……という昔話がある。好きなものを十分に堪能しようとしている場合もあるのさ」
「そ、そんな訳ないでしょうが!! ヒィ、いいい、言うから、何でも言いますから!!!」
「ふふ……まぁ、そう言わず味わって見てはいかがかな? 新しい世界が開けるかもしれないよ」
ダイナーの合図をきっかけに中年男女がハオに向かって走り出した。迫りくる中年達の体臭や香水のキツい香り。ちょっと脂っぽいオイリー肌も何もかもが地獄だった……
騎士は満足げな笑顔を湛えるダイナーを見て内心ゾッとした。そもそも、ここまで人を準備しているあたり最初からどこまでも全部分かっていたのではないのだろうかと。そして、その流れからしてわざとやっているのだろうと……
目の前ではハオがおっさんオバ……貴婦人に可愛がられているだけなのだが、地獄絵図のようなハオの形相は普通に拷問であった。
ハオはと言えば、目が悪くてよく見えてないのが幸いだが、もう既に限界値を超えて白目になっていた。
「ダイナー、モノクル借りてきたけど度が合うか……え、何これ」
地下室の扉を開けて戻ってきたルーカスは、地下牢の地獄の様な光景に表情を凍らせた。
「場内選りすぐりのむさ苦しそうな者たちを集めました」
「料理長とかはともかく、侍女長にその発言はセクハラなんじゃないのかな。ええと、というか何でそんな事しているの? それってハオの尋問に何か必要……?」
「勿論、交渉と拷問は紙一重ですから」
ダイナーはルーカスの手からエースのモノクルをさっと取ると、ハオに近づいてニコリと笑った。
「目が悪いのは不便でしょう? さぁ、遠慮は要りませんよ。こちらの眼鏡をどうぞお使いください」
いい笑顔でゆっくりとハオの片目にモノクルを近づけるダイナー。騎士は気の毒すぎて直視出来ず顔を手で覆った。




