閑話・件の騎士の口は堅そうだ(中編)
「……」
東国の騎士ハオ。いや、国に謀反者として認められたかからには元、と言うのが正しい。
協力者に乗せられてはみたものの、結局裏切られて1人だけ取り残された自身の末路……
だが、そんなものは特段問題とはしていなかった。
ハオは愛国心忠誠心も無ければ東国自体に興味すら無かったのだ。
ただ都合が良いから青龍の騎士になっていただけで、東国で成り上がろうと思う事すらなかった。
では何故そんな彼がわざわざ護衛騎士などをやっていたのか。
(あー……可愛かったなぁ、坊ちゃん)
何のことはない、力があれば、金や権力があれば可愛い子がいっぱい拝めるからである。
怪しい占い師に乗ったのも、彼の唯一の理解者である竜の守り神ナーガを呼び戻す協力者だったから。
いや、理解は特にしていなかったし、ハオもナーガがあまり好きではなかった。可愛くないから。あれで歳が20歳位若ければとも思ったが、そもそも竜の年なんて全く分からない。ナーガに至っては可愛い時期があったのかすら怪しかった。
(可愛いものを見て癒されたい……)
正直な所、何もしていないのにひっそりとハオの精神は限界を迎えていた。
帝国で投獄幽閉されているハオであったが、その実情は朝晩昼寝と食事付き、ベッドも柔らかいし本の差し入れだってしてくれる。
東国人の彼にとってはベッドが柔らかすぎるのも少々気がかりであったが、そんな事よりも耐え難い苦痛がハオを襲っていた。
食事を持ってくるのも騎士ならば本を差し入れてくるのも騎士。たまに魔法士。
イケメンとか不細工とかは関係無い。……いや、これで油の乗ったオッサンならば発狂していたかもしれない。
可愛いものを愛するハオにとって、可愛い要素に全く触れられないこの空間は苦痛以外の何物でもなかった。いっそ、拷問でもしてくれた方が気が紛れるのだが、成人男性が妙に優しく接してくるのもそれはそれで腹が立った。
と、言う訳で拘束中の件の騎士は何もしていないのに疲弊していたのである。
「で、まだ何も吐く気になれない訳?」
「……」
「見ての通りウチは痛めつけたりとかそういう類はやってない訳よ。だから信用して全部吐いちゃってよ……」
「……」
そう言われても男と2人っきりで暗い地下牢に閉じ込められているこの状況が既に拷問に近かった。
「あー駄目かぁーー」
あまりの嫌気に机に突っ伏す騎士。嫌なのはこちらだとハオが眉間に皺を寄せて目を伏せていると、扉の開く音が聞こえた。
振り返ったそこに見えたのはここ久しく拝んでいなかった太陽……かと見まごう程の髪色を有するその人。帝国の皇帝ルーカスであった。
――また……成人男子が増えた……
ハオは深くため息を吐いた。以前騎士団に居た頃も成人男子に囲まれてはいたが、こんなにも男ばかりしか拝めない状況には無かった。旅では各地の可愛い女の子や可愛い小動物に出会え、何より可愛い坊ちゃんが居たから。
「何で出会い頭にため息を吐かれるのかは分からないけど……どうやらこの様子ではあまり上手くいっていないようだね」
「陛下ー、もう、コイツ全然口をきいてくれないんですよー。喋らないという強い意志を感じますが……そんなにヤバイ情報か何かを抱えているんですかねー。或いは強すぎる騎士の心か……あー、東国はやっぱ帝国とは違いますねー」
「……その言い方だと帝国の騎士の口が軽いみたいだけど」
「えー、騎士団長なんてこの間ゲート都市で拷問に負けて陛下の近況をペラペラと吐いていたみたいですよー」
「……それは別にいいけど……ジェドは人の上に立つ騎士団長って自覚あるのかなぁ……」
げんなりと頭を抑えるルーカス。ハオはハオで、別に相手が成人男子で無ければ楽しくお話をしても良かったのだけど、と眉間の皺を深めていた。強すぎる騎士の心もヤバイ情報も特に無いのだ……
「ええと、ハオ、だったね。我々は君の話を聞きたいのだけど……」
ルーカスの姿を確認したハオはゆっくりと口を開く。
「……ルーカス陛下」
「あ、何かやっと喋った」
頭を抱えて突っ伏していたいた尋問中の騎士が驚き顔を上げた。
「アナタ程の人がこんな薄暗い地下牢に自ら来られるとはね」
「……まぁ」
尋問役の騎士とルーカスは顔を見合わせた。皇城の地下牢は実は城内で一番涼しいため、夏は人気スポットでジェドなぞよくサボって昼寝をしに来ているなどとはとても言えなかった。
何せ犯罪者や捕虜など殆ど居ない平和な帝国で形だけ保っている地下牢は滅多に使われる事は無いから……ちなみに前回使ったのはブレイドが捕まった時である。
北国育ちのブレイドもたまに涼みに来ているのだが。そんな憩いの場になっているとは言えない雰囲気になっていた。
「そのご足労に敬意を払い、ワタシはアナタとならお話しても良いとは思っておりますが」
「そうして貰えると手間が無くて非常に助かるけど……」
「ただし、条件があります」
「条件……?」
「おい! お前、拘束されている身分だって事分かって言ってんのかよ」
「やめなさい」
ハオの態度に業を煮やした騎士が怒り身を乗り出すも、ルーカスがその身体を制す。
「陛下……」
「私は平和的に解決出来るならば多少の条件も呑むさ。そうかと言って無条件で逃がしてくれだの誰かの命を差し出せだの、害になりそうな条件は飲み込めないけどね。彼はブレイドとは違うからね」
東国との連絡が取れた際にハオの行ってきた悪行や妨害はある程度は聞いていた。
流石にオペラの事は城中の皆がルーカスの耳に入らないようにと口裏を合わせて黙っていたのだが、誰に利用されるでもなく自らの意思でシルバーを刺したり東国の皇子をも害そうとしていた事はルーカスも簡単に許すべきでは無いと判断していたからだ。
話せば分かるブレイドとは違い、ハオという男はナーガ側の人間であると、そう感じていた。
「いえ、ご心配には及びませんよ。ワタシもそこまで愚かではない。今ここで下手な事を仕出かせば永遠とここに縛り付けられる事になるでしょうから……それは流石に、ね。そう、とても簡単で、何も被害の無いワタシのささやかな願いをほんの少し聞いていただけるだけで良いのですよ」
ハオがあまりに意味深な言い回しをするので、ルーカスも騎士も警戒した。
一方ハオとすれば、単純に丁寧にかつ慎重にお願いしているだけなのだが。
そう、交渉のチャンスを逃す訳にはいかない。ハオは、可愛いもの禁断症状に陥っていてもうイライラと精神不安定でおかしくなりそうな境地に達していた。
ハオは、毎朝起きると必ず枕元にある可愛い女の子の絵姿に挨拶をし(夢に可愛い女の子が出てくるといいなと思って設置している)寝所の周りにある可愛い小物やぬいぐるみに挨拶を交わし、青龍の領地内の可愛い女の子が戯れるスポットに立ち寄ってから登城する程の真性オブ真性である。
そこに邪な気持ちは今の所無い。目の保養をしていないと嫌な事に押しつぶされそうになるからだ。
ハオは何日も可愛いものを見る事が叶っていなかった。女の子……とまでは行かなくとも、せめて小動物でも拝ませてほしい。そう慎重に頼もうとしていたのだ……
「まぁ……とりあえず一旦聞くだけ聞くけど……」
警戒しながらもハオの言葉を待つルーカスに、ハオは喜びを押し込めて慎重に口を開こうとした。
「ワタシにかわ――」
「いけませんよ陛下。そうやって簡単に口車に乗ろうとしては」
ハオの言葉を遮るように地下牢の扉を開けて現れたのは、紫色に煌く髪を靡かせる1人の騎士だった。
日の光の入らぬ地下に月明かりが差すかのような金の目……
「ダイナー……いや、君帰っていたのかい……」
月光の騎士と歌われる彼こそ皇室騎士団第二部隊、部隊長ダイナー・ラ・ネイキッド。皇帝の目が届かぬ各地の問題を解決するようにふらっと旅から旅を渡り歩く、ジェドよりも所在不安定な人物である。
彼の報告を聞くのは正直苦手であった。(※別作品、月光の騎士様にお気をつけて参照)
「ええ、丁度今しがた。何でも中々に口を割らない者が居て困っているとかで」
「ああ……その手に強い騎士って、君の事だったの……?」
ダイナーがその手に強いとは初耳ではあったが、確かに昔から人の心の奥を暴こうとするような節があった。そういう役回りが強いと言われれば確にそうなのかもしれない。
「私はあまり、人を無理やり問い詰めるというのは本位ではないのですが……人の本心というものはゆっくり紐解いてお互い分かり合うものですからね」
ルーカスと騎士は目を合わせて伏せた。相変わらずこの月光の騎士ような騎士は掴みどころが無いというか、何を言っているのかイマイチ常人にはピンと来ないからである。
「新たな者が増えたようですが、そちらの方はワタシの交渉に応じるようでは無さそうですね」
言葉を遮ったダイナーに、ハオは不適な笑みを返した。ハオの望みは大したことでは無いが、本人にとっては重要なもの。
むしろ、それ以外の何の暴力、精神苦痛にも屈しない自身があった。新たに現れた男は確かに、尋問という名の温い質問攻めにしていた若い騎士とは雰囲気が違う。剣を合わせたとしてもかなりの実力であることも見て取れた。
だが、ハオの意思は固い。交渉も無しにどうやって懐柔するつもりかと余裕の笑みを浮かべて待っていると、ダイナーが顎に手を当てて微笑んだ。
「君は……そうだね、目が悪いんじゃないのかい?」
「え、そうなの? そう言われてみれば舞踏会の時に眼鏡をかけていたような気もするけど……アレって変装じゃなかったんだね」
「……」
「陛下、もし宜しければ眼鏡の替えがあるようでしたらお借りしたいのですが」
「え、あー……うーん、あったかなぁ……」
眼鏡は高級品であり、加えて視力の良い者達が揃う騎士団では殆どかけている者は居なかった。
「あー、エースがモノクルなら持っているなぁ。借りてこようか」
「え、それなら自分が行きますが……」
立ち上がろうとした騎士を制してルーカスが扉に向かった。
「いや、それ位良いさ。君はそこで彼の言動を記録していてくれ」
と、自ら走って出て行ってしまった。皇帝にそんな小間使いのような事をさせているのに困惑する騎士であったが、ルーカスにしてみればエースの場所ならば把握しているし自分が行った方が早いからというのが本音である。
「――それで、ここからが本題なのだけど」
気がつけばダイナーの話が進んでいたので騎士は慌ててペンを紙に走らせた。




