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閑話・件の騎士の口は堅そうだ(前編)

 


「陛下、例の投獄された東国人ですが……」


「はぁ……やっぱ、やらないと駄目だよね」


 帝国の首都、皇城。その地下牢に投獄されている東国人……いや、元、とも言うべきか。


 東国と繋がれていたはずのゲートが壊されてから暫く、東国との交信が絶たれていたのだが魔術具を介して東国から帝国へと謝罪を込めた連絡が届いた。

 その内容は、東国の王ルオ・ロンが体調不良により伏せっていること、その職務を未だ幼い弟であるフェイと他東国人が引き継ぐものとすること、長きに渡る内戦がやっと本当の意味で収束しそうだということ。内情が落ち着き、東国が国として国民の平和を願えるようになった時、健やかなる国への導きに助言を求めること……帝国との親交を求めると言った内容であった。

 そこまではルーカスも安堵して読み進めていたのだが、問題はその後。

 先に話を出した王の不調、東国のゲートが不通となった事も含め、東国を襲った不幸……それらは東国を守ってきたと思われていた災いの元凶、闇の竜ナーガ・ニーズヘッグの企みによって堕とされていた事象であり、そのナーガの手先となって国を裏切った者のうちの1人が使者として騎士として、フェイと共に皇城を訪れたハオという剣士だという。

 ついては、行方が分からなくなっている彼を探しているそうだ。

 ナーガの力を当てにしているであろう彼は、ナーガからの恨みが深く度々狙われていた帝国への出入りがあるかもしれないから気をつけて欲しい――という内容であった。


「はぁ……」


 東国式の魔法文字で送られた書簡を見ながらルーカスはため息を吐いた。

 気をつけるも何も、既に狙われたどころか思いっきり被害を出していたのだから。

 幸いにも件の剣士は拘束中であるが、面倒過ぎて後回しにしていた。

 先の皇城で起きた大騒動の後、ルーカスには職務よりもジェドの不在の理由を追求する事よりも何よりも先にやらねばいけない事があったから。


「とは言え、後回しにも出来ないしなぁ……」


 いや、正確には思いっきり後回しにしていた。

 舞踏会直後、最愛のオペラを送り届けに皇帝自らファーゼストへと同行した訳なのだが……

 未だ聖国人としての力が戻らぬ2人を護ろうと申しでたはずなのに、むしろ魔法が使えていたら攻撃しかねない勢いで威嚇するロスト。その様子はブラコンというよりは最早恋敵の姿勢である。

 聖国に着いたら着いたで、国を貶めた反逆者のはずのロストよりも何故か聖国人に恨みに怨まれているのはルーカスの方だった。


 ――何故こうなったのか?


 何をどう考えてもルーカスには分からない、わかり得ないのだが、たった一つの……ルーカスが望んだ『オペラが欲しい』というのが聖国人全員の逆鱗に触れている……ただそれだけである。


 敵を増やしてスゴスゴと帰るしか無いルーカスだったが、無事に送り届けたならばそれで良いと一先ずは安堵する反面……まともに話が出来なかったオペラの様子が少しばかりおかしかった事も気がかりではあった。


(いかんいかん、これでは以前となんら変わりないではないか)


 彼女の好意に甘えるのではなく、今は自身が努力しなくてはならない。オペラが思い悩むならば全力で助けるし、敵が多いならば他者を寄せ付けないくらいの愛と武力行使で勝ち取ればいい。幸いにも彼女は自身を愛してくれているのだから、勝てば官軍などという異国の言葉のような理不尽な押し通しでは無く自分の成すべきことなのだ。

 敵が多いから何だ、世界中が敵だろうと最強の名を努力と根性で勝ち取った自分には何の障害でもなんでもない。

 ――と、そこまで考えて、ハッと我に返れば恐ろしい形相をしていた事に気付く。世が世なら魔王と呼ばれてもおかしくないような邪悪な笑みで笑っていたのだ。

 エースからのドン引きの視線を感じ、コホンと咳払いして執務に戻る。

 実はルーカスは、帝国の太陽、皆から愛されている聖人君子のような存在と思われているがその実は結構な激情を心に抱えていた。

 表には決して出さないのだが、時折ジェドへの拳骨に現れたりもする。

 人間なんて一歩間違えれば違う未来へと突き進んでいくものだ。それはルーカス自身が重々に承知していた。魔王と戦った際には流石に心が折れかけたのだが、その道を正してくれたのが先代魔王であり残されたアークであり、そして嫌な事を些事と思わせてくれるようなアホの友人であった。


 もしや自分は闇堕ちするのでは、とも考え震えたが……闇堕ちしてオペラに嫌われるくらいならば善人を貫いた方が絶対に良い。ルーカスはうんうんと頷いた。


「……私もジェド程では無いですが陛下との付き合いも長くなって参りましたので、何をお考えか分かります。国ばかりじゃなくご自身の事を考えるようになったのは嬉しい限りではありますが、あの東国人は性格や趣味嗜好に難ありの上、邪竜関連……お手を煩わせるのは心苦しいのですが一度話をして頂けますでしょうか」


「気を使わせて済まないねエース、何も問題無いよ。自分の責務を放棄するつもりは一切無いからね。何でも出来る男であり続けるのだって、私の()()の一つさ」


「陛下……」


 余裕のある晴れ晴れとした表情を見せるルーカスに、エースは安堵の表情を浮かべた。


「忙し過ぎて闇堕ちしそうになったら直ぐに知らせて下さいね。私だって、陛下には真っ当に幸せになって欲しいのですから」


「君みたいな部下を持って十分幸せだよ。それで、その東国人は地下にいるのだったね。丁度時間が作れそうだから直ぐに行こう」


「承知しました。件の者は丁度尋問を受けている所かと思いますので」


 尋問、という言葉にルーカスは少しの不安を感じた。


「この国に限ってそのような事は無いとは思うけど……手荒な事はしていないよね?」


 ハオは東国でも凄腕と名高い騎士だったはず。なので多少手荒なを行っても口を割らないであろう事は分かっていた。だからといって拷問紛いの事は絶対に行うべきではない。一度そのような事を許してしまえば全てが良くなってしまうからだ。


「そんな事、する訳ないじゃないですかうちの騎士に限って。前のブレイドさんの時もそうでしたけど、鍛え上げられた剣士に手荒な真似をした所で無意味ですし、下手したら武器を取られて脱獄しかねられませんからね」


「そこまで分かってくれているならば良いよ」


 そう、屈強な者ほど口を割る事は容易ではない。物理で何とかなるのであれば簡単な事だが、世の中には下手したらご褒美とまでのたまう変質者も居たりするのだ。

 なにかと不正入国の多いゲート都市でさえ、その辺りには手を焼いていて試行錯誤しているという。編み出された『幸せ過ぎてついつい吐いちゃう式拷問』にはひっくり返りそうになったが、平和的な発想をしてくれるのは大いに有難い事であった。



 冷たい岩壁、ひんやりとした地下を歩くと警備に当たる騎士がルーカスに頭を下げた。

 ここのところ暑くなってきた帝国でも地下はひんやりとしていて、夏が近づくにつれ密かに人気配属場所となっているのは知っていた。


「変わりは無いかい?」


「はい。進展が無いのも残念ながら……尋問に当たっている騎士も困っているとか。ですが、今日はその手に強い騎士の方が来て頂けるようで」


「その手に……強い……?」


 そんな者が居たかどうか、ルーカスはあまり把握してはいなかった。口を割らせるのが上手い騎士を1人は知っているが、それは幼馴染にして騎士団長のジェドである。ジェドは、サラっと吐かせるのが得意な特殊な性格と環境を持っているのだ。なんやかんやで暴かれてしまう正体や思惑を予期せず目の当たりにするのは時折気の毒にさえ思えてくるのだが、それのお陰でルーカスの想い人のあらぬ心の内も白日の下に出てきてくれたので結果として良いと言える。

 だが、ジェドは休暇中のはずだ。とは言え、いつも突拍子も無く居なくなるから休暇だろうとそうじゃなかろうと業務に影響の無いようには配慮している。何故そこまでせねばならんのだろうと少し考えもしたが、何やかんやでジェドも彼なりに働き、目の届かぬ場所でも事件を解決しているのだ。

 ……それと比例してルーカスの仕事を良くも悪くも増やしているのだが。


(まぁ、それはもう良いや……それよりも、その手に強い人って誰だろう……)


 ルーカスは首を傾げた。そんな出来る人物が居るものならば平和的処断方法に困っている各地に進言して頂きたい。平和協定を結びルーカスの考えに賛同する国も増えてきた。時代は平和的解決を望んでいるのだ。

 

(だが、何だろうか……)


 先ほどジェドの事を考えた時に湧き上がった疲労感……それと同じ嫌な物をひしひしと感じ、階段を一歩降りる度にその嫌な予感は増していくのであった。

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