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時計のじじいと学食のドジっ子職員(後編)

  


『ほっほっほ、魔術具の中には水と物理的に相性が悪い動力のものもあるが、これはただの手巻き時計じゃからのう。多少水に濡れても問題はないんじゃよ』


 取り出したハンカチで丁寧に拭いてやると、本当に問題が無いのだろう爺さんが暢気に笑っていた。溢された飲み物はだいぶ甘そうだったのでまだ所々ベタベタとする。俺自身もかなり浴びたのだが顔を少し拭って諦めた。服位そのうち乾くだろう……


 盛大に飲物をぶちまけて行ったメイド姿の職員は何度も地に頭を擦り付けるような土下座をして謝ってきた。あまりの必死さに引いてつい許してしまう。何で飲物を溢した位でそんなに謝るのか……謝罪が必死すぎると引くよね。


「で、話がだいぶ中断してしまったが……えーっと、何の話だったっけ」


『ん……はてぇ、わしもだいぶ年だからのぅ……』


 物理的に水をさされてしまってどこまで話していたかわからなくなってしまった。読者もそうだろう……頼むから大事な話をしている時に邪魔をしないでほしい。


「……差し出がましいようでアレですが、何か引きこもっていた男の子を見かねて何か時計のおじいさんが語りかけたとかなんとか言っていたような」


 ボケ始めてきた俺達の会話を見かねた近くの席の人が声をかけてきた。この人はさっき飲物をぶちまけられていたお一人様男子である。


「ああ、そうそう、言い出し辛かったけどシルバーが引きこもったのを見かねて何とかって言ってたな。……なんか、すみません」


「いえ……こちらこそ聞き耳立てるような感じですみません。ずっと犬型魔術具と話をしていたのですが、さっき水をかけられた時に調子が悪くなってしまって、拭きながらも手持ち無沙汰で聞き耳半分に気になっちゃって」


 さっき1人でぶつぶつ言っていた時は怖かったけど、案外話をしてみると気のいい男である。何で犬の魔術具に語りかけていたのかはあんまり深く掘り下げたくないが、きっと色々あるのだろう。


『そうそう、そうじゃったのう! それで、こうやって盤面に文字を起こしてなぁ。わしの事をいつまでもグチグチ思い出して泣いている暇があったら、もっと笑えるような面白い事を探せぃ、と』


「そうか……だが、そんな事をして爺さんの正体がバレたんじゃないのか?」


『いや、バレるのを避ける為に語尾をのだ口調にしたから大丈夫なのだ。少しは怪しんだかもしれんが人工知能が前の持ち主であるわしの考えを学習したとでも思ったのだ』


 確かに語尾を変えるだけで誰か分からなくはな……言うほど誤魔化せてるか……?


『そんな人工知能の玩具からでも何か感じる所があったのじゃろうか、それから無理にでも笑い、魔法に没頭する事で喜びを満たそうとしていてのぅ。けれど、わしはあの子にはもっと――』


「ああっ!!! ご、ご、ごめんなさい!!!」


 またしてもじじいの話を中断するように降り注ぐ飲み物。しかも今回は淹れたてあっつあつのお茶であるギャアアア!


「だ、大丈夫ですか?!」


 慌てた職員が氷魔法を浴びせて来たので、俺はすんでで交わした。ドスドスドス、と音を立てて突き刺さる氷柱。


「……何してくれてんだ?」


「え?! いや、あの、冷やさないとと思ってすみません」


「……わざとやっている新手の刺客か何かじゃないよな……?」


「アッツアツのお茶だったので早く冷やさなくちゃって……」


「こんな氷柱物理攻撃で冷やす必要があるのは何処の世界の何族の火傷だよ」


 同じ人間でも北の方の民にならば需要がある直し方かもしれんが、あいつらへの熱湯や氷柱攻撃はただのご褒美である。


「あの……その時計、大丈夫ですか?」


「え……?」


 魔術具盤とブツブツ話をしていた女性がハンカチで顔と盤を拭きながら俺のテーブルを指差す……え?


「ちょ、爺さん!!! おおい!!」


 見ると爺さんの時計が思っクソ氷柱串刺しになっていた。お、おま!!


「お前、一体何だ!! 言え、流石に偶然にしてはやり過ぎだ、明らかに俺たちを狙ってるだろ!」


 メイド姿の職員に向かい剣を抜く。女子に剣を突きつけるのは気が引けるが、今までも女子だと思って油断したら死ぬような相手ばかりだった……こうも明らかな行動に移されては交戦せざるを得ない。てか襲うにしたってもうちょっとさり気なく襲えよ。何のために学食の職員に扮装してんだよ。


「う……も、もう隠し通すのは無理なようですね……」


「俺が何かを暴いたつもりは一切無いんだが……そうか、やはり何か企んでいたんだな。狙いは俺か? それともシルバーか?!」


『えー、わし何か恨まれるような事したっけ……?』


 割と平気そうな声が時計からしたので、氷柱がど真ん中に串刺しになって穴が空いた爺さん時計からツララを引っこ抜いてパカっと開ける。

 真ん中に大穴は空いているが、何も気にせず心当たりを必死で探っていた。


「……平気なのか?」


『ん? そう言えば平気じゃな。こういう事初めてだから今気付いたけど、そもそもわし時計の中に入ってるだけのただの思念体であって時計が本体じゃないから、時計がどうなろうとあんまり関係ないんじゃろうなぁ』


「ある意味不死身なんだな……」


『逆にどうやって成仏したら良いのか心配になってきたわい』


「うわあああん」


 俺達のやり取りなど気にも止めずか、メイド姿の職員は泣き始めた。結局なんなんこの人は。


「やっぱり、やっぱり私は断罪される未来を回避する事は出来ないのねーー!!」


「……」


 聞き覚えがありすぎるフレーズを聞いて、俺は虚無の顔で剣を閉まった。


「……君、悪役令嬢だったのか……?」


「な、何でそれを?! その事実は誰にも話した事は無いのに!!」


「いや……うん、その下りはもういいんだよ、百万回は聞いたから。俺が事情を知っている云々は一先ず置いておいて、結局何なんだよ」


「わ……私は……その……」


『お嬢さん、わしは別にホレこの通り平気じゃし、訳を話してみては如何かな? 他の者達だって特段怒っている訳じゃあるまいて』


 周りでびっちょびちょになっている他の客は無言で魔術具を拭きながらこちらを注視していた。魔術具にブツブツ語りかけていた勢の皆さんが本当に怒っていないのかは怪しい。だが、理由があるならば聞こうか? と目が言っている。やっぱりちょっと怒っていると思う。


「わ……私は、実はさる高貴な身分の令嬢でした。そして、その運命は私が前世で見た本の女性のものであり……悪事を暴かれて断罪処刑される未来を背負っています」


「なるほど……」


「こ、こんな与太話みたいな事、信じられませんよね」


「よた、が何を指すのかは分からないが、まぁ……一先ず話が進まないから俺が全面的に信じている体で話を進めてくれていい」


 信じられていない事を分かって貰うのは簡単だが、信じている事を信じて貰うのはなかなか難しい。


「それはそれとして、断罪の運命を回避しているはずの君が、何故こんな暗殺者まがいの迷惑行為をしているんた……?」


 大体のそういう人は、運命から逃れる為に辺境スローライフに逃げたり善人になったりするものだ。たまに断罪の原因側を根絶しようとする武闘派も居るけど……そもそも俺は何も関係無いし、周りの人もあるようにも見えない。


「違うんです……」


「違う……? とは?」


「私は……その破滅の未来を回避する為に逃げるように家を出て、誰も私を知らない遠い地でやり直そうと決めました。噂で聞いていたのですが、ここ魔法都市は魔法産業の発展からか人手不足で働き口の宝庫だとか。ここなら私1人でも誰も頼らずに何とか生きていける……と」


「なるほど、まぁ理由も流れも真っ当で王道だな。何が王道とかよく分からんが。で、その流れから何でこんな事になっているんだ? というか魔法学園の学食より街中の方が働き口多くないか?」


 確かにここの学食も忙しそうだが、もっと楽で良い稼ぎ口はあると思う。むしろ学食の給餌ならば魔法都市に来る意味無いだろう。


「それが……最初は魔術具商の店で働いていたのです。平和な世の中とはいえ、冒険者需要も増えておりますので補助魔法や便利系魔術具は人気ですからね」


「確かに。だが、何でそこで働いてないんだ?」


「……売り物を落として壊し過ぎてクビになりました。弁償代は働いた分で相殺してくれるって……」


「なるほど……?」


「次に雇ってくれたのが魔法旅行の代理店でした。近年、魔法旅行の需要は多く、ただ旅をするのでは飽き足らない人がスリルやドキドキワクワクを求めて魔法旅行に出かけるのだとか」


「そうだな、俺も時折現実逃避の旅には出たくなるからな。みんな疲れてるのだろう。で、何でそこで働いてないんだ?」


「……お客さんの行き先や魔法の手配などを結構な頻度で間違えまして……新婚ホヤホヤの夫婦を精霊国キラキラツアーに送るはずがプレリ大陸の未開の密林に送ってしまったり、シュパース回遊の魔法船に乗せるはずがグラス大陸行きのオープン型魔法空母に乗せてしまったり……スリルやドキドキってそういう事じゃないとクレームがついてクビになりました」


「なるほど……」


「その後働いたカップルに人気の七色の湖では間違ってイルミネーションイベントに使う雷魔術具を水中に落としてしまい、電撃ビリビリデンジャラススポットを爆誕させてしまったり、その後働いた魔術具遊園地では魔術具の出力を間違えて高速デス遊具を大量発生させてしまい……」


 次第にトーンを落としていく令嬢。俺は一つ確かめたい事があった。


「なるほど、一ついいか? 全部、わざとやっている訳では無いんだな?」


「はい」


「……ドジっ子なのか……?」


「……はい」


 何という事でしょう。この令嬢、多種多様の損害の全てが全部ドジから発生したものらしい……ここまでドジを連発すると最早ドジっ子なんて可愛い呼び名で呼んでいいのか分からない。


「ああああー! よりによって何で私がこの身体に転生してしまったのーー!!! 折角前世の知識で自分の運命を知っているのに、前世から生まれ持っていたこのドジ症のせいで全然未来が良くなる気がしない!!!」


 このご令嬢、聞けば前世から何をやるにもウッカリ失敗ばかりで全然上手く行かず、死因もウッカリやらかしてしまったヤツらしい。ヨシ! と思っていたヤツが全然ヨシじゃなかったとか……

 魔法都市でもやらかしにやらかしを重ねた結果、魔術具を扱ってやらかすのは流石にシャレにならないからと、魔法学園の学食で働いているのだが、ここでももう結構やらかしすぎてクビになりそうなのだとか……


「もうダメです……私はこのままこの子の運命通りに破滅の未来を行くしか無いのです……きっと、私が憑依したのだって、そういう運命を辿る為なんだ……」


『まぁ待ちなされお嬢さん』


 絶望し泣きじゃくる彼女に爺さんが優しく語りかけた。心なしか時計からいい感じの音楽が流れている。どうやって鳴らしてんだ……?


『人は完璧ではない。そして1人では生きてはいけない。じゃからこそわしらは人々の生活がより良くなる為に魔術具の開発を進めているんじゃ。たまたまお主は人よりちーとばかし失敗が多いだけ……でも、それが何じゃ? お主は頑張っているじゃないか。その生きる努力を報われる物にする為に便利な補助魔術具を作る。少しでも笑顔を増やすのが、我々魔塔の仕事でもあるんじゃ』


「え……あなたは……?」


『逆に考えるんじゃ。誰かより先に失敗するという事は、想定していなかったそういう斜め上の事態についても考えるきっかけになる。お嬢さんはそういう意味では変態どもの集まる魔塔にとっては宝、逸材なんじゃよ?』


「わた……私みたいなドジが役に立つ場所があるはずは……」


『わしはのう、今まで誰かを真に恨んだ事は無いんじゃ。どんな悪い魔法使いだって、それをきっかけに考える機会を与え、出会いをくれた。害悪を許す訳では無いが、それらを無駄と断じてしまっては未来に繋がらない、嫌な想いが残るだけじゃ。お嬢さんの失敗を無駄にする程、わしらは馬鹿じゃない。現にのぅ、魔術具商品の落としただけで壊れる耐久性を何とかして欲しいという要望、旅行代理店の顧客の管理における簡易化の為の記憶魔術具、イルミネーション魔術具の耐水加工、そして給餌における魔術具ゴーレムでの自動化……それらは最近魔塔に入って来た要望らしい』


「……わたしが、失敗ばかりしたから……」


『それはきっかけに過ぎないが、それらはあると便利なものばかりじゃ。ここにおる者達だって、最近は1人で魔術具に向かって取り憑かれたように魅入る若者が増えているから、もっと周りに目を向けろといういい啓示じゃ、ほっほっほ』


 爺さんが豪快に笑うと、魔術具を拭いていた客達が顔を見合わせた。魔術具に向き合ってばかりで周りが見えてなかった事に何か思うところがあったみたいだ。さっきもよそ見して人にぶつかっているヤツとか居たしなぁ……


『どうじゃ? お主なら魔塔も大歓迎じゃ。あちらなら給料も良いし、良い実験対し……協力者が見つかって魔塔的にもwinじゃ』


 今、さらっと実験対象とか言いかけなかったか……? 良い爺さんかと思いきや、やっぱりあの魔塔の主だっただけあって良い性格をしているようだ。


「あ、ありがとう……ございます……私、頑張ります」


「頑張ると碌な事にならなそうだけどなぁ」


「私たちも応援しているわ」


 と、周りの学生達もエールを送ってくれた。厨房内の人達は頷き泣いていた。何やかんやドジだけど令嬢の頑張りだけは周りに伝わっていたようだ……



 その後、令嬢は魔塔の門を叩き、無事に想定していなかった失敗をしでかすモニターとして活躍しているとか何とか。適材適所ってあるんだな。


『それで、何の話じゃったかのう……』


「ええと……」


 そして俺と爺さんの話はドジっ子令嬢のせいで振り出しに戻っていた。

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