時計のじじいと学食のドジっ子職員(前編)
『いやぁ、アレはああ見えて小さい頃は人と話をする事はおろか魔法使い全てに敵対心を抱いておってのう。最初に現れた時はもー、ビックリして寿命が縮まるかと思ったわい。あ、その時もうかなりのジジィだったから即死かと思ったけど、即死でも寿命が縮まって死んでもあんまり変わらないかぁと思ってのう。フォッフォッフォ』
「はぁ……」
漆黒の騎士団長ジェド・クランバルは魔法学園の食堂でお茶を飲みながら、懐中時計の中にいる(?)爺さんの話を聞いていた。
魔法学園の教室に1人残されて、魔術具にブツブツ話しかけているのも不審者極まりないと思って学食に移動した訳だが、失敗したかもしれない。何でわざわざ人の集まる場所に来てしまったのか……
と、思ったのだが、案外魔術具に話しかけているお1人様が多いのがアンデヴェロプトというものである。
帝国では見ないような魔術具片手に、仕事なのか遊びなのか何なのか分からないがブツブツと喋りかけている怪しい魔法使い達。水晶や魔石板に語りかけているならばまだマシなのだが、人形や絵に話しかけている人たちは何なのだろうか……
同列に見られるのは心外だが、魔術具の爺さんも目立たないので助かっている。てかこの爺さんなんなん……生きている人なのか、魔術具が意思を持っているのか、何なのか全く分からない。
分かるのはシルバーの事だけである。さっきから爺さんのシルバー語りが止まらない。
孫の自慢をするように、やれ小さい頃は無表情で感情も殆ど出さず食う事以外の要望も無くて寂しかった事の、魔法を教えてあげていた時だけ不気味に笑うようになったことのと、俺の相槌を聞いているのか聞いていないのか意思を見せてから喋りっぱなしである。
『で、最初に作った魔術具がのぅ――』
「ええと、話が盛り上がっている所済まないのだが……貴方は一体何なんだ? シルバーが可愛いのはよく分かったから一旦止めてくれ」
このままだと成長過程を永遠と聞かされそうな気がする。別に聞きたくないとかそういう訳では無いのだが、そもそも爺さんが何なのかを説明していただきたい。
『おお、そうじゃったのう、そもそもわしがお主と話をしたくてあの子から離れたのだからのう』
「そうなのか?」
『ああ。あの子は聡い子だから、話さずともこうして――』
魔術具の表面に【彼についていきたい】の文字。そういう物理的な理由でくれたのかコレ……
シルバーからの気まぐれなプレゼントとかでは無かったのだが、もしかして過去くれた魔術具の数々は魔術具さんが意思を持っていたりするって……コト?
『という訳で久々に人と話す事になったので嬉しくなってしまってのう』
「……ん? シルバーと話をしていた訳じゃないのか?」
『いいや、あの子とはあれ以来話をしとらんのじゃよ。この姿になってからはなぁ』
「あれ以来って……」
爺さんは少し悲しげに苦笑いを浮かべた。昔話をするようでもなく、つい昨日のように語る。
『わしが死んだ時、凄く悲しそうだったからなぁ。名前まで譲っちゃって、いや、寿命だったんじゃよ。寿命。だから、まさかまだ生きているなんて、恥ずかしくてのぅ』
「名前までって……もしかして、あんた」
『ああ、わしが今のあの子の前のシルバー・サーペント。あの子が魔塔の主になる前に魔塔に長く居た、ただの老いぼれじゃよ』
――――――――――――――――――――――――
懐中時計の爺さんこと、先代魔塔主シルバー・サーペント。
何代目なのか、そもそも魔塔がいつからあるのかも良く分からない。それよりも一番分からないのがこの爺さんの存在である。
「いや、先代魔塔主は亡くなったんだよな……?」
『うむ、だから寿命だって言っておるじゃろうが』
「……何でそんな姿になっているんだ……?」
『何でじゃろうなぁ……なんと言っていいものか』
先代の話はシルバーからチラッと聞いた事がある。子供の頃に色々あったシルバーを熱心に説得して育てた恩人だったらしい。
だった……というのは爺さんも言っている通り、寿命でその命を終えて魔塔主としての地位と自身の名前を、未だ名前が無かったシルバーに贈ったからだ。
そう語るシルバーはなんとも悲しく寂しそうであり、とても未だに生きている人の事を語っているようには見えなかった。
『わしはなぁ、確かにあの時未練無くこの世を去ったんじゃ。若かりし頃、過ちから妻と子を失ってなぁ、魔法で悲劇を生まないように、魔法使い達の働き口や魔法の活用法を多岐に広めて魔法使い達が未来を見れるようにと。わしの熱意は通じその地盤は確実に築かれ、あの子にも託すことは出来た。あの子は優秀だからわしの教えを正しく理解して名前と共に引き継いでくれたんじゃ』
「そんな高尚には見えなかったが……まぁ、それはこの際置いておいて、だったら尚更何でそんな姿でそこに居るんだよ」
『それがなぁ……わしも不思議というか、そんな感じであの子に見守られながら天に召された。わしの家族のもとへ行けると思ったんじゃよ……けどなぁ、気がついたらこんな姿になっておったんじゃ。ビックリしたわい。で、何かこう……訳も分からないし言い出しづらいというか何というか……』
「……もしかして、ずっと言い出せないままシルバーの魔術具になっていたのか?」
『そうじゃ。それでも何の意味も無い懐中時計だと捨てられるからのぅ。こう、盤に文字を出して人工知能搭載の魔術具を装っておったんじゃ。まぁ、話しかければ返してくれるような人形型の魔術具とかもあるからのう、それと同じような類だと思われとったんじゃな』
「へぇ……」
俺は周りのテーブルをちらりと見た。お1人様でお洒落な飲物を片手に置き人形や魔術具の盤面に問いかける若者達。中には可愛らしい人形を恋人に見立てたかのように、でれでれと喋りかけている人もいてちょっとこわいと思った。
『魔法による人工知能というのも進んでおってのう。多くはゲートなどの技術面で生活に反映されているのだが、ああして心のサポートを求める者だって沢山おる。一見無駄で誰が求めているのかと思うような物でも、誰かが必要としている時だってあるのだ。そう、ただの文字を羅列するだけの、意思をもった不気味な懐中時計でも、あの時のあの子には必要だったんじゃ……』
爺さんは懐かしむように優しく語った。心なしか後ろで優しげな曲が奏でられているが、よくよく聞いていると爺さんが自分で何か弾いていた。手にしているのはゆるい音符の形をした謎の楽器……
「……何だそれは」
『わしが開発した魔術具で、こう、ちょっと間抜けな音が可愛いじゃろう?』
「必要なのか……?」
『一見必要としないもののようでも誰かには必要だと言っておるじゃろ』
確かに、まぁ、雰囲気はあった方がいいな。俺はあんまり気にしないようにした……時折拳を入れたような音を出すのが何か絶妙にイラっとする。すると――
「きゃ! ごめんなさい!」
後ろで食堂の職員か、メイド姿をした女が飲物を思いっきり客にぶちまけていた。あー、お1人様男子が話しかけていた大事な人形がびっちゃびちゃである……
まぁ、そちらはそちら。俺は気にせず爺さんの話の続きを聞いた。
「で、何だっけ。シルバーがどうしたんだ?」
『ええと……おお、演奏に夢中でどこまで話をしたか忘れそうになったわい』
おい……本当に必要かそれ。
『ああ、そうじゃ、あの子はわしの死に大層悲しみ、暫く自室に篭って出てこなくなってしまってなぁ。最初に出会った時以来さ。立ち直るまでに数日要したが、わしが見かねて懐中時計で語りかけたんじゃ』
シルバーは最初は図太いようなイメージだったが、話をしていくうちに結構メンタル面に波があるなぁとは思った。
「結局放っておけなかったのか」
『ううむ、まぁ、正体をバラしてしまってはいつまでもわしの死を受け止められないし、そもそもわしもいつまでこんな姿で現世に留まっているかも分からんからのぅ……だからこう言ったんじゃ。わ――』
爺さんが言おうとした言葉を遮ったのは、俺の上から降り注ぎぶちまかれたお洒落な飲物だったものである。
「あ、ああああ!! ご、ごめんなさい!!」
「……」
見ればさっきのメイド姿の職員がさっきと全く同じように謝っている。その手には飲物が乗っていたであろうトレー。何をどうしたら2人連続で頭からぶちまけられるんだ……?
「いや、多分だいじょう――」
ぶ、かと思って振り向いた先の懐中時計は、お洒落な飲物の甘ったるそうな液とクリームに溺れて水没していた。
え? じじーーー!!!
爺的には大丈夫だとしても、魔術具というか、時計的にはヤバそうだけど大丈夫なのか、コレ。




